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妹にリベンジ! 今こそラノベ魂をこの手に

作者: くをん

 暇な時に気楽に読んでいただければハッピーです。

「僕、ライトノベル作家になって帰ってきたよ」

 その我が妹夕のチョッとやんちゃな発言に愕然となったのは他でもない俺だ。

その高畑夕(たかはたゆう)の実の兄でありライトノベル作家を目指して日々精進している他でもない俺だ。その名も高畑(たかはた)一太郎だ。年齢は秘密といきたい所だが、自己紹介しちまった矢先、この際仕方がない。今年で29を過ぎる。つまり29だ。それ以上でもそれ以下でもない。この先に待っている未来は他でもない30の俺だ。生きている限り。

 まあ、そんな事はどうでも良いんだ。いや、ホント。問題点は全くもって不愉快極まりないが妹の(ゆう)がライトノベル作家になって帰ってきたと言う点にある。

自分を僕と言っている時点でどこか頭がラリッてる我が(いと)しの妹夕だが、そんな発言を聞き逃す訳もはずもなく兎にも角にも俺は自分の頭の中で大暴走している思考と言う名のアクセルに急ブレーキをかける。

 一体全体どうやったらこんな展開になるのか? 我が妹夕よ。答えてくれ。

「僕、ライトノベル作家になって帰ってきたよ」

 当たり前だが、答えは同じだった。完全な2度手間にズッコケる俺。因みに今年で29を過ぎる。つまり三十路(みそじ)とやらがもう目の前まで迫ってきているのだ。おーこわ。


 きっかけは妹夕のなんだか良く分からない意味不明なメソポタミア文明に発掘された奇怪な紋章(エンブレム)の様な図画――つまるところ宇宙人にも理解出来ないその頭の中にあった。

「僕、武者修行しに田舎のバーちゃんちに行く」

 始まりも終わりもこのラリラリロリータ妹夕のチョッとやんちゃな発言だった。

 今、思えばこの時に悪足掻(わるあが)きでも何でもいいから必死の抵抗で通行止めしておけば良かった。そんな事を痛感する29の俺。今年で三十路(みそじ)? それはもう良い。

 しかし妹夕は――まだ15になったばかり。当然、俺は愚か家の両親の父母も大反対。おまけに中学生の受験シーズンに入って夏休みも間近だってーのにそんな僕夏的生き方(※僕の夏休み的生き方の略)が許されるとでも思っているのだろうか? それは小学生だけの特権だ。ゆとり教育? 俺は私立高校出身なのでそんなシステム導入されたところで生活スタイルに何の千変万化も起きやしなかった。かえって格差社会は広がるばかりだ。この国の将来が不安になる。

 しかし妹夕にも何か考えがあったらしく――結局バーちゃんちで受験勉強をするのが条件で――最終的に話はまとまった。否、まとまってしまった。

 まさかその頃の俺に妹夕が憧れのラノベ作家になって帰ってくるなどと言う珍事件が待っているとは100%中の100%で予測もせずにいた。誰もがそう思っていた――はず。

 だが、妹夕はその立ちはだかってくる現実と言う名の苦難や壁に怯む事無く、時に挫ける事無く、また泣く事も無く、最終的に負ける事無く自分の初志貫徹をお見事やってのけた。いや、俺流の言い方で言うとやってしまった。

 因みに俺にもライトノベル作家としての意地とプライドがある。それはとあるゲーム会社その名も『明日リード! マスメディアホームズ・ゲームズ』とか言う会社で屈強のライトノベル作家の志願者達が毎年8月に開催される『電々文庫小説新人賞』それも5、6000人は軽く集まるライトノベル作家の卵達―――俺流の言い方で言うとライトノベラー。因みにプロデビューした者の事をライトノベルマスターと呼ぶ――の登竜門である。

 その登竜門でプロのライトノベルマスターを目指すライバル達をあらゆる戦術(タクティクス)と物語の技術(テクニック)と己に宿った運を味方に付けお見事第一次選考を通過したと言う俺の意地とプライド。しかし別の会社とは言えその俺のある意味、いや、あらゆる意味でネームバリューを軽く乗り越えてしまった者が目の前にいた。俺は井の中の蛙だったのか? いや、灯台下暗しとも言える。そんな妹夕に嫉妬しない方がおかしい。それも自分を僕等と言う僕夏的生き方(※僕の夏休み的生き方の略)を満喫して肌を小麦色にしたそれも齢の離れた実の妹に。


「一体全体お前は何をしにバーちゃんちに行ったんだ? 受験勉強とか夏休みの宿題とか他にもやるべき事がいっぱいあったはずだろ?」

 思わず少し長くなった髪の毛をガリガリとかきむしりながら苛立ちと共にアイスキャンディーを噛み砕く。未だに実家に入り浸ってる結婚出来ない男が齢の離れた妹に八つ当たりしている。場所は自室。それも自前のノーパ(ノートパソコンの略)の四角いマウスポジションを人差し指でクルクル回して。こんな(すた)れた世間じゃフリーターも楽じゃない。

 しかし俺の妹夕は平然と答える。俺の嫉妬心すら気付かずに。俺の憧れのライトノベル作家になった、なってしまった妹夕(ゆう)が。つまりはプロ。ライトノベルマスターだ。

「受験勉強? ――あれ? 僕、言わなかったっけ? 宿題はちゃんとやったけど」

「何をだ?」

「僕は高校へは進学しないって」

 ブハ――! 思わずアイスキャンディーを完全に噴き出した俺。言うまでもない事だが無理もない。今時高校へと通わないでこの世間様を渡り歩ける者は数えるほどしかいない。まともな職に就けるはずも無い。何だお前は? それは俺へのあてつけか?

