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第3話 予期せぬ事態

 屋敷の前に集まっている兵達は今にも王都に攻め入ろうという勢い。お父様は我が家に伝わる魔槍を手にして兵士達を鼓舞している。このようなことになるとは思いもしなかった。だが原因が私であることは明白、何としてでも止めなければならない。それだけはハッキリしている。


「——お父様!」


「おお、ミレイ待っていてくれ、これからお前を侮辱した王子の首を獲ってくるからな」


 慌てて駆け寄り声を掛けるとお父様は笑顔で恐ろしいことを口にした。再び固まってしまいそうになったが何とか思い留まることが出来た。石像と化している場合でない。


「やめてください! 兵士の皆さんも落ち着いてください、私は大丈夫です」


「しかしだな……」


「戦争なんてしたら領民の皆さんにも害が及んでしまいます」


 そう言うとお父様は苦い顔をした。指揮官としても優秀なお父様は当然ながら王国そのものと戦えばどうなるか分かっているはず。私のために怒ってくださっているのは分かっていまるがやはり国に反旗を翻すのはやり過ぎである。


 お父様や兵士の皆さんが強いのは十分に分かっている。学園で武道の教師や実習で会う機会のあった近衛兵の方達の戦いを見て改めてお父様達の強さを実感することになった。

 だが一国を相手にするのは大きな被害が出てしまうのは明白。王国軍にはお父様に並び称される歴戦の勇士がいる。


 ——それに、お父様なら本当にバレイル殿下の首を獲ってきそう、正直そんなものを獲ってこられても困ります。



「お前がそう言うなら……」


 不満げではあるがどうやら分かってくれたらしい。事の成り行きを見守っていた兵士の皆さんは心なしか残念そうに見えるが……まあ、その、とりあえず戦争にならずに済んで良かった。冷や汗が出てしまいました。


「——だがこのような仕打ちを受けて黙っている訳にはいかない! この国から出ていく!」


「えっ!? お、お父様、何を言っているんですか?」


 国を出て行く!?


 そんなまさか、冗談ですよね?


「何の知らせもなく王国を出て行ってしまっては領民に迷惑がかかるだろう! 王都に行って貴族を辞めると国王に宣言してくる」


 どうやら冗談ではなく本気で言っているみたいだ。国王陛下に貴族を辞めると宣言するなんて前代未聞、王国史上、いや、世界で初めての出来事かもしれない。


「ま、待ってください! とりあえず落ち着いて話し合いましょう!」


「……今回の事だけが原因ではないのだ。これまでのフリーデンやこの領地に住む者達に対する仕打ち、最早この国に守る価値などない」


 慌てた私に落ち着き払った様子の父様はそう言った。


 フリーデン家はエルドラン王国建国当初、辺境伯と言われるほどの領地を持っていた。それは優れた武勇を示したためである。


 だが代が進むに連れフリーデンの領地は減っていった。やがては王国に反旗を翻すのではと恐れた王族や貴族によって画策された事だと言われている。


 実際そうなのだろう。


 だが貴族の地位に興味が無かった私達一族は謂れのない仕打ちに対して特に何も言う事なく、エルドラン王国の国境を長年守ってきた。


 中にはフリーデンがこの国にどれ程の貢献をしているのかをよく分かっている方達もいてくれる。実際に学園で出来た貴族の友人はそれを分かってくれていた。エレナさんもその一人である。


 それでも何故お前らが伯爵位なのだと揶揄する者は多くいた。そういった陰口を何度言われたことか、勉学や武道を頑張っても、彼等の見方を変えることは出来なかった。


 今回私に起こった出来事はお父様にとって許すことのできない最後の一線だったのかもしれない。その火蓋を切ったのが私だったのは何という皮肉か。


「とりあえずこれからの事を話し合う。皆の者! 話が決まったら詳しく知らせる事になるが、それまでは今聞いた話は内密にして欲しい」


 兵士の皆さんは私と同様に突然のお父様の発言に困惑しているようだが、古くから仕えてくれている方達は落ち着いているように見える。

 もしかしたら、彼等はいつかこうなる事を予期していたのかもしれない。私たちには見せないお父様の葛藤する姿を見てきたのかもしれません。



「アレク達に直ぐに戻って来いと報せを出せ!」


 屋敷に戻るとお父様は三人いる兄様たちを呼び戻すよう指示を出した。報せを出せと命じられたのは執事長のセバス・シュタルク。


 彼は只の執事ではない。フリーデンに仕える熟練の兵士達よりも力があり、お父様とも同等に戦える程の強者だ。つまりはフリーデン最強の兵士、お父様が最も信頼している方と言える。

 誰よりも速く王都へ向かう事が出来る為、今回はセバス自らが兄様たちに報せを出しに向かうようだ。


「かしこまりました旦那様。王都に向かう途中でバレイルの首を獲ってきてもよろしいでしょうか?」


 お父様に頭を下げるとセバスは獰猛な笑顔でバレイル様を討つ許可を求めた。


 もう、セバスまで!


「ああ「お父様!」


「駄目だ、手を出すな」


「残念です」


 セバスは目を瞑りながら天を仰ぎ、握った拳を震わせて本当に残念そうな表情を浮かべた。そして「準備が出来次第直ぐに主発致します」と言うと素早く準備に取り掛かり、剣を腰に携えると直ぐに屋敷を出発していった。


 全くもう、いつも冷静なのにどうして皆んなでバレイル様を殺そうとするのでしょうか?



