第74話 後悔しない選択
先を急ぐと断りを入れ、馬に乗ろうとする兄様に向けて怒鳴るひとりの兵士、剣を抜いて近付いて行きます。しかし兄様に触れることも出来ないでしょうから手は出しません。
他の人が動かないか警戒だけはしておきます。冒険者の方たちに動かれると面倒ですから。
「無礼? これが貴方がたの礼儀か」
兄様も少し怒っているようです。
冷静な表情、言葉にも怒気が込められているのが分かります。
助けに入った者に対する態度ではないのだから当然です。
私も貴族だったので、主人を立てようとする臣下の気持ちを少しは分かります。しかし勘違いをしている貴族やその臣下たる兵士の横暴な態度を許すつもりはありません。あの子爵もこのような状況を止めることもしません。
やはり助けるべきではなかったのでしょうか。このような人たちならば襲われるべくして襲われていた可能性もあります。
「黙れ、冒険者風情が! 我らが主人に話しかけられたことを光栄に思うがいい!」
「まて「ぐあっ!」
子爵が何かを言おうとしましたがその前にマクスウェルさんが目にも留まらぬ速さで兵士の胸元を掴んで持ち上げました。
苦しそうに呻いています。
「……斬り捨てるだと、お前如きが?」
マクスウェルさんはやはり怒っていたようです。こうなるのではないかと思いました。
周りにいた兵士たちも剣を抜き、冒険者の方たちも武器に手をおきました。
辺りには緊張感が漂っています。
戦いになるかもしれません。
「貴様っ!」
他の兵士がマクスウェルさんに向かって行きます。私も動きそうになりましたが、兄様に手で制されました。マクスウェルさんに任せろという事でしょうか?
「一歩でも動いたら全員消すぞ」
するとマクスウェルさんが恐ろしいほどの殺気を放ち言いました。周りの兵士たちは金縛りにあったように動かなくなり、冒険者の方たちの顔にも汗がみえます。
それでも動けるようなので確かなチカラがあるようですが、だからこそマクスウェルさんのチカラが分かるのでしょう。
真剣な表情をしています。
マクスウェルさんに持ち上げられている兵士の方は間近でその殺気を受けてしまったためか顔を青くして動きません。
貴族である子爵も固まってしまっているようです。
「——マク兄、もういい」
マクスウェルさんに兄様が言いました。すると掴み上げていた兵士を投げ飛ばしました。勢いよく投げ飛ばされた兵士は綺麗な弧を描いて他の兵士にぶつかり動かないまま、
「申し訳ないですが我々は先を急ぐので失礼します。道中お気をつけ下さい」
兄様はそう言って背を向けるとマクスウェルさんも殺気を消しました。周りにいた子爵、兵士は膝をついています。若い冒険者の人たちもふらつきました。ホッとしてチカラが抜けたのでしょう。
圧倒的なチカラの差がある者から受ける殺気というのは凄いですからね。
心臓を掴まれているような感じがして呼吸も上手く出来なくなります。
私も少し前に感じましたが、あれは中々身体への負担が大きいですから。
「行くぞ」
全員でその場を後にします。
追いかけられては面倒なので馬車を出すことなく速度を上げて先を急ぎます。
チラリと振り返って様子を伺うとまだ呆然と立ち尽くしているように見えます。
◇
「よし、これだけ進めば道中、彼等に会うこともないだろう。それにしてもまさかエルドラン王国の貴族に会うとはな」
少し先に進み、速度を落として先ほどのことについて話をします。
確かに商王国でエルドラン王国の貴族に出会うとは思いもしませんでした。
「ムカつく兵士だった、勘違い野郎め。あそこに全うそうな冒険者がいなければ全員消しても構わなかった」
マクスウェルさんの怒りは収まっていないようですね。中々過激なことを言っています。
「恩知らずとはあいつらのことを言うのにゃ、不快な兵士だったにゃ」
「特権階級にいる者やその側にいる者は自分が特別だと勘違いをしてしまうからな」
ネイナさんも怒っています。見つけなかったら良かったと言っています。残念ながらエルドラン王国にはそういう方が多いようです。学園でも貴族以外の学生に厳しい態度をとる貴族の子弟が多くいました。もちろん中にエレナさんのような素晴らしい貴族もいましたが、
「助けない方が良かったのでしょうか?」
「……いや、多勢に無勢だったのは事実だ。それにあの冒険者たちの手助けが出来たと思えば助けて良かった」
「そうですね」
「今回のように良かれと思った行動でも結果が良好ではない場合があるからよく考えて行動するんだぞミレイ」
「はい」
「まあ、結果はどうあれ後悔しない選択をすればいい」
人助けをするかの選択は中々難しそうですね。ネポロ村の人たちのように明らかな被害者なら直ぐに助けたいですが、中には襲われるに足る理由がある場合もあるかもしれません。