 だが、俺はあくまで冷静さを取り(つくろ)う。ああ、そうさ。これでも俺は大人だ。ガキの戯言(たわごと)にじゃれ合ってる暇は無い。フリーターだけど、妹夕に先を越されてしまったけど、大丈夫だ。何せ俺はこれでも4大卒だからだ。

 だが――なるほど。しかし妹夕の言っている事は理解出来ないでもない。何せライトノベルマスターになったのだから。一応、その道が成功すれば飯を食っていく事は出来る。だがな、世の中そんなに甘くは無いぞ。俺はとにかく言ってやった。

「お前な。今時高校へと通わないでそのライトノベル作家で容易に食っていけると思うなよ。何だっけ? お前が投稿して賞を取ったウェブ掲載されてる小説のタイトル」

「えーと。確か――『ベジータβと俺の意志』」

 ――そう。それが確か妹が初投稿でいきなり集迷社『ホップステップジャンジャンブックス』とか言うどこにこんな会社があるのかとか嘘か誠か疑わずにはいられないマイナー会社の小説新人賞で獲得した小説のタイトル。ハッキリ言ってセンス0。てゆーか、こんなタイトルの小説をリスペクトした集迷社にも問題があると思う。世の中矛盾だらけだ。

 『ベジータβと俺の意志』がウェブ掲載されているその集迷社の『ホップステップジャンジャンブックス』のホームページを開くとそこには輝かしいまでの銅賞――しかも賞金30万円獲得――の2文字とこのクソ忌々しい妹夕の例のタイトル『ベジータβと俺の意志』が綺麗なデザインでレタリングされていた。もちろんその先に待っているのは彼女の文章だ。全くもってうらやましいぜ。しかしな。だがな。これだけは言わせてもらう。俺のラノベ魂をなめるなよ。因みに俺があの『明日リード! マスメディアホームズ・ゲームズ』とか言う会社の『電々文庫小説新人賞』の第一次選考に受かった作品のタイトルは『()れモノ』だ。我ながらナイスなセンスだ。誰でも良いから褒め称えてくれて構わない。

「まあな。この際だからお前の実力は100歩譲って認めよう。実際、集迷社のクソッタレ編集部が勝手気儘の己のセンスとやらに頼って大決定された事実は事実だしな。全く。正直言ってこんな事態に陥ると知っていればその前に俺が殴り込みに行くところだ。――んで? お前、その賞金30万はどうした?」

「えーと。世界平和の為にユ二セフに募金した」

 ブハ――! またもやアイスキャンディーを完全に噴き出した俺。何だ? こいつは?

 今度はノーベル平和賞でも目指すってのか? 欲張りすぎだ。全くもって狙いが訳分からん。意味不明。

「30万全部?」

「30万全部」

 さすがは俺の妹。(ゆう)よ。お前は道理に(かな)った正しい道をその両脚でシッカリと進んでいるよ。だが、出来そこないの兄は悪足掻(わるあが)きを続ける。世の中そんなに甘くはない。それを教える為に出来そこないの兄は悪足掻(わるあが)きを続ける。矛盾だらけのこの社会で。

「もう1度言うがお前、バーちゃんちに何しに行ったの? あんなとんでもないド田舎に。武者修行とか言ってたな? クマと格闘でもしたかったってか? ハハ。笑える―。超ウケる。マジウケる。ジョーダンキツイー」

「あー良く分かったね。僕はホントはクマと格闘したかったんだ。だから武者修行しに行ったんだけど――」

「――ハ? お前、クマ舐めてんの?」

「いや、ホラ。だってさ、よく70越えたおじいちゃんとかがニュースでクマと格闘してこうやって放り投げたとかコメントしてるの見たらさ。血が騒いじゃって」

 そう言いながら妹夕は後ろでんぐり返しの要領で、背中からぐるりと一回転。因みに彼女はスカートを穿いていたのでパンツ丸見え。俺は一応コメントしておくがロリコンでは無い。欲情しなかった。もちろん相手は実の血の繋がった妹夕と言うもんのスゲーアホな存在だと言うのも手伝ったが。

「血が騒いだって、お前は殺意に目覚めたリュウか? それとも豪鬼かなんか? てゆーかお前、やっぱクマ舐めてるわ。そんで?」

 今時、クマと格闘して生きてるおじいちゃんなんてそれこそニュースになるくらいしか出番はない。数えるほどしかいない。弱肉強食の世界。事実は小説よりも奇なり。

「んー。そんでもってあのド田舎のバーちゃんちに行った訳だけど――そこでなんとなく本に目覚めてね。読書に励んだんだ」

ド田舎のバーちゃんちに行ってクマとの格闘を忘れて普通本になんか目覚めるか? てゆーかそれ以前に。

「読書に励むな」

「知ってる? バーちゃんちあの平屋の一戸建てじゃん。メッチャボロいけど。そこには実は膨大な数の古書があるんだ。それ見てたら血が騒いじゃって」

さりげなくシカトされつつも、俺は思う。それなら俺も見た事がある。あの古書の数は確かに異常な程多かった――気がする。一体全体誰があれだけの古書を読み(ふけ)ってたんだ? 芥川龍之介でも一時、停泊してたマイナー伝説でもあったのか?

「だから、夏休みの期間を利用して僕がその古書を全部読み(あさ)ったんだ。そりゃ、クマとの格闘を忘れるほどね」

 答えは目の前にいた。芥川龍之介では無く俺の妹だ。その名は高畑夕(たかはたゆう)。抜群のタイミングなのはいいが、もう遅い。マイナー伝説もここまでくると伝説では無い。

「お前――もしかしてあれだけの数を夏休みの期間だけで全部読破したのか?」

「うん」

 ダイレクトプレーで俺の期待をお見事裏切ってくれた妹夕。驚嘆よりも先にどこかひっそりとした暗闇が俺の心の内側に得体の知れない紋章(エンブレム)として浮かび上がった。ああ、いっそこのまま覚醒(トランス)したいがもう遅い。気分転換に踊ってハッちゃけてみたがもう遅い。

 ――仕方ない。と、言いつつ俺は自前のノーパを駆使して例の妹夕の作品――因みに彼女のペンネームは『U』の一文字。何のひねりも無くアホらしくサルでも思い付く限りなくIQ0の妹夕らしい発想だが、ハッキリ言って何も言えない俺がそこにいた――集迷社の『ホップステップジャンジャンブックス』にウェブ掲載されている奇怪な程精緻にレタリングされた『ベジータβと俺の意志』と言うタイトルをクリックした。何か正直ここまでくるとワンクリック詐欺に騙された方がまだマシな気がするほどこれが夢か(うつつ)か幻かとにかく睡魔に襲いかかってくるバクにでも食われた俺の悪夢であってほしいと切に願う。

 そうして新たなウインドウが開かれると、タイトル『ベジータβと俺の意志』の後にとても愛らしい複数のキャラクター達が自己紹介されてあった。全くもって不愉快だ。そしてこれが現実だった。

 因みに目次には次の様に記載されてある。ついでに俺の補足もシッカリと添えてある。

 主人公――ショウは伝説的格闘家になる為に日本全国津々浦々を旅に出る。(※1どこへ?)しかしそこには幾多数多(いくたあまた)の苦難が待ち受けていた。(※2何があった?)嬉しい事。悲しい事。辛い事。(※3だから何があった?)だが、ショウは夢をあきらめなかった。伝説的格闘家を目指すショウは大好きなベジータβを飲むとその潜在能力(つまりは格闘能力)が飛躍的に伸びると言う特異体質の持ち主でもあった。

 ショウは友達がいなかった。だが、ショウの持っているベジータβは特別な存在でもあった。それはショウの心の内を代弁するつまりは自分の意志を表出するど根性ガエルもビックリのドッペルゲンガ―。声なき声を意志で表出し代弁に変えてそのベジータβはいつも話しかけてくれるのだ。もちろんそれはショウ自身でもあったのだが――そんな毎日にショウが退屈する事は無かった。因みに名前はエンツイオと言った。(※4何で外国人?)

