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第112話 探索と懐古

 私が考えていたよりもシャーナ村は厳しい状況にありました。建国祭に間に合わせようとして急いでやって来てよかったです。


「さてと、どうしますか?」


「夜に森に入るのは私の仕事にゃ、ホクトが頑張ってくれたおかげでまだまだ動けるにゃ」


 森に誰が入るか相談するとネイナさんがパッと手を上げて自分が行くと言ってくれました。ネイナさんは視覚、嗅覚、聴覚に優れた猫人族です。それについ最近まで斥候兵として活躍していたので夜の森で行動するのに一番適しています。

 

 普段自分の足で移動することの多いネイナさんは今回の旅路で乗ることになったホクトのおかげであまり疲れていないそうです。かなりの速度で走る私達の愛馬たちは乗っているだけでもかなりの体力を消耗するはずなのですがネイナさんは疲れた様子がありません。流石ですね。出来たらネイナさんに行ってもらいたいとは思っていたので後は……


「村が襲われる可能性を考えると一人は残しておいた方が良いですよね」


「危険度Cぐらいの魔物なら一人で平気にゃ、二人はのんびりしていて構わないにゃ」


「……分かりました。では私達はサルベアーがやってきた時のために村に残ります。ネイナさんはサルベアーの捜索をお願いします。あまり奥地に入る必要はありません」


「了解にゃ、最近は戦えていなかったから滾るにゃ」


 どうやら最近まで商人探しをしていたネイナさんは魔物と戦えるのが嬉しいようです。普段は日向ぼっこをする猫のようにのんびりとした穏やかな性格をしていてあまり怒ったところを見たことがありませんがやはり本分は兵士なのですね。


「こちらに客室があるのでどうぞお使いになってください」


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」


「じゃあ行ってくるにゃ」


「ユキたちを納屋に連れていくので私たちも一緒に外に行きます」


 村長さんに声を掛けてからユキたちを納屋に連れていくために一旦村長さんの家から外に出ました。


「私如きがネイナさんにこう言うのは失礼かもしれませんが、無理はしないようにお願いします」


「全然、失礼じゃないにゃ、了解にゃ」


 闇に紛れるためなのか真っ黒の装備を身に付けたネイナさんは私達に手を振ると森に消えていきました。そんなネイナさんをメアがじっと見つめていました。一緒に行きたかったんでしょうか?


「メア、どうかした?」


「……いえ、あの柔らかな身のこなしが羨ましくて」


 なるほど、確かにネイナさんの動きには無理がないというか無駄がないというか、あの淀みない動きには憧れてしまいます。あれは猫人族特有の才能なのでしょうか。お父様や兄様たちともまた違う感じがします。メアが羨ましいと言うということはセバスともまた違うのでしょう。ですがセバスに訓練を受けるメアもいずれ似たような高みに立てるのは間違いないと思いますけどね。


「キュウ」


「眠いのですか?」


「キュイ」


 今回ルルはあまりやる気が出ないようです。知り合いでもない人を積極的に助けたいとは思わないのでしょうね。ルルは仲間とそうでない者とを明確に分けていますから。ネポロ村にいた時は親を失った子供たちと遊んであげていましたから優しいんですけどね。


「これからちょっとここに居てもらうけどまたすぐ走らせてあげるから我慢してね」


「ブルルゥ」


 ユキ、ハヤテ、ホクトを納屋に連れて行きそれぞれの顔や背を撫でて休んでいるようにお願いしました。依頼を終えてロンドールに戻る時にも頑張ってもらうことになりますからね。


 納屋を出るとメアと二人で村の様子を確かめてみることにしました。ルルは私のフードの中に入って眠っています。村長さんの家に残っていても良かったのですが知り合って間もない場所で無防備に眠ることは出来なかったのでしょうね。


「村長さんも言っていましたがやはりサルベアー遊んでいたのでしょう。危険度Cの魔物が村の中まで入って来たのに亡くなった方がいないなんて普通ありえません」


「だとしたらもう来ない可能性もあるということですかね」


「それはどうでしょう? 最初は村の外で襲われて今度は村の中にまで入ってきた。どんどんエスカレートしているように思えます」


 破壊されてしまっている民家や壊れた箇所を急遽直した様子の柵を見て回っているとサルベアーのチカラの一端が見えてきます。もしもサルベアーが私達の村にやって来たならば私のような未熟な者達の力試しに使われそうな気もしますが、うちの村は特殊ですからね。



「さてと、周囲に危険もないようですから村長さんの家に戻りましょうか、ちょっと話したいことがあるので」


 村を見回った私達は一旦村長さんの家に戻ることにしました。心なしか村に到着した時に感じたどんよりとした空気がほんの少しだけ和らいだ気がします。私達が来たからかもしれない。そう考えるのは思い上がりですかね?



