第79話 ジュエルベリィ
「よし、では私が——っ!?」
地面の振動から敵の位置を探るそうなので周りの木から素早く飛び移ってツタによる攻撃を受ける前にジュエルベリィを採取しようと思い近くの木に飛び乗ろうとすると私達の反対側から何かが来る気配がしました。
メアと合図を交わして気付かれないように隠れて様子を伺うことにしました。すると狼型の魔物の群れが現れました。二十頭程いるように見えます。
あれはDランクのハウンドウルフ、微かな匂いを嗅ぎ分ける嗅覚と遠方の獲物を見逃さない鋭い視覚を持ったハンターです。
ジュエルベリィは栄養価も高いので肉食の魔物も誘き寄せると聞きましたが事実だったようです。
普段ならば彼等の鋭い嗅覚によって私達が近くにいることが分かってしまうはずですが、ハウンドウルフという獲物が近付いて来たことにジュエルトレントが気付いたのかより強くなった甘い香りで私達の匂いがかき消されているようで気付かれてはいないようです。
ハウンドウルフはそのまま無防備にジュエルトレントに近付いて捕まってしまうと思ったんですが一定の距離を保ったまま動きません。どうやら甘い匂いを発しているのがジュエルトレントだと分かっているようです。
何かを伝えるかのように一番体格の良いハウンドウルフが鳴き声を上げると周囲に散って行き、ジュエルトレントを囲む形になり、そして一斉に駆け出しました。
それに反応して地中から鋭い槍のような根が突き出てきましたが素早く動いてそれを避けて行きます。
どうやら協力し合ってジュエルベリィを取ろうとしているようです。地中から現れる攻撃を素早い動きで避け続けている間に一際大きなハウンドウルフが大きく跳躍をしてジュエルベリィを取ろうとするとそれに気付いたのかツタを動かして攻撃を加えました。
跳ね飛ばされる群れのボス、しかし大きなダメージは負っていないようで、唸り声を上げながらもう一度チャンスを伺っています。
地中からの攻撃で辺りは穴だらけになっています。上手く避けていたのですが、動き回っていたハウンドウルフの一頭が穴に足を取られて転びました。
直ぐに起き上がろうとしますがその瞬間を待ちわびていたかのように地中から現れた根がその一頭を次々と刺して自分の元へと引きずっていきます。そして木の幹が割れるように開いた口の中へと放り込みました。口の中には鋭い牙が並んでおり、グシャグシャと咀嚼する音が聞こえてきます。そしてまるで蜜が流れるように赤い液体が木の幹を流れていきます。
それを皮切りに次々とハウンドウルフを食べていくジュエルトレント、群れのボスはジュエルベリィのみを狙うことを諦めたようでジュエルトレント本体への攻撃を開始しました。
ツタを切り裂き、幹のような体を引き裂くと呻き声なのか地鳴りのような声を発しました。
すると幹の中心辺りがメキメキと音を発しながら割れるように開き始めました。そこから現れたのは大きく鈍く輝く赤い目、ギョロギョロと辺りを見渡しています。怒っているのか血走ったその目は群れのボスを捉えました。
中々見応えのある戦いをしています。DランクのハウンドウルフがCランクのジュエルトレントとこれだけ戦えるとは思っていませんでした。それにジュエルトレントはただのCランクの魔物ではありません。自ら人を襲ったりはしないのでCランクとされているだけで実際の能力はBランクの魔物に匹敵すると言われていますから。
しかし健闘もここまでのようです。
先程の攻撃で本気になったようで先程よりも攻撃の数が増えました。次々と体を貫かれていくハウンドウルフ、そしてついに攻撃がハウンドウルフのボスを捉えました。今までは地中からの攻撃とツタによる攻撃のみだったのが突然枝を動かしてハウンドウルフの胴体に攻撃を加えました。それをまともに受けてしまい吹き飛んで体を強く打ち付けた瞬間、体を根が突き刺して口へと運んで行きました。
それを見ていた生き残っているハウンドウルフが逃げようとしましたが、数え切れない程の根の槍が地中から現れて全てのハウンドウルフを突き刺して全滅させました。
辺りに静けさが戻り、全てのハウンドウルフを食べ終える頃には強烈な甘い匂いは少しづつ薄れてきました。とうやら満腹になったようです。
すると器用に根を使って地面を均して行きゆっくりと目を閉じるとまた周りの木に同化するように動かなくなりました。
「凄い物が見れましたね」
