第31話 エル・リベルテ
黒の砦を守るためにキールさん、ディオンさん、エマさんに残ってもらい他の皆で私達フリーデン家がかつて暮らしていた土地にやって来た。
「ここを我らの先祖は『エル・リベルテ』と呼んでいたらしい」
この場所は神から与えられた安住の地としてご先祖様たちは大切にしていたらしい。私達が新たな生活を始めるに相応しい場所みたい。
お父様の目が潤んでいるように見える。そんなお父様を見ていると私も目を潤ませてしまう。
気持ちは分かる。ご先祖様が大切にしていた場所を見つけることが出来たのだから。
「それにしても立派な大樹ですねお父様」
「ああ、随分と昔からあるらしい。御神木として大切にしてきたそうだ」
ご先祖様たちが暮らしていた時からあったと言うこの大樹、御神木ということだけあって神聖な雰囲気があり何か不思議な感覚がある。私たちのご先祖様を見守ってくれていたと言うことですか、大事にしなければ。
湖は透き通っており、手ですくって飲んでみるととても美味しい。それに多くの魚も泳いでいる。巨岩の近くにあった川と何処かで繋がっているのだろう。以前魚を釣った場所にいたイワメなども泳いでいる。
「お父様、ここなら私達と一緒に来たいと言ってくれた方々を呼べる村を作れそうですね」
「ああ、もっと詳しく探索してからになるが、ここならば良い村が出来そうだ」
「キュキュ」
「そうですね、オコジョさんのお陰ですね」
オコジョさんが土砂崩れによって現れた洞窟を見つけてくれた。この場所を探し当てる事が出来ましたから。
恐らく長い年月の間に道が塞がってしまっていたのでだろう。元々見つかりにくい場所にあった上に道が塞がっていたのでは見つかる筈がない。あの嵐は私達にとって恵をもたらす嵐となったみたい。
「オコジョか……どうだそろそろ名前をつけてあげたら」
「名前ですか……いつか森に帰ってしまう場合に寂しくなるので名付けなかったんですが……名前を付けても良いですか?」
「キューイ」
どうやら構わないようだ。むしろどんな名前をつけてくれるのか期待しているようにも見える。
「分かりました……オコジョ……こじょ……んん……すぐには考えつかないのでよく考えてからにします」
じっくりと考えよう。せっかく懐いてきてくれたのに適当な名前をつけて嫌われるのは困る。
「そうだなそれが良い」
◇
「父上、奥にはここより狭いですが、開けた場所があるようです。そこにも魔物はいませんでした」
アレク兄様たちがエル・リベルテ一帯の探索に出ていたが魔物がいなかったようだ。
「そうか、やはり言い伝えの通り魔物はいないか……よし、早急に住める家を作ろう。シド良さそうな場所を探してくれ」
「ここなら何処でも良さそうだ大将、あの嵐の後だってのに荒れた様子もない、地面が多少濡れているくらいだ」
ここは周りの山々に囲まれているため強風の影響を受けないようだ。あの嵐の後にも関わらず土地が荒れた様子が全くない。大雨が降ったのにそこまでぬかるんでもいない。水捌けもいいようだ。村を作るには最適といえる。
「湖の周りにいい地盤の所があったらそこに作ってもよろしいですかい大将」
辺りを確認しているとシドさんがお父様に声を掛けた。
「ああ、お前の専門だ。信頼してる」
「地盤の確認は任せて下さい。ですが家は無骨な作りのものになりますぜ?」
「構わんさ、もう貴族じゃないんだ。形にこだわる必要はもうないからな」
お父様はもう貴族じゃないと言って笑った。確かに、もう無駄に見栄を張る必要はない。シドさんは湖の周りの土地に手を当てて何かを調べて始めた。暫くすると家を作る場所を決めたようで土魔法を使い始めた。
湖の水が増水しても問題ないように高い場所を選んまらしい。凹凸の多い地面を慣らして大きな真四角の石を作り出していく。
まるで子供が砂を固めて作る城のような作り方をしている。この様子ならすぐに住める状態になりそうだ。
「ここならきっとついて来たかった皆さんも安全に暮らせます」
草原に座りながら走り回るオコジョさんを眺めていると暖かい陽にだんだんと眠くなってきた。
◇
「ミレイ、そんな所で寝るんじゃない」
作業中ミレイの姿が見えないので辺りを探していたレオンは草原でオコジョと寝ているミレイを見つけた。起こそうとすると近くにいたシドがそれを止める。