 ショウは言う。

「さあ、行こう。俺達の旅路はまだまだ続くよ。エンツイオ」(※5だからどこへ行くんだ?)

「そうだね。僕等の旅路は果てしなく遠い。がんばろう。ショウ」(※5だからどこへ行くんだ? どこまで行くんだ?)

 こうしてショウの伝説の旅は幕を開ける。(※6キノの旅のパクリか?)

 第12回――集迷社『ホップステップジャンジャンブックス』小説新人賞銅賞部門獲得!

 ――『ベジータβと俺の意志』――

 ――大人気御礼今なら特製オリジナル壁紙無料ダウンロードプレゼント! 好評ウェブ掲載連載中!

 全くもってやるせない。許せない。そう思うとディスプレイ越しに見えるなんか愛らしいキャラクター達も不条理な程、醜く見えてくる。可愛さ余って憎さ100倍。イラストレーターの『人生』さん(これまた珍妙で不条理なネーミングセンスを疑う俺だが)には悪いが、そのイラストが愛らしければ愛らしいほどに俺のどす黒い感情が木霊(こだま)し、比例する。そう。世間様の目は時に恐ろしいほど冷たいのだ。俺の様な境遇に出遭ってしまった人なら特に。『人生』さん。それが人生ですよ。

 しかしそんな人海戦術の人生ゲームに(ふけ)っている場合ではない。それはケースバイケース。遊びは終わりだ。親のすねをかじって30近くまで生きている俺が言うのもなんだが遊びはそろそろ終わりにしたい。こんなクソッタレ小説(※『ベジータβと俺の意志』第12回――集迷社『ホップステップジャンジャンブックス』小説新人賞銅賞部門獲得!)を読んでいる場合ではない。今年で三十路(みそじ)になる親のすねをかじって生きているプータローいや、ニート? いいえ違います。それは言わずもがなフリーターと言うあらゆる職種を自由自在。無限の彼方(かなた)にほふる事が出来る自由業。フリーターと言う世界最高の職業の事だ。自分を誇れ。俺。だからこそこの『U』と『人生』さんがタッグを組んだある意味ミステリーに特化した謎の旅路の結末なんて別に気になりはしない。てゆーか知りたくはない。もしこの世に神様がいるとしたら、俺は迷わず祈祷を捧げるだろう。どうかその結末はバッドエンドでありますように。

 しかし俺はまだ食い下がる。我ながら恐ろしいほどの執念だ。しかし目の前の善人は知ったこっちゃない。心ここにあらず。そして俺は言う。

「こうなったら俺も合宿――いや、武者修行へ行く」

「は――? 何言っちゃってんの? この人。気持ち悪いわ」

 お前に言われたくはない。それはこっちの台詞だ。この男女。そして俺の妹よ。その名は高畑夕(たかはたゆう)。しかし俺の妹は真顔でそのセミロングのストレートヘアを揺らしながら何かの新境地に達したが如く小言を(つぶや)く。

「――そうか。兄貴もやっと目覚めたか。ユニセフに募金する為に。世界平和に貢献する為に。よーし。分かった。僕も全力でサポートするよ」

「その通り。頼むぞ。我が妹夕よ。お前のサポートなくして世界の平和は保てない。そして今度こそ俺はライトノベル作家になる(そしてお前を全力で叩き潰す)」

 相手がこのクソッタレバカ妹夕ではなければ明らかに分かる嘘を吐いて、俺は決意を新たに表明した。実際のところ今の俺の心境はそれこそ殺意に目覚めたリュウかそれとも豪鬼かなんかだったのは言うまでもない。

 まあ、そんな事よりド田舎のバーちゃんちへ、レッツラGO♪


 んでもって長い長い旅路の後――ついに辿り着いた場所は言うまでもなくあのオンボロ平屋の一戸建て。例のバーちゃんちだ。ここまで来るのに数々の艱難辛苦を味わった。時に(くじ)けて泣きそうになった事もあったが、今となっては良い思い出だ。敵とのエンカウントも何度かあったが、今となっては良い思い出だ。モノより思い出プライスレスだ。

 ヒュオオオオオ――何気なく意味もなく寒風が吹き荒ぶ。そんな枯れ葉が舞い散る中で隣りにトトロでもいきなり出現しそうな大自然の田園風景。田んぼや畑。森、山、川。そして遠くには海。それを背景にして口から血を流し全身を切り裂きジャック(途中でエンカウントした敵の1人です)に八つ裂きにされた俺は何度かレベルアップして強くなりつつもやっとこさここまで辿り着いた。第一関門突破だ。全身傷だらけの俺はそろそろレーションやらポーションやら薬草やらせんずやらアレコレ処方薬を身体が欲していたが、立ち弁慶(べんけい)(ごと)くそこでただじっと仁王立(におうだ)ちしていた。あの頃の俺――親のすねをかじって生きていたニート。いや、フリーター(ライトノベル作家志望)――とは正に段違いで強靭(きょうじん)な肉体を手に入れていた。別にそんなもん欲してはいなかったが。

「流浪人よ。どうなさった?」

「おお。ちょうど良かった。そこにいる老婆よ。そなたの宿を一泊お借りしてはいただけまいか? 我の名は――」

「自ら名を名乗るのでない。そなたの汚れた身体を放っておくほど我も非情な(やから)ではない。安心して一泊と言わずにその身体を洗い清めるまで何度でも泊まってゆくが良い。我の名は――」

