第34話 夫婦強し
「ここじゃちょっと戦いづらいわね、移動しようかしら……」
砦の近くでは味方にも被害が出てしまうかもしれないので大きな魔法を使わずに戦っていたのだが、あまりの敵の数に段々と苛々してきていた。
彼女の冒険者時代の二つ名は『殲滅姫』、美しい容姿ながら容赦のない圧倒的な魔法の火力によって敵対する者全てを薙ぎ払うその姿から名付けられた。
ミレイに魔物を無駄に狩りすぎないよう助言した事があるが、それは自分が冒険者をしてい当時世話になっていた冒険者ギルドマスターに何度も注意された事だったのだ。
(あら、ミレイも戦っているわね)
ミレイが戦っている姿を見つけたエルザは敵を吹き飛ばしながらまるで何事もないかのようにゴブリンの群れの中を歩いて行き話し掛けた。
「ミレイ、ちょっと私ゴブリン引き連れて川原の方に行くからここお願いね」
「はい、お母様」
(良い返事ね。油断した様子もないようだしミレイには良い経験になるかもしれないわ)
ゴブリン達を倒しながら自分に注意を向けさせるようにして川原へと向かって移動していく。
すると……
「あら? ここにもゴブリンが沢山……ナイト、メイジ、アーチャーそれにジェネラルまでいるじゃない。休憩中かしら」
川原には物凄い数のゴブリンがおり、ゴブリンナイトやゴブリンメイジの他にゴブリンジェネラルの姿もある。
ゴブリンジェネラルは王に次ぐゴブリンの上位種である。頭が良く多くのゴブリンを指揮する事が出来る魔物でありその力も他のゴブリンとは比べものにならない。
「「「ギギィ!!」」」
突然現れたエルザを警戒し、唸り声を上げてそれぞれ手に持つ武器をエルザに向けるゴブリン達。
先に黒の砦を襲っていた仲間のゴブリン達によって獲物に疲れが出た所を一気に攻めようと離れた場所で身を隠していたのである。
そんなゴブリンたちを見たエルザは指を鳴らす。すると突如炎と水がエルザの左右に現れ、ゆっくりと龍の形を成していく。そしてまるで生きているかの様にも見える炎龍と水龍がその姿を現わす。
炎龍と水龍を創り出したエルザが言い放つ……
「休憩中悪いけど——消えてね」
その声を聞いてゴブリン達がその言葉を理解したのかは不明だがエルザに向かって一斉に走り出した。
それと同時に炎龍と水龍も動き出す。
炎龍が高温の炎を吐きゴブリンを焼き尽くし、それでも攻めてくるゴブリンを飲み込む。逃げる事の出来ない炎に包まれ骨すら残らず燃え尽きる。
水龍が高圧の水を吐き、ゴブリンを切り裂いていく、それを掻い潜ったゴブリンは水龍が飲み込む。半透明の龍の体に飲み込まれたゴブリンは水圧に耐え切れずに身体中から血が溢れ出して圧殺されていく。
「ギギィ……」
「ナニヲ……シテ……イル……ユゲ!!」
圧倒的な攻撃になす術なく散っていく仲間の姿を見て恐れをなした様子のゴブリン達、しかしジェネラルの命令を受けたゴブリン達は死に物狂いでエルザに向かっていく。
「全く……自分は動かない癖に命令だけはするのね……そういうの嫌いなの」
炎龍と水龍がジェネラルの元へと向かい両側から挟み撃ちをする様に物凄い速度で向かう、それをジェネラルは避けるが——
「御免なさいね。それじゃあ避けた事にはならないの」
「【臨界龍爆】」
炎龍と水龍がぶつかったその瞬間、目も向けられないほどの閃光が多くのゴブリンを飲み込みながら広がりその一帯が吹き飛んだ。
爆心地近くにいなかった者も吹き飛ばされた石の礫が体を貫き命を落としていく。
辺りには熱波が吹き付け、土煙が舞い上がる。
「ケホケホッ! やり過ぎたかしら?」
爆発の瞬間に素早く距離を取り、障壁を創り出して爆風を免れていたエルザは土煙で咳をする。
暫くして土煙が晴れると……
そこには先程までいた数え切れないほどのゴブリン達は一掃されておりその姿はどこにもなかった。
そこには爆発が起こる前までの風景は存在せず、完全に地形が変わっており、爆発が起こった場所には大きな穴が開いていた。周りの木々も吹き飛んだ石によりたおれてしまっている。
「ギザ……マ」
何かが落ちる音が聞こえ声のした。エルザはその音がした方へと目を向ける。するとそこには身体中傷だらけで片腕が吹き飛んだ凄惨な姿のゴブリンジェネラルの姿があった。
「あら……貴方よく直撃を受けて生きていたわね……そう自分の部下を盾にしたのね……」
パチンッ!
