第51話 怒らせてはいけない者
「私の名前はミレイ・フリーデン、貴方がたとは縁も所縁も御座いませんが、人としての一線を越えた貴方がたには罰を受けて頂かなければなりません」
そんな私の言葉を聞いて先程まで騒いでいた方達は怒鳴るのを止め、辺りは静かになりました。しかしその中の一人が笑い出し、それが波のように広がっていきます。
「お嬢ちゃん、面白い事を言うね? 正義の味方のつもりなのかな?」
一通り笑い終えると私に話しかけてきました。冗談を言っているように聞こえたようです。それも仕方ありませんか、私はまだ十五歳になったばかり、成人になったといっても周りから見れば子供、いくら冒険者のような装備を身につけていても侮られてしまうのは仕方のない事かもしれません。
「この魔法を解いてくれたら命だけは助けてあげるから早く解いてくれないかな?」
そんな言葉を信じると思っているのでしょうか?
私が何も答えずに彼等を見下ろしていると、それに我慢が出来なくなったのか、先程まで冷静を装っていた者達が本性を現し始めました。
「何黙ってんだこのガキ!」「俺達が命だけは助けてやるって言ってんだ! さっさと従えや!」「村人達と同じようにしてやろうか!」
「まあ、待てや、正義の味方ぶって登場したけど、怖くなってしまっただけだろう、なあお嬢ちゃん、素直に従っておけ」
そういえば何故私はこんなにも冷静なのでしょうか?
ああ、お父様が前に話してくれましたね。
戦うべき時がくれば自ずと分かると、その時が来たら冷静になり、何事にも動じないのが我がフリーデン家の血だと、これがその感覚なのでしょうか。
氣が今までになく自由に使えるようになったのもそのせいなのですね。
普段からこのようになりたいものです。
皆さんも我慢の限界のようなので、そろそろお相手を致しましょう。
「申し訳ありません、何やら話していたようですが、聞いておりませんでした。そろそろ戦いましょうか?」
「——何だと?」
「ご安心下さい、命までは取りません。そんな平穏は与えません」
「黙っていれば調子に乗りやがって! やっちまえ!!」
ずっと喋っていたのは気のせいでしょうか?
遠距離の攻撃方法を持つ方達が私に攻撃を仕掛けてきます。矢を放ち、投合用のナイフを投げてきました。
無数のそれらを手で掴み私に放ってきた方達に投げ返してあげます。
辺りからは盗賊の皆さんの叫び声が響き渡ります。先程の攻撃で私は死ぬだろうという確信があったのでしょう。驚いた顔をしている方が多くいるようです。
しかしおかしいですね。どうやら魔法を使う方はこの中にはいないみたい。
ですが村の建物が燃えていたので魔法を使う方がいる筈ですが、洞窟の中にいるのでしょうか?
「こいつはただのガキじゃねえぞ!!」
おっと、他の方達を無視してしまいした。
失礼でしたね。
お相手しなければ。
自ら放った武器を受けて倒れ伏している人達を一瞥してから土壁から飛び降りると彼等は叫びながら私の方へと向かってきます。
「——死ね!!」
申し訳ありませんがそのお願いは聞いては差し上げられません。
振り下ろしてくる剣を避け、空を切った無防備な手元を掴んで折る。痛みで手から離れた剣を掴んで足を地面ごと突き刺し動きを止める。
次々とやって来ますが同じように動けないようにして差し上げると私を警戒したのか、闇雲に攻めてくるのをやめて私を囲んで動きが止まりました。
「慎重に動け、油断するな!! 」
油断していたのですか、大勢の方がいますからね。今まで戦う力のない者も殺してきたせいで自分達は強いと思ってしまったのでしょう。
その認識は危険です。
変えて差し上げないと。
先程までのようにばらばらに向かって来るのではなく、息を合わせて一斉に私の方へと向かって来ます。
槍を取り出し、先頭にいた方達の脚を素早く回転して斬り裂く。
その攻撃を受けた方達はゆっくりと跪き、痛みに悶えていますが、その後ろにいた方達は何が起こったのかを理解出来ていないようです。
少しづつ動けなくなっていく仲間達に恐れを抱いたのか逃げようとしている方達も出てきました。
残念ですが、逃げられません。
貴方がたは檻の中にいるのですから。
一人ずつ動けないようにしていきます。
すると逃げられないと観念したのでしょう。
逃げ腰になっていた方達が再び一斉に向かって来ました。
四方八方からやって来る方達、ですが関係ありません。
全ての攻撃が同時になされるわけではありません。最初に攻撃してきた方から順番に相手をして差し上げていきます。
