第110話 シャーナ村
「そろそろ日が落ちて来ました。暗闇の中を移動するのは危険では」
メアが空を見上げながらそう言いました。
私も空を見上げると茜色の空が少しずつ黒く染め上がろうとしています。今日中にシャーナ村についておきたかったのですが、そろそろ野営の準備をしなければなりません。
ユキたちが頑張ってくれたのでそろそろ到着してもいい頃だとは思うのですがシャーナ村は一向に見えて来ません。
「ちょっとあの丘から辺りを見渡して来るにゃ」
「お願いします」
ネイナさんは近くの丘に周囲の様子を見に行きました。これで駄目なら今日中にシャーナ村に到着するのは諦めた方が良いかもしれません。あまり遅くなると建国祭に間に合わなくなるので困るのですが、やはりこの依頼を受けたのは拙速だったでしょうか、いや、建国祭よりも人命の方が大事ですよね。
そんなことを考えている間にもどんどん辺りが暗くなって来ました。
「……ちに……欲しいにゃ!」
丘の上に行ったネイナさんが何かを見つけたようで手を振って私たちを呼んでいます。
「何か見つけたようですね」
「はい、行ってみましょう」
二人でネイナの元に向かいます。
「あれにゃ、明かりが見えるにゃ」
ネイナさんの横にユキをつけると明かりが見えると彼女は平原の北北東の辺りを指差しました。ほんの少し、夜空に光る星の瞬きのような僅かな光ですが確かに見えます。
「あれがシャーナ村でしょうか?」
「おそらく、どうやら野営はしないで済みそうですね
。あれほど僅かな光に気付くとは流石はネイナさんですね」
「照れるにゃ」
メアがネイナさんを褒めると恥ずかしそうに髪を触ってくしゃっとした笑みを浮かべました。兄様にネイナさんをお借りしていて良かった。私とメアなら今日中には着かなかったでしょう。
シャーナ村まではあと五キロほどでしょうか、どうやら野営をせずに済みそうです。
「ユキ、あと少しだから頑張って下さい」
首の辺りを撫でると元気な声が帰って来ました。まだまだ走ることが出来るようです。普通の馬なら潰れてしまうところですが流石ですね。これで今までのストレスは完全に解消されたでしょう。ロンドールに着いてからは朝駆けしかさせてあげられませんでしたから。
「被害が広がっていなければ良いのですが」
「どうでしょうか? この距離ではまだ分かりませんね」
私が呟くとメアがそう答えました。
確かにこの距離ではまだどのような状況なのか判断することは出来ません。優れた嗅覚と聴覚を持つネイナさんでもまだ無理でしょう。
「兎に角、日が完全に落ちる前に村に急ぐにゃ」
「そうですね。では行きましょう」
◇
村まで後五十メートルという距離まで来ましたが静まり返っていて物音一つ聞こえません。魔物を警戒しているのでしょうか?
いや、村を囲む柵に何者かが隠れていてこちらの様子を伺っているようです。
「気を付けて、何かを仕掛けて来る場合もあります」
「はい、怖がらせないようにここからは歩いて行きましょう」
当然ながらメアとネイナさんも柵に隠れる者に気付いており私に注意を促してきました。おそらくは村の人でしょう。このような時間に来てしまったので盗賊か何かだと勘違いしている可能性があります。村の人たちを怖がらせないように馬を降りた私たちはシャーナ村に向かい歩いて行きます。
「と、止まれ!」
村まで二十メートルほどまで近付くと弓を構えた若い男性数人が塀から姿を現しました。やはり私たちを盗賊か何かだと思っているようです。
「私が話をしてくるので二人はここで待っていて下さい」
「気を付けて下さい」
「私を射殺す腕があるなら冒険者に依頼は出しませんよ」
弓の達人であり国を出た際にも付いて来てくださったキールさんのような腕前を持っている方がいたら避けるのは無理ですけど、それはあり得ないですからね。あのような方は国に数人しか居ないでしょうから。彼等を興奮させないようにメアとネイナさんの二人には立ち止まってもらい私が近付いて声を掛けます。
「私たちは依頼を受けてロンドールからやって来た冒険者です」
「冒険者、やっと来てくれたのか、今門を」
「待て、そう言って油断させる罠かもしれないぞ」
「そうだ。そんなんで門番が務まるかよ」
「騙されないぞ!」
青い髪の男性は門を開けて村に入れてくれようとしてくれましたがそばにいた男性がそれを止めました。彼は脅しのつもりなのか矢を放って来ました。彼の腕は良いようでこれ以上は進むなという警告でもするかのように足元に刺さりました。
「ミレイ!」
「問題ありません。任せてメア」
心配したメアが声を掛けてきたので手を上げて問題はないと伝えます。
「私は盗賊ではありません。射たないで下さい」
「近付くな!」
ゆっくりと歩き出すと先ほどとは違った男性が矢を放ってきました。放たれた矢は真っ直ぐ私に向かって来ます。こういった場合は先ほどの方のように脅しのために足元を狙うのが普通だと思うのですが。
