第78話 Cランクを目指して
目が覚めて外を見るとまだ薄暗く人の姿はありません。ルルは未だ熟睡中。何か楽しい夢でも見ているのか脚がバタバタと動いています。
下で何かの音がしたので一階に下りていくとロナさんが掃除をしていました。厨房からも音がするのでヨハンさんも起きているみたい。
「おはようございます。もう起きていらしたんですね」
「おはようミレイちゃん。年寄りの朝は早いのよ」
ニコッと笑い返事を返してくれるロナさん。普段から薄暗い時間に起きてしまうそうです。
年齢もあるし長年、早くに起きて宿の準備をしていたそうで癖が抜けないそうです。
目がすっかり覚めてしまったのでロナさんの手伝いをしているとメアが降りてきました。
「ミレイ、もう起きていたのですか」
「なぜか目が覚めてしまって。メアは料理の手伝いをしに?」
「はい。お世話になるのでやっておこうと思ったのですが、どうやら先を越されてしまったようですね」
ロナさんに挨拶をするとメアはヨハンさんのお手伝いをしに行きました。
「あれ、ヨハンさんたちの知り合いか何かですか?」
庭の掃除をしていると慌てた様子で通りを走ってきた若い女性が話しかけてきました。
「おはようございます。昨日知り合いまして、御好意で泊めていただいているのでお手伝いをしているんです」
「そうなんですか、人を雇ってまた宿を始めたのかと思いました」
「あの、貴女は?」
「私はリタです。二人を幼い頃から知っていまして、——あっ、これから仕事なので失礼します」
丁寧に頭を下げて名乗ってくれたので私も名乗ろうとすると彼女は慌てて走って行きました。
「終わりました」
「ありがとうミレイちゃん」
「さっきリタさんという方にお会いしました」
「あらそうなの、リタちゃんは近所の娘さんでね。赤ん坊の頃から知っているわ。今は料理人の修行中なのよ。この時間だと遅刻ね」
だから急いでいたのですか、あまり怒られていないといいのですが。
「おや、早いなミレイ。もう起きていたのか?」
声をした方を見ると兄様が階段から降りてきました。肩にはまだ眠そうに目を擦るルルがいます。
「兄様、おはようございます。ルルも目が覚めたのね。偶々目が覚めたのでお手伝いをしていたんです」
「そうか、偉いな。ロナさん力仕事がありましたら遠慮なく言って下さい」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
少し遅れて来たマクスウェルさんを交えて全員で食事を摂ります。話を聞くと今日の朝食はヨハンさんが作ったみたい。夜ほど食べる訳ではないので朝食の準備は一人でも十分だそうです。今後は交互に作っていくとか、国が違うので知らない料理があるらしく勉強になるそうなのでメアは毎日手伝うと言っています。
「さてとそろそろ行くとしよう。ミレイ、メア、大樹の槍は任せたぞ」
「はい」
「お任せを」
朝食を終えて片付けを手伝うと兄様、マクスウェルさん、ネイナさんは早速商人探しをしに街へ繰り出しました。
「私達も行きましょうか」
「キュ!」
「ええ、大樹の槍の記念すべき一回目の依頼になりますね」
気を付けてと言ってくれるヨハンさんとロナさんに挨拶をして冒険者ギルドに向かいます。どのような依頼があるのでしょう。
冒険者ギルドに入ると昨日と同じように多くの人たちの姿があります。さてと、早速依頼を探すとしましょう。
「Cランク依頼も受けることが出来ますが今回はDランク依頼を受けてみましょうか」
「そうしましょう」
話し合った結果、今回はDランクの依頼を行うことになりました。次回以降Cランク依頼に挑戦することにしました。
Dランク依頼が張り出してある掲示板に向かい依頼を探します。何やら周りにいる冒険者の方達が私達のことを見ているようですが、今は依頼を何にするかに集中しないと。
ポイズンファンガスの討伐、殺人樹の討伐、シャドウハンターの討伐、アムドホーネットの蜜を採集、ジュエルベリィの採集、ペタル村までの護衛、エデンスまでの護衛——
エルドラン王国にはいない魔物も多いみたいで聞き覚えのない魔物も多いですね。やはり商人が多いので護衛任務も多いですが一つの依頼にあまり時間を掛けるわけにはいかないので今回は止めておきましょう。採集依頼も沢山ありますね。旅をする上で必要になりそうなので色々と経験しておきたいですね。
「討伐依頼か採集依頼を行いたい所ですね」
どうやらメアも同じことを考えていたようです。これはどうでしょうか?
「メア、これはどうでしょう?」
「ジュエルベリィの採集ですか、沢山あればお土産にも出来るしこの辺りの森の様子を探るには良いかもしれません」
「ではこの依頼に決定ですね」
依頼の受注のために受付に向かいます。
昨日の受付嬢のサナさんが居らしたのでそこに向かいます。するとこちらに気付いたようで微笑みを向けてくれました。何故か辺りをキョロキョロと見回しています。
はて?
「どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません。今日はお二人なんですか?」
「他の二人は忙しいので当分冒険者の仕事は休業かもしれないです」
「そ、そうなんですか……」
兄様とネイナさんは当分冒険者の仕事はしないかもしれないと伝えると残念そうな顔をしました。何か用でもあったのでしょうか?
「あっ、依頼の受注ですよね。えっーと、ジュエルベリィの採集ですね。最低でも一房、数によって報酬も変わるので頑張って下さい」
「はい、では行ってきます」
大樹の槍として依頼を受注してから冒険者ギルドを出て早速ジュエルベリィを採集するために森へと向かいます。そういえば——
「ねえメア」
「何ですか?」
「受付嬢のサナさんは何で残念そうにしていたのでしょうか?」
「ああ、アレクさんが居なかったからでしょう」
「兄さんが?」
「サナさんはアレクさんに好意を抱いているんだと思いますよ」
「好意? 好きということですか?」
「ええ、恐らく」
恋ということでしょうか?
昨日初めて会ったのに?
そういえば昨日、兄様に話し掛けられた時に顔を赤くして固まっていましたね。あれはそういうことでしたか。今思えばエデンスの受付嬢をしていたアニスさんも同じような反応をしていたような気がします。
んん……私は今までにそういったことを感じたことがないのでよく分かりませんね。
そういえばお母様もお父様と出会った時にビビッときたと言っていましたね。
私もいずれはそのように感じることがあるのでしょうか? バレイル殿下との婚約を決めた時はそういったことを感じたこともありませんし、考えたこともありませんでしたね。直接会っても緊張することも顔が赤くなることもありませんでした。そういえばバレイル殿下を見ると嬉しそうにキャアキャアと悲鳴をあげる女生徒が居ましたが私には意味が分かりませんでした。婚約破棄を言い渡された時もフリーデンと領民のことしか気になりませんでしたから。
「私にはよく分かりませんね。さてと依頼依頼!」
「……ミレイ」
「……キュ」
何やら後ろからため息が聞こえたような気がしましたが気のせいでしょう。
ジュエルベリィは葡萄のように実が集まって生っている果実です。一つ一つの実がまるで宝石のように美しくその色は栄養によって変わると言われています。甘みと酸味のバランスが素晴らしく一粒で頬っぺたが落ちてしまうと言われるほどの美味しさです。
その見た目から貴族など上流階級の人達が好んで食するので価値も高いです。普通の木に生っている訳ではなく、ジュエルトレントと言う魔物がお腹が減った時にジュエルベリィから甘い匂いを発して獲物を誘うために利用しています。実際のところは果実というよりは魔物から採れる食材みたいな感じでしょうか。
ジュエルトレントはCランクの魔物です。見た目はまさに木、擬態して近付いてきた生物を餌とします。普通の生物と同じように目や口がありますが、普段は木と同化するために閉じています。森の中にあると普通の木と勘違いをして被害に遭う人が多いと聞きます。
地面から近付いてきた獲物は地中から突然現れる根が獲物を突き刺すか巻きついて離さず、鳥など枝に飛び乗ってくる生物は枝からツタのように擬態している触手があるのでそれで捕まえて食べます。
討伐するとなると命懸けになりますがジュエルベリィだけを取る分には素早い動きが出来る者なら攻撃を受けずに採集することが出来るそうです。学園に入る前にセバスが採ってきてくれたことがあったので詳しく聞いたことがあります。
食欲が満たされると甘い匂いはしなくなり、動きも遅くなるとそこが狙い目で素早く採ってしまえば攻撃を受けることなくジュエルベリィを手に入れることが出来るそうです。実力のない人はそのまま餌になるそうですが、まあそれは当たり前ですね。
匂いに敏感なルルもいるので森の中で擬態したジュエルトレントを探すのはそう難しくはないでしょう。その話をしたらルルは俺の出番がやって来たかとやる気満々になったので任せようと思います。
街を出て北の森に入ると私達の前をルルが歩いて行くのでついて行きます。
「キュ!」
すると何か気になる匂いがしたのか立ち止まり鼻を動かしたと思ったら駆け出しました。
「何かあったようですね」
「行きましょう」
ルルを見失わないように追い掛けて行くと一本の木を見つめて立ち止まっていました。甘い匂いがしますね。あれがジュエルトレントなんでしょうか?
「どうやら間違いないようですね。あれを見て下さい」
メアの指差す方向を見ると青い宝石のような果実がなっていました。間違いなくジュエルベリィみたいです。甘い匂いがするということはお腹が空いているという事ですね。という事は気を付けて動かないと本格的な戦闘になる可能性が高いです。相手はCランクの魔物、気を付けて動かないと。
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