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第7話 国王への宣言

 フリーデン伯爵家が当主レオン・フォン・フリーデンの突然の来訪に国王を始めとした王国の重要な地位にいる貴族達が謁見の間に集まった。貴族達はレオンを侮蔑するような表情を浮かべて睨みつけている。


 突然の謁見に国王もやや不機嫌な表情をしており王座に肘をついてレオンを見下ろしている。本来ならば国王に謁見するには事前の通告が必要なのだ。にも関わらず突然の来訪。その訳には心当たりがあり、会わないわけにはいかず予定を変更してこの場にいるのだった。


 そんな国王や大貴族たちの身から発せられる威圧感に辺りにいる兵士や小間使いの者達は息苦しそうに顔を青くしている。


 だがそれを一身に受けるレオンは表情を崩さない。獅子の前で鼠が幾ら威嚇しようと意味をなさない。そのことに彼等は気付いてはいないが、宰相は一人顔色を悪くしている。


 そんな異様な雰囲気の中、レオンは口を開いた。


「陛下、我らフリーデン家は貴族の位とその職を返上して王国を出ます」


 レオンの突然の発言に異様な静けさが続いていた謁見の間には驚きの声が広がった。それを制すように国王が手をあげると再び沈黙が戻ってくる。



「……何故だ?」


 貴族の位を返上して王国を出るという俄かに信じ難い言葉を聞いた国王は怪訝そうな顔をしながら理由を尋ねる。


「……聞いてはおられませんか……第三王子バレイル殿下が我が娘を侮辱し学園にて婚約破棄を宣言、学園からも追い出したことを」


「……聞き及んではいる。だがそんなことで伯爵の位を棄てると?」


 そんな事という王の不用意な発言で、全身から闘気を漲らせるレオン。

 国王にはそれを気付かせないが謁見の間にいる者達動けなくなり、声を出すことすら出来ない。震える脚に力を込めて立っているのがやっとだ。兵士達が身に付けている防具がカタカタと不気味な音を出している。


 国王はいくら大切な娘とはいえ貴族の地位を捨てるほどの問題ではないと考えていた。王族、貴族にとっては身内を政略の駒にとして使うことも当たり前なので国王の感覚は当然とも言える。しかしフリーデン家にそれを言うのは御法度であった。



「——フ、フリーデン伯爵、申し訳ない! バレイル殿下には謝罪するように言っておく! どうか今回は許してもらえないだろうか」


 レオンの闘氣に震えながらも何とか声を絞り出した宰相が謝罪をした。第三王子バレイルにも謝罪をさせると言う。しかしそれを聞いてもレオンは表情を変えることはない。


「謝罪? そのようなものは求めておりません、もう決めた事です。それに今回の事だけが原因ではないのです」


 レオンが宰相と話し始めると僅かに闘氣が緩み、周りにいた貴族達は二人のやり取りを聞きながらやっと身動きが取れるようになり声を荒げ始めた。


「落ち目の伯爵如きが思い上がりおって」

「貴様が謝罪しろ!」

「何様のつもりだ!」

「貴様の娘ごときが一時でも殿下の婚約者になれたのを感謝しろ!!」


 絶え間なくレオンとその令嬢ミレイを罵倒する貴族達。何故自分たちが動かなくなっていたのかも分からないためレオンに対して強気だ。

 一言一言を発するごとにレオンの氣が強くなっていることに気が付いていない。


「——黙れ! 肉塊共が! 王子の首を差し出されても許す気などないわ!」


 レオンの激しい言葉と共に再び放たれた殺気に貴族たちは震え上がった。


 数々の罵倒にも我慢していたレオンだが娘を侮辱する最後の言葉についに我慢の限界がきた。貴族たちは心臓を握られているような感覚に陥り汗が止まることなく流れ呼吸が乱れる。


