第29話 シスイの里帰り
ミレイ達が目的地の捜索に動いていた頃、シスイは寝る間も惜しんで走り続け、やっと自分が生まれた街、アラドヴァルに帰ってきていた。
やっと、と言ってもよく知る場所への移動だったため。黒の砦へとたどり着いた期間よりもそう時間はかからなかった。
なにか変わりはないだろうかと辺りの様子を伺う。外から見る限りでは街の様子は変化しているようには見えない。いつも通りに多くの商人たちが出入りをくりかえしている。門番も見知った顔の者であった。
「おまっ……今日はどの様な用件で」
前領主であるレオンと共に王国を出たはずのシスイが突然帰ってきたことに驚いて声を上げようとした門番、しかし周りに人の目が多いため慌てた様子で通常通りの対応をした。そんな友人の姿に呆れた表情を見せたシスイはポツリと呟く、
「……友人に会いに」
「そうですか、どうぞ中へ……後で話しに行くからな」
親しい間柄の門番は後で会いに行くとボソッと言ってきたが、それに返事をすることなくシスイは街に入った。自分を無視したようにサッと街に入って行ったシスイに眉をひそめたが次の者が来てしまったため仕方なく自分の仕事に戻った。
街に入ったシスイは街の人々の様子を探る。大した変化はないように見えるが心なしか住民たちは不安げに見える。フリーデン家についての話をしている住人の話が耳に入ってくる。中には新たに領主となったオルドル子爵、彼がどのような貴族なのかといった話もあった。領民から慕われていたフリーデン家の後任について不安に思うのも当然だろう。
辺りの様子を伺いながらフリーデン領であった時にフリーデン伯爵家を支えていた重臣の元へと向かう。レオンが最も信頼していた臣下である男の元へと。
街を進むと一際大きな屋敷に辿り着いた。豪華絢爛というわけではない。ただ歴史を感じる石造りの屋敷だ。二人の兵士が門を守っていたがシスイの顔を見ると何も言わずに門を開けた。
そのまま屋敷の扉を叩く。
「どなたでございますか?」
すると屋敷の扉についていた小窓が開き、そこから女性と思わしき声が聞こえた。
「……シスイが来たとアンセラー様にお伝え下さい」
シスイが名と用件を伝えると「少々お待ち下さい」と言われ扉の前で暫く待つ。すると屋敷の中を走ってくる音が聞こえてきた。
——バンッ!
すると扉が乱暴に開かれた。そこには整えられたオールバックに整えられた白髪が似合う高齢の男性の姿があった。高齢といっても腰の曲がった弱々しい老人の姿ではない。
その体は鍛えられており威圧感が凄い。
彼の名はアンセラー、かつてレオンの父の右腕として数多くの戦場を駆けてきた強者である。
「シスイよく来た。中に入れ」
「……ハッ」
彼が現れた瞬間に膝をついて頭を下げたシスイ。アンセラーの言葉に従い屋敷の中へと進んで行く。
そしてアンセラーの書斎とおぼしき場所へと案内されたシスイは椅子に座った。
一人のメイドが飲み物を持ってくる。見た感じはただのメイド、しかし足音が聞こえてこない。ちらりとシスイが伺うと見覚えのある顔、彼女もまた兵士の一人であった。
「どうだ……旅は順調か?」
扉が閉められ二人になるとアンセラーは口を開いた。シスイはこれまでの出来事を話していく。ゴブリンの襲撃、ミレイの成長、そしてあの男のことを——
「なんと……ミレイ様がそのような目に遭われたのか、あのレオン様を出し抜いた男、メフィストか……」
口元に手を置き少し考え込むアンセラー、ふと何かを思い出したように身を翻して棚に並ぶ書物を確認し始めた。暫くすると一冊の本を取り出し読み始めた。そしてあるページで動きが止まり表情が変わる。
「やはり、そのメフィストと名乗った者が言っていた事は事実だ。何度かその名を持つものとフリーデン名を持つ方々が戦ったことが記載されておる。そしてある時期からそれがぱったりと止まったことが」
「……事実でしたか」
シスイとしてはメフィストが言った言葉を素直に信じることは出来なかったのだが、彼が言っていたことは概事実であったようである。
(だが奴か真実のみを語ったとは信じがたい)
メフィストよりも先に襲撃して来た者たちを罰するために来たという言葉をシスイは信じていなかった。ただの勘にすぎないのだがそれは当たっていた。
「ああ、その者の言っていたことはとりあえず全て事実であろうな」
「……オルドル卿は既にこちらにいらっしゃるのですか?」
新しく領主になったというエスト・ファン・オルドル子爵についてはレオンに詳しい報告をしなければならないためシスイは質問した。
「ああ……良くやって下さっている。レオン様と面識があるとか……重臣の者達は引き継ぎを済ませてから、必要最低限の者を残して既に職を辞した」
「……」
その言葉に新しい領主が本当に善き者なのか疑問に感じたシスイは眉を顰めた。重臣たちを追い払って自分が扱いやすい家臣たちにその役割を担わせるのは乱暴過ぎるのではないかと思ったのだ。
「勘違いをするなよ……新しい領主の元に、前領主を尊敬する者が多くいては不和が生まれる。自らの判断で辞めたのだ」
