第16話 ゴブリンの襲撃
朝方、聞き慣れない鳴き声がしてきて目が覚める。聞こえてくる声のする方を見てみると、真っ白い毛玉のようなものが動いていた。
「キュキュ!」
もう一度目を擦り見てみると鳴き声の主はオコジョさんだった。自分がどこにいるのか分からず混乱しているように見える。
「目が覚めたんですね。お腹すいてるでしょう。果物でも食べますか?」
話しかけてみると驚いたのか逃げようとジタバタし始めました。しかしまだ足が痛むようで動けないようだ。悲鳴のような声を上げるので安心させるために声をかける。
「暴れないで、大丈夫何もしないから。果物ここに置いておくからね」
しばらく私を凝視して警戒していましたが、何もしないと分かったのか果物を食べ始めた。小さな口で一生懸命食べる姿がなんとも可愛らしい。
「シャーシャー」
手を伸ばすとこちらを睨みつけて威嚇するように鳴いて触る事を許してはくれない。小さな口から見える歯もまた小さいので噛まれても痛くはなさそう。そんな姿もまた可愛らしい。
「ごめんなさい……もう触ろうとしないから」
食事の邪魔をしないように少し離れて様子を伺うとまた果物を食べ始めた。そんな姿を見て寂しい気持ちになった私は項垂れながら馬車の外に出る。食事の準備をしていたお母様に話しかける
「お母様……やっぱり触らせてもらえませんでした」
「ん? それはそうよ野生の動物なんだから、彼等の世界では自分以外の動物と出会ったら殺るか殺られるかなのよ、魔物もいるし私達より弱い動物達は一生懸命なの」
「そうですね、不用意に怖がらせてしまいました」
「これも経験よ、それよりあなた動物を狩ってた時にあの子を見つけたんでしょう? 分かっていて助けたんでしょうね」
「もちろんです。私達は生きる為には生き物を殺さねばなりません、ですが無駄な殺生をする必要はないかと」
そう言うとお母様はウンウンと満足げに頷いた。食事の準備を手伝ってから二人で一緒にオコジョさんの様子を伺う
「しかし可愛らしい動物ね」
「——おや、このオコジョは果物も食べるのですか、肉以外は食べないと聞いていましたが」
お母様と話しているとセバスが馬車を覗き込む私たちの側にやってきた。そして果物を美味しそうに食べるオコジョさんを見て不思議そうに言った。
「そうなんですか?」
「そこまで詳しい訳ではありませんが……毛皮の事といい、中にはこういった個体もいるのかもしれませんね」
なるほど、見た目が可愛いから果物をあげましたがお肉が好きなんですか、今度はお肉を食べさせてあげましょう。もしかしたら、好物を食べさせてあげれば懐いてくれるかもしれません。
◇
「そろそろ行くとしよう。あと少しだ、気を抜くなよ」
食事をして出発の準備を整えて目的の場所へと移動を始める。馬車が通れるように道を作り、遠回りをしながらゆっくりと先に進んでいく。揺られる馬車の中でオコジョさんは彼方此方を見回している。心なしか不安な表情に見える。どこに連れて行かれるのか分からず緊張しているのかもしれない。
「——何か来ます!」
「魔物だ! 準備しろ。こちらに向かって来て敵対してくる様なら戦うぞ!」
後ろの馬車に乗っていたティナさんが声を上げるとお父様が準備を整えるよう言った。あと少しで目的の場所に着くというのに魔物ですか。文句を言っているわけにはいきませんね。このまま進む訳にはいきません。目的地へと魔物を引き連れて行ってしまうかもしれませんから。
「ゴブリンの群れです」
「チッ! 東にいたゴブリンの奴らがこちらに来たか、ここでは馬上での戦いは出来ない。馬を守りながら戦うんだ」
お父様が苛立ち混じりにそう言うと私達について来てくれた兵士の一人が、大切な旅の仲間である馬たちに被害が及ばないように土魔法を使い馬たちを守る壁を作り上げました。
「キュキュイ」