 そんな状況の中、『王子の首』という言葉を見過ごす事は出来なかった国王は怒りに満ちた表情で怒鳴り始めた。


「王子の首だと? 貴様伯爵の分際で何という大それたことを! エルドラン王国の貴族にしてやった恩を忘れたか!?」


 その言葉を聞いたレオンは直ぐさま言い返す。


「我らは初代陛下への恩義はあるが、貴様らへの恩義などないわ!! これまでのフリーデンへの仕打ち、怨みはあっても恩などない!!」


 もはやそこに国王に対する敬意の欠片も見えはしない。話し合いをするためではなく決別をしにきたのだという覚悟が見て取れる。


「——貴様!!」


「落ち着いてください陛下! なんとか抑えてくれないかフリーデン伯爵!」


 険悪な雰囲気を変える為に宰相は必死の思いでレオンに思い留まるよう説得する。しかしレオンにその意思を変えるつもりはなかった。


「これ以上話す気はありません! 申し訳ないが宰相殿、これで失礼させていただく!!」


「無礼な! 衛兵、この者を捕らえよ!!」


「な、なりません陛下!!」


 国王の命令により固まっていた近衛兵達は我に返り、レオンを拘束するために周囲を取り囲み剣や槍を向けた。そんな状況ながらレオンの表情に変化はない。


「やる気か私と?」


 頭に血が上っていたレオンだが、剣を向けられた事で急激に冷静になっていく。

 何事もなければそれで済ませようと考えていたがそうもいっていられない事態になっていく。


「陛下! お止めください!!」


「黙れ!捕らえよ!!」


 宰相がこの場を収めようと口を出すが国王がそれを聞き入れるつもりはない。そしてその命令を受けて二人の近衛兵が大人しくしている様子のレオンを捕らえるために近づく、それでもレオンは動かず抵抗する素振りすら見せない。

 周りでそれを見ている貴族達は奴は諦めたと汗を拭って薄ら笑いを浮かべる。その表情には悪意が満ちており王国を思う貴族の姿にはとても見えない。


 そして次の瞬間——



「——ぐはっ!」


 レオンを捕らえようとしていた二人の近衛兵が左右に吹き飛ばされ壁に激突して倒れ込んだ。その衝撃で意識を失ったようでピクリとも動かない。

 彼等が身に付けている鋼鉄製の鎧にはクッキリと拳の跡がついており、彼等が受けた攻撃がどれ程の威力であったのかを物語っている。


 突然の出来事に謁見の間にいる者達の時が止まった。そんな中でレオンだけが冷静に周囲に目を向けてから口を開いた。


「戦場では一瞬の油断で命を失うぞ」


 その言葉を聞いた近衛兵達はハッとした表情になると一斉にレオンに向かって攻撃を仕掛けた。もはや捕まえるつもりはない。問答無用で槍を突き、剣を振るう。


 しかしその攻撃がレオンに当たることはなかった。逆にレオンに向かって行った兵士達は次々と吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。


 兵士達は近衛という事もあり一般的な兵士よりも良い鎧や盾を身につけている。

 しかしそれらは圧倒的強者の前では何の役には立たなかった。鎧は破壊され盾は砕けて散っていく。


 骨が折れる鈍い音や鎧や盾などが砕け壁に当たる耳障りな音が辺りに鳴り響く、貴族達は吹き飛ばされてくる近衛兵や壁に突き刺さる鎧や盾の破片が恐ろしく腰を抜かしている。大貴族としての威厳はどこにもない。



「陛下をお守りしろ! 奴を囲め、我等の方が人数は多い、恐れるな!!」


 余りの強さに恐れをなす近衛兵達、その場の指揮をとる近衛兵はそれなりの実力はあったが国王をすぐ側で守る者はそれなりでは話にならない。一般の近衛兵たちは並み以下だ。しかし国王の前で逃げる事など許されるはずもなく、死を覚悟しながらレオンに立ち向かっていく。


 (弱い、弱すぎる!)


