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第114話 猿知恵

 討伐対象であるサルベアーを発見することなく三日が経過してしまいました。今頃ロンドールでは建国祭が盛大に取り行われていることでしょう。


「……はぁ」


 建国祭の際には商王国の王からの言葉があると聞いていたので国王のお顔を拝見したかった、ふいにそんなことを思いため息を漏らしてしまう。



「ミレイちゃんお疲れ様、昨日は治療薬助かったよ」


 昨日サルベアーの捜索をしている最中に採集した薬草を調合して作った治療薬を渡した女性が御礼を言いにきてくれました。旦那さんは背中に大きな傷跡があり呼吸が荒く辛そうだったのですが、どうやら傷の具合はだいぶ良くなったみたい。


「また必要になったら声を掛けて下さい」と微笑みかけると良かったら食べてと干し芋をもらいました。一昨日メアがラッツから貰ったものと同じものです。美味しかったのでありがたくいただきましょう。こうやって好意を向けられると自分は役に立てているのだと実感することが出来ます。ティナさんに薬草の効能や調合の仕方などを詳しく習った甲斐があるというものです。


 最初の出会いはあまり良いものではなかったですが、わだかまりはもうありません。村の状況はそこまで好転した訳ではありませんが、心なしか皆さんの表情は明るく見えます。冒険者である私たちが来て安心したということもあるのでしょうが建国祭の日という理由もあるでしょうね。


 これまでに沢山の人が声を掛けてくれました。ラッツの両親からは息子が迷惑をかけて申し訳ないと謝られました。お調子者のラッツも母親には口答え出来ないようで小さくなっていたのは面白かったですね。


「ミレイちゃん、今日の夕食はうちに食べにおいで」


  その時のことを思い出して肩を震わせているとナスキの母親が声を掛けてきました。


 ラッツの母親が謝ってきた際に彼女にも謝られましたがナスキの弓の腕を褒めると嬉しそうにしていました。自慢の息子なのでしょう。村の女の子にも好かれているようですから。折角のお誘いですがお断りしました。サルベアーを倒すことが出来たらすぐにロンドールに発つ予定だからです。


 今もネイナさんとメアがサルベアーの探索に行っています。サルベアーを発見した場合は狼煙を上げると決めたのですが今のところ狼煙は上がっていません。そうは言っても相手は危険度Cの魔物、今の私からすれば格上であり群れで襲われればやられてしまう可能性は高い相手です。油断することは出来ません。





「ミレイさん、ご苦労様です」


 時折やって来るお客さんと話しながら監視を続けていると今度は村長さんがやって来ました。

 初めて会った時は目の下にクマが出来ており疲れている様子が見て取れましたが、今日は大分顔色も良くてほんの少しは疲れが取れたように見えます。


「村の者たちに良くしてくれているようで本当に感謝しております」


「いえ、未だにサルベアーを仕留めることが出来なくて申し訳ありません」


「いえ、ここまで姿を見せないとなるともう来ないかもしれません。しかし不安は残ってしまう。建国祭を楽しみにしてらっしゃったでしょうに申し訳ありません」


 村長さんの言う通りサルベアーはもうこの村には来ない可能性もあります。しかしもしこのまま帰ってシャーナ村が再び襲われることにでもなったら悔やんでも悔やみきれないでしょう。そんな話を村長さんとしているとネイナさんとメアが探索から戻って来ました。特に怪我をした様子はありませんが笑顔を見せることもありません。


「どうでしたか?」


「やっぱりいないにゃ」


「こちらもまったく、私達の気配に気付いて姿を隠しているのでしょうか?」


「そうかもしれませんね……」


 ネイナさんほどの能力を持つ斥候がこれだけ探して見つけることが出来ないということは……そんなことが脳裏を過ぎりますが、やはり不安が解消されることはありません。ネポロ村のことがあったのです。盗賊とはまた問題が違うのですが危険を見過ごすことは出来ません。



