第97話 絶体絶命
「このままでは追いつかれてしまう」
爽やかな笑みは鳴りを潜め、今では焦りと緊張に顔を歪ませているシルナさん、冷静に人の様子を伺っているようですが私も焦っています。
シルナさんたちは重い鎧を装備しているからか動きがそこまで速くないようで私達が合流する前よりも相当遅くなってしまいました。
そうは言っても動きが遅いからと見捨てるわけにはいきません。魔物を引き連れてきたと思わしき人とは違い、彼等には責任はありませんし、少なからず知っている人を見捨てることは許されません。
しかし状況は最悪、このままでは追い付かれるのは時間の問題でしょう。
——ならば、
「……戦いましょう」
「戦う?」
「ええ、このままでは間違いなく追い付かれてしまいます。そして態勢を整える間も無く個々に殺されてしまうでしょう。だったら覚悟を決めて敵を倒すしかありません」
「……それしかないようですね。私達はDランク冒険者、やってやれないことはないはず」
「メア」
「私はミレイに従います」
追ってくる魔物と戦うことを決めた私達は戦いやすい場所を決めてそこへ移動します。そこは大きく拓けた場所ではなく木々のある森の中、しかし武器を振るうに十分なスペースがある場所を選びました。
敵は恐らく私達よりも数が多いでしょう。ということは囲まれてしまう恐れのある拓けた場所よりも木を使って縦横無尽に動くことの出来る森の中の方が戦うには有利でしょう。それにもしかしたら逃げることも出来るかもしれません。
敵の姿が見えてきました。
それは体長三メートル程の狼型の魔物で確か一体Cランクのゼルウルフ、Cランクと言ってもBランクにかなり近い強さを持った魔物です。それだけでなくゼルウルフは群れで行動するので討伐する際はBランクに指定されていたはず。
そのBランクに近いゼルウルフが見たところ二十体はいるようです。
「命を失うかもしれない戦いを貴女と共にする事になるとは思いませんでしたよ」
「……私もです」
「ですが戦い方を互いに知らない正義の薔薇と大樹の槍が無理に連携を取ろうとすると危険が増すでしょう。今回は互いを意識しながらも別々に戦いましょう」
「分かりました」
シルナさんは意外にも冷静にこれからの戦いを想定しているようで言っていることは至極真っ当、命懸けで戦わなければならないこの状況で安心して背中を預けることの出来ない相手と無理に共闘するのは危険ですね。
「メア、ルル、ここで死ぬつもりはありません」
「はい、ここでミレイに何かあれば父に合わせる顔がありません。レオン様やエルザ様のためにも必ずここを乗り切ってみせます」
「キュイキュイ!」
私だってセバスにメアは私を守って死んだなんて絶対に言いたくありません。ルルも毛皮にしてやると頼もしい言葉を言ってくれています。昨日は美味しい食事も食べて十分に休みましたから気力は満ちています。
「グルルル! グルァァ!」
ゼルウルフは口から涎を垂らして鋭い牙を見せて私達の方へと向かって来ました。
「来なさい!」
槍を構えて迎え撃ちます。
一頭のゼルウルフが他の仲間よりも早くに駆けてきたので口に槍を突き入れようとしますが弱い魔物のようにそう上手くはいかず槍先を噛んで物凄い力で振り回しました。その勢いで私は吹き飛ばされますが木を足場にまたゼルウルフへと向かいます。
メアとルルも直ぐにその戦いに参加してくれて連携して注意を逸らしながら有利に戦いを進めていきます。とは言ってもまだ先頭を駆けてきた一頭のみが相手、ダメージを与えることは出来ていますがもう直ぐ他のゼルウルフがやって来てしまいます。そうなれば一瞬気の緩みで命を落とす事になるかもしれません。出来ればこのゼルウルフだけでも先に倒しておきたいところです。
ふとシルナさんはどうしてるかと目線をやると、シルナさん以外の人はこちらに背を向けて走り出していました。そしてシルナさんも同じく背を向けようとしていましたが自分を見る私に気付いたようで口を開きました。
「悪いが私達はここで死ぬ気は無い。私達が逃げるだけの時間稼ぎは頼むぞ」
そう言うとシルナさんはいつものように笑いかけてきて私達に背を向けて逃げて行きました。
「な、シルナ!!」
「キュウ!?」
そんな姿を見たメアは怒りに震え顔を赤くして怒鳴りました。ルルは逃げる彼等の行動が信じられないのか驚いています。その声を聞いたシルナさんは一度こちらを振り向いてまた笑いました。
「……メア、あの男達はいても足手纏いになるだけ、目の前の敵に集中しましょう」
「分かりました。ルル、生きてあいつを潰しますよ!」
「キュイ!」
何という性根の腐った男なのでしょうか?
冒険者としてではなく人として腐っている。
あれで私達を仲間にしようとしていたなど信じられない男達です。あまりの怒りで逆に冷静になった気がします。
あの男のせいでゼルウルフを一匹仕留める前に他のゼルウルフの乱入を許す結果になってしまいました。そこからはまさに死闘、紙一重で攻撃を躱しながら土魔法を使い自分たちが有利に戦えるように辺りの地形を変化させていきます。
木を蹴り空中で態勢を変え、目の前のゼルウルフを突くと見せかけて前方に石壁を作り出して背後から攻撃しようして来たゼルウルフの目に槍を突き刺してその命を奪います。これでやっと一匹、まだまだ敵はいます。
◇
信じられない、信じられない。
何なのでしょう、あの男は!?