 てゆーかバーちゃんだった。何だコレ? 紛らわしい真似してんじゃねーよ。


 バーちゃんちは田園風景の広がる広大な敷地のすみの林の中にひっそりとたたずむそれこそ――やーい。おまえんち。おっばけやーしき! とかからかわれそうな迫力満点の――お化け屋敷だった。バガボンドでもビックリ仰天するほどのオンボロお化け屋敷だった。思わずケータイの写メにでも残しておこうかとか思い始めている矢先、その古びた屋敷の玄関口からガタゴトと(きし)んだ(にぶ)い音と共にまたもやバーちゃんがその戸口の引き戸を開けて出てきた。それはそれは遠い昔の話。ここ黄金の国ジパングにて語り継がれた怪談話。イワコデジマの90年代後半から突如出現した女子中高生ガングロマンバギャルも恐怖のあまりルーズソックスを脱いで足を洗い清め、引退宣言してしまう程のド迫力だった。やはり本場は違う。日本サッカー界とその母国イングランドや王国ブラジルとの歴史の差の様なものだ。しかしあの時代。あれほど活躍していた黒ギャル達はどこへ消えたんだ? MK5(マジギレ5秒前)だとかなんだかよく分からない究極のアルティメットメガヒッツした携帯電話の暗号の様な絵文字の象形文字だってたまに世間様のお茶の間にワイドショーとして採り上げられていたのに。てゆーかあれフレンズネットワーク(※俺が勝手につくった造語。詳細に言うと友達同士での情報交換のやり取り。つまり友情の証。それが途切れれば最早、友情は愚か友達ではない。赤の他人になってしまう)でホントにお互いに会話として成り立っていたのか? 理解していたのか? 俺は全くもって意味不明だった。

 んでもってバーちゃんはと言うとやはりと言えばいいのかまるでヤマンバの様な(ナリ)で刃渡り30センチの出刃包丁でも片手に握っていたらヤマンバそのものである。しつこい様だが思わずメガトンベリも泣いて逃げ出すだろう。あーホントにイワコデジマ。

 まーそんな『ホントにあった怖い話』はとりあえず適当に相槌を打って分かったふりをして終わらせてシカトぶっこいて放置プレイで最後の記念として恐怖の心霊映像でも流しながらサッサとエンディングを迎えたい。もうすぐ三十路(みそじ)の俺は躊躇(ちゅうちょ)しなかった。

「ささ。流浪人よ。食事の用意は出来た故、安心してこの『武蔵野健康ランド』に泊まるが良い。ミストサウナもコインランドリーも露天風呂も岩盤浴もマッサージチェアも何もないが兎にも角にも野宿や野営はいかん。この秘境の地では真夜中に野生のオオカミの群れがまるで空腹の(てい)(よそお)ったハイエナの(ごと)く襲いかかって来るからの。命が惜しければ早く中へと入るが良い。遠慮はいらん。今宵は満月だ。オオカミの群れはその月光の明かりと己の鼻を頼りに他の生き物を搾取する。それは人間も例外ではない。我等とて奴等には敵わんのじゃ」

 やたら長い台詞を一息でそれもアドリブで勝手気儘に悠長な事を言ってのける我がオババ。てゆーかそれ。まだ続いてたんかい。さすがの俺でもそれにはついてゆけない。いいかげん()れてきたぜ。それに今時、『武蔵野健康ランド』って――。こんな所じゃ経営自体が成り立たないんじゃ――まあ、これ以上深く追求するのは止そう。別にミストサウナもコインランドリーも露天風呂も岩盤浴もマッサージチェアもその何もかもを期待してた訳じゃないしな。あーやっと一息つける。兎にも角にもなにもかも疲労困憊だ。

まあ、腹が減っては(いくさ)は出来ぬ。これからここで例の数多(あまた)ある古書を読破する為に少しくらい息抜きするのも悪くないか。

 タ〜ララッタタ〜ララ〜♪ (←一応宿泊施設にて休息を取った時のRPG(ロールプレイングゲーム)とかに必ずと言っていいほど挿入される昔懐かしいSE)


 そして――翌朝。

 カコーン。バキ! カコーン。バキ!

「ハア。ハア。ハア」

 なぜか知らんが俺はトマホーク(※かつてインディアンが使っていた手斧の一種。時に投擲(とうてき)して敵に大ダメージを与える事も可能)を片手になぜか知らんが薪割りをしていた。それも早朝に。いや、俺もよく分からないんだけど。なぜか知らんが土木作業をこなしていた。

「ふう。良い汗かいたぜ」

 そりゃそーだ。でも何で?

「流浪人よ。そなたの目的は何だ? この老婆心を(いた)わるならばぜひ聞かせてほしい」

「バーちゃん。それはもういいから」

 俺はトマホークを地面の土にぐさりと突き刺す。ああ、コンクリのないこのド田舎も捨てたもんじゃない。時には都会の喧騒を離れて早朝に薪割りをするのも悪くないな。今もって目的は不明だったが。これも大自然の驚異のなせる(わざ)か。

「全く。せっかちじゃの。それでも仮に私の孫か? 後悔と懺悔と共に失望したわ」

 それはこっちの台詞でもある。後悔と懺悔と共に失望したわ。しかし2人とももう時すでに遅し。これも大自然の驚異のなせる(わざ)か? いいや、愚かな人間の繰り返されるあやまちだ。時に歴史は繰り返される。

「んで――まさかとは思うがそなたも強くなりに来たとかか?」

「あ――いや、俺はその…」

「それともライトノベル作家とやらになりたいのか?」

 絶句する俺。そしてまた始まっていく謎のイベント。ホントなんか色々とすいません。

「な――なぜに、分かった?」

「フン。我がオババを(あなど)るでないよ。小童(こわっぱ)が。あの恐るべきライトノベルマスター妹夕(ゆう)復讐(リベンジ)する為にそなたがやって来た事はその『ラノベフォース』を見れば一目瞭然。一太郎。お前が突き刺したトマホークをもう一度見てみるがよい」

 ――ゴゴゴゴゴ! 何か不確かな不穏な空気が辺りを支配する。近くの草むらで息を潜めていた野兎は跳躍(ちょうやく)し、木の(かげ)に隠れていた(とんび)達はバサバサと危険を察知して逃げおおせた。やがて強風があおって地面に落下していた大量の木の葉は吹き飛び、先程、割っていた(まき)の残骸はカラコロと音を立てて転がってその場に散らばる。

 ――だが、しかしそんな暗黒のダークエナジーを身体で感じつつも俺にはそのトマホークがただの手斧である事に疑問の余地をはさむ事はなかった。

「くそ! 俺にはまだ『ラノベフォース』が足りないってのか?」

 とりあえず場の空気を読んで言ってみた。『ラノベフォース』? そんなもん初耳だ。

「心の眼で見るのじゃ。良いか? よく聞け。流浪人一太郎。この世の中に不可能な事等1つもない。世界中でたった1つ。それを可能にする力がある。それこそ――」

「『ラノベフォース』――か」

「いいや。金じゃ」

 ――シン。いきなり静寂が訪れ、半径10メートルの2人の距離。そんな狭いスペースに潜り込み容赦なく氷河期の到来を告げる。オイオイオイ。ここまできてシラケさせるなよ。何が『ラノべフォース』だ。ふざけやがって。結局、世の中金なのか? 少しはロマンスを見せてくれ。俺はまだ三十路(みそじ)にすら到達していない職業不定のニートなんだぜ?

