第91話 振り向けば
「あちゃ〜こうなっちゃったか」
これからどうしようかと考えていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえました。振り返るとそこにはシーナさんとジャンさんの姿が。……あれ、先ほども同じようなことがありましたね。
「シーナさん、ジャンさん、どうしてここに? 帰ったんではないんですか?」
「それがね。荷物を置きに家には帰ったんだけど、ジャンが嫌な予感がするって言うから気になって様子を見に来たのよ」
ジャンさんの方を見ると腕を組みながら頷いていました。どうやらお二人は私が心配になって様子を見に来てくれたみたいです。私が少しは戦える冒険者だと知っているはずですが優しいですね。
「そうなんですか……それでその、やっぱりあの方がご紹介してもらったお医者さんなんですか?」
「……ええ、見事に壁に突き刺さってるから顔は見えないけど……服装からして彼が紹介した医者のパラケルよ」
壊れたドアの先、家の壁に突き刺さって動かなくなってしまった方が紹介されたお医者さんなのかと改めて聞いてみるとなんとも言えないような顔をしたシーナさんは間違いないと答えました。
「……そうですか」
やはりあの男性がお医者さんでしたか……
お二人が紹介してくれた方ということは話して見たらイイ人だったりするんでしょうか? 残念ながら今はピクリともしないので無理でしょうけど。
「で? どうしてこうなったの?」
「あのですね、ノックをしても誰も出てこないので待っていたらルルが退屈しちゃったみたいで、その辺を歩き回っていたら屋根の隙間を見つけたみたいでそこから家の中に入ってしまったんです。それでルルが戻って来たと思ったら頬の腫れ上がったパラケルさんがルルを捕まえようとしていて……」
こうなってしまった経緯を詳しく説明していくとシーナさんは大きく頷いて言いました。
「うんうん、成る程ね。それで不審者だと思ってついうっかりミレイちゃんが殺ってしまったのね」
「——いえ、殺ってはいないと思いますけど……その〜ルルがバシッてやってしまって」
「あれをルルがやったの!?」
殺ってはいないと思うのでそれはやんわりと否定しつつ右手でパンチを繰り出す動作をしながらルルがあれをやってしまったのだと言うとシーナさんは驚いた顔をしてルルの方を見ました。私もシーナさんにつられてルルを見るとルルは褒められると思ったのか誇らしげな表情をしています。
「……ええ、まあ」
「凄いわね……頭が良さそうだとは思っていたけど、ただのペットじゃなかったのね」
シーナさんは大きなお腹を庇いながらゆっくりとしゃがむとルルの頭を撫でました。予想通りに褒められたのが嬉しいのかルルは満更でもない顔をしています。ルルは一見可愛らしい動物にしか見えませんから、魔物と戦う姿を見たら驚くかもしれませんね。
ルルを撫でているところを見るとシーナさんは知り合いをあんな風にされてしまったのですが特に思うところはないようです。
「頼りになる相棒なんです」
「そうみたいね。その話はまた今度詳しく聞かせてちょうだい——さてと、自業自得とはいえパラケルをあのままにはしておけないわね」
そう言うとシーナさんはジャンさんに頼んでドアの先の壁に刺さって動かないパラケルさんをひっぱり出しました。そして怪我の具合を見るためにこちらに連れて来ます。
「あらまあ、パラケルも男前になって、どれどれ、んん〜息もしてるしどうやら顔以外は大丈夫そうね」
「ああ、随分と男前になったな」
「大丈夫ですかね? 大量の鼻血を出して白目むいてますけど」
元の顔が分からないぐらい顔が腫れていますが特に大きな怪我もしていないようです。あれだけ派手に吹き飛んでいったのに大したものです。家の木が腐りかけていたのがクッションになったのかもしれません。そうじゃなかったら大怪我をしていたかもしれませんね。
とりあえず息をしているので素人判断ですが……うん、大丈夫でしょう。
容態を確かめるとジャンさんがベッドに寝かせてくると部屋の中に運んで行きました。
「あっ、私もお手伝いします」
「いいのよミレイちゃん、パラケルの家は汚いからここにいなさい」
「キュイ!」
どうやらシーナさんの言う通り部屋の中はかなり酷いようです。中を見て来たルルも部屋の中は森の中よりもグチャグチャだと言っています。ジャンさんにもそこで待っていろと言われてしまいました。
「あの〜シーナさん、パラケルさんは本当に本物のお医者さんなんですか? なんか様子が変でしたしルルのことを実験体と呼んでいたんですけど」
「実験体……そう……悪い癖が出たのね」
「悪い癖ですか?」