ゴブリンジェネラルの前には焼き尽くされ一部が炭化しているゴブリンナイトが二体投げ捨てられていた。
ゴブリンジェネラルは爆発の瞬間、不味いと感じて逃げながらも近くにいた重装備のゴブリンナイト二体を掴み盾にしたのだ。しかし威力が大きく片腕が吹き飛んでしまった。
生きているのが奇跡とも言える。
「ヤヅ……ラ……ハ……ドウグ……ダ」
「そう、貴方も王の道具でしょうけどね……」
そう言うと背を向けて歩き出すエルザ。
「ドゴエ……イグ……タダカイ……ハ……オワッ」
まるで自分に興味が無くなったかのように立ち去ろうとするエルザの姿に怒りが湧き出る。
止めようとするが、言葉が続かなくなるゴブリンジェネラル。不思議に思い喉を触ろうと残った腕を動かそうとすると腕が地面に落ちる。
「ーーッ!?」
それを見て自分の身に何が起こっているのかが分からず困惑する。腕が落ちたにも関わらず痛みもなかった。ゴブリンジェネラルはいつ何をされたのかも分からない。
しかし混乱しながらもエルザに一矢報いる為に近づこうと足を出す。
「残念だけど……終わってるのよ」
すると脚がズレて倒れ、その衝撃で体全体がバラバラになった。ジェネラルは生きている事がエルザに知られた時に既に魔法で切り裂かれていたのだ。
「……さようなら」
◇
(なんだ今の爆発音は……エルザか? あまりやり過ぎていないといいが……)
妻の身よりも辺り一帯の地形を心配するレオン。そんなことを考えながらゴブリンを切り裂いて行くレオン、敵が何かをする前に攻撃をして命を奪っていく。既に何体倒しているのか、彼の進んで来た道には夥しい数のゴブリン達の死体が散乱している。
まるで蟻を踏み潰していくが如くその命を刈り取っていく。その姿はもはや機械的な作業をしているように見えてくる。
それほど圧倒的な差がレオンとゴブリン達には存在していた。
奥に進み、ゴブリンの数も減ってきたのでそろそろ戻ろうかと考えていると、多くのゴブリンが不自然に集まっている場所を見つける。その中心には岩に腰掛ける周りのゴブリンよりも一際大きなゴブリンの姿があった。
それを警護するかのように装備が整っているゴブリンナイトの姿も見える。
あれは……
「ゴブリンジェネラルではないか…… やはり王がいるという事か……」
レオンの存在に気付き向かってくるゴブリンを倒しながらゴブリンジェネラルの姿に思案する。
「ワレラノ……王……ヲ……ブジョクシタ……ドウ物ハキ……サマラノ仲……マダナ」
やはりオコジョの言っていた事は事実のようである。王と言うことはゴブリンキングがいると言うことだろう。しかしそんな事よりもミレイの動物と話す才能は本物だったと静かにレオンは喜んでいた。
「ほう、人の言葉を話すか、そこまでの知能がありながら小動物に反撃されたぐらいで逆上するとは貴様らの王は馬鹿なのだな」
「バ鹿ダド我ガ……オウヲブジョ……クシタナユル……サナイ殺ズ!!」
自らの王を侮辱されて物凄い勢いで迫ってくるジェネラル、周りのゴブリンを気にする事なく武器を振り回していく、その名に見合った力は備わっているらしく、木を切り倒し岩を砕く程の威力があるようである。
「ギザ……マハ終……ワリダ」
レオンが自分の攻撃を避けるばかりで反撃をしてこないので、それが精一杯だと考えたのか嘲笑しながらも冷静に背後に大きな岩がある所までレオンを追い詰めていくゴブリンジェネラル。
「最後に聞かせてくれ、王は何処にいるんだ?」
まるで死ぬ前にそれだけでも聞かせて欲しいと言う様にゴブリンジェネラルに王の居場所を訪ねるレオン。
「オウハジキニ来ル、我ラジェネラルガ率イテキタ、オンナハ生ギタママ王ニケン上スル」
「そうか……ありがとう、ではさらばだ」
武器を振り上げるゴブリンジェネラル……
「アア、死ネ」
レオンに向かって武器を振り下ろす。
「……お前がな」
『音越え』
レオンは鞘に納めていた剣に抜き…また納める。剣を抜いたのが分からない程の速さでそれは行われた。ただ剣を納める音がしただけにも感じるほどである。
ドン、バタン、ダン
その音に振り向くゴブリンジェネラル。背後では木々が倒れている。自分のちょうど首の辺りの高さに切られて……
そしてそのまま意識は闇の中へと誘われ、首が落ちて静かに倒れた。血は吹き出ることなくさらさらと流れている。
「情報をくれた礼だ」
レオンは氣を剣に込め、目に見えぬ速度で振り抜き斬撃を飛ばしてジェネラルの首を落としたのだ。
痛みも感じることなくジェネラルは死んでいった筈、情報を素直に話してくれた礼だと痛みなく倒したようだ。
「王はこれから来るのか、そろそろ戻るか」