第38話 終局
「そろそろ戦おうか、ゴブリンの王よ。お前だけは逃すわけにはいかないからな」
ゴブリンキングが誕生すると群れをより大きくする為に他のゴブリン繁殖力が強くなる。ゴブリンキング自体も高い繁殖力がある為逃がせば新たな群をすぐに形成する。
生まれたゴブリンキングは村々を襲い、様々な種族の女性を襲いゴブリンを孕ませる。
機械のように女性を扱うため捕まった女性は肉体的にも精神的にも大きな傷を負ってしまい廃人のようになってしまう。
只のゴブリンなら逃しても構わないが、ゴブリンキングを発見した場合はすぐに討伐が必要な魔物とされている。
「貴様ハコノ人ドモノ王か?」
「……そうだな……王ではないが、ここにいる人達を率いる者の息子ではあるかな」
「……ソウカ、シカタガナイ、貴様カラ殺シテヤロウ」
ゴブリンキングはそう言い放つとアレクに向かって走り出した。一歩進むと地面が悲鳴をあげる。その動きは他のどのゴブリンとは明らかに違った。
背負っていた斧を手に持つとアレクに向かって振り上げた。そのあまりの速さに斧が残像でしか確認できないほどだ。ゴブリンキングは仕留めたと思ったのか笑みを浮かべるとそのまま斧を振り下ろした。
大きな音がなり地面が砕ける。土埃が舞いそれが晴れるとそこには大きな穴が出来ていた。しかしそこにはアレクの姿はない。思った以上の速さに驚きながらもアレクは躱していた。ゴブリンキングは感心したような表情を浮かべると追撃を開始した。斧による攻撃を剣で弾くが手が痺れてしまいアレクは思わず自分の手を見る。ゴブリンキングはそのまま拳で殴りかかってきた。剣で受けるが相手の拳は切れることはなくアレクは弾き飛ばされた。
父上の言う通り、確かに只のゴブリンキングではないようだ…… 亜種か?
ゴブリンキングはゴブリンの最上位種ではあるが通常の個体ならばアレクの手を痺れさせるほどの攻撃をすることは出来ない。
距離が開いたゴブリンキングは斧で地面を抉り石の礫を放ってきた。大小様々な石がアレクを襲うがその一つ一つを捉えて避けていく。
その後ろではゴブリン達がその攻撃を受けて死んでいくがゴブリンキングはそのようなことは御構い無しのようである。
弱い奴は死んでいく、それが魔物の世界の掟である。馴れ合いなど必要がないのだ。手下が減ったら増やせばいい、それがゴブリンの考えである。
それから暫く攻防が続く、アレクは防戦一方でゴブリンキングが押しているように見える。
「ヤルデハナイカ、人ニシテ置クニハ勿体無イナ」
「ゴブリンの王に褒められるとは初めての経験だ……光栄だよ。そろそろ私の番かな」
互いの攻防が一旦止まるとゴブリンキングはアレクを褒めた。そんなことを言われると思っていなかったアレクは驚きながら返事をする。追い詰められているように見えたアレクだが、その顔には汗すらかいていない。
アレクは先程までとは違い闘氣を体に漲らせる。そして笑みを浮かべた。
「ーー戦いになるといいが」
「何ダト?」
次の瞬間、ゴブリンキングはアレクの姿を見失った。気付いた時には真横に吹き飛ばされて木々を倒しながら森の中へと消えていく。
「グッ……何ダコレハ……ドウナッテイル……何故我ハ吹キ飛ンダ」
森の奥に吹き飛んで行ったゴブリンキングは大きな木に激突してやっと止まった。舞い上がった土埃の中から這い出てくるゴブリンキング、何故自分が吹き飛ばされているか理解出来ずに混乱する。
ゴブリンキングはその名の通り生まれながらの王、未だ嘗て戦いの場で大地に平伏す経験などしたことがない。生まれて初めての経験だった。
「流石に頑丈だな……今ので決めるつもりだったのだが」
「何……決メルツモリダッタダト?」
混乱していたゴブリンキングの元に現れたアレクは生きているのが意外だったと言う。その言葉を聞いたゴブリンキングは怒りに肩を震わせて叫んだ。
「我ヲ舐メルナァァァァァ!」
血が上って怒りに我を忘れたのか辺りに木々を薙ぎ倒してアレクに放り投げてくる。
その威力は凄まじいものがあり、木がまるでそこに生えていたかのように地に突き刺さっていく。
「ハアハア、ドウダ我ヲ侮辱シタ罰ダ」
土煙が舞い上がり辺りの様子は伺う事が出来ない。しかしアレクはその姿を現わすことはなくゴブリンキングはその攻撃が効いたと思い息を荒げながら土煙の方向を見る。