「じゃあ、その『ラノベフォース』とやらは必要ないな」

「だが、その賞金30万円をかっさらっていったのは誰だ? 他でもないお主の妹夕じゃろ? それとも何か? 名誉や地位は必要でもお金には興味ないそう言う(やから)なのか? お主の本当の力を見せてくれ。今こそラノベ魂をこの手に発揮する時じゃ」

 ――なーるへそ。確かに実の血の繋がったオババ。時々その血縁関係を切断したくなるが、たまには良い事を言う。世の中金。この世界の常識を打ち破る為には『ラノべフォース』と金の両方が必要だ。今さらロマンス? それは二の次にとっておこう。もったいないし。俺はエゴイストではないし。それに30万あれば車の免許だって取れる。他に言う事はないな。あー。後、1つだけ言わせてくれ。やっぱり世の中金なのか? この資本主義社会の腐ったエゴを破砕したい。金は欲しいけどな。何せ俺はもうすぐ三十路(みそじ)に到達してしまう職業不定のニートなんだぜ?

分かった。リョーカイ。いや、こうなったらとことん付き合ってもらうぜ。なんか勇ましく覚悟を決める俺。これで良いのか? いや、ホント。しかしもう後戻りは出来ない。

「バーちゃ――いや、老婆よ。ここで出会ったのも何かの縁。宿を借りたお礼をさせてくれまいか? 我が名は高畑一太郎(たかはたいちたろう)。我が天下無双の雷徒乃辺流(らいとのべりゅう)槍術(そうじゅつ)の使い手――妹夕打倒の為、はたまた打ち勝つ為にその心眼術。『ラノべフォース』を拙者に伝授してはくれまいか?」

あーあ。やっぱり始まっちまった。あーあ。やっちまった。てゆーか雷徒乃辺流(らいとのべりゅう)槍術(そうじゅつ)と『ラノべフォース』の漢字と仮名の使い方。どこか間違ってない? 中途半端に妥協するのは止めてほしい。時代錯誤が(はなは)だしく、バランスも悪くないか? 軽いカルチャーショックに見舞われる。

「――よし。分かった。お主の言う通り。このオババめがみっちりと調教してやろう。途中で妥協するんじゃないよ。報酬は賞金の1割を我の銀行口座窓口に振り込む事。口座番号は――」

 何が――よし。だ? 今さっきとは矛盾している様な真逆の意見だが、これは見逃してほしい。見て見ぬふりを決め込んで欲しい。つまりシカトしてくれて構わない。――もうこの際、何でも良いから妥協してくれ。頼む。

「――だ。それでは修行を再開しよう。まずお主の意見を聞こうではないか。何か質問はあるか? このド腐れニートマスター」

「まず『ラノベフォース』とやらを教えてくれ。このサディスティックなオバタリアン。金の亡者め」

 軽いジャブで侮辱された言葉をクロスカウンターでお見事に合わせる俺。しかし、相手は血縁関係の同じサラブレット。血の繋がった似た者同士。譲れない何かがあった。だからこそ容赦なく会話の直球勝負は続く。フォークもカーブもない。完全なストレートだ。

「そうか――この親のすねをかじって今年で三十路(みそじ)に達する世間のはぐれメタル。よく聞くが良い。『ラノベフォース』はな。本来ならばライトノベル作家にしか見えないある種のオーラの事だ。つまり――」

「何!? つまるところ今の俺にはその『ラノベフォース』を使う事は愚か、見る事もかなわないってーのか? そんなんであの雷徒乃辺流(らいとのべりゅう)槍術(そうじゅつ)の使い手――妹夕(ゆう)にホントに勝てるのかよ? このラーの鏡で初めて本性が暴かれる(ふところ)に毒リンゴを仕舞い込んだ醜い悪鬼め! やる気あんのか?」

「それはこっちの台詞だ。わしは十分すぎるくらいやる気満々。後はお主次第だ。(ふところ)に毒リンゴ? よく分かったな? いっその事一度食べて黄泉(よみ)の国へと旅路に出るか? この三十路(みそじ)のはぐれメタル。逃げるんじゃないよ」

「俺次第――? なるほど。つまり、その『ラノベフォース』が見える…もしくは自由自在に使いこなせるまでこのトマホークに宿った何かを今の俺が免許皆伝で伝授すれば晴れてライトノベルマスターになれるってか。ありがたい話だぜ。ついでにこのトマホーク。投擲(とうてき)して敵に大ダメージを与える事も可能なんだったよな? 投擲(とうてき)して良いか? お前の頭狙って」

何だ? この言葉のキャッチボール。マジハンパない。ゴジラ松井でもイチローでもこの際、アマチュアの野球選手でも誰でも良い。ファンサービスの為でも良い。逆転満塁サヨナラホームランをぶっ放してくれ。世の中、平和が一番だ。

「まあ、とにかく。気を確かに。心の整理がついたら準備が出来たなら改めて話をしよう。良いか? 自分に酔いしれるな。この()れ者めが。遊びは終わりだ。この()れ者めが。『明日リード! マスメディアホームズ・ゲームズ』毎年8月に開催される『電々文庫小説新人賞』第一次選考を通過したこの『()れモノ』めが」

 いや、お前が最初に話ふったんだろ。何、自分勝手にけじめつけてんだ。

しかしそれにしても一体全体どうやってこの俺が、あの『明日リード! マスメディアホームズ・ゲームズ』、もう1度言うが毎年8月に開催される『電々文庫小説新人賞』第一次選考を通過した作品――『()れモノ』――の事を知っている? かなりマニアックな情報なのに。このオババ。ただ者ではない。なんだか色々と2ちゃんねる経由のなんとなく危ない予感がした為、このオババめに今こそトマホークをぶん投げてしまいたい。そんな年頃のもうすぐ三十路(みそじ)の俺がそこにいた。それにしてもライトノベルマスターへの道は果てなく遠い。

