第1話 プロローグ
大陸の南東部に位置する大国エルドラン王国が誇る王都セルトラム、その都市の中に多くの若者達が学ぶ学園がある。
その名はリーベル学園、エルドラン王国の初代国王によって創設されたこの学園は人種や地位に関わらず学ぶ意思のある子供たちを受け入れて来た。
しかし現在では選民思想を持つ多くの貴族により学園に通う平民の数は激減し、将来国政を担う貴族の子弟たちが様々なことに口を出すようになってしまっていた。
そんな古くから続くこの学園の中庭に多くの学生が集まっている。そして興味深げに噴水がある中心を見つめている。彼等の視線の先には二人の男女の姿がある。
男子学生は金色の髪に整った顔立ちをしており、さらに周りにいる男子学生の着ている制服とは違い豪華な作りの制服を身にまとっている。
女子学生は周りにいる学生と同じ制服を着た黒髪が似合う美しい女性だ。まだ幼さは残っているがやがて美女となることが誰の目にも明らかで独特の雰囲気がある。
男子学生はエルドラン王国の第三王子あるバレイル、次期国王と目される金髪が映える美男子。
女子学生の名はミレイ・フォン・フリーデン。エルドラン王国の貴族、フリーデン伯爵家の令嬢である。
年齢は十四歳、同学年の者達の中で主席を取り続ける知性を持ち、優れた戦闘技能そして恵まれた魔法の素養があり文武に秀でている。
ミレイとバレイルは婚約をしていた。周囲の者から見ればまさにお似合いといった感想を持つに違いない美男美女である。
だが現在二人の間には甘い空気などは流れていない。それどころか険悪な雰囲気が漂っており、バレイルはまるで憎き敵でも見るような目で婚約者であるミレイを睨みつけている。
一方のミレイは冷静そのものといった感じで、バレイルの鋭い視線を受けても動揺した様子はない。
「何かご用でしょうか?」
自分を呼び出したバレイルにミレイは要件を尋ねた。動揺した様子を見せずに淡々と質問をして来たミレイに苛立ったのか忌々しげに舌打ちをするとバレイルは口を開いた。
「お前との婚約は破棄する! この学園からも出て行け!」
バレイルは怒鳴るようにそう言い放った。
それを聞いていた学生たちからは驚きの声が広がる。信じられない事を聞いたといった感じの表情を浮かべる者、まるでこうなる事を望んでいたかのように笑みを浮かべる者など様々。
「……本気で仰っているのですか?」
おかしな雰囲気にも動揺を見せていなかったミレイもバレイルの発言に困惑した表情を浮かべた。そして冗談を言っているのではないかと聞き返した。
「無論本気だ! お前が行ってきた悪事の数々をこの私が知らないとでも思ったのか! 父上にもその旨を伝えるつもりだ」
「……つまり国王陛下の了承は得ていないということですか。この婚約は王家からの申し出、それをご自分の一存だけで破棄するということがどの様なことなのかお分かりになっておられるのですか?」
「私を脅す気か?」
王家と伯爵家によって交わされた正式な婚約、それは当人だけでどうこう出来るものではない。そんな婚約を勝手に破棄したとなれば王子であっても許されることではない。そんな意味を込めた言葉にもバレイルは耳を傾ける様子はない。その姿を見たミレイは表情を曇らせて思わず溜息をもらした。
「私はこの国の王子だ。父上も私の言う事を受け入れて下さるさ」
自分は間違っていないという自信に満ちた表情を浮かべたバレイルはミレイを侮蔑するようや表情を浮かべた。そんな表情を見たミレイは諦めたように表情を暗くしてから目を瞑った。
(どうすれば……バレイル様が意見を変えるとは思えない。伯爵家のことを考えれば……ですが……)
ミレイは思い悩んでいた。
エルドラン王国第三王子であるバレイルとの婚約破棄、そして学園の退学。それを跳ね除けることは容易い。彼の言う悪事など行っていないのだから。しかしこれほどの人が見ている中での発言、もはや隠し通すことは出来ない。つまりこの時点で事実上婚約は破綻しているも同じだった。
目を瞑ったミレイに周囲にいる生徒達は固唾を呑んでその様子を見守る。ある意味で王国の行く末が決まるかもしれないからだ。
「……分かりました。婚約破棄、学園の退学共に受け入れましょう。では学園を出る準備がありますので失礼します」
ミレイはバレイルの妄言を受け入れることを決断した。そして貴族の令嬢らしく丁寧に頭を下げてその場を去って行く。あまりに淡々と話すので怒鳴り声を上げていたバレイルは呆然と立ち尽くし、動揺した様子もなく去っていくミレイの背中を見つめている。
それは周りでその光景を見ていた者たちも同じだった。ミレイは伯爵家の令嬢、王家には及ばぬとはいえ大貴族である。それが何の反論もする事もなくバレイルの言葉を受け入れて去っていった。
まるで何事もなかったかのように。
普通の女性ならば何故なのかと泣き叫ぶところだろう。だがこの状況を見ると捨てられたのはむしろ中庭の中心に一人残るバレイルかのようであった。
ミレイをよく知る者達は口を揃えて言う、思いやりのある優しい女性だと。
しかし心を許している人にしかその本質を見せることがない。それ故に周りにいる者には美しく全てにおいて完璧だが近寄り難く、冷徹な人間に見えてしまっていた。
そのせいもあり学園ではミレイは悪女だと噂され、それを真に受けて勘違いしてしまっている者が多くいた。
そしてミレイを快く思っていなかった者たちの悪意ある噂の数々を聞いたバレイルはミレイが悪女であると思い込み、多くの者が見ている前で婚約破棄を宣言したのである。
去りゆくミレイの姿に学生たちは思う。流石はあのフリーデン伯爵家の令嬢だと。
お読みいただきありがとうございます。文章がおかしい所や矛盾などがある場合は改稿することがあるので御了承ください。他の方の良作の箸休め程度に読んでいただけるとありがたいですm(_ _)m