淀みなく作られる壁を見て感心しているとオコジョさんもゴブリンに気付いたようで馬車の中で慌てたような声を上げました。
「大丈夫ですよ守ってあげますからね、少し待っていて下さい。声を上げてはダメですよ」
「……キュイ」
そう言うとオコジョさんは静かになりました。ゴブリンが来ても怖がらない様にそっと布を被せてあげます。それでもやはり外が気になるのか顔だけ出して辺りを伺っています。
「ギギィ!!」
私も馬車から降りて槍を軽く振るってゴブリンが来るのを待ちます。しばらくすると多くのゴブリンが殺気を放ちながら私達の方へと向かってきました。やはり戦うしかないようですね。
ゴブリンは醜悪な姿をした人型の魔物です。魔物としては大した強さはありません。冒険者や兵士が訓練のために戦う魔物としても有名です。魔物といっても人型であるためどうしても手をかけることの出来ない人がいます。私も最初は躊躇しましたが女性の敵ですからね。直ぐに乗り越えました。
彼等の繁殖力は凄いものがあり弱いからといって決して油断する事が出来ません。それに生まれて来るゴブリンの中から強力な力を持つゴブリンが生まれる場合があるからです。
中には王と呼ばれるゴブリンが生まれる事があります。ただのゴブリンと油断した結果、一つの街が滅ぶ事もあるそうです。どんな魔物でも油断してはいけないという事を教えてくれる魔物とも言えます。
「相手はゴブリンだか気を抜くなよ、こちらの十倍以上はいるぞ!」
「ギィギィ!」
そこら中から向かってくるゴブリンを迎え討ちます。
私は魔力を身に纏って身体強化を行います。ゴブリン自体の動きは遅い為、素早く槍で武器を跳ね上げて首元を突き刺します。
「ーーギャ!?」
敵は多いので直ぐに槍を引き抜いてゴブリンを蹴り倒します。倒れた仲間のゴブリンを気にする様子もなく踏みつけながら次々とこちらに向かってきます。
仲間の死をまったく気にしないところがゴブリンが魔物たる所以といえます。武器の持ち手を打ち付け、首元や心臓を突き刺して蹴り飛ばし、槍を横薙ぎして向かってくるゴブリン達を吹き飛ばして距離を作ります。
「【土槍】」
倒れたゴブリンに向かって土魔法を使い、地面から無数の土で出来た鋭い槍を作り出して攻撃を加えていきます。倒れたゴブリンたちは私の狙い通りその攻撃をまともに受けてそのまま動かなくなりました。
私の周りにゴブリンが減ったので辺りを見渡してみると、
「凄い……」
思わずそう呟いてしまいました。
お父様は圧倒的な速度でゴブリン達に何もさせる事なく命を刈りとっています。ゴブリンは自分が死んでいることに気付いてもいないでしょう。
お母様は様々な魔法を使い次々とゴブリンの数を減らしていて近付かせることすらありません。
敵の中にはゴブリンの上位種で魔法を使うゴブリンメイジや、通常のゴブリンよりも体格が良く武器も数段上のゴブリンナイトもいるようです。
ですがお父様達はそんなゴブリンたちの上位種をものともせずに魔法共々切り捨て倒していきます。お父様たちの姿を見るとどうやればあのようにと考えてしまいますが、今は自分のことに集中しなければなりません。あの人たちに追い付くためには一歩ずつ進むしかないのですから。
お父様たちの戦いに気を取られていると、一匹のゴブリンナイトが私の方に向かって来ました。ゴブリンを何体も連れ立って向かってきます。
やはり指揮官がいるからなのか、ゴブリンたちも先ほどより連携しているようです。
「他のゴブリンより力だけでなく、頭もいいようですね」
先程までのバラバラの攻撃ではなく連携した攻撃を行ってきますがそれでも相手はゴブリン、彼等の攻撃を避けるのはそれほど難しいことではありません。攻撃をかわすごとに一体ずつ確実にその数を減らしていきます。
正面から来たゴブリンが大きく棍棒を振りかぶって攻撃してこようとしてきたので、すかさず胸の中心を槍で貫きました。
