第60話 冒険者ギルド・エデンス
バッと目覚めて起き上がると私の胸元でルルが寝ていたようで「キュイーン」と驚愕の声を上げながら吹き飛んで行きました。
「キュイキュ!」
弧を描きながら飛んで行ったルルは上手く体を捻って壁を蹴ると私の元に帰ってきました。気持ち良く寝ていたところを突然飛ばされたことに毛を逆立てて怒っています。
「ゴメン、ルル、ちょっと冒険者ギルドに行くのが楽しみすぎて早く起きてしまったみたい」
「キュ」
私が謝るとルルはやれやれとでも言うような感じで手を広げて首を振りました。最近よくこのポーズをしているような気がします。どうやらルルの癖みたいですね。誰かの真似をしているのでしょうか?
「ミレイ様、お早いお目覚めですね」
「ゴメンなさい、起こしちゃった?」
「いえ、いつもこの時間に起きているので問題ありません」
「……この時間に?」
メアはいつもこんな時間に起きているんですか、まだ薄暗いのに……
ネイナさんもまだぐっすり寝て「さかにゃ」いるのに……今度からもっと早く起きて鍛錬でもする事にしましょう。
◇
「ミレイさん、朝食ですよー」
アンナちゃんが私を呼びに来てくれたのでネイナさんを起こそうと体をゆすりましたが全く起きません。
そんな私を見かねたのかメアが「任せて下さい」と言うとネイナさんの耳元で「サカナ」と呟きました。
流石にそんなことで起きるはずがないと苦笑するとネイナさんは飛び起きて一階に駆け降りていきました。まさかこんなに効果があるなんて、今度からネイナさんを起こす時はサカナと言うことにしましょう。
「ミレイ、おはよう」
「おはようお嬢」
「おはようございます兄さん、マクスウェルさん」
エデンスに来てからマクスウェルさんは私のことをお嬢と呼ぶようになりました。兄様のこともアレクと呼ぶようになったので私もミレイで構わないのですがその方が面白いらしいです。
何が面白いのかは分かりません。
「これを食べたら冒険者ギルドに行って登録しよう」
「はい!」
ついに冒険者になる日がやって来たのです。ワクワクします。早く食べてしまいましょう。それにしても美味しい料理ですね。
「さあ、そろそろ行こうか」
アンナちゃんに冒険者ギルドの場所を聞いておきました。大通りに出て中心街と商店街の境を右に曲がれば直ぐにあるそうです。
「しかし、人の数が凄いですね」
「ああ、それほどこの街には商売のチャンスがあるのだろう」
辺りを見ながら人混みの中を進んで行くと、冒険者と思われる方達が次々と入っていく大きな建物がありました。これがエデンスの冒険者ギルドですか。
「立ち止まってないで行くぞミレイ」
中に入ると大勢の冒険者の姿がありました。酒場もギルド内にあるようです。見慣れない私達が入って来たからなのか視線を感じます。
兄様はその視線を気にせず奥に進んで受付嬢さんに話しかけました。
「すみません。私達四人の冒険者登録をしたいのですが」
後ろを振り向くとマクスウェルさんは酒場の方に歩いて行きました。マクスウェルさんは既に冒険者ですからね。
「は、はい、冒険者登録ですね。かしこまりました。書類を用意しますので少々お待ちください」
受付嬢さんは顔を赤らめて緊張したように話しています。まだ新人さんなのでしょうか?
周りにいた人たちが舌打ちをしています。私達は特に何もしていないのですが何故か敵意を向けられているようです。
そんなことよりも憧れの冒険者ギルドに来て嬉しくて辺りを見回していると誰かが声をかけてきました。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、肩に白いの乗せて冒険者登録に来たのかい?」
振り向くとそこには背中に大きな斧を装備している男性がいました。まだ朝方なのに片手にはお酒を持っています。
「はい! 今日から冒険者デビューです!」
「俺は冒険者になって長い、Dランクのガコザってんだ。こっちに来いよ、色々と教えてやる」
「いえ、大丈夫です。自分で色々と学ぼうと思います」
「いいから来いってんだよ! これから冒険者になろうっていう新人がDランクの俺様に逆らってんじゃねえよ!」
申し出を断るとガコザさんは頭に来たようで怒鳴ってきました。逆らうも逆らわないも初対面の人にそんなことを言われる筋合いはないと思うのですが。ル
あっ、そういえばお母様が冒険者になった時には酔っ払った先輩冒険者が新人に絡むという恒例の行事が起こる場合があると言っていました。もしかしたらそれな起こっているのかもしれません。
「こっちに来い、可愛がってやるからよ」
ガコザさんはそう言うと私の手を掴んで無理やり連れて行こうとしました。さて、どうしましょうか?