「ええ、彼は生物を解剖してその生態を探るのが趣味なのよ。だから珍しい生き物を見ると解剖したくなるらしいの。それも医学の役に立つらしいけどね。だから白衣はいつも血だらけ、本人がそれを気にしないもんだから人前にその姿で現れて街の人たちに気味悪がられているの」
「……そうなんですか」
だから血の跡がたくさんついた白衣を着ていたと言うことですか……可哀想……とは言えないですね。ルルが解剖されそうになっていたということですから、まあDランクぐらいの魔物なら単独で戦うことの出来るルルに手を出せばどうなるかは……こうなってしまった訳ですが。
「ええ、だから医者としての仕事はあんまりないから冒険者ギルドで時々解体の仕事をしているわ。それはそれで楽しいみたいだけど」
「……変わってますね」
「ええ、でも暴走しなければ医者としての腕は確かよ。変わってはいるけど性格も悪くはないしね」
話だけ聞くと村の医者としてはイイ気もしますね。もちろんまだ本人と話したこともないのでこの人に頼もうとは思いませんけど。
私たちの村なら魔物もたくさん狩ってくるので解剖する機会も沢山あるでしょうし、それに伴って怪我をする人も多くてお医者さんの仕事にも事欠かないでしょうから。
村の子供たちもお父様やアンセラーさんみたいなちょっと別次元の人とも普通に接することが出来るので多少変な人を見ても怖がったりしそうにないですから……まあ、少しでも変な真似をしたらどうなるか分かりませんが……あれ、そう考えると私たちの村って少し変わってますかね。
いや、気のせいでしょう。
「寝かせて来た」
目覚めたら村のお医者さんになりませんかと誘おうか悩んでいるとジャンさんが戻って来ました。
「そう、じゃあ帰りましょうか、変なのを紹介したお詫びに美味しい唐揚げを食べさせてあげるから一緒に行きましょう。沢山食べさせてあげるからねルル」
「キュイキュイ!」
美味しいシーナさんたちの唐揚げが食べられると喜びバク宙を繰り返すルル、それを見てシーナさんも嬉しそうです。無表情に見えるジャンさんも心なしか笑っているような気がします。動物が好きだったりするんでしょうか?
「ありがとございます。でもお客さんとして行きますからね」
「はいはい、しっかり者ね」
お子さんが生まれそうな方に奢っていただく訳にはいかないですからね。将来の夢のためにちゃんとお金は払わせていただきます。
「キュイキュイ」
「そうね。美味しいねルル」
お二人の屋台に着くとジャンさんが早速唐揚げなどを用意してくれました。
「こんなに美味しそうに食べてくれると作る方も嬉しいわ、ねっ? ジャン」
「ああ」
「それにしてもごめんね。紹介したのにあんな感じになっちゃって」
「いえ、気にしないでください」
「やっぱりあれは嫌?」
「んん……確かに少し変わった人のようですけど、まだしっかりと話したことがないのでまだ何とも……また今度話をさせてもらおうかと思います。まあ、こんなことになってしまったのでパラケルさんの方から断られてしまうかもしれませんけど」
「そう、パラケルは面白そうだったら行きそうだけどね。さっきも言ったけどあいつは見た目ほど性格は悪くないのよ」
「昔からの知り合いなんですか?」
「いいえ、三年前ぐらいにふらっと現れてあそこに住み始めたから、そんなに昔からの付き合いって訳じゃないわね。客として屋台に来てくれたのがきっかけで知り合った感じね」
「そうなんですか」
シーナさんたちもパラケルさんがこの国に来るまでどこに居たのかはよくは知らないそうです。ただ北の国から来たそうでこの国は見たことのない生物が沢山いて面白いとよく言っているそうです。
「医者を探していると言うことはミレイちゃんは少ししたらこの国を出て行くの?」
「ええまあ、でもCランク冒険者になるのが目標なので当分はこの国にいると思います」
「Cランク冒険者か……ミレイちゃんの歳でCランクを目指すなんて凄いわね」
「いえ、まだまだです」
「ミレイちゃんは宿に泊まっているの? この時期に宿を探すのは大変だったでしょう?」
「ええ、中々見つかりませんでした。でも宿を閉めていた夫妻がご好意で泊めて下さったんです」
「そうなの、良かったわね」
本当に運が良かったです。この街は大きいのでもっと探せば宿はあったと思いますがやはり時間はかかったでしょうから。
「まあ気が向いたらまたパラケルのところに行ってみるといいわ。いくら彼でも貴女と一緒にいるルルに手を出そうとはしないと思うから」
「はい、また今度行ってみることにします」
美味しい料理をいただき楽しい時間を過ごさせて頂きました。ルルのお腹もぽっこりと膨らんで幸せそうな表情をしています。シーナさんとも沢山お話が出来て楽しかったです。さてと、そろそろ帰るとしましょう。
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