第99話 散る薔薇
「そうか、話は分かった。今日消すのはとりあえず延期しておこう。……とりあえずな」
まだまだ怒気が治らない様子の兄様、マクスウェルさんですが紅蓮の華の皆さんと話し合ったと話すとそういう事なら仕方がないと渋々言ってくれました。しかしネイナさんは納得いかないのか少し夜風に当たってくると言って出ていってしまいました。
……ふと思ったのですがネイナさん、もしかして消しに行っていないでしょうね?
……信じるしかないですね。
「しかし紅蓮の華という冒険者達には感謝しても感謝しきれない。直接お礼を言いたいんだが」
「明日はギルドにいると言っていたので会えると思いますよ。私達は明日ギルドで話すと思いますのでここで夕食なんてどうでしょう?」
「それはいいかもしれない。良いでしょうかヨハンさん、ロナさん」
「ああ、ミレイちゃんとメアちゃん、それにルルの命の恩人のために料理を作れるなんてこちらからお願いしたいくらいじゃ」
「そうしましょう」
ヨハンさんとロナさんの許可もいただいたので明日、レイラさん達に会ったら夕食に招待しようと思います。
◇
「……ミレイ様を囮に使うなど許せないにゃ」
ネイナが何かしないかとミレイが心配していた頃、夜風に当たると街に出たネイナは住宅街の屋根を駆けて今回の問題を引き起こした正義の薔薇を探していた。
「消したいけどここは我慢にゃ、ミレイ様のお言葉に背くわけにはいかないにゃ、だけど気配の確認だけはしておかにゃいと」
正義の薔薇の面々を消したいのは間違いなかったネイナだが自分が主人と仰ぐ者の娘であるミレイの言葉に背くような真似をするつもりはないようである。しかしミレイを囮にしてその命を危険に晒した相手をただ放置しておくことなど出来るはずもなく現在いる場所を探していた。
ネイナは斥候のプロ、人探しなど大した苦労もしない。特に正義の薔薇は冒険者としては珍しく騎士のような格好をした冒険者。探し出すのは簡単だった。
「ここにゃ」
彼等は現在宿にいた。
屋根裏に入り込んだネイナは気配を消して正義の薔薇の会話に耳を立てる。
「しかし今日は危なかったなシルナ」
「ああ、まさか我々の手に負えない魔物がやって来るとはな。しかし一番の問題は我々の仲間が一人いなくなったという事だ」
「そうだな。リシパめ、手頃な魔物を誘導しあいつらにぶつけて我らが助けてパーティに誘う算段だったのに自分が死ぬとは」
「あいつも無能だったということだろう。今の内に処分出来てむしろ良かったのではないか」
無情にも死んだ仲間を罵る正義の薔薇の面々、そもそもミレイたちが魔物に追われる原因を作ったのは彼等だった。自分たちが優秀で選ばれた存在だと疑わない彼等は自分たちがパーティに誘っているにも関わらずそれを断ったミレイたちを魔物に襲わせて殺そうとしたのだ。
それを聞いたネイナは怒りに震えて腰の短剣に手をやる。
「あのミレイとメアという女達は探しても中々見つからない美人だったがな、惜しいことをした」
「確かに、冒険者としての実力もありそうだったが、死んだ者の話をしても仕方あるまい」
しかし正義の薔薇から出たミレイという言葉を聞いてその姿と言葉を思い出して短剣をしまう。そしてこれ以上話を聞いていると殺してしまいかねないと気配と匂いを記憶してからその場を後にした。
「そうか、そもそもの原因が彼等だったか」
宿に戻ったネイナは早速アレクに報告を入れる。そこにはミレイたちの姿はなくいるのはアレクとマクスウェル。静かに語る言葉の中に怒りを感じる。
「はい」
「ご苦労だった。ミレイたちの耳には入れないでおこう。彼等にはそれ相応が与えられない場合にはこちらから手を下す。いいな」
「かしこまりましたにゃ」
「しかし俺らの姫さんに手を出そうなんて馬鹿な連中だ」
「ああ、だがその報いは受けるだろう。そうでなければ我々が——」
アレクたちは怪我を負って体力を減らし話の後に直ぐ死んだように眠りについていたミレイたちを思いながら静かに怒りを燃やす。
◇
「おはようございます」
朝起きるて下に行くと既に朝食の用意がされており兄様達もいました。メアはどうやら座っていろと言われているようで珍しくテーブルにいます。どうやらロナさんが監視しているみたい。ルルもまだ疲れが取れないのかテーブルの上でぐでーっとしながら朝食に出されたお肉を食べています。
