第8話 旅立ち
お父様達が無事に帰ってきたという知らせを受けて表に出る。暫くすると街の人達に囲まれたその姿が見えてきた。
怪我などをした様子もなく元気そうな姿を見てにホッと胸を撫で下ろす。無事に帰ってきてくれて本当に良かった。
お母様は平然とした様子でしたがやはり心配だったのだろう。お父様を抱きしめている。
アレク兄様は怪我などの心配はしていなかったようですが嬉しそうにカイル兄様とシエル兄様と話をしている。
「お父様、兄様、セバスご無事で何よりです。何か問題はありませんでしたか?」
「ん? そうだな。誰も命を失わずにすんだよ」
何事もなかったか聞いてみるとお父様達の表情が僅かに強張りおかしな反応をした。兄様たちも視線を逸らした。お父様は普段、何があろうと表情に出すことはないがお母様と私だけには嘘を付くことが出来ない。何かありましたね。
「……だが少し、少しだけだぞ? 揉め事は起きてしまった……だから早めに出て行った方がいいかもしれないな」
その少しが気になるが多少の揉め事が起きるのは仕方がない。国王陛下の前で爵位を返上すると発言して来たのですから。
「そうですか……では、お父様達が休まれたら明日にでも街を発った方がいいですね」
自分で言った言葉に寂しさを感じてしまいました。
——明日ですか。
お父様達が無事に帰ってきた姿を見て喜ぶ街の方々に悲しい表情を見せるわけにはいかないので我慢しなければ。
無事を喜んでくれている方達にお礼を言い、明日また挨拶をするからと館へ戻った。
最後の食事をするために家族全員で食卓に並ぶ。話をしていると今までにないくらい豪華な食事が出てきた。我が家に長く仕える料理長に視線を向ける。
「街の者達からいい食材を沢山もらいまして、最後くらいよいではありませんか」
料理長はそう言って微笑みました。これを街の皆さんが私達のために。それが嬉しくて離れるのがまた寂しくなってしまった。フリーデン伯爵家はあまり貴族らしい生活をしていなかったので祝い事など以外では食事も質素でしたから、最後くらいは甘えてしまいましょう。料理長お礼を言って食事を始める。
「お父様、この街を出て街の皆さんに会えなくなるのは寂しくなりますね」
「そうだな、心根の優しい者達ばかりだからな……私も寂しくなる。だがまた会えるさ、国を出てから暫くは忙しいだろうが、そのうちな」
街の人々の心のこもった美味しい食事を楽しみ、これからの事や王都での話をした。宰相さんと色々と話をしておいたそうなのできっとこの領地には有能な方がやって来てくれるらしい。それを聞いて安心した。
「皆、今日はしっかりと休むんだ。明日からは忙しくなるぞ」
食事を終えて自分の部屋に戻った私は最後に忘れ物をしていないかを確認した。そしてベッドに横になる前にお祈りをした。
明日、私達はこの街を出て行く。女神アリステルナ様、どうか私が生まれ育ったこの街の人々が幸せになりますように。
◇
「——国王には貴族の位を棄て、国を出ることを宣言してきた。もう私は貴族ではない。あなた方とはもう領主と領民の関係ではないのだ! これからは新しい領主の下、幸せに暮らしてくれることを願っている。次に会える日が来た時は友として会おう。今まで本当にありがとう」
頭を下げるお父様、話を聞いていた街の人々は涙を流しながらレオン様とお父様の名を口にしている。
兄様達もそれぞれが話をして、私も話したい事があるなら話しなさいと言われて街の皆さんの前に立った。
「皆さん、今まで本当にありがとうございました。幼い頃、屋敷から抜け出した私に皆さんが親切にしてくださった事を今でも覚えています。ご迷惑をお掛けしたかもしれませんが本当に楽しかった」
私が話し始めると騒めきは収まった。
「私はこの街が、皆さんが大好きでした。私が不甲斐ないばかりにこんな結果になってしまい申し訳ありません。これから皆さんが幸せに暮らしていけるよう祈っています」
