第22話 後悔と目的
黒の砦の外でレオンらが焚き火を囲んでいる。まるで葬式のように静まり返り皆が思い詰めた顔をしている。そんな中でシスイが口を開いた。
「……私が気づかねばなりませんでした。何のための斥候なのか……あそこまでミレイ様に敵を近付け危険な目に遭わすとは」
闇夜に紛れるのは自分の本業、にも関わらずメフィストに気付くことの出来なかったシスイは自分を責めた。
「思い上がるなシスイ。お前達斥候の者を鍛えてきたのはこの私だ。私が気付かねばならなかった」
セバスはそんなシスイに視線を向けるとそう言った。シスイをはじめとした斥候を鍛えていたのはセバスであった。
今でも斥候としての力は随一、主人であるレオンとも対等の戦いをするセバスは自分の技にも通じる所のある闇の稼業の者に遅れをとった事を恥じていた。普段冷静で何事にも動じないセバスが表情を歪ませている。そんなセバスを見てシスイは唇噛み締めて俯く。
「……あの距離から矢を放っておいて避けられるとは不甲斐ない」
「俺だって魔法使って何の傷も与えらなかった。何の為にエルザ様から魔法を教わったんだ!」
それぞれの者が闇の住人メフィストにいいように遊ばれたと感じていた。その気があればミレイの命はなかったという事実に憤り、それを防げなかったことを後悔していた。だがそこにアレク達三兄弟の姿がない。
アレクは冷静さを欠いてミレイを含めた全員を危険に晒す所だったことを恥じ辺りの偵察に出ていた。木から木へと駆けていくアレクは急に立ち止まると口を開いた。
「カイル、シエル、つけてきているのは分かっている。出てこい」
その声が不気味なほど静かな森の中に響く、すると木の影から渋い表情をしたカイルとシエルが現れた。二人はアレクが無茶をするのではないかと心配して後をつけてきていた。
「安心しろ馬鹿な真似をするつもりはない。カイル、シエル、……俺は父上を超えるぞ。敵がどんな相手でも倒してみせる。こんな思いをするのはもう御免だ」
アレクはもう二度とあのようなことは起こさせないと弟達に決意を語る。それを聞いてようやく安心して二人の表情が緩む、そして二人も口を開いた。
「私も超えますよ兄上」
「俺は父上を超えた兄上も超えてみせる」
弟達の頼もしい答えにアレクは笑みを浮かべ決意を新たにする。父親であるレオンを超えるのは並大抵のことではないと理解しているが、そうでもしなければあのメフィストと名乗る男には勝てないと分かっていた。それはカイルとシエルも同じであった。
「……そうか、やるぞ」
◇
「ミレイ様がやっとお休みになられました」
話し合いを続けるレオンたちの元にメアがやって来てミレイが眠りについたことを伝えた。それを聞いた者たちは安堵したようなため息をついた。
「そうか……どのような様子であった?」
「やはり恐怖からか震えが止まりませんでした。落ちつけるよう鎮静効果のある薬草茶を飲んで頂き、お香を焚いてなんとかお休みになられました」
「……そうか、ミレイの側に居てくれて助かったぞメア」
「いいえ、私は何も出来ませんでしたので……お部屋には奥様が、部屋の前をエマさんとティナさんが守っておいでです」
「そうか……もう夜も遅い、メアも眠りなさい」
ミレイ様があのような目にあったのだ。自分も寝てはいられない。そう考えていたがレオンに寝るように言われ、父親であるセバスに視線を向けるとそうしなさいと頷くのを見て唇を噛み締めると頭を下げると自室へと向かった。
「皆も……もういい、いつまでもこの話をしていても仕方がない、起きてしまった事は変わらないのだから」
「……はい」
「シスイ、アレク達を呼び戻せ、見張りは増やそう。だがそれ以外の者は休むんだ」
「……かしこまりました」
レオンの命により見張りは増やされた。