「そういえば香りの強いあの植物のせいで匂いが途切れたと言っていましたよね」


「そうにゃ、川原の近くにあった赤い花のせいにゃ」


 川原の近くにあった赤い綺麗な花がサルベアー探索の邪魔をしていることは間違いありません。知能が高いと言われている彼等があの花を利用しているとしたら……


「村長さん、川原に強い香りのする花があったんですがあれはどこにでも生えているんですか?」


「ラフレイズのことですな。あれは川原近くの狭い範囲にしか生えとらんはずじゃ、匂いを嫌ってか動物も魔物もあまり近付かんから村の周りに植えようと考えたことがあったんじゃが川原近くでしか育たんようで」


「んにゃ? 他の場所でも匂いを感じたけど……あれ、そういえば今日はあんまりあの花の香りがしなかったにゃ」


 それを聞いてネイナさんが首をかしげるとメアが質問の意図に気付いたようで納得したように頷きました。


「なるほど……サルベアーが身を隠すためにわざとあの香りを周辺に撒き散らした可能性があるということですか……奴等が身を隠しているとすればそろそろ花の香りは無くなるはず、直接触っていたとすれば奴等には香りが残っているはずだから匂いを辿ればサルベアーがいる可能性があるということですか」


「猿知恵に踊らされて何処にでもあの花が自生していると思ってしまっていたにゃ」


「では次はその方向で探しましょう。今度は私とネイナさんで、ルルにも手伝ってもらえば早く見つかると思います」


 村長さんが教えてくれた通りなら動物や魔物があの花の近くに行く可能性はほとんどありません。私たちの想像通りサルベアーが花を利用していると決まったわけではありませんが何かがいるのは間違いないでしょう。


「キュイキュ!」


「やる気になったの?」


「なんて言ってるにゃ?」


「俺が探してやるって言ってます」


「ほう、私と競争する気なのにゃ?」


「キュイ!」


 どうやらルルもやる気になってくれたみたい。この二日間はもう食っちゃ寝、食っちゃ寝を繰り返していて私だけでなく怠惰なルルを見かねたメアが「豚になりますよ」と注意をしていたほどですから。ネイナさんも手掛かりが見つかったことでやる気になったようで今にも探しに行こうとしています。


「とりあえず少し休んで下さい」



 ◇



「——ぐぬぬ、負けたにゃ」


 そう言ってがっくりと肩を落とすネイナさんと勝ち誇った表情を浮かべるルル、そんな私たちの前には興奮気味なサルベアーが十二体、思っていたよりもかなり多いです。


 二メートルほどの大きさで熊のような顔をしており、口からは鋭く尖った牙が見えていますが熊とは違う体躯をしており足や手、尻尾が猿のように長い異形の魔物、知能が高く人のように様々な武器を利用して戦う魔物と言われています。その知識の通りサルベアーはそれぞれ人が使っていたと思われる武器を手にしています。一般の人は扱わない武器、おそらく冒険者を襲って手に入れたのでしょう。


 朝早くから村周辺の探索に行ってもらっていたのでネイナさんには一時間ほど休んでもらい。私達は花の香りを頼りにサルベアーの探索を始めました。ネイナさんと別れてルルの先導されて森を進んでいたのですが二時間ほど経過した頃にネイナさんとばったり会いました。


 どうやらルルとネイナさんは同じ香りを感じたようで一度視線を交わすと競うように同じ方向に駆け出しました。その先には木々に隠れた洞窟があり、私達の気配に気が付いたサルベアーが現れたというわけです。ルルがほんの少し先に到着してネイナさんは地団駄を踏んでいます。


「ルルはズルイにゃ、私の方が早かったのに私を踏み台にしてジャンプしたにゃ!」


「キュイキュキュルル!」


「ほら、そんなことしてな——あっ!」


 敵意剥き出しで私たちを威嚇する危険度Cの魔物であるサルベアーを前にして言い合いをするネイナさんとルルに注意しようとすると、一体のサルベアーがネイナさんとルルに飛び掛かってきました。