——本当に……大好きです……。
大勢の人々に見送られながら私達は街を後にする。その中にはミリーやギムルさん、それにゼン達の顔もある。ミリーは泣きながら私達に手を振っている。
「——また会えます! きっと!!」
大声で皆んなに届くように叫んだ。
この様な真似は貴族の令嬢なら褒められた行動ではないが私はもう貴族ではない。人目を気にすることなく自由に行動することが出来る。
頬に涙が伝うのを感じながら街の人達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「ミレイ、いつまでも泣いていると皆んなが心配してしまうわよ?」
街の姿が見えなくなり、見慣れた故郷の風景を見ながら泣いていると私を心配したお母様が慰めてくれる。
「最後までついていきたいと言っていた者達の為にも安全に暮らせる場所を探さなければならないのよ」
大人になったつもりだったが私はまだまだ未熟だ。涙はそれからも流れ続けた。
「お嬢様泣かないでください、彼等なら大丈夫です。それにまた会えますわ」
セバスの娘で今回の旅に付いてくれることになったメアも私を慰めてくれる。メアとは年齢もそう変わらないのに私だけ情けない。
お母様とメアが優しい言葉を掛けてくれたおかげでやっと落ち着いてきた。
人前で泣いたのは何年ぶりだろうか、恥ずかしい姿を見せてしまった。
それからの道中、お母様とメアと思い出話をしているとあることに気が付いた。そういえば私はもう貴族ではない。
ということは……
「メア、もう私は貴族ではないの。昔みたいにお姉さんみたいになって?お嬢様なんて言わないでいいの」
「それはダメです!……覚えてらっしゃったんですかそんなに昔の事を」
幼い頃の話をするとメアは顔を赤くした。
私がまだ幼い頃、メアは私の遊び相手をしてくれていた。幼かったメアは私に「お姉さんなの」と胸を張っていたのを覚えている。遊び相手をするようにセバスから頼まれたのだろう。よく世話してくれたが私がお転婆になったのはメアの影響が大きかった気がする。昔みたいにメア姉って呼ぼうかしら?
「お父様もセバスもそう思うでしょう?」
私達の乗る馬車のすぐ横で幼い頃の話を聞いていたお父様と御者をしてくれているセバスに同意を求めてみる。
「そうだな、セバスは着いて来てくれると言ってくれたがもう私も貴族ではないし自由にしなさい。でも急には難しいだろうから無理を言ってはダメだぞ」
「お嬢様、私は旦那様が貴族だったから仕えていた訳ではありませんので変わるつもりはありませんが、メアも自分で考えれる歳ですので二人でお決めになればよろしいかと」
「父上までそんな!」
「ゆっくりでいいから昔みたいに仲良くしましょう、これからもよろしくねメア姐」
「……はい、ミレイお嬢様」
仲良くなることは了承してくれたがメア姐と呼ぶはやめて下さいと言われてしまった。
私達家族と共に王国を出ることになったのは執事長でありフリーデン最強の兵士でもあるセバス、セバスの娘でメイドをしていたメア、そして兵士達の中から選抜された兵士七人、全員で十五人の旅路。
長旅に耐えれそうもない者や家族を持つ者を除いた者達から重臣の方達がそれを決めた。
あまり大人数になると王国から追っ手などを送られてきた場合に発見されやすいため同行者を選ぶ必要があったのだ。
私達について行きたいと希望する方は多かったようですが誰かを選ばないとならない為、基本的には力のある者や旅の役に立てそうな技能を持つ者が選ばれる事になった。
工兵としての技能を持つ者や衛生兵としての技能を持つ方など、それに男性だけでは私やお母様が気を使うのではと考えてくれたようで女性兵士の中からも選ばれたようだ。本当に色々なことを考えてくれて感謝の言葉しかない。
お読みいただきありがとうございますm(_ _)m