第84話 影との戦い
クリープマンティスや他の魔物が襲ってくることも考えたのですが、特に問題なく朝を迎えました。朝早くからクリープマンティスの捜索を開始します。
今回は被害者が何人か出ているのであまり時間を掛けるわけにはいきません。おそらく今この時もロンドールを目指して進んで来ている商人の方達もいるでしょうし、新人冒険者もこの森に入ることが出来ずに困っているでしょうから。
「どうやらここがリーゲルさんが襲われた場所みたいですね」
街道沿いにいる気配が全くしないので森の中を暫く捜索していると木々が倒れ地面が荒れている場所を発見しました。辺りの倒れた木を見ると綺麗に切断されています。これはクリープマンティスによるものだと思われます。荒れた様子を調べるとあまり時間は経っていないようなのでリーゲルさんが襲われた場所はまず間違いなくここでしょう。
「ここで襲われて誰一人失わずに街に戻ってくるなんてリーゲルさんはやはり実力があるようですね」
「彼等は性格に難があるようなのであれ以上のランクにはなれそうもありませんがね」
メアは中々キツイことを言いますね。
しかし、冒険者はランクが高くなればなるほど高貴な者からの依頼も増えますから、それ相応の態度が出来ない者はCランクからは上がれないでしょう。
リーゲルさんの襲われた場所がクリープマンティスが最近現れた場所なのでその周囲をくまなく探索しましたが残念ながらクリープマンティスの姿はありませんでした。
「やはり移動してしまったのでしょうか」
商人たちが襲われたのは街道沿い、おそらくリーゲルさん達も私達と同じように街道から探して森の中を調べ始めたはずです。
「キュウ」
「そうですね。あっちを探してみましょうか」
ルルがもう少し北側を探そうというのでついて歩いているとルルが何かの匂いを嗅ぎつけたようで警戒するように声を出してから進んで行きました。
それを聞いて私達も警戒しながら進んでいると薪の跡とその周りに壊れた武器や防具、そして人のものであろう骨がありました。
「……どうやら被害にあった方は他にもいたようですね」
「亡くなってからどれだけ経っているのでしょうか? 骨だけしか残っていないので判断が出来ません」
メアの言う通り骨だけしか残っていません。血の跡なのか少し地面が黒ずんでいる場所がありますが臭いも消えているようです。骨はバラバラで何人が被害にあったのか分かりません。ただクリープマンティスに襲われたのは間違いないようです。その証拠に防具が寸断されてしまっており、骨のいくつかも綺麗に寸断されています。
おそらくまだ新人だったのでしょう。
防具はよくある皮鎧でそばに落ちている武器も鋳造のものです。薬草などの採取依頼を受けていたようでカゴには枯れた薬草が入っています。
「彼等はクリープマンティスの存在を知らずにこの森に入ったのでしょうか」
「おそらくは、冒険者ギルドから注意勧告が出る前に襲われた者たちでしょう」
普段はそこまで危険な魔物は出てこないからこの森の中に入って薬草を探していたのでしょう。薪の跡から暗くなるまで探していたのが分かります。そこで訳もわからずクリープマンティスに襲われてしまったのでしょうか、姿もなく仲間が襲われていくのは物凄い恐怖だったはずです。
「——これは、冒険者証。ギルドに持って帰ってあげましょう」
辺りを見回していると多くの武具などが散乱していた場所から少し離れた場所にも幾つかの武具が落ちており、その側の木の近くで冒険者証を一つ見つけました。これをギルドに持ち帰れば身元は分かるでしょう。
そう思いしゃがみ込んだ瞬間、何かが頭の上を通過していく気配を感じました。
「——えっ?」
顔を上げると目の前にあった木がゆっくりと斜めにズレていきました。
「キュウ!」
「ミレイ様!」
慌ててその場から飛び退くと髪の毛が風にのって落ちていきました。どうやら本当にギリギリのところだったみたいです。
「怪我はありませんか!?」
警戒して辺りを見回しますが魔物の姿はありません。すると心配げな顔をしたメアが近付いてきました。頭を下げなかったら首が落ちていたかもしれませんが運が良かったです。「平気です」と言うと安心したように息を吐きましたが何かに気付いたのか目を見開きました。
「か、髪の毛が!?」
「キュア!?」
メアとルルが声を上げたのでひとまとめにしていた髪を触ってみると十センチほど短くなっているようでした。まあ背中まであった髪が少しぐらい短くなっただけなので特に問題はありません。そろそろ切ろうと思っていましたから。ですがメアはショックを受けたような顔をしています。そして何故かルルも。
「髪は大したことはありませんよ。ですがついに現れましたね」
メアに背を預けて姿の見えない敵からの攻撃を受けないように集中します。しかし敵の姿は見えません。クリープマンティスだと思われる先程の攻撃、全く気配を感じませんでした。先程の攻撃をまともに受けてしまえばCランク冒険者といえどやられてしまうのも無理はないかもしれません。
「グルルゥ」
ルルは武装化の魔法を使って鋭い爪を創り出し、尾を鎌のように変化させて辺りを警戒しています。
「姿が見えません。メアは気配を感じますか?」
「何かに狙われている感覚はありますがどこにいるかまでは……」
「——クッ!」
目には見えませんでしたが影が見えたのでその方向に槍を構えると強い衝撃を感じて後方に吹き飛ばされてしまいました。
「ミレイ!?」
「大丈夫です。攻撃を仕掛けてきたときは何とか分かります」
「ギュルル」
私が攻撃を受けたのを見て唸ったルルは辺りに風魔法を使い攻撃を開始しました。このままではラチがあかないと考えたのでしょう。あまり森に被害を与えたくはないのですが仕方ありません。
ルルの風魔法によって辺りの木々が倒れていきますがクリープマンティスに当たっている様子はありません。ルルの様子を見て避けているのでしょうか?