「ああ、おはようミレイ。体調はどうだ?」
「本調子には程遠いですが、歩くことぐらいなら特に問題はありません」
「そうか、今日は奴等と対峙する日だが無理はするなよ」
「はい」
いつものように美味しい朝食を食べながら依頼で行った村で良くしてもらったという話をして楽しい時間を過ごしました。
「さてと、冒険者ギルドに向かいましょうかメア、ルル」
「分かりました」
「キュイ」
兄様達も一緒に行くと言ってくださいましたがもしもの事を考えていつも通りに仕事に行って下さいとお願いしました。兄様たちが彼等の姿を見たら何かしてしまう恐れがありますから。
ルルは歩くのがまだ億劫みたいなので休んでいてと言ったんですが奴等の驚く姿を見たいと言って聞かなかったので私の肩に乗せると先ほどのようにぐでーっとしています。
包帯姿が痛々しいのか私達を見てすれ違う人達は驚いたように目を見開いています。少し居心地の悪さを感じながらも冒険者ギルドに着きました。
正義の薔薇の面々があるかどうかは分かりませんが早速中に入ろうと思います。
冒険者ギルドの中に入ると賑やかだった辺りが静まり返りました。原因はもちろん私達でしょう。辺りを見渡すと酒場の席に紅蓮の華の皆さんの姿がありました。頭を下げるとそれぞれ笑みを浮かべたら頭を下げたりと反応してくれます。レイラさんはこちらに手を振るとある方向を指差しました。
「——な、何故」
その指差す方向を見ると正義の薔薇の面々がまるで死者を見たように顔を青くして目を見開いた姿がありました。
その姿に思わず笑いそうになってしまいましたが、彼等からしたら間違いなく死んだと思っていたでしょうから当たり前かもしれません。
「な、何故、生きているんだ! お前らがゼルウルフの群れと戦って生き残れる筈がない! はっ!?」
正義の薔薇のリーダー、シルナ・イバヤは私達の姿を見て何故生きているのかと驚きの声を上げました。Dランク冒険者である私達がCランク上位の、群れならば間違いなくBランクに認定される魔物を相手に生き残れる筈がないと。
それはその通りなのですが馬鹿な人です。そんな大声で自分たちはその場から逃げたのだと証言をする必要もないでしょうに。
「お前は何故ミレイたちがゼルウルフに襲われたと知っているんだ? ああそうか、彼女たちを囮に自分たちは逃げたからか」
するとマグナスさんがすっと立ち上がって周りに聞こえるような声で言いました。それを聞いたギルド内にいた冒険者は騒ついてシルナさんや正義の薔薇の面々を蔑むような目で睨みつけました。自分たち以上のチカラを持つ冒険者を含む視線に更に顔を青くする正義の薔薇の皆さん。
「な、何を証拠に!?」
「証拠? 自分で言っていただろう。ミレイたちがゼルウルフに襲われたと、実は偶然俺たちはその場に居合わせてな、何とか助けることが出来た。あと少しで死ぬところだったがな」
マグナスさんが自分たちが助けたと言うとお前らのせいかとでも言うようにシルナさんはマグナスさんを睨みましたが所詮は彼も私と同じDランク冒険者、Bランク冒険者であるマグナスさんを睨んでも何の脅しにもなりません。
「人を囮にしておいてのうのうと冒険者ギルドに顔を出せるんじゃからもう少し頭が良いと思ったんじゃが、まさか自分から白状してくれるとはのう。予定が狂うと混乱してしまうタイプの小物だったようじゃな」
「ち、違う、俺たちは、その、助けを呼びに」
「そんな報告はされていません」
逃げたのは助けを呼ぶためだと言い訳をするシルナさん、しかし追い討ちをかけるように受付嬢さんがそのような報告は受けていないと大きな声で宣言しました。そもそもそんな言い訳が通るわけがありません。
「終わりだな、自分達の為だけの正義を語る愚者が」
「——クソ、クソ、クソ! 元はと言えばお前らが俺達の誘いを断るからこうなったんだ!!」
するとシルナさんは初日に見たような血走った目をしながら剣を抜いて私の方へと駆け出して来ました。また騒つくギルド内、それに反応しようとしましたが痛みで体が思うように動きません。メアや周りの冒険者の方々がそれを止めようと動いていますが突然の出来事で間に合いそうもありません。
