第73話 順調な旅路で
ロンドールを目指して五日が経ちました。今のところ問題は何も起こっていません。
何度か魔物と戦いにはなりましたが、大した強さを持たない魔物ばかりです。
ユキやハヤテたちもエデンスにいる時はあまり走らせることが出来なかったので動くことが出来てご機嫌、予定よりも早く着きそうです。
「さて、そろそろ休憩しようか」
ユキがもう少し走りたそうにしていたので私は辺りを駆けてくると兄様に言ってユキを走らせます。気持ち良さそうに風を切りながら声を上げています。
さて、そろそろ戻りましょうか。
皆さんはテントを張っている最中、私も手伝わないと。
「おや、お嬢無事に帰ってきたか」
「どういう意味ですか?」
「ひとりで行かせたから何かに巻き込まれる可能性があると思ってな」
「そんなにいつも何かに巻き込まれる訳ではありませんよ」
全く、失礼な。
マクスウェルさんと言えど許せません。お母様に色々と告げ口をしてしまいましょう。
ふふ、いつも近くでこういったことを考えていると何故か気付かれてしまいますが、今回は少し距離を置いてから考えているのでマクスウェルさんでも止めることは出来ませんね。
「お嬢」
「——っ!?」「キュ!?」
「エルザ様に何か言うのは禁止だから」
気付かない間に私の背後にいたマクスウェルさんがお母様に言うのは禁止だと言ってきました。
ビックリしてしまいました。
ルルも気付かなかったようです。
特殊な能力があるのでしょうか。
こういうことを考えると必ずマクスウェルさんは気付いて口止めをしてきます。
近くで見ていた兄様に聞いてみます。
「兄様、マクスウェルさんには特殊能力があるのでしょうか?」
「ああ……母上と一緒に行動していたせいで危険察知の能力が高いようだ。昔からそうだった」
何かを思い出すように懐かしい顔をする兄様、色々と世話になったと言っていたので昔のことを思い出しているのでしょう。
「なるほど……羨ましい能力ですね」
その能力があれば先手を取られる危険が少なくなりますね。
「ちょっと特別なんだマク兄は……なのにいつも一言余計で黒焦げにされているが」
「えっ? 聞こえませんでした」
「気にしないでそろそろ寝なさい。明日も朝早いぞ」
◇
「こんなに平和な旅が出来るなんて思わなかったな、あと少しでロンドールだ。この感じでさっさと商人を探して村に帰ろう」
マクスウェルさんが馬車を操りながらそう言いました。何やらまた私のことを言っている気がしますが、今回は見逃しましょう。
どうせ口止めされてしまいますから。
ロンドールに着いたら私の役割はCランクを目指すこと、依頼も増えているでしょうから楽しみですね。
のんびりとユキに乗って「あれは何にゃ?」、馬車に乗っているネイナさんが声を出しました。
「何かありましたか?」
「あそこですにゃ」
ネイナさんが指をさす方向を見てみます。
凄く遠いのであまりよく分かりませんが、何か黒い点が移動しているようです。
馬車でしょうか?
私たちのように旅をする方もいると思うのですが、あれがどうかしたのでしょうか?
「様子がおかしいにゃ」
ネイナさんはこの中でも特別目がいいのであの馬車の様子がおかしいそうです。
「兄様どうしましょうか?」
「そうだな……あまり時間を取られたくはないんだが、ネイナがもっとよく見える位置までは移動してみるか」
「はあ……つかの間の平和だったな。こうなると思ったんだよ」
兄様の言葉を聞いたマクスウェルさんがそう言ってため息をつきました。今回はネイナさん発信なので私のせいではありませんよ。
という訳でネイナさんが状況を確認できる位置まで移動します。
「どうだ……分かるか?」
「馬車が何者かに襲われているにゃ、周りで護衛をしている者たちが黒尽くめの者たちと戦っているようですにゃ」
やはり厄介ごとでしたか、兄様の判断に任せましょう。
「仕方ない、行くぞ!」
兄様が先に駆けて行きました。
さて私も行きましょうか、ふとメアたちはどうするのだろうと思ったので後ろを振り返ると——
「行ってらっしゃい」
マクスウェルさんが手を振っていました。
馬車では早く移動は出来ませんからね。
メアとネイナさんは走って移動しようとしています。
ですが——
「馬車を収納して馬で移動すれば問題ないでしょうマクスウェルさん」
「……気付かれたか」
とういうことで次元収納に馬車をしまい。
皆んなで襲われている様子の馬車の方へと向かいます。メアはネイナさんと二人でハヤテに乗っています。マクスウェルさんも嫌そうな顔をしながら後方を追走してきます。
しばらくすると詳しい様子が見えてきました。お揃いの鎧を身につけた護衛、兜などはしていませんが兵士のように見えます。それと毛色の違う服装の人たちは冒険者でしょうか?
