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第116話 空に咲く花

「——わぁ、凄いにゃ」


 危険度Cの魔物サルベアー討伐依頼を終え、建国祭に参加するために急ぎ戻ってきた私たちが見たのは夜の闇を照らす大きな華のような魔法だった。

 複雑な紋様が色彩豊かに彩られた魔法に、数々の魔法を見てきたであろうネイナさんも馬上で目を輝かせている。


 あれほどの魔法を使う者がこの国にはいる。

 大国である商王国トルネイならば当然といえば当然かもしれないが、中々に面白い演出を考えるものだ。

 民にはあれが建国祭を祝うための催しにしか見えていないだろう。だが見る者が見ればあれは一種の牽制、我が国にはこれだけの魔法を使う者がいるのだと各国の使者に見せているのが分かる。

 世界各国から観光客を呼びつつ牽制する狙いもあるのだろう。流石は商人の国。一つの手法でいくつもの利益を得ている。


「凄いですね」

「はい、あれほどの魔法を使う者がいるとは驚きです」


 大きな音に足を止めた愛馬の背を撫でながらメアと共に夜の空を彩る魔法に目をやる。


「——何をしてるにゃ、もう建国祭は始まっているのにゃ、早く行かないと美味しい魚を逃してしまうかもしれないにゃ」


 私たちと同じように目を奪われていたはずのネイナさんはいつの間にやら随分と先に行ってしまっていた。どうやらあの見事な魔法よりも魚の方が彼女にとっては大事だったようだ。


 さて、私もそろそろ行くとしましょうか。

 楽しみにしていたのも私も同じですから。


「待ってください! 今行きます!」


 ◇


「凄い人だかりですね」

「鬱陶しいぐらい人がいるにゃ」


 ネイナさんの辛辣な意見に同意せざるを得ないほどの観光客で街は賑わっている。愛馬であるユキもどこか鬱陶しげに辺りを見渡しているのが分かる。

 どうやらユキたちは注目の的のようだ。中でも白く美しい名馬であるユキは一目見ただけで名馬だと分かってしまうだろう。この国では彼女は価値のある商品のように見えているのかもしれない。


 まぁ、売ることなどあり得ませんが。


「魚の匂いがするにゃ!」


 そう叫ぶとネイナさんは愛馬の綱を引きながら人混みの中に消えてしまった。これから冒険者ギルドに向かうおうと思っていたのですが、魚の匂いがしたなら仕方がないですね。


「——そこにおられる冒険者様」


 さてと、お兄様たちも心配していらっしゃるでしょうから宿に戻ることにしましょうか。


「——黒髪の冒険者様」


 黒髪という声に視線を向けるとそこには見知らぬ男性の姿があった。男性の背後には腰に剣を吊るした逞しい男性たちの姿もある。

 背後を見渡しても黒髪なのは私だけ、どんどん私の方へ近付いてくることから誰かと勘違いをしているわけではないようだ。


「私に何かご用でしょうか?」

「はい、我が主人がその馬を手に入れたいと申しておるのです。言い値で構わないので譲っては貰えないでしょうか?」


 身なりの整った男性は会話を始めるなりユキを買い取りたいと申し出てきた。人の言葉を理解することの出来る頭のいいユキは不安そうに鳴く。そんなユキを安心させるために背中を撫でながら言葉を返す。


「申し訳ありませんが幾ら金を積まれようとこの子を売るつもりはありません」

「そこをなんとか」

「何度言われようと答えは変わりません」

「そうですか……」


 再度断りを入れると男性は人の良さそうな表情は一変してどこかで見覚えるのある表情に変化した。


「我が主人は高貴な方でして、譲っていただいた方が双方にとってよろしいかと」


 高圧的で脅しとも受け取れるその言葉は私が最も嫌うものであった。薄々は気づいていたがどうやら彼は貴族の配下らしい。


「……それはどういう意味ですか?」

「お察しいただけませんか?」


 護衛の男たちが剣の柄に手をやるのが分かった。

 嫌らしい笑みを浮かべた彼を見て握った拳に力が入る。だが勝手な行動を取るわけにはいかない。この国とは今後も付き合っていくつもりだ。そうしなければ私たちの村の発展はない。


