第85話 影のチカラ
「まるで姿が見えません」
「……ええ、凄い能力ですね」
一度その姿を確認することが出来れば問題なく戦うことが出来ると思ったのですが、まさか目の前で擬態したにも関わらずその姿を見失うことになるとは思いもしませんでした。
戦いはこれからということですか。
攻撃を仕掛けてきた時に反応出来るように感覚を研ぎ澄ませます。ふとルルを見ると一点を睨んだまま動きません。
「ルルはどこにいるのか分かるんですか?」
「キュイ!」
大きな声で分かると返事をしたルル、どうやら先程の攻撃によってグリープマンティスに多少なりとも怪我を負わせることが出来たのでその匂いを嗅いでいるようです。
クリープマンティスがいるであろう場所にルルが風魔法で攻撃を加えると特に何もないように見える場所で魔法が打ち消されました。どうやらルルが魔法を放った先にいるのは間違いないようです。
しかし姿もなく気配も希薄、ルルのような嗅覚を持たない私とメアとの相性は最悪の敵としか言いようがありません。
「ん? あの影はもしかして」
「どうやら影を隠すことは出来ないようですね。これならば居場所が分かります」
雲に隠れていた太陽が出てくると未だクリープマンティスの姿は見えませんが大きな影が現れました。
私もその場に向かってルル同様に風魔法で攻撃をしていきます。居場所が知られていると気付いたのかクリープマンティスの大きな影が素早く動き出しました。どうやらこちらに向かって来ているようです。
ですが影が見えるだけで姿が見えないのは変わりません。どのような攻撃を仕掛けてくるのかが分からないので油断はしません。
「【石槍】」
クリープマンティスの影に向かって土魔法を放ちます。しかし足元からの攻撃にも関わらず避けられてしまいました。脚を一本奪ったのですがその影響はあまり感じられません。影に向かって何度か魔法を使いましたが全ての攻撃を打ち消され避けられてしまいました。
今日は雲が多くて影が見え辛く、どちらかといえばクリープマンティスに有利と言えるかもしれません。しかし夜になればもっと戦いは厳しいものになるでしょうから早くに決着をつけなければ。
「ミレイ、何か来ます!」
「——わっ!」
すると鎌の影が見えないほどの速度で動いたと思ったら三日月のような風の刃が飛んできました。どうやらクリープマンティスにも遠距離の攻撃手段があったようです。鎌を鋭く振ったことで真空の刃を発生させているのでしょうか、お父様が似たようなことをしていました。幸いそこまでの威力が無かったので打ち払うことが出来ましたが——
「まさかあんなことが出来るなんて」
「決して舐めていたわけではありませんが、多彩な能力を持っているようですね」
見えない攻撃を何とか防ぎ避けながら攻撃を加えようと動きますが中々上手くいきません。ルルは接近戦をしていますが、鎌による攻撃が見えないので苦戦しているようです。白く美しい毛並みが傷付いて滲んだ血で赤く染まって来ています。
私も同じく細かな傷が多く出来てきました。
「——っ!」
「メア、大丈夫ですか!?」
「はい、大したことはありません」
メアも近距離で戦いを行っていたのですが脚による攻撃を受けてしまったようで少し大きな傷を腕に負ってしまいました。しかしメアは一瞬、顔を歪めただけでさっと布で止血してからまたクリープマンティスへと向かって行きました。
鎌による攻撃は大きな動きがあるので空気の流れや音で防ぐことが可能ですが、脚を槍のように使って攻撃をしてきているようで直線的な攻撃は予見するのが難しいです。
普通の魔物なら動けば音がするはずなのですがクリープマンティスは大きな体をしているにも関わらず移動する際にあまり音がしません。
何故なのでしょうか……もしかしたらあの脚に秘密があるのかもしれません。
魔法攻撃を続けていると時折クリープマンティスの姿が現れる時があります。それは魔法が打ち消されなかった時、
「魔法が当たれば姿が現れるようですね」
「なるほど、ミレイとルルは積極的に魔法を使って攻撃してください」
どうやら魔法が体に命中した時はクリープマンティスの姿が少し露わになるようなのでそこを狙ってメアが近接攻撃を加えます。私はルルと連携しながら魔法を使い姿を露わにすると共にメアから注意を逸らしましますが思うようにメアの攻撃は通りません。やはり常時姿が見えないのは戦い辛いと言わざるおえません。
「チッ! なんて戦いづらい」
メアも大きく吹き飛ばされてしまいますが空中で姿勢を直して着地しました。勢いを殺すために自ら飛んだようでダメージはないようです。
このままでは……そうだ!
