第94話 正義の薔薇
「……なるほど、医者がいない村で今は薬師が医者の代わりを務めていると」
「はい」
詳しく話を聞いてくれると言うので表のベンチで話をすることになりました。家の中は少しだけ散らかっているそうです。新しく村を作ることになり、若い夫婦の中には赤ん坊が生まれた人もいてもしもの時に医者がいて欲しいので村に来てくれるお医者さんを探していると話をしました。
本来なら軍医もしくは医者を連れて来れれば良かったのですが現オルドル領に残る多くの住民に影響を与えたくなかったのです。あの地は戦地になることも多く、また魔の森が近いこともあり強力な魔物が現れることもあり医者は大事な存在ですから。
「事情は分かりました」
「……」
パラケルさんは今までの方と違い直ぐに答えを出さずに真剣な表情で考えてくれています。
「……ですが今はこの街で十分なのですよ。確かに現在医者の仕事は少ない、街の者にも好ましく思われていないのは分かっていますがね」
「……そうですか」
もしかしたら良い返事をもらえるのではないかと思っていたのですが残念です。
「ええ、申し訳ないですが」
「分かりました。残念ですが無理強いは出来ませんね。話を聞いていただいてありがとうございます」
「いえいえ、ご期待に添えず申し訳ありません。体調が悪いと思ったらいつでも訪ねて来てください。悩み事の相談でも大丈夫ですからお気軽に」
「はい、ありがとうございます。では失礼します」
はあ、教えてもらったお医者さんはこれで最後ですか、これだけ大きな街なのでまだまだお医者さんはいると思いますがなかなか上手くいかないものです。
いや、冒険者としての活動は割と上手くいっているので欲をかいてはいけないですね。パラケルさんと距離が離れるとルルは私の肩に乗りました。
「キュイーン」
そしてパラケルさんが村に来てくれないことを全く残念そうではないルルの頭を撫でて冒険者ギルドに向かうことにします。
「……解剖したい」
◇
「残念でしたねミレイ」
「ええ、でも仕方ないです。気を取り直して今日も依頼を受けに行きましょう」
少し変わったところがあるのは確かですがシーナさんたちの言っていた通り実際に話してみるとパラケルさんは凄く良い人そうでした。出来ればああいった方に来てもらえれば良いんですが。
……それに、あまり言いたくはないですが少し変わった人じゃないと私たちの村には合わない可能性があります。ふう、前途多難ですね。
「それにしてもミレイが感じたという殺気を放つ者は現れませんね。私がいるからでしょうか?」
「……どうでしょう。ただ単に道行く私が癇に障っただけで何か事を起こそうとは考えていなかったのかもしれません」
「だったら良いんですが」
「それについてはまた今度考えてみましょう。兄様も言っていましたが手練れなら殺気を感づかせる真似はしないでしょうから」
「そうですね」
それからは冒険者ギルドで依頼をこなす日々、未だに医者探しは上手く言っていませんが本業については順調そのものです。冒険者ギルドでリーゲルさんとすれ違うことは多々あるのですが睨まれるぐらいで特に何もしてくることはありません
少し変わったことと言えば冒険者の方たちが話しかけてくれるようになったことぐらいでしょうか。皆さん色々な情報をくれたりパーティに入らないかと誘ってくれたりしてくれます。他のパーティに入る気は微塵もないので丁重にお断りさせてもらっていますが、そう言うと残念そうな顔をしながらもまた挨拶をしてくれる方が多くて良い方が沢山いるようです。
「おやおや、君たちが最近噂の姫様パーティかい?」
依頼を探そうと掲示板に向かって歩いていると今日も冒険者の方々が声をかけてくれました。それは初めて見る四人組の男性冒険者、騎士が身に付けるような銀色に光るお揃いの鎧を身に付けており、何やら自信に満ち溢れた顔をしています。そんな彼らが口にしたのは姫様パーティという聞き慣れぬ言葉、 そういえばこの間から私のことを姫と呼ぶ方が多いです。ここはしっかり訂正しておかないと。
「私たちは姫様パーティではなく大樹の槍というパーティなのです。お間違い無いようにお願いします」
「そう言う風に聞いたが、まあ、そんなのはどうでも良いんだ。私たちが依頼で街を空けている間に随分と活躍しているそうじゃないか、しかも女性二人で」
「正確には二人ではないですがそう評価していただけるとありがたいのです」
「素晴らしいよ。だが聞けば君たちは本来、四人パーティらしいじゃないか、それなのにいつも若い君たち二人で依頼を受けているそうだね」
「それが何か?」
「いや、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名はシルナ・イバヤ、将来が約束されたDランク冒険者、将来は間違いなくAランク冒険者になるパーティ、正義の薔薇のリーダーをしている」