最初に攻撃をしてきた盗賊の方は剣を振り上げて斬り裂こうとしてきます。しかし剣を振り下ろす前に脚を折り、痛みで手から離した剣をもらい、槍を突き刺そうとする方の懐に入り先程の剣で脚を刺して槍をもらい、斧で横薙ぎにしようとする方とその後ろにいる方達の何人かと同時に槍で脚を突き刺して、同じようにどんどんと攻撃を続けていきます。
気付けば辺りにいるのは数人の方達だけ、他の方達は全員地面に転がって呻いています。
あと数人で、というところで大きな爆発音のようなものがして、背後から瓦礫が飛んできました。
その音のする方を見れば先程塞いでおいた洞窟から土煙が出ています。
そしてその土煙に人影が見えます。
どうやら土壁を破られてしまったようですね。
「何だこれは? 何故、こいつらは地面に転がって呻いている。だれにやられた?」
土煙の中から現れた方は今までに戦っていた方の中で最も体格が大きく、良い装備を身に纏っています。
洞窟から出てきた彼を見た途端、先程まで怯えたような表情をしていた方達の目に力が戻りました。
どうやらこの方がリーダーのようですね。
「——そ、その女に!」
「ああ? このガキに全員やられたって言うのか?」
「……はい、頭」
倒れた仲間にそう言われ、私を見て怪訝そうな顔をしています。この大人数が私のような子供にやられてしまったのが信じられないのでしょう。ですが私以外には他に誰もいないのでそれを信じたようで私の方へとやって来ます。
「馬鹿じゃねえのかお前らは、まあいい、どうやら俺の部下共を可愛がってくれたようだな、お返しをしなければならん、今度はお前を可愛がってやる」
そう言うと、他の方とは比べ物にならないくらいの速さで私に近付いて背負っていた大きな斧を振り下ろしてきました。
思いの外、鋭い一撃でしたが難なく躱しますが、その一撃で地面は砕け、破片が辺りにいたこの方の仲間に当たり、何人かが潰されてしまいました。
「お仲間が攻撃の余波で亡くなっていますが?」
「ガキに負けるような奴はどうでもいいだろう、死にたくないのなら避ければいい、それだけだ」
そう言って笑みを浮かべる盗賊の頭、なるほど、この方は自分以外は駒のように考えているようです。人の命はこの方にとっては大した価値のあるものではないのでしょう。
この方の攻撃によって周りの壁がそろそろ砕けてしまいそうになっていますが問題ありません。
兄様達が到着したようです。
逃げだそうとした方は間違いなく捕らえられる筈です。
安心してこの方と戦えます。
村の方達が捕らえられている馬車の方は特別頑丈に作っておいたので問題ありません。
「チョロチョロと逃げやがって、正々堂々と戦えないのか!?」
——クスッ。
「何を笑ってやがる!!」
面白い事を言うのでつい笑ってしまいました。正々堂々なんてよく言えたものです。
「喰らえ!!」
お頭さんがそう言うと、彼が持つ大きな斧から炎が出現して私に向かって来ました。
どうやら、あれは魔斧のようです。
随分と珍しい武器を持っていますね。
一流の武人が持つべき物だと思いますが。
それにしてもあの炎、魔法使いがいるのかと思ったらそういう事ですか、燃えた家には焼死した遺体がありましたが、彼がやったという事ですね。
「残念ですが、貴方のような方にはその魔斧は相応しくないですね。使いこなせてもいないようですし、そろそろ終わりにしましょうか?」
「舐めやがって!!」
「私に一撃も与えられないような方なのですから、仕方がありませんよ」
挑発してみると、予想通りに炎を纏った斧を構えながら私の方へと突っ込んで来ました。
相当頭に来ているのか、最初の頃よりも移動速度が上がり、魔斧を振るう速度も格段に上がったようです。これが彼の本気ということなのでしょう。
「死ねえ!!」
近くに落ちていた短剣を拾い、水魔法を纏わせて魔法剣にし、振り下ろしてくる魔斧を片手で受け止め、槍の穂先を首元に突きつけて、
「まだやりたいですか?」
自分の会心の一撃が私のような子供に、しかも女に止められた事信じられないような顔をした彼にそう言うと、震えながら斧を手放し、膝をついて呆然とした様子で動かなくなってしまいました。
余程自分の攻撃に自信があったようです。
ここまでのようですね。
村の方達を助ける事が出来て良かったです。安心すると氣がふっと抜けていくのを感じました。
逃げ出した方達を捕まえた兄様達がこちらへとやって来るのが見えます。
そういえば、ここに一人で来た事をどう説明したら良いのでしょうか?
——あれ、さっきまで考えがすぐに何でも浮かんだのに、もう何も思いつきません。
マズイです。ピンチです。
お読みいただきありがとうございます。
怒ったからといっていつも今回のような状態にはなりません。何がきっかけになるかは分かるとは思いますが、内緒にしておきますm(_ _)m




