第19話 閑話 第3王子の処遇
「バレイルを呼んでくれ」
宰相と共に執務室で話し合いをしていた国王は謹慎させていたバレイルを呼び出すように言った。「かしこまりました陛下」と言って宰相は頭を下げると謹慎中のバレイルを呼んでくるよう兵士に伝える。
「父上、参りました」
「入れ」
暫くして第三王子バレイルが素知らぬ顔で執務室へと入ってきた。勝手に婚約破棄をしたことへの罰として謹慎させられていたのだがその顔には反省した様子も疲れた様子も見受けられない。それどころか自分に罰を与えた父親である国王と宰相を睨み付けている。
「何故自室で謹慎させられることになったのか分かったかバレイルよ」
「……私は間違ったことをしたとは思いません。父上に剣を向けるような一族を王家に迎えるのを私は未然に防いだのですよ!」
「……」
何の反省もせず、むしろ自分を正当化する為の言葉を発する王子に国王は頭を抱えた。宰相も反省していると僅かな期待を抱いていただけに小さく、だが深いため息をついた。そんな二人の様子に気付かないバレイルはそのまま話を続ける。
「それに彼女は学園で好き勝手にやっていたのです。教師を買収して良い成績を取り、戦闘訓練では怪我をさせられた者もいるのですよ」
「……証拠はあるのか?」
「そんなものは探せばいくらでも出てくるでしょう」
「……そうか……では三日以内にその証拠とやらを探し私に見せてみよ。そうすればそなたが間違っていなかった事が証明される」
「分かりました、すぐに証拠をお持ちします。私が王族として正しい行動をしたと証明してみせますよ父上」
いつも通りの自信満々といった感じの笑みを浮かべると胸に手を当て頭を軽く下げて部屋から出て行った。扉が閉められると国王はもう一度大きな溜息をついた。反省して気持ちを入れ替えてくれていると期待していただけに失望も大きい。更生させる自信が薄れてくる。だがレオン・フリーデンが謁見の間で暴れたことでようやく過ちに気付いた自分が息子に何を伝えれば良いのか、そんな資格があるのか、そんなことも考えていた。
「……バレイルはまともになると思うか?」
「今のところは何とも……」
国王にバレイルの今後を聞かれた宰相もそれを予測することは出来なかった。レオン・フリーデンのおかげで国王は自分の話を信じて王国の為に動き出してくれたが、幼い頃より洗脳されるように教育されてきたバレイルについては判断がつかなかった。国王もそれを分かっていたが聞かずにはいられなかった。それから国王と宰相の話し合いは続く。
◇
その頃、バレイルは謹慎を解かれたことで意気揚々と王城を歩いていた。側仕えに馬車を用意せよと命じてリーベル学園へと向かった。自分が自室で謹慎させられていたにも関わらず変わらず暮らす様子の民に多少の苛立ちを感じながらも馬車は進んでいく。
学園に到着したバレイルは笑みを浮かべた。
「バレイル殿下!」
校内を歩いているとバレイル気が付いた生徒達が騒ついた。婚約破棄を言い渡したミレイが学園を去った後で学園に押し入ってきた者達に連れて行かれてから姿を見せなかったバレイルが突然学園やって来たことに驚いているようだ。その騒ぎを聞きつけたバレイルの腰巾着である貴族の子弟達がやって来た。
「殿下、お待ちしておりました」
「ああ、お前達、ミレイ・フリーデンが行った数々の悪事の証拠を探し出し私の元に持ってくるのだ」
片膝をついてバレイルに挨拶をする腰巾着たち、そんな彼等を見て満足気に頷くとバレイルは学園内で行われたミレイの悪事の証拠を探すように命じた。
突然のことに訳が分からないといった表情をしているが「かしこまりました」と返事をするとその場から離れていった。生徒たちから注目を集めるバレイルは笑顔を振りまきながらミレイに婚約破棄を宣言した中庭に向かい飲み物を持って来させた。
「何……まだ一つも見つかっていないだと?」
しばらくしてバレイルは腰巾着たちを集合させた。証拠はあったかと尋ねたがまだ一つの証拠も見つかっていないと聞いて怒りを露わにした。
「殿下、彼女の事ですから、巧妙に証拠を隠したのではないでしょうか?」
腰巾着の一人がバレイルをなだめるためにそう言った。あの女のことだ、やりかねない。腰巾着の意見を聞いたバレイルは納得した。
「明後日までに探せ、分かったな」
「……かしこまりました」
それから何の証拠が見つかることもなく一日が過ぎ、二日が経っても証拠が見つかることはなかった。当然といえば当然である。そんなものは存在しないのだから。
噂が真実であると信じて疑わないバレイルは証拠が見つからないことに激怒して怒鳴り散らし周囲の者達にあたる。