その任についた者は気を紛らわせることが出来たのだが休むことになったものは中々眠りにつくことが出来なかった。ミレイが意識を失って倒れる姿がぐるぐると脳裏をよぎってしまう。だがそれでも体を休まなければならないと無理やり目を瞑った。
「奴は何らかの魔法を使った可能性が高い。明らかにおかしな現れ方をした」
レオンとセバスは焚き火の周りに残り二人で話し合っていた。自分達のチカラを正確に把握している彼等だがメフィストがミレイの背後に移動した方法が分からなかった。
普通の方法ならば自分たちが気付かぬはずがないという自信が彼等にはあった。自分たちにはそれだけのチカラがある。それによって多くの修羅場を潜り抜けてきたのだ。
「はい、あの距離で我々が気づかぬはずがありません」
「……私はミレイを大切に思っている。だからといっていつも私達の側にいるように縛り付ける訳にはいかない」
娘であるミレイへの思いを語るレオン。このような出来事があったのだ。また何があるか分からない。だが危険だからと娘を閉じ込めておくことは出来ない。ようやく自由を与えることが出来たのだ。
それはセバスにも理解出来た。
自分も娘のメアを大切に思っている。危険な目には会わせたくはない。しかし縛り付けるような真似はしたくない。主君と慕うレオンと同じ思いだった。
「……はい、旦那様」
「だが……出来るだけ危険な目に遭わせたくはない。どうすればいいのだ」
「旦那様……ミレイ様は類稀なる才の持ち主です。この旅の中でも成長しております。私達でそのお手伝いをしていけばいいのではないでしょうか?」
「……そうだな」
「今回の件は紛れもなく私達の落ち度でした……しかし、何度も起こり得る事ではないと思われます」
「確かに……奴ほどの者と戦う機会は中々ない。王国にしても帝国にしても、国を挙げて我々に構っている暇はないだろうしな」
「はい」
「メフィストか……奴の言う掟が事実であれば戦う機会はないかもしれないが……次があれば只で済ます気はない」
人外の力を持つと言ってもいい二人が本気になっている。次は恐らくないだろう。どれほど上手く隠れようと一度感じた気配を見逃すほど甘い二人ではない。だが二人に匹敵する力を持つであろうメフィスト、もし戦うことになれば命を賭けた戦いになるのは間違いない。
◇
「……メフィスト様」
自分達の根城への移動中、部下の一人が薄笑いを浮かべているメフィストに声を掛けた。メフィストは立ち止まり声を掛けてきた部下の方に振り向く。
「どうかしたのですか?」
「……あの人数なら始末出来たのではないでしょうか?」
「甘いですね……人数ではないのですよ。レオン・フリーデン一人で私は抑えられてしまいます。そんな彼と同じような力を持つ者もいるのですよ。貴方にその者を抑えられますか?」
「私も自分の力には自信があります」
「全く……」
呆れたようにため息をついたメフィスト。ゆっくりと部下に近付くと突然その首元を切り裂いた。あまりにも自然な動きで首を切られたメフィストの部下は呆気にとられるが溢れ出る血をなんとか止めようと首を抑える。
しかし止めどなく血は止まることなく流れ続け、少しづつ動きが鈍くなっていく、そんな部下を笑みを消した冷たい目で見下ろすメフィスト。
「自分の力量も分からないとは、彼等を襲った屑共と変わらないではないですか」
なぜ自分がこのような目に遭っているのか分からず痛みと苦しさに混乱して悶える。自分に冷たい視線を向けるメフィストに恐怖しながら仲間達に視線を向けて助けを求めようとする。
「がふっ、が、ぁ」
だが切り裂かれた喉では声を出す事が出来ない。口から出るのは大量の血液のみ。メフィストから発せられる気配のせいか不自然に静まり返った森に響いていた呻き声は途絶え、ついに動かなくなった。
「他にもこの者と同じ意見の者はいないでしょうね?」
メフィストに声を掛けられた部下たちは無言で目を伏せる。彼等にとっては沈黙は答え。仲間が殺された事に動揺した様子はない。そんな部下たちの姿を見てメフィストは満足げに頷いた。