「大将、いいじゃないですか、寝かせてあげましょう。お嬢様も慣れない旅で気を張っていたんでしょう」
レオンと共にミレイを探していたシドはそのまま寝かせてあげようと言った。
それを聞いたレオンは頷いた。
魔物もいないこの場所なら危険もないだろう。それにこの場所を見つけてくれた手柄もある。そう考えて寝かせておくことにする。
「……仕方ない」
「しかし大将、こうして安心して草原で寝る事の出来る場所がこの地域にあるっていうのは奇跡じゃないですかい」
「ああ、感謝しなくてはな……ほれシド、我々はいつまでも休憩してはいられんぞ」
◇
夢を見ていました。
お父様、お母様、お兄様達が新たに作った村で幸せに暮らしている。
お父様は村長をしているようだ。エルドラン王国で伯爵をしていた時よりも村の皆さんが気軽に話しかけてくれているようで嬉しそうに見える。そんなお父様を見てお母様も幸せそうに微笑んでいる。
村長として働くお父様の側には執事とメイドとして、セバスとメアが仕えているようだ。
家から出て村を見て回るとギムルさんやミリーもいた。皆んな笑顔で働いている。気難しいギムルさんが人前で笑っているなんて珍しい。
あれはシスイさんとティナさんだろうか。大勢の子供達のお世話をしているようだ。何のお仕事をしているのだろうか。
その隣の建物ではディオンさんとエマさんが子供達に剣の稽古をつけている。キールさんもその建物の横で弓を教えている。どうやら道場のようなものを開いているようだ。子供たちは真剣に、そして楽しそうにその訓練を受けている。
シドさんはそれを見ながら穏やかな顔をして煙草を吹かしている。
皆さんそれぞれ充実した生活を送っているみたいだ。苦労してご先祖様の暮らしていた土地を探して良かった。
あれ、マクスウェルさんは何処でしょうか?
マクスウェルさんの姿がないため探していると湖の側で横になる人影を見つけました。近付いてみると案の定マクスウェルさんでした。鼻提灯を膨らませて気持ち良さそうに眠っている。
呆れてオコジョさんも楽しそうに草原の中を走り回っていた。私に気付いたのか走り寄ってきて肩に乗ってきた。
皆んな幸せそう。私の姿を見ると皆さん笑顔を向けてくれる。そんな姿を見ていると私も幸せな気分になってくる。
……ミレ……起きな……ミレイ。
誰かの声が聞こえて目を覚ますとお父様がこちらを覗いていた。どうやら寝てしまっていたらしい。
「……寝てしまいましたか、申し訳ありませんお父様、手伝いもしないで……」
「いや構わない、お前達のお陰でエル・リベルテが見つかったんだ。お前も疲れがたまっていたのだろう」
お父様に連れられて戻っていくと既に家が二軒作られていた。二階建ての家、二軒の内の一軒は大きくて立派な造りをしているようだ。
「そろそろ戻るぞ、まだ人数が少ないから完全に移動する訳にはいかないからな」
「ミレイ、洞窟を土魔法で塞いでおこうと良く思いついたな」
私がエル・リベルテへの洞窟を閉じてから報告に戻った事を褒めてくれるお父様。あの時の判断は間違っていなかったようだ。
「はい、折角綺麗な場所なのに魔物が入ったら荒らされてしまうと思いまして」
「良い判断だ。この洞窟は厳重に管理しなくてはならないな……シド、洞窟内が崩れないように馬車が通れるぐらいまで広げる事が出来るか?」
「任せてください大将、危険なので他の者は入れないように頼みます」
そう言ってシドさんが洞窟内へと入って行った。
他の皆さんはその間に持ち込んでいた木材を使用して村を住みやすいようにしていく。
私とお母様は土魔法を使って地面をならして道を作って行く。湖へ降りる為の階段を作ったり、家の周りの土地を平らにして住みやすいようにしていきました。
暫くするとシドさんの作業は無事に終わったようで村の予定地まで帰って来た。
「洞窟内がしっかりしたものだったんで、思ったより楽に出来ましたよ」
洞窟を見に行くと馬車が通るに十分な広さになっていた。洞窟内は暗いですが光を放つ魔具をそのうちつけるそうだ。
「向こう側にはしっかりした扉を作らなければならないな。それまでは面倒だろうが出入りの際に土魔法で塞いでもらう」
今日の作業はもう終わりにして黒の砦へと戻る。その途中でお父様に先ほど見た夢の話をした。
「——あんな村を作りたいです」
「そうだな」
「私……頑張ります」
きっとあの夢のように、
皆さんが笑顔でいられる村を……