「分かった――よし。決心はついた」

 早いな。やたら早い。まだ2、3秒しか経っていないのに。その2、3秒の間何があった? 高畑(たかはた)一太郎。俺よ。ライトノベルマスターへの道は葛藤の連続。そしていばらの道とそれを切り開ける勇気と努力。恋と友情の物語。そして何よりも全国から(つど)うヘタレ軍団達。それこそ性質(たち)の悪いニート予備軍、性質(たち)の悪い一流大学文学部卒のエリート気まぐれ現実逃避軍と言うある種2つの勢力を相手にライバル達を相手にフリーエージェント選手(つまるところ、どフリーな…えーと。良く言えばU‐29社会人選抜)としてセレクションに参加しなければ勝ち目はないってのに。そしてそこには必ずと言っていいほど運も左右する。精々ガンバレ俺。兎にも角にもライトノベルマスターへの道は果てなく遠い。

「そうか。やっと己の内に潜んでいる怪物(モンスター)『覇王アポリア』の存在に気付いたか。そいつはかつてライトノベル作家として活躍した伝説の英雄アポリア=マキシマムだ。もちろんそれはペンネームで本名は謎だが(酷い。酷すぎる。だっせーな。オイ。日本人かよ)腕は確かだ。左右両腕に風神と雷神を潜ませ手書きで原稿を電光石火の如く筆を走らせる(両腕で原稿を書く必要性はあるのか? いや、皆無だ。近代文明が発明したキーボードを叩くなら話は別だが)その姿は正に理性と感情の創造神そのもの。自分を生んでくれた両親に感謝するんだな。青年よ。大志を抱け」

 いや、いやいや。そんなもん初耳でっせ。我がオババ。てゆーか、んな危なそうなもん俺の中に俺の精神の中枢に何勝手に同居してんだ? うちの両親、2人ともそんな存在に気付いていないぜ。ほぼ100%知っていない。今さら打ち明けられても意味不明。あのアホ妹。今となってはライトノベル作家。ライトノベルマスター(ゆう)なら話は180度別だが。まあ、あいつに相談するくらいならご仏前に正座して5時間くらいぶっ続けでお経でも唱えた方がよほど効率が良い。兎にも角にもその――何だっけ? 覇王アホリアだっけ? まあ、別に正式名称なんざ今はどうでもいいや――伝説の英雄だか創造神だかを今すぐ除霊しなければ。誰よりも俺の気が済まない。憧れのライトノベル作家? 正直命の方が惜しい。

「除霊しても無駄じゃ。そいつは貴様の『ラノベフォース』の心髄に宿っている神そのもの。正にOH,MY GOD!」

 地でナレーションに答えるな。ハッキリ言って迷惑だ。何よりも誰よりも困るのは俺1人しかいないのだから。孤独を噛み締める少しだけ結婚適齢期を過ぎたもうすぐ三十路(みそじ)の俺。しかし俺は男だ。何も焦る必要はない。ああ、人生は時にほろにがクッキー。やはりライトノベルマスターへの道は果てなく遠い。

「しかし――だ。その己の内に潜んでいる怪物(モンスター)『覇王アポリア』。それも伝説の英雄アポリア=マキシラムの力を借りれば話は別じゃ。今すぐそいつを解放すれば貴様の『ラノべフォース』は変幻自在。自由自在。無限の虚空の彼方に光る伝説の英雄アポリア=マキシラムになれる。つまりはライトノベルマスター。ライトノベル作家だ」

 いや、ゴメン。意外と近かった。てゆーか、アポリア=マキシマムな。自分から名乗っておいて2回も間違えんなよ。バーさん。もうボケちまったってか。ご愁傷様。これでトマホークを投擲(とうてき)する必要性はなくなった。良かったな俺。未然に殺人事件を防げたんだ。名探偵コナンよりもすごい。江戸川コナンも服部平次も怪盗キッドもまるで出番なし。マイノリティ・リポートもおったまげる俺の執念と言う名の軽いノリ。さすがに精神衛生上、清らかな心で罪なく三十路(みそじ)を迎えたい。そうだな。少し調子に乗ってしまった。この際、罪滅ぼしの為白状しておくが中学の頃、万引きを何回かはしたけど。悪童か? 俺。単なるコソドロ? 上等だ。俺。

「――まあ、とにかくだ。その伝説の英雄。怪物(モンスター)『覇王アポリア』。その名もアポリア=マキシラ…じゃなかった。アポリア=マキシマムってーやらをライトノベル作家の神とやらを俺が解放すれば全ては話が早いってー訳か。んで? その解放の仕方を早速教えてくれ。秘伝の奥義継承。はぐれメタルの書を」

「簡単な事じゃ。クマと戦って生きて帰って来る事。それが唯一の条件」

 どこが簡単なものか。それこそ伝説の英雄。怪物(モンスター)『覇王アポリア』を先に召喚しなければ勝ち目は0に等しい。それにしても全くもってライトノベル作家になるのに無意味な経験値だ。せめてポーション1つくらいは持参していきたい。てゆーか俺ははぐれメタルなんだったよな? 丸腰でも防御力には自信がある。だけど、万が一負けたらそれこそ大量のEXPがそのグリズリーに譲渡されて、レベルが上がってしまうんじゃ…まあ、この際こんな過疎化の進んだ少子化対策の進んでいないド田舎のジーさんバーさんの命の1つや2つくれてやる。俺の命を削ったささやかな仕返しだ。結構、肝がすわってる人達が多そうだし。勝手なイメージだけど。俺は何しにここへ来たんだっけ? なんかもう帰りたくなってきた。ガチで。てゆーか読書はどうした? 読書は? そうだったー。あいたたー。俺はこの辺境の地で読書に励む為にここへ来たんだった。肝心の事を完璧に忘れていた。しかしあくまで俺は執拗なほど冷静沈着だった。なんかもう色んな意味で感覚がマヒしてきた。この調子でいけばそれこそ憧れのライトノベルマスター。ラノベ作家にでもなれるんじゃねーか的勢いで。出来れば金銭感覚にでもマヒした方がマシではあったが。

「てゆーか、バーさん。俺はここへ何しに来たのか? まだ言ってなかったっけ? 実は読書に励む為にここに来たんだ。クマと戦う為にここへ来た訳じゃない。マイライフを献上出来るほど俺はまだ人生経験が足りない」