しかし問題はありません。キールさんの放つ矢をいつも見ていたのです。一般の方が放つ矢など止まっているかのようです。片手で矢を受け止めて二人を安心させるために手に掴んだ矢を見せて笑顔を見せます。
「落ち着いて下さい! 何もする気はありません」
これ以上興奮させてないよう手を上げながらに少しずつ近付いていきます。顔を見て話をすればきっと分かってくれるはずです。
「馬鹿お前、当たってたら死んでいたぞ!」
「足元を狙ったんだよ!」
「アホか、完全に心臓に一直線だっただろ!」
「でも矢を掴んで無傷じゃないか!」
「そういう問題じゃないだろ! 下手なんだから不用意に弓を使うなよ! ていうか矢を掴むなんて凄いな」
「だな」
何やら口論をしているようです。彼等は門番になって間もないのでしょうか。本来なら毅然とした態度で対応しなければならないはずなのにどうも不慣れなようです。そのまま五メートルほどまで近付いて一旦立ち止まって声をかけてみます。
「……あの、すいません」
「おい、見ろ美人だぞ」
「馬鹿野郎、そうやって油断させるのが盗賊の手法なんだろうが……確かに美人だな」
「俺は盗賊には見えないんだけどな。どうする?」
やはり不慣れなのでしょう。三人の青年が話し合いをしながら対応を決めているようです。それに鎧の類を全く装備していません。幾ら村の門番といっても皮鎧ぐらいは装備しているものです。あれでは盗賊に対する牽制にはなりません。
「……冒険者証を見せてもらえますか?」
青髪の青年の言う通りに冒険者証を取り出して彼等に見えるようにかざします。
「これです。見えるようにもう少し近付きますよ」
「本物みたいだぞ」
「……まだ分からないだろ、あんただけこっちに来て、冒険者証をしっかりと見せてくれ」
「はい、分かりました」
まだ警戒している彼等に冒険者だと信じてもらうために手を上げながらゆっくり近付いて冒険者証を手渡します。暗くてよく見えないのか一人の男性が走って松明を持って来ました。
「大樹の槍のミレイと申します」
「……本物だ」
「馬鹿野郎お前ら、せっかく来てくれた冒険者さんに矢なんか射やがって!」
「お、俺はしっかり足元に向かって矢を放ったから危険はなかったはずだぞ。お前だろ、あの人に向かって下手な矢を射たのは」
「だ、だってよ」
ようやく冒険者だと信じてくれたようです。矢を射た二人を最初に門を開けようとしてくれた青い髪の青年が怒鳴り付けました。私の胸の辺りに向かって矢を放って来た茶髪の青年は悪いと思っているようで口籠もっています。
「当たっていないので気にしないで下さい。それでは仲間を呼んでも構わないでしょうか?」
「は、はい! どうぞ!」
許可をもらったので二人に声を掛けてこちらに来てもらいます。メアにユキの手綱を預けていたのでそれを受け取り少し興奮気味のユキを落ち着かせます。頭の良いユキは私に向かって矢を放って来た彼等を敵視しているようです。
「うわぁ! 皆んな美人なんですけど」
「これはやばいな」
「そんな場合じゃないだろ馬鹿かお前ら」
弓を放った二人はメアとネイナさんが美人で喜びました。それを見た青髪の青年が呆れた顔をして注意をしています。二人が美人ということに間違いはありませんが青い髪の青年が言う通り、同じ村に住む住民が魔物の被害にあっていてそんなことを喜んでいる場合ではないと思うのですが、呑気な方々です。
「ところで、先ほどミレイに矢を射たのはどなたですか?」
「お、俺です」
門番をしていた彼等にメアとネイナさんが挨拶をし終えると、笑みを浮かべたメアが先ほど私に矢を放ったのは誰かと尋ねました。すると緊張したように茶髪の青年が真っ直ぐに手を上げました。
「……次に同じことをやったら殺しますよ」
「も、申し訳ありませんでした!」
どうやらユキよりもメアの方を落ち着けた方が良かったようです。笑顔のまま殺気を放って茶髪の青年を脅しました。他の二人は腰が抜けたのか顔を青くして座り込み、殺気を受けた本人はぶるぶると震えながら顔を真っ青にして土下座しました。
「やり過ぎではないですか?」
「一般の人なら死んでいたかもしれないんですよ。ことの重要性が分かっていないこの方たちには必要な処置です」
確かに一般の方だったら心臓を貫かれてしまっていたでしょう。メアの言うことは一理あります。
「その通りにゃ、兄上方三人が見ていたらこの青年はタコ殴りになっていたにゃ、レオン様が見ていたら即死にゃ、それに……セバス様が見ていたら多分生きたまま埋められているにゃ」
ネイナさんの言うことは……多分間違いないでしょうね。お母様ならその位は大したことないと笑うでしょうが、お父様や兄様たちならやりかねません。セバスは……誰にも気付かれないようにやるでしょうね。
でも……震えながら土下座する青年と顔を真っ青にして抱き合う二人の青年、側から見ると青年たちが命乞いをしているかのようではないでしょうか?
彼等を助けに来たはずなのにまるで盗賊にでもなったような気分です。
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