「ミレイに汚い手で触れるのはよしてくれませんか?」
メアがガコザさんにそう言いました。
お嬢様ではなくミレイと呼んでくれました。
もしかしたらそのうち呼んでくれるかもしれないと期待していたんですが、何年ぶりでしょうか。ガコザさんには感謝しないといけませんね。
「汚い手だと? 誰に言ってんだテメェ!」
「目と耳が腐っているんですか貴方は? ああ、あと顔もですね。私が貴方以外に話しかけているように見えますか?」
「生意気な! だがよく見ればお前も可愛いじゃないか、お前から可愛いがってやるよ」
ミレイと呼ばれて喜んでいると、ガコザさんがメアの首を掴もうと手を伸ばしました。
「うぐっ!」
その瞬間ギルド内に呻き声が響きました。
メアがガコザさんのお腹に拳を入れたようです。
ガコザさんはお腹を押さえながら苦しそうに悶えています。数人の冒険者がガコザさんに駆け寄りました。彼のお仲間でしょうか。
「ギルド内での冒険者同士の争いは禁止ですよ!」
騒ぎに気が付いた受付嬢さんが注意をしてきました。ガコザさんはゆっくりと立ち上がると背中の斧を手に取ると躊躇することなく振り下ろしてきました。
酔っ払っているからなのか大して鋭くもないためメアは簡単に避けました。他のお仲間も武器を持ってこちらに近づいて来ます。
「禁止ですってば!」
もう一度注意する受付嬢さん、騒ぎに気付いた他のギルド員さんも止めようとしますがガコザさん達は酔っ払っているからなのか聞く耳を持っていません。
「二人とも俺らが可愛いがってやるぜ」
受付嬢さんはああ言っていますが、私もそろそろ戦いましょう。お母様がこの行事が発生したら「倒してあげるのがマナーよ」と言っていましたから。武器を使うのはルール違反と聞いたので無手で倒してしまいましょう。
「そこの者達、私の妹と仲間にちょっかいを出すのはやめてくれるか?」
戦おうとしたところでアレク兄様がガコザさんを呼び止めました。とてもいい笑顔をしていますね。これはかなり怒っているようです。余計な手出しはしない方が良いかもしれません。
マクスウェルさんに視線を向けると酒場の椅子に腰掛けながらニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見ています。この状況を楽しんでいるようですね。
お母様と冒険者をしていたのでこの行事に慣れているのかもしれません。お母様もこういう時は楽しめばいいと言っていましから。
「何だお前は! 新人は黙ってろ!」
兄様に斧や剣を振り下ろしました。しかし兄様は避ける仕草を見せません。無抵抗に斧で斬り裂かれるとでも思ったのか周囲から悲鳴が上がりましたが心配する必要はありません。だってアレク兄様ですから。
「はっはっは! ビビって動けなくなって死んだか……あれ?」
アレク兄様はその場から動きませんでしたが、ガコザさんの攻撃は空を切りました。
何故かと言えば、兄様がガコザさんの持つ斧を蹴り飛ばして天井を突き抜けていったからです。
他の方が手にしていた武器も同様に天井を突き抜けていきました。信じられないといった表情をしていますが兄様ならばそのようなことは造作もありません。それよりもご自分の体に気付いた方がいいですね。
「「ギャアアアア!」」
ようやく自分の体の変化に気が付いた彼等は悲鳴を上げました。武器を持っていた方の指が明後日の方向を向いていましたから。兄様が武器を蹴り飛ばした際に指が折れてしまったのでしょう。痛そうではありますが敵の力量を計ることの出来ない自分たちの責任です。
「ミレイは冒険者になる日を楽しみにしていたんだぞ? 現役冒険者の貴方がそのような野蛮な姿を見せては駄目だろう」
アレク兄様はそう言いながらガコザさんを往復ビンタをしていきます。どんどん顔が腫れ上がってきていますがしっかり手加減はしているようです。その証拠にガコザさんには意識があります。この場合は意識を失っていた方が良かったかもしれませんが。
「キュイキュイ」
ルルがガコザさんの腫れた顔を指差して笑っています。まったく、他人の不幸を笑ってはいけませんよ。……確かに面白い顔になっていますが。
