第103話 また一人
「やっぱり、シスイさんお元気でしたか?」
宿の前に立っていた男性に声を掛けると振り向いたのはやはりシスイさんでした。以前と変わらない様子で元気そうです。それにしてもこの広いロンドールで私達が泊まっている場所を見つけるとは流石です。
「……はい、色々とミレイ様は大変だったようですね。先ほど到着しました。間に合わず申し訳ありません」
「聞いちゃいましたか、気にしないで下さい。ちょっとしくじっただけです」
私達が危険な目に遭ったという事は既に知っていたようです。その場に自分がいれなかった事を謝ってくれましたがあれは誰にも予期出来ない事でしたから仕方がありません。
「ミレイ、シスイさん、取り敢えず中に入りましょう」
宿の前で話しているとメアが中で話をと言いました。シスイさんもここまでの旅路は疲れていたでしょうからね。考えが足りませんでした。
「そうですね、中に入って下さいシスイさん」
「おや、また新しい方かな?」
中に入るとヨハンさんとロナさんがお茶を飲んでいました。こちらに気付くと笑顔でおかえりと言って迎え入れてくれましたがシスイさんを見て誰だろうと首を傾げました。紹介したかったのでちょうど良かったです。
「ヨハンさん、ロナさん、この方はシスイさんと言って私達の仲間で様子を見に来てくれたんです。ここに泊めさせてもらっても良いでしょうか?」
「構わないよ」
「ミレイちゃん達が来たから賑やかになって楽しいですねヨハン」
「ああ、そうじゃな。紅蓮の華なんて有名な冒険者たちが我が家に泊まりに来るとも思わんかったし、ミレイちゃん達のおかげで毎日が楽しいのう」
私たちがお世話になってから随分とご迷惑をお掛けしていると思いますがお二人はそれを楽しく思ってくれているようです。
ロナさんがシスイさんにお茶を出してくれたのでどういう関係なのかなどの話をしています。流石にお父様に仕えているとは言えないのでシスイさんはミレイさんのお父様に世話になっていますと答えていました。
「ありがとうございます。シスイさん、こちらはヨハンさんとロナさんです。宿が一杯で困っていたところを声を掛けてもらったんです」
「……お世話になります。シスイと申します。仲間がお世話になっているようでありがとうございます」
「……現在はどのような状況なのでしょうか?」
お二人には聞かせられない話をするためにシスイさんを部屋に案内すると現在の状況を聞かれたので説明します。
「兄様たちは商人を探しています。それとお母様のお弟子さんだった方がこの国でAランク冒険者になっていてその方に今日から手伝ってもらってます」
「……エルザ様の、ならば大丈夫ですね。村の方は問題なく開発が進んでいるのでご安心下さい」
「そうですか、良かった。安心しました」
「……アレク様たちが戻られるまでは私も情報収集に行きたいのですが構わないでしょうか?」
疲れてはいないのでしょうか?
私はここに来るまでに結構疲れたのですが、いや私と比べるのは失礼ですね。シスイさんは仕事柄長旅には慣れているでしょうから。
「ええ、私とメアは残念ながら兄様に依頼を受けるのを禁止されてしまいましたが、シスイさんは依頼が終わるまでこっちにいるんですか? それとも現在の状況を知らせに村に?」
「……人数が多い方が良いだろうというレオン様の命なのでこちらのお手伝いをさせて頂きます」
「そうですかシスイさんが手伝ってくれれば百人力です」
これでもっと早くに依頼を達成出来そうです。
ですがそうなるとCランクに成るまでの期間がまた短くなるという事ですよね。これからはもっと頑張らないといけません。
「今日着かれたと言っていましたが直ぐに私たちが泊まっている場所は見つかりました?」
「ええ、ミレイ様のことは噂になっておりましたので探すのは簡単でした」
「ハハハ」
「それでミレイ様達を囮にして逃げたという正義の薔薇という冒険者たちですが」
「確か今は投獄されているはずですけど」
「はい、報復をしようと牢獄に忍び込みましたが四人とも取り調べの最中だったため、残念ながら今日は断念しました」
「え? 牢獄まで行ったんですか?」
「ええ、警備が緩く問題はありませんでした」
なんという行動力なんでしょうか、今日到着したにも関わらず彼等の情報を調べて牢獄にまで忍び込んでいるとは、良かったですねシルナさん、もしも取り調べが行われていなければ何かしらの不幸が訪れた可能性が高かったみたいですよ。
「シスイさん、報復は禁止でお願いします。この街の法律で裁いてもらいましょう」
「……畏まりました」
顔には出ていませんが不満ですというのが雰囲気で分かりますね。でもシスイさんもこれで手を出す事はないでしょう。彼等はこの国の法律によって罰を受けるでしょうから、そこに私たちが介入する必要はありません。無用な争いを起こせば何かしらの災いが私たちだけではなく村をも襲う可能性がありますからね。