「……こっちだ」
耳元で聞こえたその声に反応して腕を振るう、アレクは避ける素振りを見せず反応出来なかったかとほくそ笑むがその攻撃は空を切る。
「何故……ギャアァァァ!」
ゴブリンキングは自分の体に異変が起きていることに気付いた。自分の右腕がなかったのだ。
アレクに攻撃する前に腕が落とされており、攻撃が届くことは無かった。
余りにも鋭い斬撃によって腕が落とされたことを理解させるのに時間がかかったのだ。
ゴブリンキングは膝をつき痛みに悶える。
「中々、勉強になった。だが相手が悪かったな……」
そう言い、アレクは剣を振り下ろす。
ゴブリンキングは痛みに悶えながら、地面に落ちていた斧でそれを防ごうとするが、アレクの剣はそれを物ともせず斧を砕き、ゴブリンキングを袈裟斬りにする。
ゴブリンキングは薄れる意識の中で何故王たる自分がこんなにも圧倒されているのだと混乱しながら、斧が破壊された反動と剣圧に押されて再び吹き飛んでいった。
◇
「ーーッ!?」
次々と湧いて出るゴブリンと戦っていると突然森の方から何かが吹き飛んで来ました。驚いて身構えてしまいましが土埃が晴れるとそこにいたのはゴブリンキングのようでした。
「これはゴブリンキング……兄様がやったのですね」
身体中傷だらけで片腕が無く、肩口から腰に向かって大きな傷があります。残った手には砕けた斧を持っていますが明らかに致命傷を負っていて、その目には既に生気がありません。
「流石兄様です。これで戦いも終わりですね、ゴブリンキングが倒れればゴブリン達はもう逃げるしかないでしょう」
周りのゴブリン達も自分達の王がボロボロになった姿に戸惑っているように見えます。
「貴方達の王は敗れました。引きなさい!!」
私の声を聞いたゴブリン達はさらに混乱したようで攻撃は止めてこちらの様子を伺いながら話し合っている様に見えます。これで戦いも終わりかと安心すると突然ゴブリン達の目に力強い光が戻ったように見えました。
「キュイ!」
何故だろうと不思議に思っているとオコジョさんが声を上げたので振り向きました。するとゴブリンキングがゆっくりと立ち上がり砕けた斧を持ち、此方へと近づいて来ていました。
気を緩めていた訳ではありませんがあまりに生気が無かった為に気付くのが遅れてしまいました。
周囲にいた方達も反応が遅れたようです。
私と同じようにあまりにも生気を感じられなかった為でしょう。一番近くにいたネイナさんが焦ったような表情を浮かべてこちらに向かって来ています。
もはや動けるような傷ではないはずですが、ゴブリンキングの最後の力なのか、王としての誇りなのか……
「動物……と女、貴様……ラダケハ……殺ス」
そう言うとゴブリンキングの目にほんの僅かな光が戻りました。
「来なさい!」
相手は格上ですが満身創痍、このままゴブリンキングを迎え撃ちます。
「キュイキュ」
近づくゴブリンキングを前に私の肩に乗っていたオコジョさんが飛び出しました。
「オコジョさん!?」
オコジョさんの全身から魔力が吹き出し、回転して尾から風の刃を放ちました。ゴブリンキングが斧を振り下ろす前に腕を切り裂いて斧を手放させました。
そして直ぐさま近付き、魔力で長く具現化した爪でゴブリンキングの喉元を切り裂き、刃と化した尾でその顔を切り裂きました。
その攻撃を受けたゴブリンキングは立ち止まり、新たに付けられた顔の傷を触っています。
「マタシテモ……貴様……ナドニ……不覚ヲトルトハ……」
悔しそうな何とも言えない表情を浮かべてゴブリンキングはゆっくりと倒れました。そして今度こそ動かなくなりました。
それを見ていたゴブリン達は、自分達の王が敗れた事を理解したのか一斉に逃げ出しました。
思い掛け無い幕切れにそれを見ていた周りの方達は、私を含め呆然と立ち尽くしてしまいますがお父様が声を出しました。
「……戦いは終わった」
その言葉にやっと戦いが終わったと安堵して体の力が抜けました。てすが油断して命を落としそうになったことが思い浮かんだので気を引き締めます。
それにしてもオコジョさんが使った魔法のことは気になりますが……
これでやっと村作りに専念出来ます。