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第24話 閑話 とある学園の教師

「ふう……」


 誰もいない教室で最近主人を無くしたばかりの席を見てため息が出てしまった。


 私の名はジェフ・プレッツ。リーエル学園で教師をしている。担当は王国史、最近一人の大事な教え子を失ってしまった。


 その子は優秀、真面目、努力家であり、驕る事のないまさに学生の鏡のような教え子だった。


 その学生の名はミレイ・フリーデン。


 エルドラン王国建国時に活躍し貴族となったフリーデン伯爵家の令嬢であった。そう、もはや過去の話だが。彼女はもう貴族ではない。それどころかこの国にさえいないだろう。


 かのフリーデン伯爵家、エルドラン王国で多くの貴族達が腐り懐を肥やし続ける豚に成り下がっても、いや……豚に失礼だな。オークに成り下がっても建国当初から変わることなくこの国を支え続けてきた一族だ。


 しかし学生に教える王国史の教科書には彼等のことは殆ど記載されていない。


 彼等は貴族らしい貴族ではなかったらしい、親が結婚相手を決めることもない。自分達は裕福な暮らしをせずに領民の暮らしを優先する。毎日の食事ですら質素だという話だ。


 他にも伝えられる話は幾つもあるが貴族らしいかと言えばそうではない。だがそれが悪評かといえばそんなことはない。


 建国当初フリーデン伯爵家は辺境伯と言われるほどの繁栄をした。

 それは他の貴族達が腐る前、王国がもっとも繁栄した時代、国民のために働く貴族が多くいた時代の話だ。


 しかし徐々に建国のために戦った世代が去り、多くの貴族は権力という名の血に溺れていった。

 変わらなかったフリーデン伯爵家は彼等にとって目障りだったのだ。時の国王にとってもその強大な力は恐ろしいものであった。

 その両者の思惑が一致した結果、フリーデン伯爵家は彼等によって力を取り上げられることになった。


 彼等はそれを甘んじて受け入れた。

 クーデターを起こせば彼等は間違いなくこのエルドラン王国を手に入れることが出来ただろう。


 もしかしたら……いや、間違いなくその方が現在のこの国より良くなったはずである。しかし彼等はただ実直に国境を守りつづけた。


 それは何故なのだろうか?


 一説には初代国王陛下に国の政治には末代まで関わらないということを条件に貴族になったという話もある。それについては定かではない。


 彼女のお兄さん達もこの学園を卒業したが、残念ながら私は彼等の在学時にはこの学園にはいなかった。だからこそ私は彼女が入学してくるのを楽しみにしていた。


 実際にフリーデン伯爵家の令嬢に会うことで歴史の証明をすることが出来る絶好の機会なのだ。


 そして彼女はフリーデン伯爵家がまさに言い伝えられる通りの素晴らしい貴族であることを証明してくれた。


 私はリーベル学園の教師ではあるが平民から採用された。り学園の教師は領地を持たない貴族の子弟が多く、平民の教師はあまりいない。


 学園には貴族の子供も平民の子供も一緒に学ぶが、平民の子供は親の仕事を手伝う者が多くそんなに数が多くない。


 そのため学園には貴族の子供が多く、平民の教師は下に見られる傾向がある。

 しかしミレイくんは全く差別する事なく平民出身の教師や学生にも礼儀正しく接していた。


 入学当初から彼女は学力試験、戦闘試験、共に常に主席であった。それは単に天才という訳ではない。講義が終わった後も彼女は図書室で勉学に励んでいたのだ。



 彼女は学園に入る前にエルドラン王国第三王子バレイルと婚約をしていました。


 それは政略結婚を認めないフリーデン伯爵家においてはあり得ないことであった。結婚相手を自分で決めるというフリーデン家において婚約が決まったということ、それはつまり彼女自身で決めたと言うことだ。