◇
「おや、シスイじゃないか」
「本当だにゃ」
情報収集に出掛けていたシスイさんが帰ってきてから一時間ほどで兄様たちは帰って来ました。直ぐにシスイさんが居ることに気が付いて話しかけました。
「アレクさん、マクスウェルさん、ネイナさん、ご無沙汰しています。今日この街に着きました」
「そうか、皆んな元気にしているか?」
「ええ、問題なく皆幸せそうに暮らしています」
「それは良かった」
兄様と村のことが気になっていたのでしょう。村のことを聞いて安心したように笑顔になりました。その後に紅蓮の華の皆さんも帰って来ました。シスイさんを紹介しないといけないですね。
「おや? また強そうなのが増えているね。このメンツなら国の一個大隊ぐらい簡単に捻り潰せそうだね」
「いやいやリーダー、国の兵と戦わなきゃいけない状況なんて流石にごめんだぞ」
「冗談に決まっているだろう? 全く笑いの分からない奴なんだから」
帰って来るなりシスイさんを見てその実力が分かったのか物騒なことを言うレイラさんとそれに慌てるマグナスさん、冗談だったようですがそうは見えないのがレイラさんの怖いところですね。やはりどこかお母様と似ているところがあります。
「こちらはシスイさんです。私達の仲間で今日到着したそうです」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、エルザ様の知り合いなら私の友人も同じだ。仲良くしましょうね」
シスイさんが紅蓮の華の皆さんに挨拶をするとレイラさんが握手を求めました。シスイさんも嫌がることなくその手を取って握手を交わします。
「はい、エルザ様もお元気でこの間は暇だからと大物を狩って来ていましたよ」
「くう、流石はエルザ様! 早くお伴したい!」
お母様の弟子で早く会いたいと言っていると話しておいたのでシスイさんはお母様の近況をレイラさんに話しました。あまり人と話さないタイプのシスイさんですが友好関係を築こうとしているのでしょう。
それにしてもお母様、狩りなんて兄様たちに任せておけば良いのに、シスイさんが大物と言うぐらいですからどれだけの魔物を狩ったのか……
「ほらほれ、今日はまた腕によりをかけて作ったから食べておくれ」
「はい、頂きます」
◇
「ミレイさん、エデンスの話ですが」
「何かありましたか?」
「いえ、ミレイさんたちが関わったと言う事でネポロ村の事を調べておきましたが移住が始まったようです。特に気にされていた狸人族と狐人族の幼子の二人も村に戻るとか」
「……そうですか、わざわざありがとうございます」
村は完全に再建された訳ではないそうですが村の復興も進んだそうで村人が戻って村の再建を手伝うそうです。予想していたよりも随分と早いですがきっとゼレンさんが手を尽くされたのでしょう。
ポコナちゃんとココロちゃん達も村に帰ることになったんですね。大丈夫でしょうか……
「なんだい、ネポロ村を救ったのもあんた達だったのかい」
ネポロ村と聞いてレイラさんが口を開きました。どうやらネポロ村の事を知っていたようです。上位の冒険者にはその辺の情報も早く伝わるのかもしれません。もしも魔物が襲っていればここにやって来る恐れもある訳ですから。
「襲撃のあった直後で間に合わなかったのですが、捕まった人たちは何とか」
「どんなチカラを持っていても全員を救う事なんて出来ないんだから気にすることはないよ。救われた命があった事を喜ばないと」
私の表情を見て何かを察したのかレイラさんが慰めてくれます。亡くなった方たちの事は残念ですが後悔するよりも生き残った人たちのこれからを考える方が先ですからね。
ヨハンさんとロナさんにもこの国の民を救ってくれてありがとうと言われてしまいました。何だか恥ずかしいです。
「そうだ。レイラさん、ネポロ村には二人の弟子がいるんですよ」
「ほう、もう弟子がいるのかい」
「さっき話しに出て来た狸人族と狐人族の女の子なんですけど才能があって将来は凄い魔法使いになると思うんです」
「そうかいそうかい、流石はエルザ様の娘、幼子を助けて弟子にするなんてやる事が似ているね」
レイラさんは自分がお母様に助けられて弟子になった事に似ていると言い笑顔になりました。そしてもしかしたらそのうちお母様と同じようになって国を相手に大喧嘩でもするんじゃないかと言って笑いました。
そんな縁起でもない、国を相手にするなんて絶対に嫌です。そうなったら直ぐに逃げますからね私は。
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