第111話 村の状況
土下座して謝る青年を冷たい目で見下ろすメア、僅かながら身体の芯から震えるような冷気のようなものを感じます。きっと彼等は喉元に剣を突きつけられているような錯覚に陥っていることでしょう。
どうやってメアに怒りを抑えてもらおうかと考えていると近くの家々から村人たちが出て来ました。手には鍬や鋤などの農具や包丁などを持っており明らかに私達に敵意を持っているようです。このような状況ですから私達を盗賊と勘違いしているのかもしれません。
それにしてもお年寄りと女性たちばかり、男性もいるにはいますが幼さの残る子供だけです。二十代以降の男性の姿が見えないのは何故でしょうか。
「そ、その子達をどうするつもり!」
「皆さん落ち着いて下さい。私達は冒険者です」
「嘘を付かないで、冒険者が村の者を脅すような真似をする訳がないじゃない」
「こんな時に村を襲いに来るなんて許せん。若い女だからって容赦はせんぞ」
冒険者だと言っても聞く耳を持ってくれません。青年たちは未だにメアの怒気で震えているので、勘違いをするのも分かる気もしますが、私達はそれほど盗賊顔なのでしょうか? 盗賊だったら青年たちはとうに死んでいると思うのですが。
「み、皆んな、落ち着いてくれ、俺達が悪いんだ」
「テッド、大丈夫だからね。私が助けてあげるから」
「お、落ち着けコリス」
腰を抜かしていた青髪の青年も震えながらではありますが村人たちに落ち着くように声を掛けました。しかしテッドと呼ばれた青髪の青年が脅されてそのように言っているのだと思ったのか言葉通りに受け取る様子はありません。彼と同い年ぐらいの女の子がフライパンを手にこちらを睨んできます。
「面倒くさいことになったにゃ」
「落ち着かせるために威圧した方が怪我をさせずに済みます。良いですか?」
「……はぁ、仕方ないですね。お手柔らかにしてあげて」
そう言うとメアは私達にジリジリとにじり寄って来る村人たちを威圧しました。それを感じたようで「ヒイ!」と声を上げて全ての村人たちが青ざめて逃げ腰になり、中には腰を抜かしたのか座り込んでしまった人たちもいます。
「……」
「弱めに威圧したつもりだったのですが」
「多分この人達が心理的に追い詰められていたからにゃ、大した気を放った訳じゃないにゃ」
状況は好転するどころか余計に悪くなってしまった気がします。怪我をさせずに済んで良かったと思うべきでしょうか。村人たちの目には恐れと怯えしか見えません。
「これは何事じゃ?」
そんな状況の中で誰かが声を発すると集まっていた村人たちが口々に「村長」と言って道を開けていきます。どうやらこの騒ぎを聞きつけたシャーナ村の村長がやって来てくれたようです。
「これは何の騒ぎなんじゃ、そちらの方達は?」
「えっと、あの、冒険者の方々です」
「……この様子を見る限り何か失礼をしたらしいな」
青髪の青年が改めて私達を冒険者だと言うと、先ほどまで聞く耳を持たなかった村人たちもようやく信じてくれたのか敵意や怯えが多少和らいだように感じます。
私達が冒険者だと知ると村長さんと村の人達は表情を明るくしましたが、直ぐにその表情は暗いものに変わりました。この状況ですから、そうなるのも分かります。
「あの、その、盗賊と間違えて矢を射てしまって」
「はぁ、やってくれたのう。皆さん、申し訳ありません。門番を出来る男たちが皆怪我をしてしまいまして、こやつらは成人を迎える前の子供なのです。どうかご容赦下さい」
村長さんは青年たちから事情を聞くと大きなため息をつきました。彼等が門番をしていた事情を説明してくれ、申し訳なさそうな顔をして深々と頭を下げて謝罪してきました。
そしてそれに習うように周りにいる村人たちも次々と頭を下げて謝ってきます。それはもう地面に頭を擦り付けるような勢いで、私達は気分を害して帰ってしまったらと考えているのかもしれせん。
「このような状況では勘違いしてしまうのも無理はありません。怪我をした訳ではないので気にしないでください」
「そう言って頂けると、本当に申し訳ありません」
「メアも良いですね?」
「仕方ありませんね。ですが子供だからといってやって良い事と悪いことがあります。言葉の意味が分かりますね?」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
まだ許した訳ではないとメアが釘を刺して怒気を納めてくれました。重苦しい怒気から解放された青年は戦闘後の冒険者のように満身創痍の表情をしています。成人にもなっていない彼に本気ではないとはいえメアの怒気は辛かったでしょうね。ルルは村人たちには興味がないようでユキの背中でノンビリとしています。先ほどメアが怒気を放った際にチラリと片目を開けたぐらいです。
さて、これでやっと今回この村に来た目的を果たすことが出来そうです。