「フン。そう言うと思っとったわ。致し方ない。読書は全ての作家達の娯楽そのものだからな。今時の若者にとっては読みづらい古書ばかりだが死ぬまで読むが良い。3時間パック。ドリンクバイキング飲み放題付きで1000円じゃ。このオババめのお手製手料理の注文(オーダー)も可。備え付けのインターホンでいつでも待ってるからの」

 なんとかスムーズに事は運び、俺は九死に一生を得た。だがしかしこんなさびれた縄文時代の竪穴式住居を思わせる平屋の一戸建てが突然、漫喫に変化したのだけは見過ごして見なかった事にしておこう。俺の中にあるスタミナゲージも腹の減り具合も少なくなってきた事だしな。とりあえず1000円札を差し出して軽い金銭感覚にマヒしたところで俺はその古書がある目的の地へと向かう事にした。たったそれだけの事なのに何でこんなに疲労困憊なのか? うちのバーちゃんもただ者じゃない。そして時間は有限。タイムリミットは3時間だ。急がねば。


 タラララランララン〜タラララランラランランラン♪ タラララランララン〜タラララランラランランラン♪

 ――さて? 何のBGMでしょう? 答えはCMの後といきたいところだが、即答します。期待に沿えなくてゴメン。久石 嬢の『SUMMER』でした。

 てゆーか俺はラジオ番組のDJでもなんでもないのに何でこんなところでこんな事してるんだろ? ホント、時々自分が分からなくなる。世界は意外に狭い。

 んでもってこのBGMがどーしたって? 仕方ねーな。今、本読んでるのに。めっちゃ古い本読んでるのに。

 単純に持参してきたアイポッドのプレイリストに入ってたから聞いてたんだよ。カローラの宣伝に出てた小野伸二を思い出すぜ。あの頃俺はまだ学生時代のいつ頃だったか? まさか29にもなって実家に入り浸り、そこから縄文人も泣いて喜ぶほどの豪邸につまりはバーちゃんちにあのクソバカアホドジ妹夕の影響を受けて、合宿――いや現代医学書にも載っていない途轍もなく危ない精神病に罹患したある種の天才が己の限界突破を図る為、武者修行と称して引きこもりにやってくるなんざやはり夢にも思わなかった。まあ、その天才は俺なんだから仕方がない。

 ――プルルル。ガチャ。何すか?

 ――えー。あー。あー。えー。終了時間まで残り十分前です。

 ――分かりました。仕方ない。もう一時間延長で。

 ――えー本日は20日なのでお客様感謝デーとなっております故、続けて3時間パックを申し込んでいただければ、半額セールで500円となっております。ぶえっくしょい!

 イオンモールかここは。

 ――じゃあ、分っかりましたー。もう一度、3時間パックでお願いします。あー後、マルゲリータピザ一人前お願いします。

 ――えー本日は20日なのでお客様感謝デーとなっております故、全品半額セールとなっております。ぶえっくしょい!

 だからイオンモールかここは。

 ――じゃあ、なおさらお願いします。あー後、バーちゃん花粉症かなんか? 風邪ひいたとかじゃないよね? 鼻炎に良く効く薬だったら俺の地元のドラッグストアとかで売ってるよ? 今度買ってこようか? 俺にうつされても困るし。

 ――ぶえっくしょい!

 ――OK.イエスと取るぜ。全く。しょうがねーな。これだからド田舎は困るんだよな。大自然も良いけど、夏にはスズメバチとか大量に発生したり、イナゴの大群が出てきたり。春先にはスギ花粉なんてスゲーもんな。まあ、致し方ない。俺にうつされる前に早めに対処――って、ぶえっくしょい! あー遅かったじゃねーか! あーぶえっくしょい!

 ホント。マジで何しに来たんだろ? 『ラノベフォース』? 『覇王アポリア』? 正直んなもんどうでも良くなってきた。いや、マジで。ぶえっくしょい!


 まーこうして色々とすったもんだした挙句――なんか色々とあって無事に帰途につきました。――めでたしめでたし。

なんて言うベタなオチを期待していた俺だが、そんな事挿入する気にもなれず、見事に期待を裏切って裏切られて中途半端にヘタレた俺はその次の日の翌朝――

 カコーン。バキ! カコーン。バキ!

「ハア。ハア。ハア」

 理由はもうよく分かっているが俺はトマホーク(※かつてインディアンが使っていた手斧の一種。時に投擲(とうてき)して敵に大ダメージを与える事も可能)を片手にこの世の乱世の何もかもを超越したブッダの如く薪割りをしていた。それも早朝に。いや、何度も言うが俺はもう昨日の俺じゃないぜ。全てを淘汰(とうた)し理解しながらなぜか知らんが土木作業をこなしていた。

「ふう。良い汗かいたぜ」

 そりゃそーだ。でも何で?

「青年よ。大志を抱け。ぶえっくしょい!」

 昨日と同じ事を言うオババ。ボケは進行している様だ。花粉症はもう良いのか? いや、ご老体は免疫力が弱い。ここはそっとしておこう。

「ぶえっくしょい!」

 ――と、こちらは俺。ゴメン。俺もまだまだ修行が足りん様だ。もうすぐで三十路(みそじ)だが、それは関係ないか。

「ふえっ、ふえっ…」

 双方ともいきなりカタパルトの射出準備OK.レールガンを撃つ為にアウターへイヴンは必ず浮上する。その前に物理サーバールームへと侵入し速やかにG.Wを破壊せねば、この先のサンズ・オブ・パトリオットの優先権限はリキッドに残されたままになってしまう――って、何言ってんだ? 俺は。まるでデススターだな。

そしてその第2陣来たるべき時が来るか!? 5、4、3、2、1――ザ・世界が仰天!