◇
「何の騒ぎだ!」
兄様が説教をしながらガコザさんに往復ビンタを続けているとギルドの奥から一際大きな声が聞こえてきました。
そこには四十代くらいに見える銀の髪を短く切り揃えた体格の良い男性の姿がありました。左目付近に大きな傷があり強者の雰囲気を感じます。
「冒険者ギルドのルールは分かっているだろうな! ギルド内での冒険者同士の争いは禁止だぞ!」
受付嬢さんが小さな声で「マスター」と言ったのが聞こえました。どうやらこの冒険者ギルドのギルドマスターのようです。兄様はガコザさんに少し強めのビンタをして気絶させると立ち上がってギルドマスターに視線を向けました。
「私達はまだ冒険者ではありません。民間人に危害を加えようとした冒険者を懲らしめた、それが問題ですか?」
「……誠か?」
ギルドマスターさんが近くにいた受付嬢さんに真偽のほどを尋ねました。
「……はい、これから冒険者になるための書類を書いてもらおうとしたらガコザさんがちょっかいを出して、それから武器を振り回しました」
それを聞いたギルドマスターさんは大きくため息をついてこちらに目を向けます。
「……悪かったな」
「悪かったな? ここのギルドは一般人に暴力を振るっても悪かったで済まされると? ここで冒険者になるのはやめた方がよさそうだ」
アレク兄様はギルドマスターの物言いが頭に来たようで周りにいる冒険者に聞こえるように声を出してから冒険者ギルドを出ようと入り口に歩いていきました。
ああ、残念ながら私の冒険者デビューは持ち越しになりそうです。
「待ってくれ、すまなかった」
「一旦上の部屋に来てもらえないだろうか、一般人に手を出してそのままではギルドの評判が傷付く」
「……ええ、分かりました」
丁寧に謝ってくるギルドマスターさん、兄様もそれを見て素直に頷きます。
「アニス、彼等を俺の部屋に案内してくれ」
先ほど兄様と話していた受付嬢さんに案内されて階段を登っていきます。マクスウェルさんに視線を向けるとここで待っていると合図をくれました。
下からはギルドマスターが何やら指示を出しているのが聞こえてきます。後始末をしているようですね。
◇
「さっきはすまなかった。書類仕事が終わって朝食を食べようとしたら下から斧や剣が突き抜けてきて台無しにされて、つい頭にきてしまっていたようだ」
案内されて驚きましたが先ほど怒っていたのはそう言う理由でしたか。天井にはガコザさん達の斧や剣が突き刺さっていて床には食べ物が散乱しています。
「……申し訳ありません。私も悪かったようです」
理由を知った兄様は自分も悪かったと思ったようで頭を下げました。これは怒りますね。
「いや、一般人に手を出すことは許されない。お前達がただの一般人かは別にしてな」
どうやらこのギルドマスターさんは良い方みたいです。兄様も話していてそれが分かったみたいで普通に話しています。ギルドマスターさんの名前はボイドと言うらしいです。
私達は怪我一つないですが、ガコザさん達は一般人に手を出したという事で街の警備兵を呼んで連れて行かせたそうです。一日、牢屋で反省させるとか。
「冒険者になりに来たのだろう、ここで書類を書けばいい。ほれ、書類だ」
何とか今日のうちに冒険者になれそうです。渡された書類をみると色々な注意書きが書かれていました。それらを一通り読んでどこに何を記載すれば良いのかを探します。あれ、どこにも記載するところがない。もしかして名前だけで良いのでしょうか?
「どうした嬢ちゃん、色々と記載しないと冒険者になれないと思ったか?」
「はい、名前だけでいいんですか?」
「ああ、あとは冒険者証を作る際に血を一滴もらうだけだ。自分の手の内は見せたくないだろう?」
なるほど、戦う力があるかどうか記載させてもそれが本当か分かりませんしね。血は本人確認のために魔力を登録するらしいです。
「この冒険者証に血を一滴垂らしてくれ」
用意されていた冒険者証に血を一滴垂らすと吸い込まれるように消えました。
「よし、これで今日からお前達は冒険者だ」
お読みいただきありがとうございます。よくある展開は結構好きなので書いてみましたm(_ _)m