第66話 機嫌の移ろい
「ルル、ご機嫌ですね」
イノブルの討伐も終わり、エデンスの街に向かい森の中を歩いていると、ルルはまた串焼きが食べれることが嬉しいのか以前ネイナさんが歌っていた歌を口ずさみ、そのリズムに合わせて尻尾を振り始めました。
「幾つか種類があったので今度は違うものを頼んでみましょうか? 」
「キュウ、キュ!?」
「——っ!?」
ルルとどの串焼きを食べようかを話していると、突然背後から何かが迫ってくるのを感じて咄嗟にその場から飛び退きました。
すると大きな影が前方にあった木をなぎ倒して再びこちらへと向かってきます。
「——あれは」
下顎から伸びる大きな牙、額には剣の如き鋭い三本の角、イノブルに似ていますが、体長は倍以上あります。あれはアニスさんが言っていたボスイノブルでしょうか? 初めて見ました。
「よっと」
もう一度向かって来たのを避けるとその進行方向にあった木を額の角で斬り倒しました。
あんなことも出来るのですか、敵さんも中々やるみたい。
「キュイキュ!」
ルルがお怒りの様子です。どうやら串焼きが食べれると思って気分良く歌っていたのを邪魔されたからみたい。
「キュル、シャ!」
俺が相手をしてやると言っています。瀕死の状態だったとはいえゴブリンキングにダメージを与えるぐらいですから問題ないでしょう。
「分かりました。気を付けて下さいね」
そう言うと問題ないと手を上げてボスイノブルの前に歩いて行きました。
ボスイノブルは自分よりも遥かに小さいルルを見て馬鹿にしたように鼻を鳴らしました。
それを見たルルは頭にきたのか地団駄を踏んでいます。ボスイノブルは先手は譲ってやろうとでも言うように首を上下に振ってルルを挑発し始めました。
それを見て最初に動いたのはルル、雷魔法を見に纏い、素早く動いて首元に攻撃を仕掛けます。ですが意外にもボスイノブルはそれを避け、角をルルに向かって振るいました。
「『キュルル』」
ルルは何かを呟くと、尻尾がまるで剣のように鋭く変化してボスイノブルのツノと打ち合い甲高い大きな金属音が響きました。
「ルル、あんな事まで出来たんですね」
流石ルル、凄いですね。相手の魔物も中々やりますが、圧倒的にルルの方が強そう……には見えません。可愛さは圧倒的ですが。
ルルはより速度を上げてボスイノブルを撹乱していきます。流石の相手も自分の体の上下左右を動き回りながら体を傷付けていくルルに為す術がないようで体が赤く染まっていきます。
そういえば、毛皮に傷をつけない方が高く売れるかもしれないんですが……もう、遅いですね。ルルのヤル気に水を差すのもどうかと思いますし。
「ブルルッ!」
ボスイノブルは苛立ちが募ってきたのか、周りの地面に攻撃をして石の礫をルルに向かって放ち始めました。私の方にも飛んできたので木の上に避難します。
ルルはそんな攻撃など物ともせず全ての石を避け、攻撃を加えていきます。
そしてボスイノブルの前方で跳び上がり回転して剣と化した尾で相手の角を攻撃します。物凄い音がして、ボスイノブルの角の一本が根元から折れました。
「——ブルァ!?」
その痛みからか大きな声を上げて体を捩らせ、頭を大きく上に向けました。その隙を逃すことなくルルは首元に攻撃を加え、距離をとって尾にかけていた魔法を解きました。
すると声を出すこともなく、静かにボスイノブルは倒れ、その体重で地面から重低音の大きな音が辺りに響き渡りました。
「キュイーン!」
それを見て勝利の雄叫びをあげるルル、やはり問題なく勝ちましたね。
「流石ですねルル、さて勝利のお祝いに串焼きを食べに行きましょうか?」
「キュ!」
ボスイノブルを収納して、私たちは街へと向かいます。そしてルルは先ほどまでの怒りはなんとやら、また気分よさそうに鼻歌を歌い始めました。
◇
エデンスに戻り、前に犬人族のオジサンがいた場所に行ってみると同じようにいい匂いを漂わせながら串焼きを作っている姿がありました。
「こんにちは!」
「キュ!」
屋台の前に行き、挨拶をするとオジサンは嬉しそうな顔をしました。ルルも手を上げて挨拶をしています。
「嬢ちゃんまた来てくれたのか?」
「はい、今日のオススメは何ですか?」
「ありがてえ、今日のオススメはこの魔闘牛のタンだな。ちょいとお高めの銭貨八枚だがな」
オススメの串焼きは確かに美味しそうですね。あとはあの丸いお団子のようなものを頼みましょうか。
「じゃあそれを二本と、そっちのえーと、「双頭鶏のつくねか?」はい、それを二本下さい」
「あいよ、すぐに焼くからな」