「メア、ルル、岩の上に移動してください! 行きますよ【泥沼】」
姿が見えないなら見えるようにすればいい。そう考えてメアとルルに声をかけて移動したのを確認してから辺り一帯を泥の沼にしました。
この魔法はシドさんに教えてもらいました。シドさんは水魔法が使えないのですが土を操作して地下水を利用することで泥沼の状態を再現しているとか、私は土魔法、水魔法の両方が使えるのでもっと上手く使いこなせると言われ練習しました。
元々は敵の数が多い時に敵の行動を制限するための魔法だそうです。二つの属性の魔法を同時に使うのは難しくまだそれほど大規模な沼は作れませんがこれでクリープマンティスの行動を制限出来ますし、泥沼に脚を踏み入れれば脚に泥がついて居場所が分かります。上手くいけば鎌にも泥がつくかもしれません。
私たちの移動も制限されてしまいますが先程使った千本石槍を足場に使えるので問題ありません。邪魔になれば消すことも可能ですから。
「これならクリープマンティスの居場所が私達にも分かるようになりますね」
魔法を使うと狙い通りクリープマンティスが泥に沈み始めたようで脚に泥がついて居場所が分かるようになりました。
「これで鎌だけに気を付ければ大丈夫でしょう」
「ええ、私達の足場は減りましたがクリープマンティスも動き難くなったはずです」
メアとルルが岩を移動してクリープマンティスへの攻撃を開始しました。残念ながらこちらの狙いを理解したのか鎌には泥がつきませんでしたが、先程よりもクリープマンティスの動きが分かりやすくなり攻撃するのもまた避けるのも楽になってきました。
メアとルルに続いて攻撃をしようと近付いていくとクリープマンティスが大きく跳躍しました。
上を向いて身構えますがいつまで経っても降りてくる気配はありません。
「これは……」
「……どうやら飛んでいるようですね」
何をするつもりなのかと思ったら泥のついた脚が空中で止まったまま、どうやら飛んでいるようです。メアが背中に攻撃をしてから飛ぶ様子がなかったので羽を損傷してもう飛べないのではないかと考えていたのですが甘かったようです。
あれ程の大きさで飛んでいるにも関わらず羽音は全くしません。あの大きさにも関わらず移動の際に音がしなかったことも気にはなっていましたが何らかの魔法でも使っているのかもしれません。
どのような攻撃をしてくるのかと警戒しているとクリープマンティスは素早い動きで辺りを旋回しながら攻撃を加えてきました。
「くっ、速い!?」
脚に泥がついているので居場所は分かりますが思っていたよりもクリープマンティスの移動速度は速く、とっさに飛び退いて避けましたが肩に傷を負ってしまいました。
クリープマンティスは私達の足場である岩を破壊しながら飛び回っているようです。それと同時に壊した岩の礫で攻撃を仕掛けてきます。
再び私の方へと向かってきたクリープマンティス、もしかしたら森の中に入れば木に邪魔されて飛べないのではないかと思い、背後から近付いてくる気配を感じながら森の中へと走っていきます。止まることなく後ろを見ると木々が斬り倒されていきます。どうやらそう上手くはいかないようです。
このままでは森に被害が出るだけなのですかさず反転してすれ違いざまの攻撃をかわしながら元の場所へと戻ります。
「森の中は駄目みたいです」
「そのようですね」
戦う場所としてはやはりここが最適のようです。
魔法によって木々が倒れ戦いやすくなっています。飛んでいるクリープマンティスにはもしかしたらと思いましたが森の中は影も多く、地上に降りられたら圧倒的にクリープマンティスに有利、この場で戦うのが賢明でしょう。
「ミレイ、そちらに向かいました!」
私の方へと向かってきたクリープマンティス、ちょうど日差しが当たりその姿がぼんやりと見えたので鎌による攻撃を大きく跳躍してかわし、それと同時に飛び続けるクリープマンティスの背中に乗ることが出来ました。
背中に乗るとそれが分かったのかクリープマンティスは更に速度を上げ空中で宙返りをしたりと私を振り落とそうとしてきました。動こうにも動くことが出来ず、しがみつくのに必死になってしまい地面近くに移動した際に自ら降りるしかありませんでした。乗った瞬間に羽を斬り裂いていれば、私のミスです。
あと少しだったのに……
ルルも背中に乗ろうと試みていますが中々上手くはいかないようです。羽を狙って魔法を放っていますがそれも避けられたり打ち消されてしまっています。
このままではクリープマンティスにいいようにされてしまいます。
何とか空中から引きずり降ろさないと。
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