第96話 予期せぬ出会い
「ミレイ、そっちに行きました!」
「はい!」
今日は魔物を退治するためにロンドール近くの小さな村へやって来ました。貴重な果物に被害が出ているそうで村長さんに出来るだけ早く討伐して欲しいと頼まれました。どうやら近々、貴族に納品しなければならないので荒らされては困るそうです。
その貴族の息子の婚約祝いに出されるこの辺りでは縁起の良い果物だそうですみませんでは済まないそうです。貴族というのはどんな理由があろうと一度交わした約束を破ることを許さない方が多いですから。
討伐対象はイビルコングという腕が四本ある凶暴な魔物で力が強く森の中では木々を素早く移動する厄介なDランクの魔物です。知能が高いと言われており人の武器を奪って使うこともあるとか、また森の深さによっては移動速度も上がり縦横無尽に動くことから個体によってはCランクに認定される場合もあるそうです。
そして厄介なのは十匹前後のイビルモンキーというイビルコングより体格の劣るEランクの魔物を手下にしており、イビルモンキーに指示を出して連携した攻撃をしてくるところです。
「キィ!」
「ルル、お願い!」
私とメアがイビルコングを相手にしている間、ルルがイビルモンキーの相手をしてくれています。木の上を自在に移動していますがルルの方が動きが速く強いのでどんどんとその数を減らしています。
「ヴゥ、ウホ、ウホ!」
「来なさい!」
イビルコングは次々と倒されていくイビルモンキーの姿を見て怒っているようです。四本のうち一本の腕はメアが切り飛ばしたので残りは三本、どこで手に入れたのかは分かりませんが剣と斧を持っています。
大きな唸り声を上げるとイビルコングは私の方に向かって駆けてきました。
すぐ目の前まで駆けてきたイビルコングは剣と斧を力一杯振り下ろしてきました。中々の速度ですがそこはDランクの魔物、力任せの攻撃なので今の私には避けるのは容易く、硬い毛に覆われた腕を避けて関節などの弱点を切り裂いてもう一本の腕を斬り裂きました。
「ギャア!」
痛みに大きな叫び声を上げながらも暴れ回り残った二本の腕で武器を振り回しています。目は血走り、私しか目に入っていない様子。
「私に意識を向け過ぎですよ」
言われた意味が分からないのか訝しげな表情をしたイビルコング、そして——
「さようなら」
メアが背後から近付きイビルコングの首元を切りつました。目を大きく見開くイビルコング、ゆっくりと頭部がズレていき落下して血が噴き出して倒れました。
「キュイ」
ルルも全てのイビルモンキーを討伐し終えたようで戻ってきました。怪我をした様子もなく白く綺麗なままのルル、流石ですね。
「お疲れ様です」
「流石ですねメア」
「いえ、ミレイに意識が向いていたからです。それにルルがイビルモンキーの相手をしてくれていたおかげで随分と楽に戦うことができました」
「そうですね、ありがとうルル」
「キュイ」
「さてと、村の人たちも心配しているでしょうから、早く報告をしに行きましょう」
イビルコングと十二匹のイビルモンキーを討伐して収納、念のために辺りに他の魔物がいないかを確認してから村へ戻ります。
「こんなに早く討伐していただいて感謝しますぞ。これで安心して実が熟するのを待つことが出来ますじゃ」
「お役に立てたようで良かったです」
「今日は村人たちで食事を用意しますので楽しんで下され」
イビルコングの討伐のお礼ということで村の皆さんが宴を開いてくれました。美味しい食事を食べて将来は冒険者になると語る子供達と遊び、楽しい時間を過ごしました。
そうそう、シルナさんはあれから何度も私達をパーティのメンバーにならないかと誘って来ますがその都度お断りしています。しかし出会った日とは違い冷静でまた今度と言って去って行きます。そろそろ諦めてくれたら良いのですが……
「また何かありましたら依頼して下されば駆けつけますので、では失礼します」
翌日、村人総出で見送りをしてくれたので手を振りながらロンドールへの帰路へ。今回の依頼は冒険者として人の役に立ったと思えるものでした。
「今回も無事に終わりましたね」
「ええ、もうDランクの依頼で困ることはないのではないでしょうか?」
「そうですね」
現在は森の中を進んでいますが魔物に出会うこともなく順調そのもの、ロンドールに着くにはまだまだ時間が掛かりそうですが空気が澄んでいるので森の中を歩くのは悪くありません。ルルも木の上を駆け回っていて楽しそうです。
「……キュウ?」
楽しそうに駆け回っていたルルは突然動きを止めてある方向をじっと見つめ始めました。あちらの方角に何か気になるものがあるのでしょうか?