自分達の長であるメフィストに異議を唱えればどうなるかなど分かっていた。彼に異議を唱えられる者は幹部のみ、殺された者は最近組織に入ってきた新人であった。もちろん注意はされていたがそれでも殺されることはないと高を括っていたのだろう。それが命取りになるとも知らずに。
「全く、最近新入りの質が落ちていますね。王国が腐って仕事が楽になり過ぎていたせいでしょうか……遺体は処分しておきなさい」
その言葉に従いすぐに部下が動き出した。身分を記すものがないか確認してから遺体を処分する。
「——メフィスト、お前なんでわざわざこんな所まで来たんだ?」
残っていた部下の中から一人メフィストに近付いていき声を掛けた。
「おや、貴方ですか……勿論掟破りの彼等を始末する為ですよ」
普段小者の始末の為に動くことはない頭が黙って動いたことを疑問に思い付いてきていた幹部の一人だった。彼の存在に気付いていたのかそうではなかったのか、笑みを浮かべると今回動いた理由を話した。しかしメフィストの言葉が嘘だと分かっているようで呆れたような表情を浮かべる。
「嘘をつくなよ。お前があんな小者達の始末に出張る訳がない」
「フフフッ、分かりますか。最後の機会になるかもしれないですから彼等に会っておきたかったんですよ」
フリーデン伯爵家がエルドラン王国を出ると耳にしたメフィストは手を出すなという掟がありながらも実際に目にしておきたかった。
そして彼等を始末する依頼を受けた者達を利用することで掟を軽視してはいないという形にしたのだ。
「やはりな、だがさっきは冷や冷やしたぜ。本当にあの嬢ちゃんを殺したかと思った」
「確かに少し冗談が過ぎましたね……ですが折角の機会ですから本気になった彼等を目にしたくてね」
「成るほどね……で、なんで黙ってここに来たんだ?」
「命に関わる戦いにはならないという確信はありましたが念の為に貴方達には黙っていたのですよ。私の興味本意で組織を危険には晒せませんからね」
「そうか……」
「やはり凄かったですね、あれがフリーデンですか」
目を瞑りながら先程の光景を思い浮かべて悦に浸るメフィスト。
自分の体を抱き締めて喜びに身体を震わせている。禍々しい氣が発せられ仲間を殺されても動揺することのなかった部下達がその姿に震え上がる。
「確かに化け物だらけだったな……」
「……あのお嬢さんも化けますよ」
「あの子が?」
彼の目には背後に現れたメフィストになす術なく気絶させられたようにしか見えなかったので不思議そうな顔をした。それを見て少し微笑んだメフィスト。
「ええ、声をかけてからの反応が素晴らしかった。いいですね磨けば光る原石というのは……」
「お前は才能がある者が好きだからな……まぁさっきその原石を砕いたけどな?」
才ある者が好きなメフィストをよく知る男は笑い。最近組織に入った期待の新人を殺したと軽い調子で言った。
「あれは磨く価値もない屑石ですよ」
「まぁな、で? フリーデンに会う為の理由付けに連れてきたそいつらどうすんだ?」
「掟を破ったのは事実ですしね、最近我々を甘く見ている者も多いですから見せしめにしますよ」
そう言うとメフィストたちは夜の闇に消えていった。
後日、エルドラン王国では城壁に吊るされた多くの遺体が発見される。その姿はとても凄惨なもので城壁は夥しい血で染まっていた。
爪を剥がされた指は全てあらぬ方向へ折られ、身体中に拷問の跡があった。
致命傷と見られる腹を大きく切り裂かれたその姿には兵士達も目を背けたくなるほどのものであった。
しかし顔には何の傷もなく綺麗なままだった。首が反対を向き、痛みと恐怖に歪んだ表情を除いて。
殺された者たちの顔を知る闇に生きる者達は彼等の死に様に恐怖する事になる。
そして彼等に依頼をした貴族は何故そうなったのかが分からず、自分の命も狙われるのではと眠れぬ夜を過ごすことになった。