「何故だ!? 何故見つからない! これでは……これでは父上になんと言えば……」
「何故証拠を探していらっしゃるのですか?」
「黙れ! お前達は私の言う通りにしていればいいのだ!」
その様子にあとの言葉が続かない腰巾着たち、操り人形に嫌われては自分たちの将来に影響が大きいからだ。バレイルは何故証拠を探しているのかを周りの者達に話していなかった。自分が謹慎させられていた事を隠す為である。
腰巾着たちはその様なことは既に親や親類から知らされているのだが、プライドが高いバレイルの気分を害さないよう周りの者から言うことはなかったのだ。
もしこの行き違いが無く、彼が早く理由を話していれば何らかの手段を講じる事が出来たかも知れないが、その時間はもうなかった。
「怪我をした者がいるという話しがあったであろう、その者は何処にいる!?」
「そ、それは……」
「何処にいるのかと聞いているのだ!?」
そんな生徒は存在しないと知っている者たちは何も言えなくなったが、バレイルのあまりの形相にやむおえず、怪我をしたとされている者の元に連れていく。
「お前か……お前はミレイ・フリーデンに怪我をさせられた、そうだな?」
突然やって来たバレイルに驚く下級貴族の生徒、何を言っているのか分からず考え込む。ミレイと面識がそこまである訳ではない彼はあることを思い出した。
「……怪我ですか? ああ……確かに私は怪我を致しました」
その言葉を聞き、ホッとするが……
「ですがあれは戦闘訓練の為にミレイさんに相手をしてくれるよう頼んだのですよ」
「いやーいい経験になりました!」と話す生徒の声はもうバレイルには届いていない。
(マズイ、マズイぞこれは、一つも証拠が見つからない。そうだ……教師だ。あの女が買収したという教師がいた筈だ。その者を締め上げれば悪事を吐くはず)
怪我をさせられたという話が真実ではなかったことを知ったバレイルは混乱したが、直ぐに他の考えを巡らした。直ぐさまミレイが買収したという教師の元に向かう。
「ミレイ・フリーデンが貴様を買収しているという話があるが誠か!?」
「これは殿下……はて、ミレイくんに買収などされておりませんが? 何かの間違いでは?」
自分が欲しい答えが一向に得られないことに遂に我慢の限界がやってきたバレイルは顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「糞が! どいつもこいつも私を謀りおって!」
そう叫ぶとバレイルは教師に暴行を始めた。
「ぐぁ、で、殿下、おやめ下さい!」
暴行を受ける教師の叫び声や物が壊れる音を聞いて沢山の生徒が集まり始めた。他の教師や警備員まで呼ばれる事態になっていく。
「バレイル様、これ以上はマズイです。ここから離れましょう!」
チッ! これでは済まさないからなと捨て台詞を吐いてバレイルは集まった学生たちを突き飛ばしてその場から離れていった。容姿が優れており、王子でもあるバレイルは学内でも人気のある存在であった。しかしレオンに脅された時の様子や今回の出来事により、バレイルへの信頼や尊敬の念は消え去ることになる。しかし当の本人はそれを知らない。
◇
バレイルはその後も必死に証拠は見つからず遂にその期日が来てしまった。憔悴した様子のバレイルに周囲にいる腰巾着の一人がおそるおそる尋ねた。
「……殿下、何故今更証拠などを探しておられるのですか?」
「……父上に証拠を持ってこいと言われてな」
その言葉を聞いた者達はすぐに最悪の出来事を想像して黙り込んだ。
この馬鹿は何故もっと早くそれを言わないのか、そうすれば手を回すことも出来たかもしれないのに。周りにいた腰巾着全員が思った。
「……殿下、国王陛下には何とか理由を説明して時間を貰ってはいかがでしょうか?」
「……そうだな……それしかないか」
◇
「どうだ、証拠は見つけたのか?」
「い、いえ、その父上、時間が足りず……」
「すぐに見つかると言っていたではないか、それにお前が言うほどの悪女なら証拠はなくとも被害を受けた者は必ずいる筈」
「そ、その、け、怪我を……した者はいました」
「ならばその者を連れてくれば良かろう」
「い、いや、で、ですが……」
「もう良い……証拠など無かったのであろう。それはそうだ、ある筈がない。ミレイ嬢は潔白なのだからな」
「馬鹿な! そんな筈はありません」
「その根拠は何なのだ、お前は実際に彼女の悪行を見たのか? 何故彼女が悪女だと思った!?」
「それは……周りの者達が……」
「お前は嘘を教え込まれていたのだ」
「……」
「宰相、例の物を持ってきてくれ」
側に控えていた宰相が国王に言われて書類を手渡した。国王は書類に目をやり、バレイルに視線を向けると口を開いた。
