第48話 商王国への旅路
トンネルを進んで行くと小さな光が見えてきました。外へと続く場所に到着したようです。あの小さな光の向こうが商王国の地に続いているんですね。
「お兄様、向こうへ行くための穴を開けても宜しいですか?」
「ああ、ネイナ、この先の案内は任せたぞ」
「分かりましたにゃ」
人が通れるまで洞窟を開いて進んで行きます。
北を見れば森が広がっています。
お父様達の話によれば洞窟を抜けた先、北に進めば神樹国ハイエレンデがあるとか、真っ直ぐ東に進んでいけば商王国の地に辿り着くそうです。
「ネイナさん、商王国の首都ロンドールにはどのくらいで辿り着くんですか?」
「途中、幾つかの村で休みながら移動したとして馬の脚なら二週間程で着くと思うにゃ」
それまではゆっくりと馬での旅ですか、楽しそうですね。ワクワクします。
それから私達はネイナさんを先頭にして、ここから三日ほどの場所にネポロという小さな村があるそうなのでそこに向かって進んで行きます。
周りの風景はエルドラン王国と大した違いはありません。地図で見れば隣接した国ですからね。ただ私が住んでいる地域よりも平坦で旅をするには良さそうな場所のようです。
長閑な場所ですね。
「キュイキュイキュルル」
見通しも良くて魔物が来ても簡単に見つけられそうな場所だなとルルが言ってます。
確かにここなら魔物が襲ってきてもすぐに発見する事が出来そうです。
辺りが暗くなってきたので休める場所を探します。すると一本の大きな大木が丘の上に生えていたのでそこで今日は休む事になりました。
ルルはそこについた途端、その大木に登って行きました。
「キュルキュ!」
姿は見えませんがどうやらテッペンまで登って辺りの景色を見ているようです。
羨ましい……
私も登ってみてもいいでしょうかね?
「兄様、私も木に登ってもいいでしょうか?」
「ああ、夕暮れが綺麗に見えるだろう、ルルと一緒に木の上に行くといい、ミレイ、お前はもう貴族じゃない、はしたないなんて言ってくる人はいない自由にしなさい」
そうでした。もう木に登っても誰に何を言われる事もないんでした。
ですが野営の準備も手伝わないで木に登るのはちょっと嫌なので、それを手伝い馬に餌をあげてから木に登って行きます。
枝が太くてとても登りやすいのであっという間にルルのいるテッペンまで登れました。
「凄い……綺麗な景色ですねルル」
「キュイ〜」
先に枝に座っていたルルの隣に座り、辺りを見渡します。私達が進んできた山々に太陽が沈んでいくのが見えます。
東を見れば既に空には星が見え隠れしています。
西の空には山々に沈む太陽が空を朱色に染めて、それに照らされた雲が様々な色に変化していてとても綺麗です。
赤色、桃色、黄色、青色、紫色、時間が経つにしたがって違った景色に見えてきて綺麗な幾つもの絵画を眺めているような気分になってきます。
太陽が沈む方向はエル・リベルテがある方向ですね。太陽が沈む先に帰る場所があるなんて中々ロマンチックです。
それにしてもこの木も随分と立派ですね。私達の村の御神木の方が立派ですがこの木も数百年は生きていそうです。
この木の上で眠ったら気持ち良さそうです。
許してくれますかね?
「兄様、この木の上で寝てみたいんですが宜しいでしょうか?」
「木の上で? 構わないが、落ちたりしなそうか?」
「はい、風も気持ち良くて寝心地が良さそうなんです」
「なら構わない。気をつけてな」
「お嬢様、これを貸して差し上げましょう」
兄様から許可をもらい木の上で寝る準備をしようとしているとマクスウェルさんが手の後ろに何かを隠したように近付いてきてシャキンと効果音がするような感じで取り出した物を掲げながら、マクスウェルさんが何かを私に手渡してきました。
これは何でしょうか?
網?
「それはハンモックといって両端を枝に巻きつけてその間に寝るんですよ。俺の睡眠七つ道具の一つです。それで寝ればグッスリ、今日は貸して差し上げましょう」
「睡眠七つ道具?」
「睡眠のプロのオレがよく使う七つ道具があるんですよ。これは母親のお腹にいるような感覚で安心して眠ることが出来ると評価されている揺籠ハンモックです!」
おお、そんな物があったんですね。
流石はマクスウェルさん、寝ることに関してはプロですね。少し胡散臭い商人のような話し方が気になりますが早速ハンモックを木に設置してみましょう。
マクスウェルさんの説明にあった通りに設置して試しに乗ってみました。最初はひっくり返りそうになって驚きました。しかし少しすると慣れてきました。
おお、これは何と言ったらいいのか分かりませんが凄く気持ちがいいです。身体の力が抜けてゆったりできますね。
どこか懐かしい感覚がありますが、これが母親のお腹の中にいるという感覚なのでしょうか?
