第83話 姿なき影
「被害に遭われた方の多くは東の森を通っている街道内で襲われたようですね」
街の中を歩きながらメアとクリープマンティスの情報について話し合います。Cランク冒険者のパーティが失敗したということは敵は中々の強敵ということでしょう。
気を引き締めていかないと。
「冒険者や商人が犠牲になったことで不安が広がりつつあるそうので出来るだけ早く討伐しないと」
まだ大勢が犠牲になったわけではないので、商人の往き来が滞っている訳ではないですが、噂になり出しているらしく商人ギルドから討伐を催促されているとか、建国祭が近いので東の街道——港からの商品を輸送するルートの問題は商人だけでなく、国としても困るそうで、討伐適正ランクの冒険者がこれ以上依頼に失敗するようなら高ランクの冒険者に依頼を頼むことになるそうです。
話によればリーゲルさんは森の中を捜索している最中に襲撃を受けたそうです。それでも何とかパーティの一人も失うことなく街まで戻ってくることが出来たとか、仲間を誰ひとり失うことなく戻ってきたのは流石というべきでしょう。しかしCランク冒険者が襲撃を受けるまで気付かずに接近を許すなんて、それほど戦い難い相手ということでしょうか。
「今回もルルに活躍してもらわなければならないかもしれませんね」
「キュ!」
姿なき影と呼ばれるクリープマンティス。影だけが不気味に近付いてきて、気付いた時には既に遅く、鋭い鎌によって声を出す暇もなく狩られてしまうそうです。
ルルは気配を察知するチカラが私達よりも鋭いですから今回も活躍してくれると思います。
「食事を買っておきましょう」
「昼食と夕食、もしかしたら明日までかかるかもしれませんね」
クリープマンティスが見つからない場合は森近くに泊まることも考えて屋台で何かを買っておくことにしました。食材や調理器具は収納しているので簡単に食べれそうな物を探します。
「キュウ!」
何を買おうかと屋台を見ているとルルが声を上げたので見てみるとどこかを指さしていました。その先を見るとシーナさんの姿がありました。近付くとこちらに気付いたようで手を振ってくれました。シーナさんの笑顔の真後ろに怖い顔のジャンさんもいます。その対比が面白いというか、何というか……失礼ですが見ようによってはシーナさんの後ろに不審者がいるように見えてしまいますね。
「こんにちはシーナさん、ジャンさん」
「こんにちはミレイちゃんにルル、それに……」
「同じパーティのメアと申します」
「私はシーナ、宜しくね」
メアに昨日、別れた後にルルのご褒美にこの屋台で唐揚げを買ってあげたと説明しました。
「今日はジャンさんが店頭には立っていないんですね」
「あんまりジャンの訓練をやりすぎると売り上げが伸びなくて生活が大変だからね」
お腹をさすりながら「この子のためにも頑張らなくっちゃ」と話すシーナさんはもうすでに母親の顔をしていました。
「唐揚げを十個お願いします」
「ジャン、お願い」
「あいよ」
ジャンさんが「よく来てくれた」と言ってくれてから慣れた手つきで肉を揚げ初めるとパチパチという油の音が心地良く、いい匂いが漂ってきました。ルルはさっき朝食を食べたばかりなのによだれを垂らしてそれを眺めています。
「はい、唐揚げ十個。オマケに鶏皮も入れておいたから美味しいわよ」
「ありがとうございます。また来ますね」
ジャンさんとシーナさんに挨拶をして先に進みます。食べ物も十分に買ったのでこれで準備は万端、唐揚げを食べたそうにしているルルにシーナさんがオマケでくれた鶏皮を食べさせてあげて街を出て東の街道へと向かっていきます。
平原を歩き二時間ほどかけてクリープマンティスが出現した森へとやってきました。
「さてと上手く出てきてくれれば良いのですが」
森の中に潜まれてしまっては中々、発見するのは難しいと思います。獲物がやってきたと思って攻撃を仕掛けてくれればいいのですが、
「とりあえずこの街道を歩き回りますか?」
「そうですね。ルル、何か気づいたら直ぐに教えてね」
「キュイ!」
任せろと胸を叩くルル、頼もしいですね。
「実物は見たことがありませんが、メアはありますか?」
「私もないですね。父上に一通りの魔物の特徴を聞いているので知ってはいますが、戦ってみなければ」
クリープマンティスは二メートル程の大きさで魔物としてはそこまで大柄な魔物ではありません。しかし両腕の大きな鎌は斬れ味鋭く、大木ですら難なく斬り倒すと聞きました。それが音もなく近付いてくるのは恐ろしいという他ありません。
背に羽を持っているので飛ぶことも出来ます。そして何より有名で凶悪な能力は周りの景色に溶け込むチカラを持ち合わせているところです。透明になるという訳ではありませんが注意していなければ景色の一部に擬態しているクリープマンティスに気付かずに突然襲われることもあると聞きます。
姿は見えず不気味な影だけが近付いて命を奪う。それが這い寄る影と呼ばれる所以です。
その擬態する能力を活かして全く動かずに獲物が近付いて来るのを待つこともあるとか、まさにハンターと言うべき魔物です。
街道を一時間ほど歩いているのですが、中々姿を現しません。リーゲルさんを襲ったのは五日前の事だと聞きましたがそれだけの期間が空いていればもしや移動してしまったのでしょうか?
