第105話 閑話 聖なる日に 後編
本日二話目
「どうだセバス、適当な魔物はいるか?」
ミレイに気付かれないように村を出たレオンは黒の砦側で警備をしていたキールに狩りに出る事を伝えてから魔の森へと足を向けた。キールを含めた兵士たちは村の最大戦力と言っていい三人が装備を身に付けて現れたことにただならぬ緊張感を感じていた
しかし実際は娘のプレゼントのために狩りに向かうただの父親である。……ただのではないかもしれないが傍迷惑なのは間違いないだろう。
「いえ、この辺りには小物ばかり、危険度C程度の魔物しかおりません」
「そんな雑魚では役に立たん。もっと奥へ行くぞ」
いち早く危険度Aの魔物を見つけようと木を蹴って移動するレオンたち、その速度は凄じく一瞬で景色が後ろへと消えて行く。
「あら、魔物が戦っているみたいね」
魔物を探して魔の森に入り一時間ほどが経過した時、どこからか魔物が争う声が聞こえてきた。その声はレオンたちが目的としている竜種のものと酷似していた。
「……この声、ついているな」
「ええ、参りましょう」
三人はその声がした方へと向かっていく。
一方、三人の死神が近付いて来ていることに気が付いていない二体の魔物は死闘を繰り広げていた。
一体は体長五メートルほどの大きさの黒い虎、暗闇の王と呼ばれるドゥンケルティグル。雪の積もった森の中でよく映えるこの魔物は以前ミレイが危うく殺されそうになったブラッドティグルの上位種であり、危険度Aの魔物である。
そんな危険な魔物と戦っているのは体長十メートルほどの大きさの竜種、危険度Aドラスオーロである。地竜であり動きはドゥンケルティグルほど速くはないが一撃の破壊力と防御力が尋常ではない。
そんな二体が血を流しながら戦い続けている。ドゥンケルティグルは速さを活かして、ドラスオーロは自慢の防御力で致命傷を受けずに一撃を狙っている。二体の魔物の戦いは大地を揺らし、辺りの地形を変化させるほどのものだ。既に数百メートルの範囲にあったであろう木々が倒されており、ぽっかりと空いた空間は二体が戦うためのリングのようになっている。
「これは中々見れない戦いねレオン」
三人は二体の魔物を目視することの出来る距離まで近付くと木の上でそれを見て会話をする。エルザは面白いのかにこやかに、セバスは二体のチカラを測るように、そしてレオンは闘氣を漲らせてその戦いを見ている。
「そうだな。それに目的の竜種で間違いない。良い戦いをしているが……」
「決着を待っている時間はないと言う事ですねレオン様」
「ああ、行くぞ」
二体の強大な魔物の戦いは拮抗しており、決着が着くまでにはおそらく二、三日は掛かるだろう。そんなに長くは待っていられないレオン、エルザもセバスもそれを分かっているのだろう。それぞれ愛用する武器を取り出している。そしてレオンの掛け声で三人は一斉に二体の魔物の元へと駆け出した。
「ガルルル?」
「グルルル?」
二体の魔物は一瞬の油断もせずに互いの命が尽きるまで戦おうとしていた。しかし突然足元に小さな三匹の生物が現れたことに混乱したような声を上げた。
上はいるがこの辺りでは自分たちは間違いのない強者であると自負している両者は自分たちの戦いを見てチカラを感じたであろうにも関わらず逃げずに向かって来たのか理解出来なかったのだ。
「済まないが貴様らには死んでもらう」
危険度Aともなれば人の言葉ぐらい理解出来るほどの知能は有している。だがレオンの放った言葉などで怒りを感じるほどの程度の低い魔物ではない。
「「グルァァァァァァ!」」
しかし次第に命を懸けた互いの戦いに邪魔が入ったことに怒りを感じ始めた両者はレオンたちを殺そうとドゥンケルティグルは鋭い爪を振るい、ドラスオーロは地面が吹き飛ぶほどの威力のある一撃を放った。
二体の魔物の脳裏には今から死ぬであろう三匹の生物の事は意識から弾き、次にどう動いて目の前の強大なチカラを持つ魔物を殺そうかと考え始めた。
「——ぬるいわ!」
しかし突然足元から自分たちと同じ、もしくはそれ以上の圧倒的にチカラを感じて意識をまた足元に強制的に向けられた。そして両者の攻撃はより大きなチカラによって跳ね返されてドゥンケルティグルは前脚を棘ほどにしか見えない短剣に斬り裂かれ、ドラスオーロの前脚には地面から現れた巨大な土の槍が突き刺さった。
二体は思い掛けない攻撃により三匹の生物を、レオンたちを敵と認め咆哮を上げた。そして先程の本気とは程遠い攻撃をレオンたちに向かって放つ。
今度の攻撃は避けた方がいいと判断したレオンたち、地面が弾け飛び銃弾の如く飛んでくる礫をレオンが打ち払う。そしてセバスはドゥンケルティグルに向かって行き、エルザは膨大な魔力を解き放ちドラスオーロに向かって行った。
「……」
礫を打ち払っていた間にセバスとエルザは戦闘を開始して一人残されたレオン。何とも言えない気分になり二体の魔物を交互に見た。エルザは魔法で炎龍、水龍、土龍、風龍を創り出してドラスオーロとやり合っており、セバスはケルティグルの攻撃を躱しながら急所を的確に斬り裂いている。
そしてレオンはとりあえず本来の標的であるドラスオーロから先に始末することに決めて参戦した。
「ふう、やっぱり危険度Aの魔物は地力があるわね。こんなに傷を負ったのは久し振り」
「私もですエルザ様、速度もさる事ながら対応力が高い。最初はこちらのペースでしたが徐々に私の動きについて来ました」