兄様は先ほどの方たちを助けて怒りはすれど後悔をしていないようです。私にはまだ割り切ることが出来そうもありません。
……考えても答えは出ないかもですね。
今回は続けてそのような場面に遭遇してしまいましたが、何度もあることではないでしょうから……その時の判断を信じるしかないのかもしれません。
「さてと、気を取り直してロンドールへの旅を続けよう。もしも向こうで会っても手を出しては来ないだろう。マク兄の殺気を受けていたからな」
「もし来たら倒せばいいだろ、奴らは商王国の貴族じゃないしな」
不穏な空気にはなってしまいましたが、またロンドールに向けての旅の始まりです。かなり急いだので、ロンドールへも随分と近付いたでしょう。再び馬車を出してゆっくりと進んで行きます。
「キュイキュ」
「……まあそうですね」
ユキの頭の上で寝転がっているルルは言いました。人は面倒な生き物だと——中々辛辣で的を得た意見ですね。
林の中を進んでいると日が沈んできたので進むのはやめて休むための準備を行います。木々もあまり密集していないので魔物が来たとしても直ぐに気付くことが出来るでしょう。
食事を終えるとマクスウェルさんが何かを持ってテントの方へと歩いていました。
「それは何ですかマクスウェルさん」
「ん? お嬢か、仕方ない教えてあげよう。これは俺の睡眠七つ道具のひとつ、安眠マクラ! 最高級の羽毛を使い信じられないほどの柔らかさを実現し、一度使えば他のマクラは使えなくなってしまうという一品」
前にも七つ道具のひとつを見せてくれましたが他の品を見ることが出来るなんて、
「今回は嫌な気持ちを忘れるために使おうと思ったがお嬢に見つかったから仕方がない。お貸ししよう」
「良いんですか?」
「俺はハンモックで寝ることにするから、どうぞその凄さを味わってくれ、これで良い夢を見れば嫌な気分も直ぐに飛んでいくだろう」
良いものを借りてしまいました。
前回借りたハンモックは寝心地がすごく良かったので期待大です。それにしてもマクスウェルさんは七つ道具の説明するときは商人みたいな口調になりますね。
「キュイーン」
「良いですよ。大きいのでルルも使えますから」
ルルも使いたいそうです。
ハンモックの寝心地が気に入ったらしくて今回も試したいみたい。
安眠マクラを持ってテントに行くとメアが寝る準備をしていました。ネイナさんはもう寝ているようです。そういえば先ほどの出来事からメアはあまり話しません。
どうしたのでしょうか?
「メア、どうかしたの?」
「ミレイ……いえ、あの兵士は臣下の風上にも置けぬ者だったので怒りを静めていました」
メアも先ほどの出来事を怒っていたようです。長年フリーデン家に仕えてくれているセバスを見て育ったのであの態度が許せなかったようですね。
「主君の話に割って入るなど愚の骨頂、今度出会うことがあり、態度を改めていないようだったら……」
闘氣が漲っています。
どうにか落ち着かせないと、
そうだ! これを使えば、
「さっ、メアも疲れているようですし、早く寝ましょう。このマクラは大きいのでメアも私たちと一緒に使いましょう」
「キュイキュ……zzz」
ルルがマクラの真ん中を陣取り仰向けになると柔らかさを喜ぶように声をあげましたが一瞬で眠りにつきました。まるで力尽き息絶えたように、
「ルルも疲れていたようですね。さてと明日も早いでしょうから私も寝ることにしましょう。お言葉に甘えてマクラを使わせていただきます……zzz」
「!?」
メアまですっと寝ました。何という効力なのでしょうか安眠マクラ。少し怖いですが、私も寝ることにしましょう。明日にはロンドールに到着しそうですし……
「ミレイ、朝だぞ」
「んん、もう朝ですか……」
何という寝心地の良さ。
素晴らしいマクラでした。
未だにルルは眠ったまま、大の字に手足を伸ばして気持ちよさそうに寝息を立てています。
「お嬢どうだった?」
「凄かったです。ルルはまだ寝ています」
満足そうに頷くマクスウェルさん。
食事を終え準備を終えると出発します。
メアも寝心地が良くていつもより寝すぎてしまったと言っていました。昨日の怒りもどこかに飛んでいったようです。恐るべし安眠マクラ。
あと五つが気になります。
「見えたにゃ!」
馬車の屋根に乗って辺りを眺めていたネイナさんが声を上げました。最後尾にいたのですが丘を登っていきます。
すると大きな都市が見えてきました。
「あれが商王国トルネイの首都ロンドールですか」
巨大な外壁が街を囲っていてその周りには堀が、街の中にも水を引いているようでもう一つ堀があります。
その中には更に外壁が二つもあり、その中心に城がそびえ立っています。
これが帝国にも一目置かれる国の首都ですか、凄いですね。
「行きましょう」
お読みいただきありがとうございますm(__)m