 彼女が王国史について質問に来ることも多かったこともあり私は親しくしていたので失礼だとは思ったがある時、質問をしてみたことがあった。



「君の御実家は自由恋愛を推奨していると聞いた事があるのだがバレイル殿下との婚姻についてはどういうことなのだろうか?」


「……先生もご存知でしょう。現在のフリーデン伯爵家を、一族の多くの者は度重なる戦争や魔物の討伐で亡くなりました。既に分家の血は途絶えました。余りにも負担が大きくこのままでは領民の多くの命が失われてしまいます。私がバレイル殿下と結婚することが出来ればその負担も減らせるはずです」


「そうか……失礼な事を聞いてしまい申し訳ない」


「いえ、気にしないで下さい」


 そう、彼女はフリーデン家とその領民を守るためにその身を捧げようというのだ。


 政略のための婚約は本意ではないかもしれないが、それを決めるのはフリーデン伯爵家においては彼女自身だ。


 近年ではフリーデン家と縁を結ぼうとする貴族達も少ない。そんな中で王家からの婚約の申し込みというのは彼女にとって良い話だったのかもしれない。



 彼女の婚約が正式に成立してから学園では彼女の悪い噂が立ち始めた。元々フリーデン伯爵家をよく思わない者達によって作られた噂はあったのだが末娘であるミレイくんの悪い噂は婚約が決まってからだ。


 ミレイくんがリーベル学園に入学してからは彼女が学力試験において不正をしているだとか、怪我をさせられた者もいるとか、教師に取り入って毎年主席になっているなどの噂が流れた。


 彼女をよく知る者ならそのようなことは信じないだろうがこの学園は大きい、彼女を直接知らない者はその噂を信じまた新たな噂を生んでいった。


 私も噂を流すのを止めようとしたが、噂の出処は高位の貴族の子弟達、私に止める力はなかった。



 そして、ある日それは起こった。


 第三王子バレイル殿下がミレイくんに婚約破棄を言い渡して学園からも出て行けと多くの者の前で宣言したのだ。


 それを聞いた私はすぐにミレイくんの元に行ったが既に彼女はバレイル殿下の発言を受け入れ学園から出て行く準備をしている所だった。


「ミレイくん考え直しなさい。聞けば殿下は国王陛下にまだ婚約破棄の許可もとっていないというではないか、いくら殿下といえどそれは許されない。それに噂なら、それが嘘だとすぐに証明出来るだろう?」


「先生……ありがとうございます。ですが、あれだけ多くの人の前で発言した事を私が否定しそれが証明されれば、間違いなく殿下は恥をかく事になります。そうなればフリーデン伯爵家の立場は余計に危うくなってしまいます」


「そうか……そうだな。すまない、何もできない私を許してくれ」


「いいえ、先生からは沢山の事を教えていただきました。お世話になりました」


 そしてミレイくんは去って行った。



 後日、ミレイくんの父親であるレオン・フォン・フリーデン伯爵とそのご子息二人が学園に乗り込んできてバレイル殿下を脅した。彼等の怒気に恐怖した殿下は粗相をした。そのまま気絶した殿下は彼等に連れていかれたがそれを見たときはつい笑いそうになってしまった。教師としては許されないかもしれないが自業自得だと愉快な気分になった。


 それと同時にフリーデン家は遂に王国から出る決断を下したのではないかと感じた。


 そしてその予感は的中してしまいフリーデン家がエルドラン王国を去ったと聞いたときは悲しかったが、これで良かったのだと思った。彼等はやっとこの腐りきった国から解放されたのだから。


 エルドラン王国の歴史の一端を垣間見ることの出来たことに王国史の学者として私は感謝している。他の学者達にもこの話をしよう。きっと羨ましがることだろう。


 その後バレイル殿下に暴行を受けた時は驚き、こんな奴の為に彼等がと思ったが、彼のことはもうどうでもいい。既に王都から追放された者のことなど。


 私は願わずにはいられない。


 フリーデン家の幸せを……そしてミレイくんが笑顔でいられますようにと。


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