「村長さん、村を大きくする予定などはないですか?」


「村を……ですか? ええ、今のままでも十分な広さがありますので、もし移住してくれる方が居ても問題ありません」


「では念のために街の周りに外壁を作っても構わないですか?」


「それはありがたいですが我々には対価を払う余裕はありません」


「それほど大きな外壁を作るわけではありませんし、私達の安全を守るためでもあるので依頼にあった対価以上は必要ありません」


「……ありがとうございます。どうか宜しくお願い致します」


 対価は必要ないと言うと村長さんは深々と頭を下げました。外壁を作るぐらいの魔法使いを雇うのには大金が掛かりますから。おっと、今回は本当に特別だと言っておかねばならませんね。無料で助けるのが当然だと思われたら他の方の迷惑になりますから。




「メアは先に休んでいて下さい。二人で夜通し起きているのも大変でしょうから」


「……分かりました。では疲れが出たらすぐに交代するので声を掛けて下さい」


「ええ、じゃあルルのことも任せますね」


 フードの中で眠るルルを起こさないようにメアに預けて私は村の入り口に向かいます。そこには先ほどの青年たちがいました。


「あ、お疲れ様です」


「ええ、貴方たちも。これから村を囲う外壁を作るので驚かないで下さい」


「外壁を?」


 首を傾げた青年たちを他所に私は土魔法を使い村の周りを囲む柵をそって三メートルほどの外壁を作り始めました。盛り上がる土を見て青年たちは驚きの声を上げました。外壁の上に登ることの出来る階段と小さな監視小屋のようなものも作っておきます。

 村作りのさいにシドさんから土魔法について色々なことを教えていただいたので随分とスムーズに魔法を使うことが出来るようになりました。まだまだシドさんには敵いませんが小さな村を守るには十分でしょう。


「す、すげぇ、こんな凄い魔法初めてみた」


「本当だな……お前はそんな人に矢を射たんだからな。反省しろよ」


「わ、分かってるよ」


 作られた外壁を二人仲良くポカンとした表情で眺めていた青年たちが何やら言い合っています。魔法使いはそれほど多くはないので珍しかったのでしょう。そんな二人に視線を向けていると慌てた様子で村長さんのお孫さんが駆け寄って来ました。


「はぁはぁ、これは何の騒ぎですか?」


「村長さんの許可を得て外壁を作ったんです。出入り口をどうするか聞きたいので少し付き合ってもらっても構いませんか?」


「……ま、魔法、えっと、分かりました」


 村長さんのお孫さんはお友達の青年たちに視線を向けると彼等はぶんぶんと音を鳴らすように頷きました。私の申し出を受けてくれたので外壁にそって歩き出します。



「あ、あの、失礼ですがおいくつなんですか?」


「私は十五歳です」


「じゅ、十五歳!? 一つしか変わらないのに……」


 私が年齢を答えると、驚いたようで目を見開いてから落ち込んだように表情を暗くしました。歳の近い私が村を襲った魔物を討伐しにやって来たと知ったからでしょうか。確かに男性としては複雑な気分なのかもしれません。


「私の一族は心身を鍛えるために修練を積むのがしきたりのようなものですから、違いがあったも仕方ありませんよ」


「修練……冒険者一家のような感じなんですか?」


「うーん、まあ似たようなものですね」


「そうなんですか……あっ、ここは畑に通じる道があるので出入り口を作って頂けると」



 ◇



 ミレイたちと別れて森に足を踏み入れたネイナは、闇に紛れながら討伐対象であるサルベアーの探索を進めていた。


 普段笑みを絶やさないネイナだが今は真剣そのもの、木から木へと高速で移動していきながら猫人族特有の優れた能力を活かして周囲にいる生物の気配を探っていく。


(近くにそれらしき様子はないにゃ、遊びで村を襲ったのだとすればすぐ近くにいると思ったんだけどにゃ)


 そんなことを考えながら探索する範囲を広げていく。ミレイからは無理をするなと言われているが、仲間のためには無理をする。そしてそれでも必ず情報を持ち帰るのが斥候である自分の務め。それがセバスから学んだ斥候の心得だ。戦いに安全など確約されていない。誰しもが無理をする。その中で仲間が生き延びるために必要な情報をどれだけ手に入れることが出来るかを常に追い求めてきた。


 フリーデン家はエルドラン王国一変わった貴族だった。他国との戦争や強力な魔物との戦いが始まれば当主自らが先頭をきって戦う。そんなことは普通ならありえない。他の貴族から「死にたがり」と揶揄されるほどだ。そんな当主のために働くのは常に死と隣り合わせ、それでもフリーデン家のために働きたいと思ってしまうのだ。ネイナもそれは同じだった。