シルナ・イバヤ。
最初から信用ならない男だとは思っていましたが、まさかこのような状況で自分たちだけ逃げ出すとは、ミレイ様をパーティに誘っておいて自分達の命が危ないと見るや躊躇せずに見捨てるとは!
フリーデンにはあのような腐った男はありませんでした。レオン様や父を始めとして自分の命を賭してでも守るべき物のために動く方ばかり、皆尊敬すべき方でしたがあの男は!
報いを受けさせねば我慢ならない。
「メア」
そう思いながら戦っているとミレイ様が声をかけてくれました。私が集中出来ていないと気付いていたのでしょう。
いけない、冷静にならねば。
ミレイ様は冷静になって既に一匹のゼルウルフを仕留めていらっしゃる。あの男の処分を決めるのはこの場を乗り越えてから、あんな小物のために心を乱して仕えるべき主人を守れないなどあってはならない。
あの男を消すのは次の機会にしましょう。
◇
どうやらメアも落ち着いてくれたようです。先程よりも動きが良くなりました。しかしこの戦いはかなり厳しい、ゼルウルフの連携は予想以上のもので私達の連携でもその差が埋まるようなものではありません。
まだ倒せたゼルウルフは一匹のみ、傷を負わせることは出来ていますがトドメを刺す前に他のゼルウルフが攻撃を加えてきて仕留めることが出来ず、逆にこちらがダメージを負わされていきます。
「メア、ルル、敵を分断させます。こちらに来てください」
「はい!」
「キュイ!」
「土魔法【土牢迷宮】」
敵の連携を分断させるために土魔法を使い約百メートル四方の範囲に迷宮を模した壁を創り出しました。かなり魔力を使いましたが個別に倒していかねばやられてしまいます。ゼルウルフによってこの迷宮が破壊される前に数を減らさないと。
「今のうちに!」
三メートルほどのゼルウルフはその大きさから動きにくいようで早くも壁を破壊するような行動を見せています。しかしその隙を見逃す私達ではありません。硬い毛皮に覆われたゼルウルフですが弱点を完全にカバーすることなど出来ませんから。
メアとルルと協力して一匹、また一匹と倒していきこれまでに何とか五匹、少しずつですがその数を減らすことは出来ています。
「はあ、はあ」
しかし一匹を倒すのにかなりの体力を奪われていきます。普段疲れているところなど見たことのないルルまでもが大きく呼吸を乱しています。まだ誰も大きな負傷はしていませんが傷は負っているのでそこから流れ出た血が余計に体力を奪っているのでしょう。
「……このままでは」
徐々に迷宮の壁を破壊されてゼルウルフの動きがまた機敏になり連携を取るようになって来ました。
「そこ! ——ぐっ!」
「ミレイ様!」
また一匹のゼルウルフを討伐したところで背後からやって来たゼルウルフの攻撃を受けてしまいました。何とか身体を捻ったのと鎧を着ているおかげで致命的な傷は負ってはいませんが、かなりの衝撃と傷を負ってしまいました。地面に滴る血が今までよりも重症であることを物語っています。
「くっ、油断しました」
敵を仕留める時が一番注意しなければならないのにまたこのような失態を、メアとルルが私を庇うように側に来てくれましたが近くの壁を破壊され唸りながら近付いて来ます。未だ先程の衝撃が抜けずに思うように身体が動きません。
このままではメアとルルを巻き添えに全員がやられてしまいます。
「……私が囮になります。逃げなさいメア、ルル」
「何を!? 逃げれるはずがありません」
「キュイ!」
やはり言うと思いました。
シルナのように傷付いた人を置いて逃げるような真似をメアがするはずがありません。それは美点なのですが生きて欲しいのです。
「メア」
「無理です!」
「……ふう、分かりました。ご先祖様に恥じぬような戦いを見せましょう」
「はい、ミレイ様と共に往けるならば後悔はありません。亡くなった母も喜んでくれるでしょう」
メアもルルも覚悟を決めて最後まで戦ってくれるようです。冒険者としての私の夢は道半ばではありましたが後悔はありません。
来るがいい。
それからどれだけの時間が経ったのか私には分かりません。途切れないゼルウルフの攻撃をギリギリで避けて反撃してはまた攻撃され、息も絶え絶えになりながらの戦闘、視界に映る仲間たちも傷だらけになり装備も破壊されボロボロ、白く美しい毛並みをしているルルも血で赤く染まって来ています。
何故か敵の攻撃が少しの間止まり、その間にメアとルルが側に来てくれました。目を見てまだ戦えるという意思を確認して視線を先にやります。どうやらゼルウルフ達は一斉に攻撃を仕掛けるために少しの間を空けたようです。
そしてゼルウルフは一斉に攻撃を仕掛けてきました。
この攻撃は凌げないだろうと思いながらも最後まで戦うと覚悟は揺るがず、こちらに向かってくる無数のゼルウルフを睨みつけていると爆音と共に突然赤い炎が辺りを包み込みゼルウルフの姿が見えなくなりました。
一体何が起こったのでしょうか?
お読みいただきありがとうございます。何やら土魔法ばかり使っているような(´-ω-`;)ゞポリポリ