 エルドラン王国の心臓部である王城を守る近衛兵がこの程度とは思っていなかったレオンは戦いながら失望感や苛立ちを募らせていた。


 この王城にいる多くの兵士達は腐った貴族の子弟、王国軍を見下し、冒険者を見下し、そして民を見下してきた者達である。

 もしもこの場に王国軍の強者たちがいれば流石のレオンもこのように好き勝手に動くことは出来ない。まず間違いなく捕らえられてしまうだろう。しかし王城を守るのは近衛兵の仕事、王国軍の強者たちはこの場にはいない。



 余りに圧倒的なのでどちらが悪者なのか分からなくなってくる。レオンが暴れている理由を知らない者がこの状況を見たらどう思うのだろうか……


 血も涙もない魔王と国王を命懸けで守る近衛兵達といった所だろうか、誰しもがそう思うだろう。それほどの差があるのだ。



「な、なんだ、なんなのだ!!」


 次々と倒されていく兵士達、自分が想定していなかった自体に狼狽える王はより多くの兵士を呼ぶ。謁見の間から外へと続く扉が開き、そこから新たな兵士が現れる——と思ったがそこには二人のよく似た青年の姿があった。


「楽しそうですね父上、私達も参加してもよろしいでしょうか?」


 そこにいたのは武装したカイルとシエルであった。そして手に持っていた剣を父親であるレオンに渡した。

 その二人の背後から謁見の間での騒ぎを聞きつけた近衛兵達が次々にやってくる。背中合わせになり、見栄を浮かべた様子の二人はレオンの言葉を待っている。



「ああ、だが殺してはならん、殺れ!!」


 言っている事が支離滅裂だが、カイルとシエルは笑顔で返事をして周りを取り囲む兵士達へと向かっていく。そこからは同じような光景の繰り返しだ。鬱陶しい虫を払うように次々と兵士たちを倒していく。加減しているのが見え見えなのにこれだ。


 兵士たちを息子達に任せたレオンはゆっくりとした足取りで国王へと近づいて行く。


「——よ、よせ、近づくな!!」


 自分の命の危うさにようやく気付いて慄く国王は震えながら声を上げた。だがレオンはその言葉に何の反応もせず王座の目の前に辿り着き、国王へと剣先を向けた。宰相がなんとか体を動かし、身を呈して国王を守ろうとするが間に合わない。



「お覚悟を」


 レオンは剣を振り降ろす……


 国王はレオンから放たれる殺気を受け、自分に向かって振り下ろされる剣を見ながら自分の死を感じ意識を失ってしまった。






「……陛下、こういうやり方で命を狙われる可能性もあるのでこの先はお気を付けを」


 国王が殺されると思った宰相はその言葉に呆然として動きを止めた。国王は既に意識を失って椅子に体を預けているだけだが傷一つありはしない。レオンは国王に一礼をして呆然と自分に視線を向ける宰相に声をかける。


「兵を引いてくださいますな宰相殿」


「……ああ」


「血を流さないのは今回が最後です。これが最後に出来る初代陛下への感謝の気持ち。それと我々が去った後の領民のことをよろしくお願いします」


 レオンが宰相と話している間に謁見の間では気を失った兵士達が積み上げられ、まともに動ける兵らいなくなっていた。辺りには呻き声が聞こえるのみ、大国の謁見の間とは思えない光景が広がっている。



「では失礼する!行くぞ!」


 宰相と話をしたレオンは国王に背を向けて颯爽と歩き出した。王者の風格とはこのような姿を言うのだろう。城中の近衛兵たちが集まっているがレオンたちに何をすることも出来ない。


 エルドラン城を出るとセバスが三人の帰りを待っていたとばかりに笑みを浮かべると頭を下げた。

 その脇には三人が倒した兵よりも明らかに多い人数の兵士達が積み上げられていた。

 それを行ったであろう当の本人は涼しそうな顔をして執事服についた埃を叩いている。



「む……セバス、私達より兵士を倒しているではないか、殺してはいないだろうな?」


「勿論でございます」


「そうか……これでミレイにも怒られずに済むな、こんなに平和に事が済んで良かった」


「はい、ミレイ様もお喜びになられるでしょう」


 レオンの言葉に同意するセバス、彼等の言う平和とは一体何だろうか?