シスイはそれほど表情を変えてはいたわけではないが何を考えているのかを察したアンセラーは理由を告げる。
「……そうでしたか、安心いたしました。……それで何人か我々について来たいという兵士はいるでしょうか?」
「ああいるとも、何人程行けそうなんじゃ?」
「……とりあえず三十人ほどは」
「ほう……フリーデン家の先祖が住んでいたという場所は見つかりそうか?」
「……目的地の目印になるものは発見致しましたので、もうすぐではないかと……私が此処に来ている間にもう見つかっているやもしれません」
「そうかそうか、ならばいい。部屋はこちらで用意させて自由に使え、儂は他の者と話し合っておく」
アンセラーは他の重臣たちと話し合うとシスイに告げた。
「……感謝致します。少し外に出てきます」
部屋を用意してくれることに感謝を伝え、屋敷を後にする。向かった先は慣れ親しんだ酒場、薄暗く何やら怪しい雰囲気がしている。誰かと秘密の話をするにはもってこいといった感じだ。
慣れた様子で酒場の奥に進み一人の男の横に座り酒を注文した。
「で、どうなってるんだ?」
視線を交わすこともなく隣に座る男が唐突にシスイに質問を投げかけた。服装は変わっているが彼は門番をしていた兵士だ。人と積極的に会話をするようなタイプではないシスイと随分と親しげに見える。
シスイと彼とは孤児院で共に育った仲だ。
「……予想外のことも起きたが概ね順調といえるだろう。……お前はどうするんだ?」
レオン達が無事であることを伝える。するとホッとしたのか息を吐いた。兵士達はレオンの強さを知っているが王国を自ら出るという行為によって何かしらの報復を受けることがないかと心配していたのだ。
そしてシスイにどうするのかを問われると、彼は辛いような申し訳ないような表情になった。シスイはレオン達の元について行くのかを問うたのだ。
「俺は……ここには孤児院もあるし、……この土地を守ることがフリーデン家に対する恩返しだと思っている」
酒の入ったグラスを揺らしながら彼はこの街に残るとシスイに伝えた。
自分たちが育った孤児院を守り、街を守ることが自分の役割だとシスイに語り始めた。シスイは友の話を黙って聞いている。
「……そうか、それでいい。レオン様は俺達が望む通りに生きることを望んでいる」
「……ああ」
「……心配するな……俺がレオン様と御家族をお守りする、お前はこの地を守れ」
共に家族を亡くし、フリーデン家が運営する孤児院で育った二人。彼等はフリーデン家への恩返しをしたいと切磋琢磨して兵士になった。シスイはその能力を活かして斥候の道に進み。彼は警備兵として街の治安を守ることになった。
フリーデン家が王国を出ることになり、シスイは共に行くことを選んだが、この男は悩み苦しみそしてこの土地を守ることを選んだのだった。
◇
「この者達がついていくことになった。我々も次に行くことになるかもしれない者達は既に選んでいた。新しい領主様が来る前に兵士を辞めておけば無用な勘繰りを受けないで済むからな」
そこには三十人の元兵士の者達が揃っていた。見た限り精鋭と呼べる者達ばかりが集まっている。アンセラーによれば他にも兵士を辞めてレオン達の元へと行く準備をしている者達がいるそうだ。
「……なるほど、余りゆっくりはしていられません。目的地を発見して安全を確保出来たらまた来たいと思います」
「ああ、その時は儂も連れて行ってくれ、こう見えてもまだまだ現役じゃ、お前ともいい勝負が出来ると自負しておる」
年寄りの戯言のような言い方をしたが事実アンセラーは現在も並みの兵士に負けず劣らずのチカラを持っている。だからこそ現役の斥候であるシスイにも負けないと断言した。そしてそれにシスイは頷く。
「……存じております。すぐこちらに来ることになるかもしれませんので準備の方はお願いします」
「レオン様には手紙を書いておいた。他の者にもこの街の者の事は心配無用とお伝えしろ。王国軍からも補充の兵がやってくる。新たに鉱山も所有することになった。街も大きくなり人も増えていくだろう。遠い昔のようにな……国王も変わろうとしているようじゃ、出来れば……いや、今更言っても仕方がないか……」
その言葉を聞いて王国からの圧力はなく、領民達も安全に暮らしていけそうだとシスイは安心した。そして主人であるレオンに良い知らせを伝えることが出来ると安堵する。
アンサラーが最後に言おうとしていたことを理解して目を瞑った。アンセラーと同じく何故もっと早く王国は変わってくれなかったのだと考えたのだ。しかし今更変えようがないと思い直す。これからどうするかが重要なのだ。過去より未来が大切になる。
「……お体にはお気を付け下さい」
シスイはアンセラーに頭を下げると三十人の者達を引き連れてその場から離れた。門番の友人と短い言葉を交わすとレオンがいる黒の砦に向かって旅立っていった。
門番をしていた彼はシスイの姿が地平線の彼方に消えて行くまで見続けていた。