サヨナラ私の秘密の恋
薄暗い部屋の中、タバコをくわえてジッポを鳴らす。この部屋では吸わないと決めていたのに、息苦しくってしょうがない。カチッカチッと乾いた音が響いても、火は一向に着かない。カーテンの隙間から月の光が部屋を照らしている。あの子の無防備な横顔を照らしている。
『どうしよう、みっちゃん。好きになっちゃった』
泣きそうな顔をして、興奮で少し顔を赤らめて。あの子は私に縋ってきた。その言葉に少し浮かれた私は、すぐにあの子を家に呼んだんだ。ニヤけた顔をらしくもなく隠さずに、インターホンが鳴ったと同時にドアを開けた。あの子の顔はもう泣き出していて、その表情を見ただけですぐに身体が冷めていった。冷静になって考えればすぐに分かることだ。あの子は恋をしたのだ。生まれて初めて。
泣きたいのはこっちだって同じだ。
私の顔を見て安心したのか、あの子は声を上げて泣き始めた。優しく抱きとめて部屋に上げるて、甘いホットココアを作ってあげた。甘いものが飲めない私はブラックコーヒーを。
どうせ今夜は眠れない。
あの子はゆっくり話し始めた。恋した彼がいかに良い人かを。かっこよくてスマートで、とっても優しいのにどこか抜けてる。まるでアンタみたいだね。そう言うとあの子は慌てて否定した。
「わ、わたしはそんな凄くないよ……。チビだし泣き虫だし。みっちゃんがいなきゃ何にもできないもん……」
そんなことないよ、アンタは。華奢で可愛くて優しすぎるくらいなのに、どうしてかかなりおっちょこちょい。だから放っておけなかったんだよ。そう言いたいのを堪えて、その通りだねと鼻で笑った。あの子は少し頬を膨らませて笑った。やっと、笑った。
胸が痛む。息が苦しい。今、私は泣いていないだろうか。
少し元気を取り戻したあの子は、私に矢継ぎ早に言い出した。初めて人を好きになったの。男の人はまだ怖いけど、あの人の事はとっても好きなの。怖いのに好きになっちゃった。どうしたらいいかわからないよ。
私だってわからないよ。今まで大切に守ってきたアンタが、他の人のところに行こうとしてるんだから。本当は引き止めたいよ。そんな男はやめなって言いたいよ。アンタみたいに泣いて縋ったら、私を見てくれるのかな。
「……初めての事は、誰だって不安なもんさ。焦らずにゆっくり距離を縮めればいいんだよ。何かあったら私が相談に乗るから」
「ありがとうみっちゃん。みっちゃんがいてくれたら、わたし安心だよ。大好き……」
いきなり私に抱きついて、涙声で私に『大好き』だなんて。本当に笑えない。いつか彼にも言えたらいいなと言ったら、からかわないでと拗ねられた。
からかってないさ。ただ、祈ってるんだ。そんな日が永遠に来なければいいのにって。
安心しきった彼女は無防備な寝顔を晒してる。その顔を見ながら、もう彼女をこの部屋には呼べないななんて考えてた。彼女のために置いてあったココアも、おそろいのマグカップも、もう要らないんだ。
ボッと音を立てて、ジッポに火が灯る。タバコを近づけて火をつけた。苦味が胸まで満たす。
涙が溢れてきた。
堪えきれずに頬を伝って流れ落ちていく。声が出そうになるのを口を覆って抑えた。けれど、感情は止まらない。
サヨナラ私の秘密の恋。これからは、彼女は私の親友なんだ。それでいいじゃない。その方がいいじゃない……。
どう言い聞かせたって、苦しさは止まらなかった。