何が言いたいのかよく分かりませんが私たちのことを知っているようです。舞台に立つ役者のようにどこか大袈裟な身振り手振りを交えて挨拶をしてくれるシルナさん、こういった方はあまり得意ではないのですが悪気はないのでしょう。
「私は大樹の槍のリーダーをしているミレイ、こちらはメア、そしてこの子はルルです」
「キュイ」
礼儀なので自己紹介をしてメアとルルを紹介します。メアは何を話すわけでもなく無言で頭を下げ、ルルは手を上げてシルナさんたちに挨拶をしました。
「ご丁寧にありがとう。さてと、本題に入ろう。君たちのような美しい女性が冒険者をやるのは色々と不都合も多いだろう? 私たちが守ってあげようと思ってさ、私たちとパーティを組まないかい?」
「いえ、お断りさせていただきます」
「えっ? 今なんと言ったのかな? この私がパーティに誘うなんて滅多にないことなんだが」
「お断りさせていただきますと申し上げたんです。パーティに誘っていただけたのは大変嬉しいのですが私たちは他のパーティに入る気はありません。私たち以外のメンバーは他にやることがあるだけで私たちに依頼を押し付けているわけではありません。家族のように仲が良いんです。一人は実の兄ですし、そういう訳なので申し訳ないですがお断りさせていただきます」
「……」
断りを入れると私たちの話を聞こえていたのか周りにいる冒険者の皆さんなら「また玉砕したか」「あんなに自信満々だったのに可哀想だ」「彼を勇者と呼んでやろう」などと話す声が聞こえて来ました。
だって仕方がないじゃないですかと辺りを見渡すと皆さんはスッと視線を逸らしました。その反応にムッとしながらも返事のないシルナさんを見ると信じられない言葉を聞いたかのような顔をしてから俯いてブツブツと何かを呟き始めました。
「……この私が誘ってやったのに断るだと? 女ごときが私の誘いを断るなんて何様のつもりだ!」
「!?」
そしてシルナさんは突然声を荒げて怒鳴りました。あまりにも突然だったので驚いてしまいました。
先ほどまでの余裕のある態度は何処へやら、眼は血走り、今にも腰に装備している剣に手を掛けて襲ってきそうです。
その様子に先ほどまでの楽しげな雰囲気は一変し、メアとルルはいつでも動けるような態勢を取り、周りの冒険者の方から視線が集まっているのを感じます。
何でまたこんな事に、リーゲルさんの時は彼らが一度失敗した依頼を私たちが成功させたことで嫌われてしまいましたが今回は私が悪いわけではないと思います。騒ぎばかり起こしてギルドに変な評価をされないと良いんですけど……
「この私が誘ってやっているんだ。容姿、才能、実力、欠けているところなんて存在しない、まさに完璧と言わざるおえないこの私が!」
「……」
こんなに自信満々に自分のことを評価する方を見たことが……いや、貴族にはこういった方は多かったですが、冒険者の中では見たことがありません。Dランク冒険者にしては装備もしっかりしていますし、もしかしたら貴族関連の方なのでしょうか?
「シルナ落ち着け。周りの者たちが見ている」
仲間の方たちも私を睨みつけていたのですがその中の一人が周りに注目されていることに気がついてシルナさんを落ち着かせようと声をかけました。
「っ!? ……ああ、すまない。僕としたことがこんな事で取り乱してしまうとは情けない。もう一度だけ言うよ。私のパーティに入るんだ」
「……お断りします」
何と言われようと大樹の槍から抜けてシルナさんのパーティに入る気なんてないので再度断りを入れます。
「……そうか、そうかそうか、分かった。それが君の答えか、ならば仕方がないな。無理強いをすることは出来ない、では私たちはそろそろ行くよ」
「はい、では失礼します」
「……ああ、だがまた会おう。 ……必ずね」
先程とはまたうって変わって笑顔で話すシルナさん。冷静さを取り戻したように見えますがその目は全く笑っていません。何やら得体の知れない不気味さを感じながら掲示板に向かいます。
「ミレイ、あの男は危険ですね」
「……プライドが高いのでしょう。それは悪いことではありませんよ。友人にはなれそうもありませんが」
「また一人気をつけるべき人物が増えてしまいましたが冒険者という職業柄、敵は自ずと増えてしまうでしょうから、気にせず自分たちのやるべき事をやりましょう」
「そうですね」
「キュイ!」
「戦いになったら倒してやるって? ふふっ、頼りになりますね。でもそうならない方が良いんですよルル」
私の言葉に首をかしげるルル、その愛らしさに灰色に淀んだ雲のような気持ちは晴れていきます。さっきのことはあまり気にせず頑張りましょう。
お読みいただきありがとうございますm(_ _)m