 ◇



 セバスが屋敷を後にしてからお父様は会議室で重臣の方達とこれからの事についての話し合いを始めた。普段はそこに私やお母様が同席することはないが今回は私達の問題でもあるため参加することになった。



「「「我々はついて行きます!!」」」


「待て待て、これから我々は貴族ではなくなる。主従の関係ではなくなるのだ! そんなに短絡的に考えてはいかん」


 会議が始まると同時に重臣の皆さんは声を揃えて付いていくと口にした。その表情は真剣そのもので何が何でもついて行くという雰囲気。

 皆さんが口々に私をお供にして欲しいと頼み込んでいる。お父様はそんな様子の皆さんを必死に落ち着くよう説得している。


 さっきの私と同じですね。


 先程まで暴走していたお父様がそれを言うのですかとも思うが、重臣の方達は自分達が仕えているフリーデン家の扱いに長年鬱憤を溜め込んできたようだ。


「まずは領民のこれからを考えねば、彼等に害が及ばないようにしなければならない」


「レオン様、領民の中にはレオン様について行きたいと考える者もいるのではないでしょうか」


 とりあえず落ち着きを取り戻し、お父様が領民についての話を始めると重臣の一人がそう言った。

 フリーデン家の事を多くの人々が慕ってくれているのは私も分かっている。もしかしたら領民の中には我々についていきたいと考える方がいるかもしれない。しかし……


「そうだな……もしかしたらそういった者達もいるかもしれん……だが我々について来ては彼等を危険に晒してしまう」


 お父様も私と同じことを考えていたようだ。高い壁に覆われたこの街ですが一歩外に出れば危険な魔物がいる。それにもしかしたら王国から兵が派遣される恐れもある。戦うことの出来ない方々を連れて旅に出るのはとても危険と言える。


「我々の去ったこの他に留まりたくないと考える者がもしいるとする。その時は領民を受け入れてくれるであろう貴族には何人か心当たりがある。彼等ならば人々を悪いようにはしないだろう。他領に行きたいという者がいた場合は暫く生活できるようにいくらか出して欲しい」


「はっ! かしこまりました!」


 この後も数時間に及ぶ会議により、私達が去った後の領土の運営についてと、領民の今後の為の話し合いはひと段落した。

 何も伝えることなく王国を出ると領民の方達が混乱するのは目に見えているため、時期を見てお父様自らが領民の前で話をする事になった。


「皆の者、今まで良く我々に仕えてくれた。本当に感謝している。我々について来たいもの達もいるだろうが自分達の家族の事をよく考えて答えを出すように、もし我々が住みよい場所を見つけたならば移住してくる道もあるだろうからな、それからでも遅くは無い」


 最後にお父様が重臣の皆さんに向かって深々と頭を下げて感謝の意を伝えた。それに倣って私とお母様も頭を下げる。慌てた様子で「頭をお上げください」と言う皆さんに向けてお父様は言葉を続ける。


「我々が国を出たら、代わりの貴族が派遣されてくるだろう。その者が優れた貴族の場合もある。その者を支える道もあるのだ。よく考えよ。今日は以上だ」


 重臣の皆さんが思い悩んだ表情で席を立って会議室から出て行った。



「お父様…… この国から出ていく事にはもう反対いたしません」


「そうか」


「ですが私達が出ていくことで残る領民が無用な悪意を受けないかが心配です」


 お父様は私に知られないようにしていたようですが、今までも周りの貴族達から悪意を受けてきた事には私も気付いている。かつてフリーデン家が治めていた領土に派遣されてきた貴族たちは私達に敵対する者達ばかり、それは現在も変わらないからだ。


「そうだな……だが国も領民を無下にする事は出来ないだろう。領地持ちの貴族が自ら国を出る事など前代未聞だからな」


 確かに、特権階級である貴族が爵位を捨てて国を出るなんて前代未聞、しかもお父様は伯爵位を持つ大貴族だ。


「どうやっても国民は注目する。その中でおかしな真似をすれば国民からの支持を失うだろうからな、有能な貴族を送るはずだ」


 筋が通っているように思う。いくら国王陛下や大貴族であろうと国民が疑念を持ち、支持を失えばその地位は揺らぐ。国の地盤はあくまでも国民なのだから。特権階級の者達が国の地盤なのだと勘違いをした国が滅ぶなど良くあることだ。


「あなた、私達はどこを目指しますか?」


 お母様の言葉に私はハッとした。

 そういえば私達のこれからについて考えるのを忘れていた。


「まずは初代国王陛下に仕える前に我らが先祖が住んでいた場所へ向かおうと思う」


「そう……確かここから北東に向かった場所がそうでしたっけ?」


「ああ、確かあの辺りは魔の森が近いお陰で未だにどの国の領地にも入ってはいないしな」


「久しぶりに旅を楽しみましょうか」


 どうやら目的地はご先祖様の住まわれていた地のようだ。お母様は元冒険者なのでまた旅に出るのを楽しみにしているようだ。

 二人がまだ若い頃にお父様と強力な魔物を討伐する際に共闘したのがきっかけで結婚することになったと聞いている。その頃を思い出しているのかもしれない。


「ああ、そうだな……これからは楽しんで暮らせるよう努力しよう。出来たらついて来たいと言ってくれた者達も住めるような場所を早く見つけたいな」


 王国を出ることになるとは思いませんでしたが、この旅の先に私の家族は勿論、フリーデン家を慕ってくれている方達の幸せを必ず見つけます。

お読みいただきありがとうございますm(_ _)m

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