夕食を食べて終わり早速ハンモックを使って寝ようと思いましたが、夜番の事が思い浮かんだので聞いてみると、一日で全員が夜番をする訳ではないので今日はそのまま寝ても構わないとの事です。
明日は夜番をすることにしましょう。
「ふぅ、気持ちよく眠れました」
心地の良い朝日と優しい風で目が覚めるとルルが私のお腹の上で寝ていました。昨日は枝の上で寝ていたのにいつの間にここに来たんでしょうか?
「おはようございます兄様」
木から降りて既に起きていた兄様に挨拶をします。ネイナさんとメアは既に起きているようです。マクスウェルさんは……まだ寝ているようです。
「今日もよろしくお願いしますね」
ブラシを使って体の汚れを落としてマッサージをしていくと気持ち良さそうに声を出しています。
その表情も心なしか気持ち良さそうにですね。
私が乗っている愛馬の名前はユキ、真っ白な色をした白馬です。この子の親兄弟に私の一族は代々乗ってきました。
この子の兄弟はみんな他の馬よりも大きくて力強い走りを見せてくれます。
ユキは体格こそ普通の馬と変わりませんが、その血を受け継いでとても脚が速い馬です。ユキの親兄弟はほとんどが黒馬なので珍しく生まれた白馬です。
目がクリクリしていてとても可愛いんです。
「よし、そろそろ先に進もうか」
「もうですか? もう少しのんびりしてから行っても構わないんじゃないですかね?」
「マク兄、そんな事を言っていると母上に報告しますよ」
「そんな!? 幼い頃あんなに面倒を見たのに、私めを売ると言うんですか? なんという事か、弟のように思っていた人に裏切られてしまうとは」
マクスウェルさんが何かの演技をしているかのようにシクシクと泣く仕草をしています。
下手っぴです。なるほどこれが大根役者という奴ですか。
アレク兄様は幼い頃、マクスウェルさんに弟のように可愛がってもらったそうで今でも兄と慕っています。貴族だった時は人目がある時は呼捨てしていたのですが、貴族じゃなくなったので昔の呼び名に戻したようです。
カイル兄様、シエル兄様も同じで可愛がってもらったそうです。
私は女の子という事でどう接したらいいのか分からなかったようですが、怪我をしないように大切にしてくれたのを覚えています。
私がお転婆だったのにマクスウェルさんが影響している気もしますね。
「はいはい、行きますよマク兄、急ぎではないですが、早いことに越したことはないですから」
そんな言葉にため息を吐くアレク兄様、マクスウェルさんも渋々といった感じで馬の背に乗りました。
馬に揺られてゆっくりと進んで行きます。
昼頃には辺りに木々が増えてきて森に入って行きます。
「この森を抜ければ小さな村があるにゃ、獣人が多く住む村だったにゃ、雰囲気が私達の村に似ていて良さそうな村にゃ」
そんな所が、早く見てみたいですね。
しかし、ここの森はあまり魔物がいないのでしょうか?
現れてほしい訳ではありませんが違和感を感じます。これほど大きな森なのに、商王国がそれ程熱心に魔物を狩ったということなのでしょうかね。
確か魔の森との境には神樹国があるおかげで魔物による大きな被害は出ない国だと聞きましたが。
まあ、全然いないという事はないのでしょうね。兄様達の気配に気付いて近付かないようにしているのかもしれません。
流れる小川のほとりで休みます。
ネイナさんが釣りをして魚を釣り上げては喜びの声を上げています。
馬達も美味しい水をたっぷりと飲んでリラックス出来ているようですね。
「あと少しで村に到着するにゃ、んにゃ?」
あと少しで村に到着するも嬉しそうな顔をしながら言うネイナさん急に馬を止めました。そして何か気になることでもあるのか辺りの匂いを嗅ぎ始めました。
何でしょうか?
「アレク様、血の匂いがしますにゃ!」
「何っ!? 村に急げっ!」
その声に急いで村に向かって行くと、少し遠くから黒い煙が上がっているのが見えます。
何が起こっているかは分かりませんが無事でいてくれればいいのですが。