「早速ですが現在の状況を教えて頂きたいのですが」
「はい、儂の自宅にご案内しますのでそちらで、悪いがお前達は門番を続けてくれ、テッドは付いて来なさい」
「は、はい」
「うん、分かったよ」
村長に声を掛けられると腰を抜かしていた二人の青年はすっと立ち上がり、メアの怒気をまともに受けていた青年は生まれたての子鹿のようにプルプルと震えながら立ち上がりました。
「盗賊や魔物が現れても私達が対処するのでそれほど緊張しないで下さい。先ほどの失敗は糧にしてください。これから弓の腕を上げれば大丈夫です」
「は、はい。ありがとうございます」
普段門番を勤めている方々の怪我が治るまでは彼等は代役を務めなければならないでしょうから声を掛けておきます。無駄に緊張して体力を減らすこともないでしょう。ほんの少しだけ表情が和いだように見えるのでとりあえず大丈夫でしょう。
「どうぞこちらです」
村長さんとテッドと呼ばれた青年の後について行きます。入り口から見て村に被害はないように見えたのですが辺りを見渡すと損壊している家もかなりあるようです。
「納屋がありますので馬の方は僕が——ヒッ!」
村長さんの家に着くと一緒に付いてきた青年がユキたちを納屋に連れて行ってくれようとしました。ユキは青年が近付くと敵意を剥き出しで前脚で蹴飛ばそうとしました。
どうやらお仲間が私に向かって矢を放ったことで彼のことも敵だと認識しているようです。普段穏やかなユキですが一度敵とみなすと中々心を許すことはありません。説明を聞いてから馬小屋には私たちで連れて行った方が良さそうですね。
「先ほどの矢のせいで貴方がたを敵視しているようなので後ほど連れて行きます」
「は、はい。分かりました」
「ユキ、ここで待っていてね。暴れたら駄目よ」
背中を撫でて落ち着かせてから村長宅の柵に手綱を繋いでおきます。
「どうぞお入り下さい」
村長さんに案内されてリビングのテーブルに座るよう促されます。村長夫人と思われるお婆さんがお茶を出してくれたのでありがたく頂きます。
「改めまして私はシャーナ村の村長テルタルと申します。建国祭の近いこの時期に我が村まで来て頂いて本当にありがとうございます。そして先ほどは本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、お気になさらいで下さい。私は大樹の槍のミレイと申します。彼女はメア、こちらがネイナです。どのような状況ですか?」
「はい、何日か前に一体のサルベアーが畑仕事をしていた村人を襲いまして、村の狩人が矢を射ると逃げていったのですが今日になって仲間を連れて戻って来ました 。村の者達は必死に戦ってくれたのですが男衆がほとんどが歩けない状態になってしまいました」
依頼書には怪我人の記載しかなかったのですが、どうやら冒険者ギルドに討伐依頼を出してから状況が厳しいものになったようです。
「この時期ですので国の兵士も建国祭の警備などで忙しいようで、依頼を出した時はまだ怪我人程度でしたので」
「危険度Cの魔物を討伐するとなるとそれなりの数の兵士が必要になりますからね。死者が出ていないとなると冒険者に任せた方が良いと考えたのでしょう」
「奴らは儂等を弄んでおるのです。やろうと思えばこの村を全滅させることなど容易いはずなのに」
サルベアーは知能が高いと有名ですから村長の仰られている通りなのでしょうね。
「その、失礼ですが皆様はまだお若いようですが……」
どうやら私達が危険度Cの魔物を倒せるのか不安に感じたようです。アレク兄様かマクスウェルさんに来てもらった方が良かったかもしれません。男性が居た方が心強いのは理解出来ますから。
「危険度Cの魔物はこれまでも倒したことがあるので安心して下さい。それにネイナはBランク相当の実力はあります」
「おお、それは心強い。やっと村の者たちも安心して眠ることが出来るでしょう。テッド、村人たちに安心するように伝えてくれ」
「分かったよ爺ちゃん、皆さん失礼します」
村長さんと随分と親しげな雰囲気をしていると思ったら彼は村長さんのお孫さんだったのですね。他の二人よりも随分としっかりしているように見えたのはそのせいだったのかもしれません。
「彼はお孫さんだったんですね」
「ええ、孫が失礼をしまして、申し訳ありませんでした」
「いえ、彼は特に何もしていませんから。それに他の二人も対応としてはそれほど間違っている訳ではありませんでしたよ。ただお一人弓の扱いが悪かったので注意をしただけですから」
「では早速、探索に入りますので、村長さんはゆっくりとお休み下さい」
「どうかよろしくお願いします」
お読みいただきありがとうございます。
自分で書いておいてなんですが、ですます調で緊張感を出すにはどうすれば良いのかよく分からんとです⊂⌒~⊃。Д。)⊃