深傷は負っていないがエルザの体にはドラスオーロの攻撃の余波で襲って来た礫や土魔法によって鎧が損傷しており怪我も数多くある。セバスにはドゥンケルティグルの鋭い爪によって付けられた傷が多数ある。執事の服は裂かれており中に着ている鎧にも傷痕が残っている。紙一重で攻撃を避けていたのが分かる。
「エルザ、セバス、私の出番がほぼなかったではないか」
一方レオンの傷は二人と比べると少ない。
それはエルザの派手な魔法攻撃によりドラスオーロの攻撃の矛先にエルザに向いたからだ。それによってレオンはほぼ無傷でドラスオーロに致命傷を負わせることに成功し、セバスの援護に向かうがドゥンケルティグルは標的をセバスに絞っておりこれまたレオンはほぼ無傷で致命傷を負わせる事が出来た。自分は大したことをしていない気がしたのでレオンはトドメを刺すこと二人に任せた。
「貴方が怪我をしていたら村の人たちが心配するでしょう?」
「それはそうかもしれないが……」
「良いではないですかレオン様、目的の素材は手に入れました。これでミレイ様の槍を作る事が出来ます」
何となく二人も久し振りに暴れたかっただけなのではないかと思ったレオンだがエルザが言った通り自分が怪我をすれば心配をかけるのは間違いないし、セバスが言った通り目的は達成したので納得しておく事にした。
「——引くぞ」
二人と会話をしていると森の奥から先程の二体とは比べ物にならない圧力を感じた三人、それが警告か否かは分からなかったが直ぐにその場を離れることにした。
「流石は魔の森、恐ろしい場所だな」
「いつか戦ってみたい気もするけどね」
もちろん遺体はエルザが回収しており、魔の森の端まで移動してから二人に休んでもらっている最中にレオンがドラスオーロを解体して槍作りに必要な素材を手に入れた。
「御苦労だったな。では帰ろうか」
それからレオンはミレイやアレク達に気付かれぬように慎重に槍の製作を進めた。エルザの力も借りて骨を加工して槍の形にしていく。槍にはレオンの強大な闘氣とエルザの膨大な魔力を込めて作られた。
「これを嵌れば完成だ」
槍にはレオンが菱形の穴を開けておいた。
そこにドラスオーロの結晶たる魔核を嵌め込もうとしているのだ。それは知り合いの魔器職人から聞いたことのある方法で、レオン自身初めての試みであった。職人でも九割は失敗すると聞いていたので失敗してもしっかりと使えるようには作ってある。だが成功すれば槍に命が吹き込まれ、魔槍が誕生する。そうなればミレイはもっと喜んでくれると考えた。
エルザとセバスも見守る中、レオンは成功を祈りながら魔核を槍に嵌め込んだ。息を呑んで槍を見守る三人、しかし槍に変化は現れない。失敗したかと諦めたその時槍が怪しげに光り輝き出し、魔核が槍と同化していき槍自体の形も変わっていった。
「……」
完成した槍はまさに見事の一言。
ここに新たな魔槍が誕生した。
それを手に持ち出来前を確認したレオンは間違いなくミレイが喜んでくれるだろうと思った。そしてアレクたちとの勝負にも勝ったと確信を持った。エルザも凄いじゃないとレオンを褒めている。
だがそれを見ていたセバスは思った。
ちょっとやり過ぎじゃないかと。
そして聖なる日の当日、村は綺麗に飾られており白い雪とのコントラストが美しい。赤と白の服を来たサンタクロースが子供たちにプレゼントを渡すと喜びの声が響き渡った。
ミレイも兄サンタ三人からプレゼントをもらい嬉しそうにしている。喜ぶミレイを他所に三人は牽制し合っている。そして今度は父サンタの番、三人の息子たちを見て余裕の笑みを浮かべながら綺麗に包装されたプレゼントを渡す。
「サンタさんありがとうございます。開けて見ても良いですか?」
「良いぞ」
「これは……凄い。魔槍ですか?」
「ああ、一から作ったんだ」
「こんな凄い魔槍をもらって良いんですか?」
「勿論だとも」
魔槍をもらったミレイは凄い喜びようで早速魔槍の感触を確かめている。それを見た父サンタは幸せそうでエルザもそんな夫と娘を笑顔で見ている。父サンタと最後の勝負をしていた兄サンタたちは悔しそうな顔をしている。勝負あったようだ。
槍を振るミレイを幸せそうな顔をして見ていた父サンタだが暫くするとミレイが首を傾げている事に気が付いた。そして残念そうな顔をしたミレイは父サンタの元に歩いて来て口を開いた。
「……ダメみたいです」
「ん? 何がだ?」
「この魔槍に拒否されている感じがします。私のチカラがまだ足りないようです」
「え?」
「残念ですがこの槍は収納しておいていつか私が相応しいチカラを持った時に使おうと思います。ですが本当にありがとうございますサンタさん」
「え?」
魔槍には意志がある。
自分を扱うに相応しくないと判断した場合には持ち主にチカラを貸さない場合があるのだ。
「や、やり過ぎた」
上手く出来過ぎた事が仇となりミレイにはまだ扱えなかった事にガックリと肩を落とす父サンタ。
ちなみにミレイが一番の喜びの声をあげたのはルルサンタがプレゼントした頑張って作りました感のある無骨な首飾りだった。思いがけぬ伏兵に敗れ去った父サンタと兄サンタたちであった。
ちょっと無理矢理感があったかもしれませんがお許しを、最後までお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
 