 手入れの行き届いていないバスターソードと思わしき形の長剣を手にしています。ルルと言い合いをしていたネイナさんは身構える素ぶりもなく素早くサルベアーの懐に入り長剣による攻撃を避けると腰の短剣を抜いてサルベアーの喉元に突き刺しました。

 よろめいて後ずさっていたサルベアーが倒れるとネイナさんは一度短剣を深くまで突き刺してトドメを刺し、短剣を引き抜けました。


「……凄い」


 一瞬の出来事に呆気に取られていたサルベアーは、なす術なく仲間が殺されてしまった恐れよりも怒りを募らせたようで更に殺気を放ち鼻息を荒くしています。


「ちょっとストレスが溜まってるから私がやるにゃ」


「この数を一人で?」


「——問題ないにゃ!」


 ネイナさんは腰に身に付けたもう一本の短剣を抜くとサルベアーに向かって駆け出しました。ネイナさんがやれるというのならその通りなのでしょう。私は勉強させてもらうとしましょうか。



 ◇



「——では皆さん、私たちはこれで失礼します」


 討伐対象であるサルベアーを討伐した私たち——私は何もしていませんが。討伐報告をするとシャーナ村の皆さんは大変喜んでくれました。村の人たちはお礼に宴をと言ってくれましたが建国祭に行きたいのです。皆んなも待っていると思いますから。


「……もう少しお礼がしたかったのですが建国祭がありますからね。本当にお世話になりました」


「では私たちはこれで、三人ともこれからは気を付けて下さいね」


 見送りに来てくれた村人たちの中にテッド、ラッツ、ナスキの姿もあったので声を掛けます。


「はい、お元気で」


「立派な狩人になります」


「——グッバイマイラブ」


「は?」


「気にしないで下さい。ご存知だとは思いますがこいつは馬鹿なんで」


ラッツが訳の分からないことを言ったので思わず声を上げるとナスキが苦笑いしながらそう言いました。


「道中お気を付けて、また機会があったら立ち寄って下され、我々は精一杯のおもてなしをさせていただきます」


「ええ、またの機会に。では失礼します」


 ユキの背に乗って村人たちに手を振り、メアとネイナさんと視線を交わしてシャーナ村を後にします。到着は夜遅くになってしまうでしょうね。


 

(ネイナさんはやはり凄い、危険度Cのサルベアーの群れを一人で倒してしまうなんて)


 先を行くネイナさんの背中を見ながら私は先ほどのサルベアーとの戦闘を思い出していました。


 簡単に仲間を殺されたサルベアーは明らかに怒っているようでしたが、それでも知能が高いという情報通り連携した攻撃を仕掛けてきました。


 危険度Cに分類されているだけあって動きは早く、それでいて一撃一撃が重い。そんな攻撃をネイナさんは飛び上がり、木を蹴って方向を変え、縦横無尽に軽々と避けながら短剣を振るっていました。


 弱って動きが鈍ったと見たらすぐに急所に一撃を入れます。仲間を次々と倒され、体を切り刻まれて血塗れになっていったサルベアーの目には次第に恐怖が浮かび、そこで彼等は戦闘をせずに立っている私を標的にしようと向かって来ましたがネイナさんがそれを許すことはありませんでした。


 残り二体になると互いに視線を合わせると真逆の方向に逃げ出しました。このまま逃すわけにはいかないので一体は私が、そう思ったのですがネイナさんは追い掛けようとせず、手にしていた短剣をサルベアー目掛けて投合し、素早く反転すると同じように反対に逃げたサルベアーに向かって短剣を投合しました。悲鳴が聞こえた場所を確認すると短剣がサルベアーの後頭部と首の付け根に突き刺さっており絶命していました。


 あまりに見事な戦いなのでルルと一緒に拍手を送ってしまいました。サルベアーが住みかとしていた洞窟にはやはりラフレイズの花が沢山落ちていました。やはりサルベアーは花の特性を知っていて利用したのでしょう。


(今回は見ているだけでしたが良い勉強になりました。やはりこの依頼を受けてよかった)


お読みいただきありがとうございますm(_ _)m

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