これは不味い。
「——私の妹に手を出すな」
すると昔から聞き慣れた安心する声がすぐ側から聞こえたと思ったらシルナさんの持つ剣が無数に両断され、彼が身につけている騎士風の鎧も音を鳴らして床に落ちていきました。来ないでと頼んだにも関わらずどうやら兄様が付いて来てくれていたようです。
「グハッ」
鎧を失った状態で恐らく怒っているはずの兄様の拳をお腹に受けたシルナさんは糸の切れた人形のように崩れ落ちました。
正直、兄さんの拳をまともに受けたので死んだのではないかと思いましたが小刻みに動いているのでどうやら生きているようです。
「「「……」」」
シルナさんの持つ剣や鎧が細切れにされるという日常では見ることのないであろう出来事を見たからなのかギルド内は静まり返りました。
「ついて来たら駄目と言ったではないですか兄さん、それも気配を完全に消して」
「い、いや、だがこのような場合があってはいけないと思ってな」
「全くもう、あっ、皆さんこちらは私の兄です。お騒がせしました」
「——そんな凄いお兄さんがいるなら動く必要はなかったわね」
「わっ、レイラさんいつの間に」
あまりに静まり返ってしまったので少し和やかな雰囲気にしようと頑張っていると私の隣にレイラさんがいてビックリしてしまいました。どうやら私を守るために側に来てくれたようです。
こんなおかしな雰囲気になってしまいましたが高ランク冒険者の方々は正義の薔薇の残りの面々に意識を向けており彼等は逃げるどころか動くことも出来ていません。しかしここまで追い詰められていても私達の方を睨みつけており反省の色は見えません。
おそらく大した罪には問われないと考えているのでしょう。確かに彼等は魔物に追われる私達に巻き込まれただけと言えるかもしれません。
しかし生き残る為とはいえ他の冒険者を利用し囮にするような真似は最低の行為、本当にギルドに真実を報告していたならまだしも、こういった冒険者は信用されず依頼主からも敬遠され蔑まされて去っていくしかありません。
「あなた方がミレイを助けてくれた方ですか、本当にありがとうございます」
「まあ偶然だけどね。それより貴方強いわね。もしかしたら私よりも……」
兄様は剣をしまうとレイラさんや紅蓮の華の皆さんにお礼を言って頭を下げました。レイラさん達も兄様の技量に興味を持ったようです。
「ほれほれ、いつまでもこやつらをこのままにしておかないで武器を取り上げて牢につれてゆけ、囮にした逃げた件はともかくギルド内で人を害そうとしたのじゃ」
声のする方をみるとそこにはギルド員のヨン爺さんがいました。そして何故か周りにいるギルド員と冒険者の方々がヨン爺さんの言うことを聞いてテキパキと動いていきます。正義の薔薇の面々は渋々、意識を失ったシルナさんは片足を持たれて引きずられながら何処かに連れて行かれました。
「昨日報告した通りだったでしょ? まさかこんなに馬鹿だとは思っていなかったけど」
「そうじゃな、これだけ大勢の前で白状したんじゃ、もはや言い逃れすることは出来んじゃろう」
レイラさんは親しいみたいで普通に話をしています。昨日報告した通りとは一体……ヨン爺さんは偉い方なのでしょうか? 普通のギルド員の方と同じ業務をしていましたけど……。
「あの、ヨン爺さんはお偉い方なのですか?」
「あら、ミレイは知らなかったの? この人はこう見えてここのギルドマスターよ」
「え? ギルドマスター? だってこの間、普通の業務を行って……」
「この人は時々面白がってそんなことをしているのよ」
「面白がってとはなんじゃ、有能な冒険者がいないかと思って直接見ておるだけじゃ」
「はいはい、それより予想よりも面白い終わり方をしたわねミレイ、これで一件落着ね」
「そうですね」
レイラさんにぞんざいな扱いを受けて怒った様子のギルドマスター、ヨン爺さんを無視してレイラさんは無事に済んで良かったと肩を叩いてくれました。
もう少し言い訳をしたり、この街から逃げてしまうかもしれないと思っていたんですがレイラさんの言う通り大きな問題も無く終わって良かったです。
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