「ルル、一旦私たちのそばに戻ってきて、私が魔法を使います!」
「キュイ!」
「【千本石槍】」
ルルが一旦、魔法を使うのを止めて近くに戻って来たのを確認してから、私達の周囲一帯に石槍を創り出して未だ姿を現さないクリープマンティスの居場所を探ります。一度目を付けた獲物を逃すような真似をするとは思えないので間違いなくこの近くにいるはず、流石にこれで倒せるとは思いませんが広範囲の攻撃なので空中にいなければ——
「ギロロロロ!」
すると私の狙い通りに攻撃を受けたようでクリープマンティスの声が聞こえてきました。その方向を見れば怒ったように両手の鎌を振るうクリープマンティスの姿がありました。
「……やっと姿を現しましたか」
「昆虫風情がミレイの髪をよくも」
何やらメアは私とは少し違うところで怒っているようですがそれにしても……
「あのクリープマンティス、何か変じゃない?」
「確かに、四つある脚にも何やら刃のような物がありますね。……まあそんなことは関係ありませんが!」
メアはそう言うと駆け出してクリープマンティスの懐に入り、弱点と言われているお腹を斬りつけました。
「——なっ!?」
しかしメアの振るった短剣はクリープマンティスに傷を付けることは叶わず甲高い音がして跳ね返されてしまいました。
すかさずクリープマンティスはメアを鋭く尖った足先で貫こうとしましたが既にそこにメアの姿はなく地面だけを砕きました。
「どうやらただの昆虫ではないようですね。本気でいってあげましょう」
そのメアの言葉を理解したのかは分かりませんが嘲笑うかのようにクリープマンティスが声を上げました。するとメアは目の色を変えて駆け出していきました。
クリープマンティスが大きく鎌を横薙ぎにしましたがメアは跳躍して顔を踏みつけてから背に乗り短剣を持ち替えて真下に振り下ろしました。
「ギラァァァァァ!」
今度は先程のような甲高い音は無く、クリープマンティスの大きな叫び声が聞こえてきました。メアの攻撃が効いているようです。
「メアは流石ですね。さてと、そろそろ私たちも戦うとしましょうか」
「キュイ」
私とルルは駆け出してクリープマンティスの懐に入り攻撃を加えていきます。見たところ腹部が鎧のようになっており、これがメアの攻撃を防いだのでしょう。
しかしどのような生物にも弱点は存在します。そうでなければ動くことなど出来ないのですから、ティナさんに生物の弱点や構造を学んでいて良かった。
「脚を一本もらいますよ」
槍に魔力を込めて脚の付け根の柔らかい場所、その中でも胴体と脚を繋いでいるであろう一点を狙って槍を突き立てます。
回転を加えたその攻撃は硬い鎧に邪魔されることなくクリープマンティスの関節を抉っていき緑色の血が飛び散り、大きな音を立てて脚が地面に落ちました。
メアの攻撃に気を取られていたクリープマンティスは突然の痛みに暴れ始めたのでその場から飛び退くとルルがクリープマンティスの眼前を素早く動いて気をそらせてくれていました。
私が離れるとメアもルルも一旦、クリープマンティスから離れてこちらへと戻って来ました。
クリープマンティスは痛みで暴れ回っていましたが暫くして落ち着いたのか四つの目でこちらを睨みつけるようにしてジッと身構えています。
「やはり姿を現していればそこまで手強い相手ではないようですね」
「……それぐらいでCランク冒険者がやられてしまうでしょうか?」
「彼等のことですから油断していたのでは? 傲慢が過ぎたのでしょう」
そうなのでしょうか?
初撃を避けるのは難しいと思います。しかし近くにいると分かれば何か手はあるはず、五人でパーティを組んでいるCランク冒険者たちなら何とか出来そうな気がするのですが……
メアと話しながらもクリープマンティスから目を離さずにいるとまるでそこにいなかったかのようにその巨体がスッと消え去りました。
「なっ!?」
クリープマンティスは擬態の能力で姿を消すと聞いていますがこれはそんな程度のものではありません。景色に溶け込むように消えて行きました。まるで初めから存在していなかったかのように……
「どうやらそんなに甘くはないようですね」
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