 慎重に、慎重に対応しなければ。


「——おい、うちのお嬢になにちょっかい出してんだ」


 どうしたものかと思案していると馴染みのある声が耳に届いた。そして男投げ飛ばされ男性は潰されたカエルのような声を上げながら地面を転がっていく。

 通行人たちからは突然男性が投げ飛ばされてきたことに対する悲鳴と歓声が上がる。

 護衛の一人が投げ飛ばされた男の元に向かって走っていった。そしてもう一人が剣を抜こうとする。


「それを抜いたらどうなるか分かってるよな?」


 だがマクスウェルさんの言葉を聞いて動きが止まる。どうやら殺気を飛ばしたらしい。マクスウェルさんとの力の差を理解したのだろう。それなりに出来る護衛だったようだ。


「また変なのに絡まれてんなお嬢」


 転がっていった男性が着ていた仕立ての良い服は汚れて髪は乱れている。


「マクスウェルさん、良いんですか?」

「ん? ああ、あれか。問題ないさ。見たところ奴の主人も大した爵位は持っていないだろうしな」


 爵位の問題なのだろうか。

 貴族というのは良くも悪くもプライドが高い。それを傷付けられれば何をするか分かったものじゃない。この間見た貴族もそういった類の男だった。


「と、突然何をする!? 平民風情が私に手を上げてどうなるか分かってるんだろうな! お前たちあいつを殺せ!」


 男は怒鳴り声を上げ、部下と思しき男たちに命令をした。その言葉で彼が高貴な者の関係者だと分かったのだろう。面白もの見たさに周囲を囲んでいた者たちの顔が強張り後ずさった。貴族の関係者に目をつけられて良いことなど一つもないからだろう。


「分からないな」

「貴様!」

「どうなるのか知りたいな。なぁ、教えてくれないか?」


 マクスウェルさんは怖い笑顔を浮かべながら男に近付いていく。男はマクスウェルさんが身分を気にしないとようやく分かったようで青い顔をしながら後ずさる。


「や、やめ、ろ、く、苦しい」


 男の襟元を掴むとひょいと持ち上げた。

 マクスウェルさんの腕を掴んで何とか逃げようとするがそれは許されない。そういえばマクスウェルさんが近接戦闘を行っているところは見たことがないが、どの程度の腕なのだろう。少なくとも私よりは強そうな気がしますが。


「俺は優しいから怪我をさせる気はないんだけどよ」


 いや、その人もう傷だらけなんですが——そう心の中で呟きながら事の成り行きを見守る。


「商人の国で貴族の配下に名を連ねてるなら相手を見て喧嘩を売らないとな。この国の貴族は冒険者に喧嘩を売ったらいけないと知ってるはずだぞ?」


 マクスウェルさんはお母様のことを言っているのだろう。かつて商王国で冒険者をしていたお母様はある位の高い貴族と敵対して国を出たという。その逸話を貴族に連なる者ならば知っているはずだ。マクスウェルさんは言外にそう伝えているのだ。俺たちに手を出せばお前の主人に危害が及ぶぞと。


「なあ?」

「は、はい」


 手を離すと男はキッとマクスウェルさんを睨み付けてから人混みに紛れてその姿を消した。


「大丈夫なんですかあれで」

「ああ、こっちの貴族は考え方が商人よりだからな。損得を考えて自分たちが失うものを考えれば手を出してこない。こっちを見てた奴に警告しておいたから大丈夫だろう」


 どうやら先ほどの男には他にも仲間がいたらしい。先ほど見せた一瞬の殺気はその仲間に見せたのだろう。マクスウェルさんの本気の殺気を受けて手を出して来ようとする者なんてそうはいないはずだ。私だったら絶対に関わりたくない。マクスウェルさんなら夜空に咲くあの魔法を再現することも可能だろう。


「それで、依頼は上手くいったんだよな?」

「はい、問題なく」

「それは良かった。こっちも報告がある」

「何ですか?」


 良い報告だったら良いんですが。


「良い商人が見つかった」


 マクスウェルさんの言葉を聞いて思わず口元が緩む。ようやくこの国に来た目的が果たせるかもしれない。私の気持ちを現すかのようにまた夜空に花が咲いた。

お読みいただきありがとうございます。久しぶりの投稿になってしまいました。仕事が忙しいためこれからも不定期になります。

また、主人公視点をですます調で書いていくのが難しいと感じでしまったため、これからは今回のような感じで書こうと思います。作風が変わってしまい申し訳ありません。

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