黒尽くめの襲撃者は数も多く、手練れのようで防戦一方、何人もの方が倒れてしまっているので助けない訳にはいきません。
「皆さん行きますよ」
兄様が馬に乗りながら剣を振るって黒尽くめの襲撃者を吹き飛ばしました。それを見た両者は驚いたのか動きを止めましたが、兵士や冒険者の方たちは味方だと分かったのか再び息を吹き返したように反撃を始めました。
「キュル!」
ルルはこちらを振り向いて、人の相手は初めてだから楽しんでくると言っています。やり過ぎては駄目と注意すると頷き、早速ユキから降りて駆け出しました。
私はユキに乗ったまま、長槍を取り出して黒尽くめの襲撃者を吹き飛ばして行きます。人馬一体、帝国と長らく戦ってきたフリーデン家の者は代々このような戦い方は得意。私もいつか経験しなければと考えていました。もしかしたら良い機会かもしれません。
「何だ貴様ら!」
「——えい!」
「ぐはっ!」
いくら気になったからといって乱戦の最中に動きを止めて質問してくるなんて愚の骨頂です。優位に進めていたのに私たちが介入した所為で流れが変わって頭にきたようですね。しばらく戦っていると襲撃者はその数を減らしていきました。
「くそっ! このままでは……引くぞ!」
おそらく彼等のリーダーでしょう、声を上げると一斉に身を翻して近くの森へと去って行きました。
統制がとれていますね。
さて……ロンドールでは本格的にやらねばならない仕事があるので早くこの場を去りたいところですが、
「助太刀感謝する。申し訳ないが貴方がたは?」
冒険者の中のひとりが兄様に近付いて声をかけました。
マクスウェルさんと同い歳ほどの方でしょうか? 雰囲気からして中々の強さを持っているようです。兵士の方で犠牲になった方がいるようですが冒険者の方たちは無事みたいですね。
私と同い歳ぐらいの青年もいますね。
何故かこちらを凝視していますが。
「我々は旅の冒険者です。ロンドールへと向かう途中で貴方がたを見かけまして、特に報酬なども必要ないのでこれで失礼します」
兄様もロンドールへと早く向かいたいのでしょう。特に襲われていた経緯も聞かずに立ち去ろうとしています。
「——待ってくれ」
先に進もうとすると誰かが私たちに声をかけました。振り返ると守られていた馬車から男性の方が出てきていました。仕立ての良い服、どこかの貴族のようです。
「私はエルドラン王国が子爵、我々もロンドールへ向かっているのだ。兵士の数も減ってしまった。出来れば護衛として加わってくれないだろうか?」
エルドラン王国の子爵……今は特に関わりたくない人を救ってしまったようです。面倒なことになってきました。
兄様はどう答えるのかと見ている子爵にひとりの兵士が近付いて行きます。
「閣下、得体もしれない者に護衛の任を任せるのは、信頼できる冒険者は雇っております」
何やら兵士の方と話し出しました。
どうしたものかと周りを見ていると、マクスウェルさんの様子がおかしいことに気が付きました。無表情になっています。何だか嫌な予感がします。
マクスウェルさんはそもそもフリーデン以外のエルドラン王国の貴族たちが嫌いです。もし何かがあれば何の躊躇もなく手を下してしまうでしょう。
せっかく手助けをしたのにこのままでは冒険者の方たちを含めて一人残らず消してしまう恐れがあります。
兄様がマクスウェルさんは敵と認識した相手には容赦しないと言っていましたから、
「申し訳ないですが、先を急いでいるので」
話し合いを続ける方たちに向かって兄様が断りをいれて背を向けました。それを見て私たちはも彼等の元を離れます。
どうやら何事もなく済みそうですね。
「——待て貴様等、閣下の話し合いの最中に無礼であろう。そこになおれ、斬り捨ててやる!」
……嫌な展開になってきました。
お読みいただきありがとうございます。エルドラン王国の貴族だとは分からなかったという設定に書き換えましたm(_ _)m