(それにしてもミレイ様は随分とリーダーシップが取れるようになったにゃ、幼い頃はあんな感じだったような感じがするにゃ)


 ふとミレイの顔が脳裏に浮かんだネイナは口元を緩めた。フリーデン家に数百年ぶりに生まれた女児であるミレイは幼い頃から兵士たちの天使だった。ミレイは天真爛漫で人を疑うことを知らず人々を魅了する笑みを浮かべる子供だった。度々屋敷を抜け出しては周囲の者を困らせていたがそれも愛嬌。そんなミレイには常に斥候がついていた。敵が多いフリーデン家では自分の身を守る術のない子供は狙われる可能性があったからだ。


 斥候として駆け出しだったネイナも幼いミレイを影から守る任についていた。目を離すとすぐにどこかに行ってしまうミレイは中々の曲者だった。ネイナがミレイの守りを務めていた時に大きな事件が起きたことがあった。友達と楽しそうに遊んでいたミレイがほんの僅かな時間に目を離した隙に姿を消したのだ。


 その時のことを思い出したネイナはいつもの笑みを浮かべた。


(あの時は焦ったにゃ)


 慌てたネイナは住民に聞き込みをして見慣れない男たちと一緒にどこかにいったことを突き止めた。だがいくら探してもミレイの姿はなかった。焦ったネイナは先輩の斥候兵にそれを伝え、それがセバスにまで伝わることになった。



「申し訳ありませんにゃ」


「隠さずによく話してくれたな。それでこそ斥候兵だ。どのような情報も伝えるのが斥候の役目だ」


「……」


「簡単にこの街から出ることは出来まい。姿を消してからそれほど時間も経っていない。人数をかければ早々に見つかるはずだ。私も動こう」


 そうして動ける斥候でミレイの捜索をすることになった。腕利きの斥候たちは任務で街を出ており若い斥候たちしかいなかった。彼等は中々ミレイを発見することが出来ず、時間だけが経過してネイナを初めとした若い斥候たちに焦りが見え始めた時、ミレイは何事もなかったように帰ってきた。


 ミレイを探していた若い斥候たちは怪しげな人物に連れ去られたのはネイナの勘違いだったのではないかと疑いの目を向けた。そうだったかもしれないとネイナはがっくりと肩を落とした。


「——いや、ミレイ様は誘拐されていた」


 いつの間にかやって来ていたセバスが若い斥候たちに声を掛けた。


「え!? だ、誰にですか? セバス様が助けられたのですか?」


「いや、ご自分で逃げ出してこられた。その後を追い掛けてきた者達は捕まえたがな。相手はただの小悪党だ。お前たちはミレイ様が攫われたと聞いてフリーデン家に敵対する者達の仕業だと思い込んだ。だから見つけられなかったのだ。敵が何者なのか決め付けて行動するな。自分の命を縮めることになる」


 そうネイナを始めとした斥候たちに忠告した。

 若い斥候たちはセバスの言う通りフリーデン家に敵対する者達の仕業だと思い込み貴族の屋敷や治安が良いとは言えない方面ばかりを調べていた。


 そんな中セバスはミレイをいち早く発見していた。すぐに助けることは出来たが、小悪党たちはミレイを傷付ける様子がなく、自分が危険な目にあったと知れば幼いミレイの心に傷を残してしまうと考えて助けるタイミングを見計らっていた。するとミレイが自分から逃げ出してきたという訳だ。


 セバスが言うにはミレイを連れ去ろうとしたのは仕事を探しに街にやってきたばかりの者達だったらしい。楽して金を稼ごうとした中途半端な小悪党でミレイを奴隷商人に売ろうとしていたのだ。


 若い斥候たちはセバスの言葉に反省しながらも、相手が小悪党だったとはいえ一人で逃げ出してくるなんて大したものだと感心した。自分たちの守るべきこの天使はきっと大物になると誰しもが思った。


 その後、ネイナたち若い斥候たちはミレイを発見することが出来なかったということで地獄の訓練を受けることになる。


 ちなみにミレイを奴隷商人に売ろうとしていた小悪党どもがどうなったのか知る者はいない。彼等を捕まえて尋問したセバス以外には……




(ん? 何かの気配がしたにゃ)


 辺りに探索しながらも思い出を懐かしみ時折苦い顔をしているとネイナはふいに西の方向に視線を向けた。そちらから動物とはまた違った気配を感じてすぐさま方向を変える。その先は拓けており小さな泉があった。



「サルベアーだと思ったんだけど違ったにゃ」


 そこにいたのは討伐対象であるサルベアーではなかった。立派な角を持った鹿型の魔物の群れ、穏やかで自ら人を襲うような魔物ではない。


 無駄に戦う必要もないとひと息つくとネイナは再び森の中へと消えていった。

お読みいただきありがとうございます(つД`)ノ

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