——いや、昆虫型の魔物は本能に忠実で自分のテリトリーを変えることは殆どないと聞きました。きっとこの辺りにいるはず、自ら現れないということはやはり身を隠して自分に近付くのを待っているのかもしれません。
「私達を待ち受けているのでしょうか?」
「そうかもしれませんね」
グゥ〜!
メアと話し合っていると可愛らしい音が聞こえてきました。音のする方を見るとルルが俯いて両手でお腹を押さえていました。どうやらお腹が空いてしまったようです。太陽を見れば真上を少し過ぎた辺り、そろそろお昼食の時間のようですね。
「そろそろ食事にしましょうか?」
「キュウ!」
森近くは流石に危険なので木々と距離のある場所を探して唐揚げとご飯にいくつかのオカズを出して昼食にします。
「本当に美味しい唐揚げですね。コツを聞いてみたいです」
ジャンさんの唐揚げはメアの口にもあったようですね。私と違ってただ美味しいというのではなくどのような調味料を使っているのかを味わいながら真剣に考えています。
「それにしても魔物の気配もあまりしませんね」
「ここは重要なルートみたいですから、普段から街道沿いの魔物を狩っているのでしょう。ですからおそらく知能の高い魔物は街道沿いには近付かないのではないでしょうか」
「なるほど、そうかもしれませんね。チカラのある冒険者も多いみたいですし」
脳裏には赤い目をした冒険者レイラさんが思い浮かびました。彼女はどういった戦い方をするのか興味があります。
Aランク冒険者の実力はどの程度のものなのか、アレク兄様やマクスウェルさんと同じくらいなのでしょうか。
戦っている姿を見る機会があればいいのですが、
「キュキュル」
「そうですね。しっかり食べないといざ戦うときにチカラが出ないですね」
考えごとをしていたので手が止まっていたのですが、しっかりと食べろと唐揚げを抱えたルルに注意されてしまいました。厳しい戦いになるのは間違いないと思うので今は考えごとは止めましょう。
ん、やっぱり唐揚げ美味しいです。
「やっぱり見つかりませんね」
食事を終えて少し休憩してから街道を歩き続けて随分と時間が経ったのですがまだクリープマンティスを発見することは出来ません。これまでに出てきた魔物は突撃ウサギや毒毒ムシイなどのGランクやFランクの魔物だけ、突撃ウサギ以外は私たちに気付くと逃げて行きました。
突撃ウサギは相手が強かろうと弱かろうと目があうと向かって来てしまうという魔物、しかし新人冒険者でも倒せてしまうほどのチカラしかないので危険はありません。
そのお肉は癖がありますが調理すれば美味しく食べれるので新人冒険者がお金がない時に食べたり売ったりするような魔物です。何匹か倒したので後で美味しくいただきましょう。
「日が暮れてきてしまいましたね」
空を見ると綺麗な青い空が茜色に変わりつつあります。夜にクリープマンティスを捜索するのは危険が大きいです。一日目で何とか発見したかったのですがそう上手くはいかないですね。
「私が土魔法で安全な場所を作るのでもう少しクリープマンティスを探しましょうか」
「そうしましょう」
それから二時間ほど捜索しましたが発見することは出来ませんでした。ルルも頑張ってくれたのですが何か気配を発してくれなければ広い森の中で目的の魔物を探すのは中々難しいですね。
「そろそろ限界ですね」
広い場所を見つけて土魔法を使い家を作り出しました。家は村で何度も作ったのでもう慣れてしまいました。
「また明日、頑張りましょう」
お読みいただきありがとうございますm(_ _)m