「どうしたんですかルル?」
「キュウ?」
どうやらルルもまだ違和感の正体が分からないようで首を傾げていますが何かがあるのは確かなようです。万が一に備えて警戒を強めながら先へと進んで行きます。
しばらくするとゾワっという感覚に襲われました。そしてルルが見ていた方向から何やら多くの気配が向かって来るのを感じました。メアの方を見ると同じくその気配を感じ取ったようでこちらに視線を向けています。互いに頷きあうと直ぐにこの場から離れるために駆け出します。
「ルル、逃げますよ!」
「キュイ!」
走り続けて暫くて経ちますが魔物と思われる気配は何故かどんどんと近付いて来ています。魔物が何を目的にこちらに向かって来ているのかは分かりませんがあまりに数が多いようでは逃げるしかありません。
相手がゴブリンのような弱い魔物ならまだしも私たちの足について来れるならば少なくともゴブリンよりも強い魔物でしょう。先ほどから魔物と思わしき声が聞こえてきます。
「くっ、しつこいですね」
「ふう、私達が目的なのか、それとも別の何かを追っているのか、何故こちらに向かって来ているのでしょうか?ルルは何か分かりますか?」
「キュイ!」
えっ、人が魔物から逃げているって?
「ルルは何と?」
「どうやら魔物は誰か人を追ってこちらに向かって来ているそうです」
「しかし何故数多くの魔物から? 冒険者が何かの依頼に失敗したのでしょうか?」
「そうかもしれません。ですがどうすれば……助けるべきなのでしょうが私達も命の危険が「ギャア!」……残念ながら手遅れのようですね」
魔物から逃げている人物を助けるべきなのか悩んでいると後ろから人の叫び声と思わしき声が聞こえてきました。
自分にもう少しチカラがあればという後悔が頭をよぎりましたが今はそれどころではありません。未だこちらに向かってくる魔物達の足音が聞こえてきます。おそらく彼等は私達に気付いているのでしょう。まだ距離はあるはずですがルルのように鼻の良い種類ならばそれもありえます。
一時間ほど走り続けていますが離れたというよりもむしろ追いつかれてしまっているようで魔物達の声がどんどん大きくなってきます。
「くっ、戦うしかないのでしょうか?」
一体どうすれば、まだロンドールまでは距離があります。誰かの助けを期待することは出来ません。兄様がいれば何かを思いつくはずですがまだ経験の足りない私には何も……
「——おや、慌てた様子でどうしたのですかミレイさん」
聞き覚えのある声がしてその方向を見るとそこにいたのは騎士のような風貌をした冒険者パーティ、正義の薔薇の面々、そしてにこやかに笑うシルナ・イバヤが居ました。
「……何でここに?」
「我々は討伐依頼の真っ最中といったところです。こんな所で会うなんて運命のようだ。どうです、私達のパーティに入るというのは?」
「いえ、それは何度もお断りしているは「ミレイ、時間がありません」
「……そうですね。シルナさんそのお話はまた後で、今は魔物が追ってきているんです! 逃げないと!」
シルナさんはいつもと同じように役者のような大袈裟な仕草をしながら私を勧誘してきました。それにしてもこんな所で会うなんてそんな偶然、そんなことを考えているとメアがそれどころではないと声を掛けてくれました。そうでした、今はそのようなことを考えている暇はありません。
「……おや、魔物に?」
「ええ、どうやら冒険者が魔物に追われていたようでこちらにその矛先が私の方に!」
「ほう、それでその冒険者は?」
「先ほど叫び声が聞こえたので恐らくは……」
「——チッ」
亡くなったのではないかと話すとシルナさんは一瞬顔を歪めて舌打ちました。お仲間の面々も苦い顔をして何かをこそこそと話しています。先ほどまでにこやかに笑っていたのに何故でしょう?
「いや、すいません。迷惑な冒険者だと思いまして、それでその魔物は強そうなのですか?」
「ええ、全力で走ってきたのですが逃げ切ることが出来ません。恐らくはCランク以上の魔物だと思われます。これ以上悠長に話している暇はありません、早く逃げないと!」
「……厄介な、分かりました。どうやら我々では手に負えないようだ。ここは逃げましょう」
これで戦うことの出来る人数は増えましたが聞こえてくる魔物の声からこの人数でも対処出来るか分からないのでここは逃げることにします。
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