第72話 閑話 とあるベテラン冒険者
あいつらが現れたのはつい最近のことだ。やけに顔立ちの良い集団。身に付けている装備から力のある冒険者だと思ったが受付嬢に登録申請を申し出た。これから冒険者になろうという奴らだった。
すると朝から酒を飲んでいた落ち目のDランク冒険者ガコザが彼らの最後尾にいた若い黒髪の女にちょっかいを出し始めた。
女の方は絡まれていることに気付いていないのか笑顔で対応していたが、その隣にいた銀髪の女がガコザの腹に一発入れやがった。
腐ってもDランク冒険者、手を出すのは悪手だと思った。しかしガコザは腹を押さえて崩れ落ちやがった。
それを見たガコザの仲間が武器を取り出して奴らを威嚇し始めた。しかし全く怯んだ様子はない。
冒険者ではなくても強い奴なら五万といるが、こいつらはそういう部類の奴らなのかと思い様子を見守る。
すると今度は受付嬢と話していた金髪の男がガコザに話しかけ、そして目にも留まらぬ速さで奴らの武器を吹き飛ばしやがった。
いや、多分だが……俺には何が起こったのか分からなかった。
ただ奴らの武器が突然消え、天井に穴が開き、そして指を押さえてうめき声を上げるガコザたちの姿から推測しただけだが——どうやら、ただの新人ではないようだ。
少なくともCランクの俺よりも強いのは確かだろう、奴らについて分かったのはそれだけ。
するとギルマスが現れて怒鳴った。
そういえばあの穴が開いた先はギルマスの部屋だった気がする。雰囲気からして相当切れているようだ。あの人は元冒険者、しかもAランクだった化け物だ。引退して随分と時間は経っているがあの人に逆らうことは出来ない。
だがあの金髪の若造は逆にギルマスに反論しやがった。あの恐ろしい雰囲気に怯まないなんてどれだけの猛者なのか……しかし奴の反論はまさに正論、それを聞いたギルマスは落ち着き、奴らを二階に案内させて事態の収拾に動いた。
ガコザたちは兵士に連れて行かれた。
まあ当然だな、一般人に手を出そうとしたのだから、今回は相手が悪すぎたが。
「おい、あいつらには手を出さない方がいい。ギルマスも奴らを認めたようだ」
俺は親しくしている奴らに声をかけた。
中には新人に舐められてたまるかという表情をしている者もいたが、俺では勝てないと言うと黙った。冒険者同士はライバル同士ではあるが敵ではない。
無駄に絡んで潰される必要なんてない。
それから奴らは次々と依頼をこなして行きやがった。一日に何件もだ。しかも受付嬢の話を聞いている限りだと全員が高評価で依頼を達成しているようだ。
新人なんて何度かミスをして成長して行くもんだが可愛げはないな。
ある日依頼をこなしてギルドに戻ると騒がしかったので知り合いに話を聞いた。
「何かあったのか?」
「ああ、例の奴らの一人、あの黒髪の嬢ちゃんがボスイノブルを狩ってきたらしい。しかも一人で」
ボスイノブルはFランクの冒険者が一人で狩れる魔物ではない。普通なら体を貫かれてあの世逝きだ。
あの嬢ちゃんもやっぱりあっち側の奴だったか……
「あの子可愛いよな」
奥から出てきた黒髪の嬢ちゃんを見ていると、近くいた若い冒険者たちの話が聞こえてきた。
「だけどまだ十五歳らしいぞ」
「成人なんだから別に大丈夫だろ」
何が大丈夫なのか……自分より明らかに強い女なんて普通はごめんだろ、確かにあの嬢ちゃんは美しい容姿をしている。もう少し年齢を重ねれば絶世の美女になるかもしれん。
だが下手に手を出してみろ、本人も強いだろうがあの金髪の兄貴が現れて地獄を見るぞ。まあどうでもいいから忠告はしないがな。
そういえばあの嬢ちゃんの肩にいつも乗っているあの白いのは何だ?
……まあどうでもいいか。
それからもギルドの話題は奴らでもちきり、中でもあの黒髪の嬢ちゃんが話題に上る。
何故なら適正ランク外の魔物を次々と狩ってくるからだ。しかも怪我一つしないで……もしかしたらあの嬢ちゃんが一番ヤバイかもしれん。
奴らはあっという間にEランクになった。
そしてすぐにランクアップ試験を受けるそうだ。普通ならギルドからの評価が高くないとそんなことは出来ないが、それだけ奴らが依頼を高評価でこなしているのだろう。
「あいつらが試験官? 嘘だろ」
試験当日、奴らの試験を見学するために修練場に行くとCランク冒険者のラルフとイングリット、それにBランク冒険者のシュレイまでいやがった。
ラルフとイングリットはまだ分かる。だがBランクのシュレイがEランクの新人の試験官を?
