第56話 領主と兵士
「ん?」
怪我人を見ることの出来るメアとは違いあまり出来ることのない私は村の子供たちの気を紛らわせるために一緒に遊んでいました。すると何かがこの村に向かって来るのを感じました。
「どうしたの?」
「の?」
突然動きを止めて門の方向を見る私に気付いたポコナちゃんとココロちゃんが不思議そうな顔をしてどうしたのかと聞いてきました。
何と説明すればいいのか……子供達を不安にさせる訳にはいかないので不確実なことは言えません。
「まだよく分からないんだけど、皆んな家の中に戻っていてくれる?」
「「何で?」」
楽しく遊んでいたのに突然家に戻っていてと言われて不思議に思ったのか子供たちは首を傾げました。
子供達が首を傾げたタイミングが見事に一致していたのが可愛くて抱き締めたくなりましたがそんな事をしている場合ではありません。気配の正体を確認しないと。
「キュ〜」
そんな私を見ていたルルは何故かため息を吐いてから、俺に任せろと胸を叩いています。何て頼りになるんでしょう。
「ほら、ルルが遊んでくれるみたいですよ、家の中で遊んでいて下さい」
ルルが子供達の気を引くために家の中へと走っていくと子供達はルルを追いかけて行きました。ですがポコナちゃんとココロちゃんはその場に残りその大きな目でじっと私の方を見つめています。
「行かないの?」
二人はまるで私が隠しごとをしているのが分かっているかのような顔をしています。
「何かを隠してる?」
「うん、隠してる」
私の顔を見つめた二人はしゃがんでヒソヒソ話をしてから手をつないで「また後でね!」と言って家に入って行きました。
どうやら二人には気付かれてしまったようです。
◇
門に向かって歩いていると怪我人の様子を見ていたはずのメアも何かを感じたようで表に出て門の方を見ています。
「メアも何か感じる?」
「はい、何かが村に向かって来ているようですね。私は村の方達に警戒するよう伝えに行こうと思います」
「ええ、分かった。私は村の外を見てくるわ」
メアと別れて門の近くに向かうと塀の上にアレク兄様がいました。私が気付いたぐらいですから兄様が気付くのは突然ですね。
「ん、ミレイか、この気配に気がついたようだな」
兄様は私に声を掛けてきましたが剣も抜いておらず特に警戒している様子はありません。危険はないということでしょうか?
「この気配は何なのですか?」
「そのうち分かるさ、そろそろ見えてくるぞ」
塀に上がり兄様が指差す方向を見ると土煙が上がっていました。まだ遠いため何が向かって来ているのかはまだ分かりません。
近付いて来るにつれて、馬が地面を踏み鳴らす音が聞こえてきました。少なくとも魔物ではないようです。
あれは……兵士でしょうか、同じ銀色に輝く鎧を身に纏っています。先頭を走る馬の両脇にいる方が旗を掲げているようです。
盗賊のようには見えませんね。
領主が住んでいるという隣街エデンスの兵士がやって来てくれたのでしょうか?
◇
人の姿がしっかり確認できる距離まで来ると、中心の方にマクスウェルさんとマールさんの姿がありました。どうやらエデンスの兵士で間違いないようです。
「エデンスの兵士みたいですね」
「ああ、門を開けてくれ」
門は盗賊達に壊されてしまっていたので私が土壁を作って塞いでいました。
彼等が通れるように土壁を無くし、門の前でマクスウェルさん達が来るのを待ちます。
先頭を走っていた兵士が手をあげると他の方達は塀の前で一旦止まり左右に分かれました。商王国の兵士の練度は低いと聞いていましたがその一糸乱れぬ動きは中々のものです。
そこからマクスウェルさんとマールさん、それともう一人の見知らぬ男性がこちらの方へとやって来ます。
仕立ての良い服を身に纏った男性、どこかお父様に似た雰囲気を感じます。誰だろうと考えているとマクスウェルさんが紹介してくれました。
「こちらはこの辺り一帯を治める領主であるゼレン・フォン・アキンドー侯爵閣下だ。ゼレン様、彼は私達旅の仲間のリーダであるアレク、そしてその妹のミレイです」
「アレクと申します、ゼレン様」
「ミレイと申します」
どうやら領主自らが来てくれたようです。
お父様より少し年齢は上でしょうか、五十代から六十歳代ほどの年齢に見えます。
青い髪は綺麗に整えられていて、タレ目がちで優しそうな顔付きをしています。体格や雰囲気から察するに武人という訳ではなさそうです。
領主だからお父様に似た雰囲気を感じたのでしょう。商王国の貴族は経済力を競い合うと聞いた事がありますから、領地経営にチカラを入れている方なのかもしれません。
普段マクスウェルさんは私や兄様に敬称をつけて呼ぶのですが、他国の貴族であるゼレンさんに私達の正体が知られないよう演技をしているようです。全く違和感がありません。
「攫われた者達を救ってくれたとか、感謝している」
「いえ、当然のことをしただけです。それに盗賊を倒して女性や子供を助けたのは私の隣にいる妹のミレイでして」
「この子が?」
兄様と話していたゼレンさんは私が盗賊を倒したと聞いて目を見開きました。この反応は学園でよくされていたのでさほど気になりません。どうやら私はか弱く見えるようなのです。ゼレンさんも私が盗賊を倒したとは思わなかったのでしょう。
「お話はまた後で、ネポロ村の様子をご覧になった方がよろしいのではないでしょうか?」
「……そうだな、亡くなった者達がいる場所へ案内してくれるか?」
マクスウェルさんがそう言うとゼレンさんは頷きました。マールさんがゼレンさんを中央の神殿へと案内していきます。護衛の兵士以外の方達は指示を受けてそれぞれ町の出入り口を守りに行きました。
私達も後に続いて中央の神殿へと向かいます。
すると武装したメアが神殿の前にいました。