「ええ、魔物同士の戦いもそうですがまさか自ら地面を均すなんて、面白い生態を見ることが出来ました父上に報告せねば」
セバスは生物の生態を知るのが趣味らしいので良い報告が出来るとメアは喜んでいます。
さてと、満腹になったようなのでそろそろジュエルトレントと戦わずに採集することが出来るかもしれません。
「キュ!」
ジュエルベリィを今度こそ採りに行こうとするとルルが俺が行くと手を上げました。
確かにルルは速いですが、……任せてみましょうか、やる気になっているのですから。
「分かりました。お願いします」
「キュー!」
ルルは任せろと言うと雷魔法を見に纏いバチバチと稲妻がルルの周囲を走り始めました。そして地面を踏みしめて目にも留まらぬ速さでジュエルトレントへと向かって行きました。枝の上を駆け回っていますがジュエルトレントは動きを見せません。どうやら上手くいっているようです。ですが一房咥えて帰ってくると思ったのですが帰ってきません。
見ているとジュエルトレントもジュエルベリィを奪われていることに気付いたようで動き始めましたが、ルルの速さにはついていけないのかツタや枝を動かすだけ、そして暫くするとルルは私達の方へと戻って来ました。
「あれ、何も持っていませんね」
帰って来たルルは何も咥えていませんでした。しかし見た限りではジュエルベリィは無くなっているように見えるのですが?
「キュ!」
首を傾げてルルを見ているとルルが手を上げました。すると次の瞬間、沢山のジュエルベリィが現れました。
「——えっ!?」
これは一体どういう……もしかして次元収納が出来るようになったのでしょうか?
メアも目を見開いて驚いています。
「……ルル、もしかして次元収納が出来るようになったんですか?」
「キュ!」
そうだと頷くルル、まさかそんなことが出来るようになっていたなんて、よく聞いてみれば私やお母様が次元収納を使っているのを見て自分も出来ないだろうかと練習していたそうです。
少し前から出来たそうですが、今まで誰かの前で使う機会がなかったみたい。それにあまり多くの物は収納出来ないみたいで自慢するような事でもないと思っていたようです。
まさかそんなことまで出来るなんて、以前よりも速くなっているようですし、凄いですね……
「これだけあればもう十分ですね。しかしこれだけのジュエルベリィを無傷で取ってくるなんて中々出来事ではありません」
「これは凄い特技ですね」
ジュエルトレントは貴重なジュエルベリィを採集することが出来るのでよっぽどのことがなければ討伐することは禁止、とまではいきませんが国や冒険者も積極的に討伐をしようとはしません。
一度採集しても暫くすればまたジュエルベリィが生えてくるので何度でも採集することが出来ます。
まさに金のなる木、そんな魔物を討伐するのは勿体無いですから。それに場所さえ特定しておけば大した危険はありません。逆に人にとって危険な魔物を狩ってくれる場合もありますから。
しかし近付くとなるとかなり危険なのでジュエルベリィを採るのは普通命懸けになります。今回はルルの身軽さと素早さ、それに次元収納が使えることでジュエルベリィの採集が容易に出来たみたい。誘われてきた獲物が小さい場合は何もしない場合もあるそうなのでルルにはもってこいの依頼だったようです。ですが他人にこのことを知られればジュエルベリィの採集のためにルルは誘拐されてしまうかもしれないですね。
「これだけあったらかなりの報酬が手に入りそうですけど、無駄に目立ちそうなので納品するのは十房ぐらいにした方がいいのでは?」
メアも私と同じような懸念を持ったようです。私達に褒められて自慢げに腕を組むルルを撫でながら、二十房ぐらいある中から半分ほどを納品するだけで済ませた方がいいと提案してきました。
「そうしましょう。収納しておけば長期間保存しておくことも可能ですし」
「大樹の槍の初依頼はルルのおかげで大成功に終わりましたね」
「ええ、私達は何もしていませんけど、ルルは冒険者として立派にやっていけそうですね」
今回の依頼は完全にルルの手柄です。
戻ったらご褒美に何か美味しい肉料理を買ってあげないと、エデンスの串焼きみたいにルルが気に入る美味しいものがあったら良いのですが。
お読みいただきありがとうございます。始めから読み直していると色々な所を改善したくなってきます(´・Д・)」