奴らの力を図るためか……。
一般人の客も入っている。
若い女に子供たち、高ランク冒険者が街にやってきた時はこういう風に修練場に見に来る場合もあるが、Dランク試験を見に来るのは珍しいな。
子供たちは騒がしいが一般人に手を出すようなら俺たちはそこらの盗賊と一緒だ。
「おい、一般人を威嚇するような目を向けるな」若い奴らに注意しておく。
一般人から依頼を受けることが多い冒険者、切っても切れない関係だ。なのに魔物と戦って力を得た途端、偉いと勘違いする馬鹿がいるからな。
「おいおい、マジかよ……」
あの黒髪の嬢ちゃんと同じくらいの年齢に見える銀髪の子、イングリットと対等に戦いやがった。涼しい顔しやがって、全力でもないみたいだ。
イングリットも本気ではなかったようだから流石に銀髪の嬢ちゃんには負けないだろうが気が滅入るな。
こちとら何年もかけてCランク冒険者になったっていうのに、あの年齢でこれだけの戦いを見せられるとな。
「あの子も良いな」
「確かに可愛い」
呑気な、周りの若い奴らは良いものが見れて喜んでいるがある程度の力を持っている奴らは真剣に見ているが。
「今度は勝ちやがった」
猫人族の女、あれは相当強いな。
ラルフを子供扱いしやがって、どんな新人だこいつらは、ラルフとイングリットはまだ若いがこのギルドでも期待の若手なんだぞ。
次はあの嬢ちゃんか、さてどれだけの力を持っているのか……
「おい、あれガコザだろ?」
「まだ懲りてなかったのか」
ガコザの野郎が乱入してきやがった。
何か話しているみたいだが、あいつが試験官をやるつもりか?
腐っても奴もDランク冒険者だ。
あのメンバーの中でも一番若手の嬢ちゃんと少しは戦えるだろう。
——っと思ったら一撃で吹き飛んで行きやがった。
見どころも何もあったもんじゃねぇ。
まあDランク冒険者の攻撃を楽々避けて一撃でのす力を持つことは分かったが、そんなことは今までに狩った魔物を見れば分かるっての。
若手の奴らもやっとこいつらの異常さに気が付いたようだな。ラルフとイングリットが手加減して力を見ていたとでも思っていたんだろう。
しかしあの嬢ちゃん、肩を落としているな。もう少しまともな戦いが出来ると思ったようだな。
ご愁傷さま。
さて、次はあの金髪の兄ちゃんとシュレイの戦いか、見ものだな。シュレイは時期Aランクと言われている期待の若手、年齢はラルフとイングリットとあまり変わらないが、実力には差がある。
さてどうなるか?
「……」
マジかよ……ありえないだろ。
俺の目にも微かに見えるかという動きで戦ってやがる。
あの金髪の兄ちゃん、間違いなくBランク以上の力は持っていやがる。若い奴らの中で最も力を持っているのはシュレイだと思っていたが……世の中広いな。
試験は終了、奴も汗ひとつかいてない。
なんて奴らだよ。
こいつら今は個人で動いているようだがパーティを組んだらどうなるのか……
こうなると黒髪の嬢ちゃんがCランク冒険者と戦っているところも見てみたかったが、
——ん?
黒髪、それにあの顔……
どこかで見たような……
そうだ、二十年前ぐらいの若い頃……
可愛い顔して強い。
殲滅……そうだ、殲滅姫だ。
彼女によく似ている。
まさか、
——いや、まさかな。
Sランク候補だって言われていたのに急にいなくなったから死んだと噂になって以降活動していると聞いたことがないからな。
それを聞いた男連中は愕然としたものだ。俺もひと月ほどやる気が起きなかったからな。
懐かしい、あの嬢ちゃんたちに気があるような若い奴らを馬鹿にしていたが当時は俺も彼女に憧れていたな。
あの魔法の天才に……
男なんて皆同じか、命のやり取りをする仕事で身近にあれだけの美人がいれば自然とそうなるものか。
Dランクに昇格してすぐに奴らは街を出て行った。
聞けばロンドールに向かったとか、あっちのギルドはここよりももっとでかい。
だがきっと活躍するのだろうな。
ああいう連中はすぐに上に行く。
面白いことにあの嬢ちゃんも若い連中に『姫』と呼ばれていることを知った。
挨拶をすると丁寧に返事を返してくれとかで、容姿も相まってその姿がどっかの姫のように見えるからだそうだ。
若い冒険者たちは明らさまに気落ちしている。挨拶以外する勇気もないくせにな。……俺もそうだったが。
まだ殲滅のような物騒な二つ名はついていないが、そのうち姫と名の付く二つ名を聞いたらあの嬢ちゃんのことかもしれないな。
この歳になるとそれを見ているのも楽しみの一つではある。ギルドから若い奴らの指導をしてくれないかと誘われているが……受けてもいいかもな。
俺も歳だ。このまま馬鹿やって死ぬよりも若い奴らの成長を見る方が楽しいかもしれない。
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