「——なっ!?」
するとゴブリンナイトがその背中から仲間のゴブリンごと剣を突き刺して攻撃してきました。
予想外の攻撃に驚いてしまい、危うくその攻撃を受けそうになってしまいました。後ろに飛び退いて何とかギリギリ避ける事が出来ました。
「味方ごと貫いて攻撃してくるなんて許せない!!」
「グガガ!!」
私の意表を突かれた表情が面白かったのか、笑いながらまたゴブリンをけしかけてきます。
再び同じような攻撃を仕掛けて来るのではないかと警戒しながら倒しているとゴブリンナイトは何故か私がゴブリンと戦っている隙に馬車に向かって行きました。
「なんの為に馬車に攻撃を?」
あの馬車にはオコジョしかいないはず、何か目的があるのでしょうか? そう疑問に思いながらも馬車を壊されるわけにはいかないのでゴブリンナイトを止める為の行動を取らないと。
しかし私は次々と向かって来るゴブリン達の相手をしていて馬車に向かうことが出来ません。ならばとゴブリンナイトの目の前に土魔法で壁を作り出して馬車を守ります。
しかし、やがてその壁も壊されてしまうでしょう。その前に馬車へと向かいたいのですが、ゴブリンが倒しても倒しても向かってきて中々近づくことが出来ません。
すると私を倒そうとしていた無数のゴブリンの元に水龍が現れ、噛みつき薙ぎ払い、その数を減らしてくれました。水龍が現れた方向を見ると、お母様が笑顔で手を振っていました。
どうやら私が苦戦しているとみてお母様が手を貸してくれたようです。手を上げて感謝を伝えて急いで馬車へと向かいます。
予想通りに石壁は破壊されてしまいましたが、馬車へ向かう時間は作ることが出来たので身体強化した跳躍力と槍を地面に突いた反動を利用して、ゴブリンナイトの頭上へと跳び上がり、槍を真下に向けて体重を乗せてまだこちらに気付いた様子のないゴブリンナイトの頭部に突き刺します。
「——ガッ……グガ?……ガ……」
頭に槍をまともに受けたゴブリンナイトは一瞬動きを止め、そしてゆっくりと倒れて動かなくなりました。何とか馬車への攻撃を防ぐことが出来ました。
「皆んな無事か?」
お父様の声を聞き辺りを見渡せば、既に戦闘は終わっていました。皆さんの様子をみましたが誰も怪我をした様子はありません。この中で一番弱い私が無傷なのですから当然といえば当然ですがやはりこのメンバーは凄いですね。
今回倒したゴブリンは特に利用することの出来る部位もないので魔核だけを回収していきます。
「ゴブリンとはいえナイトとメイジもかなりの数いたな、これが全てではないかもしれんが先ずは先を急ぐぞ」
すぐ側で行われた戦闘に興奮した様子の馬を落ち着かせて、他のゴブリン達が向かってくる前に拠点を作る場所へと移動していきます。
「オコジョさんもう平気ですからね」
再び馬車に乗り込んだ私はオコジョさんに話しかけて布をとってあげます。
その流れでつい触ろうとしてしまいましたが怖がらせてしまうと思い手を止めると、オコジョさんが体を少し動かして指を舐めてくれました。
「オコジョさん触らせてくれるんですか?」
恐る恐る頭を撫でようとすると……
触れるすんでの所で避けられてしまいました。しかし逃げようとはしないでこちらを眺めているのでもう一度チャレンジしてみたのですが転がって避けられました。あまり動けないからだと思うのですが、そこまでしなくてもいいような気が、
「触らせては貰えませんか……」
でも指を舐めてくれました。
一歩前進です。
「お母様、オコジョさんが少しだけ心を許してくれた気がします」
「その様ね、貴女が助けてくれた事が分かってるんじゃないかしら」
そうなんでしょうか?
頭の良い動物なのかもしれないですね。
もっと仲良くなれたら嬉しいです。
実際のオコジョは肉食らしいですが、このオコジョは結構何でも食べますので、ご了承くださいm(_ _)m