「お前が言っていたミレイ嬢に怪我をさせられた者は確かにいたようだ。だが訓練での怪我だったようだな。教師を買収したという噂は嘘だな、彼女は講義を受けた後も図書室で勉学に励んでいたそうだ、証言は司書からとれているし、他にも多くの者達がそれを目撃している。他にも噂があるようだが全くのデタラメだな」
「……」
「お前は潔白の者を大勢の前で侮辱したのだ!」
「馬鹿な……何故……嘘を……私に……そうだ」
国王に怒鳴られたバレイルは動揺したようによろめくと何かを小さく呟き始めた。そしてふと気づいたようにとんでもない事を言い始めた。
「ならば彼女を呼び戻してもう一度婚約すれば良いではないですか? 次期国王筆頭であるこの私の婚約者に戻れるのですから彼女も泣いて喜ぶのでは?」
「……」
自らの行いを謝罪して反省し変わってくれる事を願っていたがそんな様子は微塵も感じられない。それどころか人格が完全に歪んでいる。バレイルの言葉を聞いた国王は大きなため息をつくと一つの決断を下すことにした。
「バレイル…… そなたの王位継承権を取り消し、王都より追放する。…… そして王国軍への入隊を命じる」
「……何を言っているのですか?」
その言葉を聞いたバレイルは父親の言葉が理解出来なかった。王子である自分が王都から追放される? 王国軍への入隊? そんな馬鹿な話があるか。自分は次期国王だぞ。父上は冗談を言っているに違いないそんなことを考えていた。
「宰相、軍務大臣をここに」
二人のやり取りを黙って聞いていた宰相は軍務大臣ルドルフ・フォン・スレイド伯爵を呼び出した。
「只今参りました陛下」
「忙しい所すまない、王国軍に良い指導官はいないだろうか? 厳しい者が良いのだが」
「一人心当たりが御座います」
「そうか……ではその方に任せる。此奴の王位継承権は取り上げた。王子としてではなく一般の兵と同様に扱うよう頼むぞ」
すでに話は通してあったのだろう、ルドルフはこの状況に驚く事もなく、国王からの命を果たすべく行動する。軍務大臣まで呼び出して進んでいく話にバレイルは次第に焦りだした。
「お前が反省し変わってくれる事を願っていた……だが、教師に暴行を働いた事も既に聞き及んでいた……それでも事実を知ればと思ったが……それは無理のようだな……王国軍で心身を鍛え、国民の為に尽くせ……衛兵、連れて行け!」
国王の命を受けた近衛兵が執務室に入ってくるとバレイルはようやく先ほどまでの話が真実なのだと分かり叫びだした。
「父上! これは何の冗談でしょうか!? 何をする!私は次期国王だぞ!」
国王に駆け寄るとテーブルを叩いた。それを見た近衛兵がバレイルの両脇を抱えて身動きを取れないようにする。王子である自分に何をするんだと怒鳴るが近衛兵がその命令に従うことはない。
「私が王都から追放など、嘘だと言って下さい!?」
「父上、父上!」
国王は両手で顔を覆いながら息子の叫び声を聞いていた。歪んでしまっていたがそれでもバレイルは自分の大事な息子なのだ。自らが追放した息子を見ていることは出来なかった。
「陛下……お気を確かに……」
「ああ、大丈夫だ……これは余に与えられた罰だ……バレイルが……あそこまでとは……」
「変わってくれることを願いましょう」
「ああ……」
◇
夜中、とある邸宅にてーー
「糞っ! バレイル殿下が王位継承権を取り消され王都から追放されてしまった」
「不味いですね……殿下を王にする為に動いていましたのに……」
「……だが、国王陛下の言うことがもっともで撤回を進言するのは無理がある……」
彼等は兵士に連れられていくバレイルを見て急ぎ国王の元へ行き事情を聞いた。
すると国王から予期せぬ事を聞く事になった。第三王子バレイルの王位継承権を取り消したこと、そして王都から追放したことを聞かされた。
それを撤回させる為に理由を聞くが、それは至極まっとうな理由であった。
その理由はバレイルが国王の許可をに基づき、王家から申し込んだ婚約を許可も得ずに破棄した事。
そしてただの噂を元に伯爵家の令嬢であったミレイを大勢の前で侮辱したこと、それは真実も見極めることが出来ないと、王族が無能であると晒したようなものであるというものであった。
激怒している様子の国王に意見すれば自分達が危険になる可能性もあった、彼等はどうすることも出来なかったのである。
「……潮目が変わりましたな」
「しばらく大人しくしてもう一度やり直すしかないか」
「だが我等の王を作るのは時間がかかる」
「殿下に芽がなくなった訳ではない……時期を待つか……」
「フリーデン……またしても邪魔を……」
「彼等は時期に消える……待てばいい……」
「………」