「メア、あの気配は領主さんと兵士の皆さんだったみたい。村の人達に伝えてくれる?」
「そうでしたか、分かりました」
◇
「何という事だ……こんなにも大勢の者達が……ほとんどの村人達が……」
領主さんにも知り合いがいたようで悲しそうな表情をして遺体の前で悲しみにくれています。それを見守る兵士たちも悲しそうに俯いています。
「辛かったな。助けることが出来ず申し訳ない」
メアに声をかけられた若い女性達や子供達が神殿にやって来るとゼレンさんは一人ひとりに声をかけ始めました。村を助けることが出来なかったことを謝っています。
自分達の村を治める領主や兵士が来てくれた事で安心したのでしょう、若い女性達の顔には安堵の表情が浮かんでいます。慕われている証拠でしょうね。
ポコナちゃん達には領主という存在がよく分からないようでゼレンさんが近付くと子供たちは一目散に逃げて行きました。慌ててマールさんが謝っていますがゼレンさんは苦笑いをして「良い良い」と言っています。
ゼレンさんが寂しそうに見えたのは気のせいではないでしょうね。
それからマールさんの家に移動して、このネポロ村の今後について話し合いが始まりました。
ゼレンさんが是非同席してほしいという事で私達もその場に同席しています。
「マクスウェル殿から話は聞いているが、もう一度詳しく事の顛末を話してもらえるかな?」
「ええでは話させていただきます……」
兄様が何か仕事を求めて旅をしている途中でこの村に寄ると多くの人が亡くなっていた事をすらすらと実話と作り話を織り交ぜて説明していきます。
最初から話を考えていたのでしょうか?
「ここまでが私が知っている範囲です。後はミレイ、盗賊を見つけるきっかけから話して差し上げなさい」
兄様やマクスウェルさんのように自然に嘘をつくの出来そうもないのでボロが出ないように事実だけを端的に話していきます。
大きな傷を負った女性が盗賊が去っていった方向へ向かおうとして亡くなり、その方向を探すと盗賊のアジトを発見する事が出来たと話しました。
「この村の者達を襲った賊をよく一人で倒したものだな」
「日頃から兄に鍛えてもらっておりますで」
「そうか、そなたの兄はそれだけの実力者という事か……村の女性や子供を救ってくれて本当に感謝している」
私の手を取り頭を下げてお礼を言ってくれるゼレンさん、貴族が頭を下げるなんて中々出来ることではありません。やはり信頼に足る人物のようです。
「マール、すまないな、こうなる前に助ける事が出来なくて、そなたの祖父とは長い付き合いだったにも関わらず……」
ゼレンさんの知り合いだったのはマールさんの祖父である村長さんだったようです。だから親しげだったのですね。
「いえ、日頃から村周辺を兵士の方を巡回させてくれていたのは分かっています。そのおかげでこの辺りには魔物も出ませんでした。ただ今回は……悪いのは盗賊達です」
ネポロ村が襲われる前からこの辺り一帯の盗賊、魔物を定期的に討伐して村に被害が及ばないようにしていたそうです。
この村に立派な塀があるのもゼレンさんが心配してのことだったとか、村には特に盗られるような物がないから平気だと村の方達は思っていたそうです。
盗賊が奴隷狩りをするために小さな集落が襲われる事があったことも知っていたそうですがこの村はそれなりに大きいため襲われることはないと考えていたとか、残念ながら今回はそれが現実になってしまった訳ですが。
「すまないがマール、一旦街に来てもらえないだろうか、生き残った者達だけではこの村で生きていく事は出来まい」
「はい……」
一旦、隣街のエデンスへ移動してもらう事になるとの事です。
建物が壊されたなら直ぐに元に戻せますが、大勢の人が亡くなってしまったのですからしょうがないのかもしれません。
その間は盗賊などに荒らされないように兵士の方達を常駐させるようです。
「盗賊がいる場所まで案内を頼めるだろうか?」
「はい、ご案内いたします」
兄様が盗賊達のアジトまで案内をするようです。
兵の指揮を任されている方を紹介され、その方達と盗賊のアジトへ向かいました。
盗賊を護送するための馬車は持って来ているので盗賊達をエデンスへ護送して裁きを受けさせるそうです。
「葬儀はどうするのだ?」
「棺を作らなければなりませんから、明日にでも出来ればと思っています」
「儂も参列しよう、その後は街に戻り、ネポロ村を平和な姿に戻すための準備をしなければならない」
ゼレンさんはマールさん達と話があるそうなので私達はその場を後にしました。
ゼレンさん達が話し合っている間に兵士の皆さんと協力して棺の準備をしていきます。
私とマクスウェルさんは次元収納が使えるので切り倒した木を村へと運んでいきます。
棺の準備をしているとアレク兄様とネイナさんが盗賊のアジトから帰ってきました。
「ネイナさん、お疲れ様です」
「んにゃ、魚を釣っていただけですにゃ、ここにも美味しい魚がいましたにゃ、お手伝いしますにゃ」
盗賊を見張っていたネイナさんは全く疲れた様子がありません。沢山の人々を殺害した犯罪者を監視していたのに凄いですね。私なら精神的に参ってしまう気がします。盗賊達は村の外に連れられて来ており、この後直ぐにエデンスへ移送されるそうです。
二人と話しているとゼレンさんが村の外に向かっていくもが見えました。
どうやらこの村を襲った盗賊達を見にいくようです。村の人たちに見せる優しそうな顔は一変しており、厳しい領主の顔になっています。
やはり侯爵ともなると、武人でなくとも恐ろしいと感じるほどの威圧感を発するものなのですね。
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