やっぱりいい匂いがしますね。
その匂いを嗅いだルルは幸せそうな顔をしながら、小さなお腹を鳴らしています。
「ほらよ、タンは塩、つくねはタレだ。あとオマケに野菜の串焼きをつけておいた。食べてくれ」
「ありがとうございます」
流石オススメのタンは美味しいですね。それにこのつくねというのは初めて食べましたが美味しいです。さてと、ギルドに報告に行かないと。オジサンに挨拶をしてからギルドに向かいます。
「アニスさん、討伐依頼終わりました」
「あら、もうですか? 特に何も持っていないようですが?」
「次元収納が使えるので」
「なるほど、ではそちらの通路を進んで頂けると納品カウンターがありますのでそちらでこの依頼書にサインをもらって来てください」
「分かりました」
アニスさんに指示された場所に向かいます。
そこには討伐部位や魔物を持ってきた冒険者の方達が解体や納品を行っていました。物珍しいので辺りを見渡していると一人のギルド員の方が手招きしていたのでそちらの方へ向かいます。
「嬢ちゃん、新顔だな」
「はい、最近冒険者になったミレイと申します。肩にいるのは相棒のルルです」
「そうか、俺はギルド員のランガーって言うんだ。宜しくな、で何を持って来たんだ?」
「はい、イノブルを」
イノブルを取り出して、ランガーさんに見てもらいます。
「……確かにイノブルだな。よし依頼は完遂だな。あとは素材についてだが、如何する?」
「引き取って下さい」
「あいよ、状態はかなり良い。中々やるみたいだな」
イノブルの体を隅々まで調べ、傷が少ないことを褒めてくれ、新人にしてはチカラがあるようだなと言ってくれました。
「あっ、そうだ。依頼以外の魔物も引き取ってもらえるのでしょうか?」
「ああ、構わないぞ」
依頼と関係のない魔物も買い取ってくれるそうなのでルルが倒したボスイノブルを取り出します。
「こりゃあ、ボスイノブルじゃねえか!? お前まだ新人だろう?」
ランガーさんが驚いて大きな声を上げると、周りにいた方たちもこちらを見て騒ついています。
「ええ、ルルが倒しまして」
私がそう言うとより一層驚いた顔をしてルルの方を見ました。注目の的となったルルは凄いだろうとふんぞり返っています。
「……本当か?」
「強いんですよ」
「……まあいい、それでボスイノブルは引き取って良いんだな?」
「はい、お肉を少し手元に残したいのですが」
「分かった。直ぐに解体を始めるから肉はその時にな、毛皮は傷だらけだが、一番高価な角は二本無傷、一本も根元から折れているから素材としては問題なく使える——」
ランガーさんはボスイノブルについての詳しい説明をしてくれます。こういった説明をしっかりやらないと後で文句を言ってくる人がいて苦労することがあるそうです。そうしているうちに解体は終わり、十分なお肉を受け取りました。
「ほれ、これを受付に持っていくといい。あとこれは魔物二体の代金、銀貨五枚と銅貨一枚だ」
「銀貨五枚もですか?」
「そもそもDランクの魔物だからな、色々と使える素材が多いし、肉も美味い」
そうなんですか、つまりルルは少なくともDランクの強さは持っているということですね。
「また何かあったらギルドでの売却を頼むぞ。ギルド以外でも魔物の素材や鉱物や薬草なんかは売れるし、中にはもっと高額で売れるかもしれないが、評価にも繋がるからな」
「はい、では失礼します」
もう一度アニスさんのところに戻ります。
「……ボスイノブルってどういう事ですか?」
「イノブルを倒して帰る途中に出くわしまして」
「……そういう時は逃げるものですよ。ボスイノブル討伐依頼書は処分しておく必要があるようですね」
呆れたような顔をしています。私が倒した訳ではないのですが、先ほどまで偉そうにしていたルルはアニスさんの様子がおかしいので寝たふりをしています。「ギルドマスターに報告しないと」と言って奥へ行きました。周りの冒険者の方達もボスイノブルという言葉を聞いたようで、此方を見ながらこそこそと何かを話しています。
「銀貨五枚って、またかよお嬢!」
「違いますよ、ルルが倒したんです」
「ルルの相棒はお嬢だから、責任は全てお嬢にあるんだよ」
その後、街の中で出来る依頼をもう一件こなし、宿って兄様たちに今日の報告をするとまたかと呆れたような顔をされました。
ルルのすることは私の責任だそうです。それはそうかもしれませんが……
何か納得いきません。
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