 残念ながらミレイの考える穏便に済ませるという言葉と、父親であるレオンの穏便に済ませるという言葉は意味が違っていたようだ……


 ちなみにことの原因となった第三王子バレイルだが、勿論ただでは済ませてはいない。

 学園に押し入り、脅して失禁したままの姿でレオンが襟を掴んで引きずり広場に吊るしてきた。



 ◇



 レオン達が王都を後にして暫くしてから、自室のベッドに運ばれていた国王はようやく目を覚ました。


「陛下、お目覚めになられましたか?」


「——あれは夢か?」


 目覚めた国王は先程の出来事を思い出して、あれは夢だったのかと宰相に問う。


「いえ、夢ではありません、フリーデン伯爵はこの国を出ると言って去って行きました」


「……では何故我は生きているのだ。確かフリーデン伯爵に剣を向けられたはず、振り下ろされる剣をこの目で見た」


 自分で話していてあの恐怖を思い出したのか身体を震わせた。そして間違いなく自分を殺せたにも関わらず、傷一つ付けずに去った伯爵の行動に疑念を持つ。



「……それが最後に出来る初代国王陛下への恩返しだと」


「どういう事だ?」


 謁見の間で暴れることが何故恩返しになるのかと国王は問う。宰相はここがこの国が変わる最後の機会だと考えたのか、真剣な表情をして、今まで覚悟が決まらず、言う事が出来なかったことを話し始めた。


「陛下、彼は今の国の在り方ではこのような事態も起きると分からせたかったのではないでしょうか、もちろん自分達に対してのこれまでの行いへの怒りもあったでしょうが今回のような事がないとこの国は変わらないと考えたのでしょう」


 まるでフリーデン伯爵は間違っている事をしていないかのように言う宰相の言葉が理解出来ないのだろう、国王は怪訝そうな顔をしている。


「……だが城内であれ程の事をしたのだぞ、多くの兵を倒し、我に剣を向けた」


「……はい、ですが命を落とした者は誰もいませんでした」


 そう、あれほどの近衛兵が倒されたにも関わらず誰一人死んだ者はいない。

 武器を持たなかった時なら、命までは奪う気などなかったのだとまだ理解できる。

 だがレオンの息子たちが現れて剣を手にしたのだ。誰も死んでいないのはおかしい。


「……」


 国王は黙り込んだ。


「これから話す事は真実で御座います。……陛下、この国の貴族は多くの者が堕落してしまいました。彼等の様に民の為に働く貴族は少なくなってしまったのです」


 フリーデン伯爵家が民の為に働いていると聞き耳を疑う、彼等が堕落し、他の貴族達が民の為に働いているのではないのかと。


「だが彼等はその力を落とし、近年ではそれ程活躍しているという話は聞いていないが……」


「手柄は周りで見ているだけの貴族が奪っていました。彼等は手柄の為に働いていたわけではありませんでしたので、共に戦う事のある国軍とその姿を見聞きする民の一部は知っている者もいたかと」


 宰相が嘘をつく必要はない。

 それどころか危険すらあるだろう発言。

 それを聞いて嘘だとは言えなかった。


「……」


「彼等の力は我が王国随一でした……少数精鋭、一騎当千、それを失った我が国の痛手は計り知れません。このままでは帝国との国境防衛も厳しいものになるでしょう」


「——そうか」


「我々は変わらなければなりません」


 宰相はフリーデン伯爵家の有能さが良く分かっていた。

 しかし、元々の爵位があまり高くなく、その能力をかわれて宰相になって間もない彼にはまだ大きな力はなかった。

 周りの貴族達の邪魔が入り、思うようには動けなかったのだ。


 彼等を留める為に伯爵令嬢を第三王子の婚約者にと薦めたのもこの宰相であった。


 国の為に彼等を留めようと行った行動が逆に彼等がこの国を出ていく原因になろうとはなんとも皮肉な結果である。

お読みいただきありがとうございますm(_ _)m

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