「ふえ――青年よ大志を抱け」「ぶえっくしょい!」

 オババはギリギリセーフ。俺はリキッド率いるアウターへイブン。愛国者達から奪ったアーセナルギア級を改造した戦艦から露出したレールガンをお見事ぶっ放した。いやぶっ放された? あれが裸の核兵器――って、だから何言ってんだ? 俺は。この際、どちらでもいいや。

ふうーなんか疲れるぜ。こっちの身にもなれってんだ。ボケは相変わらず進行しているが。もうそこら辺はカミングアウトしない。

「さて――言うまでもない様だがもう準備は出来てる様だの。そのトマホークをもう一度見てみるのじゃ。心の眼でな。そなたにはその資格がある。打倒! 森のくまさん」

 なんか必要以上に余計なボケを発した目の前にいる実の血の繋がった俺のバーさんもなかなかノリが良い。いやこれ褒めてるんだよ。キレてなーい。

「マジでもう俺には『ラノベフォース』が己の内に秘められた自我――『覇王アポリア』を解放する力があるってか? バーさん」

 何気なく途方もなく当て所もなく大根役者も真似出来ない棒読みで俺は言ってみた。自分から褒めた手前――もう後戻りは出来ない。時に厳しくも人生楽あれば苦あり。たまにはツッコミよりもノリに乗ってみると言うのもまた1つの作戦(タクティクス)だ。

「さあな。己の内に秘められた自我――『覇王アポリア』を解放したいと願えば、何かが起こるかもしれん。万に一つの可能性に懸けるんじゃ。それもまた1つの作戦(タクティクス)じゃ」

 だから地でナレーションに答えるなっての。恥ずかしいじゃねーか。理解能力0だな。

 あーそうか。てゆーかボケてるんだから当たり前か。当然と言えば当然か。必然と言う名の運命の螺旋か。渡る世間は鬼ばかりか。人生バラ色か。仏の顔も3度まで――いや、もういい。こんなんだからあの妹夕に先を越されちまうんだ。これから追い抜くけどな。俺はかなり真剣だった。マジでガチだった。そして俺の目の前にいるバーちゃんのボケは進行中だ。かなり末期に近い。実際のところ、どうなってるんだ? バーちゃん。気付いてるならこの俺の声に答えてくれ。

「もう一度言う。己の心眼で見るのじゃ。ぶえっくしょい!」

 オイオイ。答えろよ。空気読めよ。期待を裏切るな。シカトするな。くしゃみをするな。とりあえず花粉症よ。治れ。この一帯にある大自然のスギ花粉よ。少しは自重しろ。肝心な時にホント上手くいかねーな。世の中の構図は謎ばかりだ。ミステリーだ。それも1つの作戦(タクティクス)か? 1度その頭を解剖して脳の回路。神経伝達物質を弄り回してみたい。それこそ何かが起こるかもしれない。だが、問題はそこじゃない。

 ボケてるのかホントなのか嘘か誠か真実を握ってるのか? 性質(たち)悪すぎだろ。所詮この世は弱肉強食なのか? いや、まるでパルプンテだ。これは。油断は禁物。俺のバーちゃんパルプンテ。しかし訳分からないが話を進めよう。訳分からないまま話は進む。よし。気合入ってきた。己の内に潜む心眼だな。いっけー俺。

そしてゆっくりと目をつむる。もちろんそのまぶたの方角は以前、トマホークに向けられたまま。そして――

「な、なんだ? これは」

「フフ。見えたかい?」

 己の闇に宿ったモノ――何か奇怪な文字が浮かび上がってきた。デスノート効果みたいに。

「これが――『ラノベフォース』?」

 しかし実際のところ意味不明なままだ。この浮上した文字の群れの正体と『ラノベフォース』のどこに関係性があるのか? 今一それを見い出せない俺がそこにいた。ふあーあ。あくびが出る。

「笑っている場合じゃないぞ。小童(こわっぱ)

 別に笑っていない。てゆーか全然笑っていない。むしろ、流浪人から小童(こわっぱ)に格下げされて多少の苛立ちと共にまた睡魔が襲ってくる。あーぶえっくしょい! 花粉症も絶好調だ。バガボンドも楽じゃない。俺はここへ何しに来たんだっけ?

「もう一度見るんじゃ。己の心眼で見るんじゃ。(しか)らば何か――」

「見たよ! 何回も同じ台詞吐いてんじゃねえ! せっかくここまで来たんだ。収穫無しで疲労困憊したくねえだろ? お互い。んで――? このヘンテコなインダス文明にでも開発された奇怪な文字の群列の正体は?」

 この際だから聞いてみた。別に興味は9割以上もなかったが。仮にこれがデスノート効果だったとしたら危なすぎて俺は自分一人の力でボイコットしてみせる。それなりに自信はあった。我ながら臆病風の根性なしだが残念ながらそれが俺だ。孤独な一匹狼も楽じゃない。早く家に帰りたい。それにしても昨日のマルゲリータピザは美味かった。

「――そう。それが」

 ゴクリ。思わず喉を鳴らす俺。結構ここ重要なポイントよ。クライマックスとまではいかないが。それは物語の終盤にとっておこう。いきなりラノベ魂に火が点いた俺。ミステリー好きなら誰もが味わう至福の時。この雰囲気。いい感じだ。俺の体感温度も少しずつ上がってきた。期待を裏切るなよ。バーさん。

「そう。それがいわゆる――『ラノべフォース』じゃ!」

「――!」

 いや、もう知ってるから。何回も言ってるから。理解しまくってるから。明らかにボケ進行してるから。何度手間だよ。オイ。なんか急に泣きたくなってきた。花粉症のせいだと思いたい。

 見事に期待を裏切られた俺はある意味絶句した。体感温度は急激に下がり、暴れん坊将軍並みの俺のラノベ魂は一時のねずみ花火の如く鎮火(ちんか)した。冒涜(ぼうとく)された俺のミステリーを返せ。俺は何しにここへ来たんだっけ? 妹夕よ。お前はここで何を学んだ? 今からでも遅くはない。俺のこの想いが届いてるなら答えてくれ。その返答次第では帰途に着く。

 その頃、俺の実家にいる妹夕はというと。

「ぶえっくしょい! フ。誰かが僕の噂をしている。それともあー花粉症にでもなったかな? それにしてもせっかくラノベ作家になったんだ。バイクの免許でも取って海山川を走りたい。幾千もの時を過ごしたい。『時をかける少女』になりたい。僕には――待ってられない未来がある」

 新たな境地を勝手に開拓していた。人とはそういう生き物だ。


 ここから先は生きてても死んでても地獄だ。こんなing形でボケてるバーさんを相手にしている暇などない。ああ、そうさ。昨日のマルゲリータピザは美味かった。それがどうした? 俺のボルテージは意図も容易く上がっていく。

「な、何じゃと!? このオババめの特製スカウタ―が粉砕した!? お主! まさか!」

 いつの間にか目の前にいるバーさんは何やらオリジナルのスカウタ―を装備していた模様。んなもんどうやって開発した? この世にサイヤ人はいないぜ。いるのはing形でボケて破砕されたスカウタ―を装備したバーさんとダメンズの俺。それだけだ。後、猫一匹でもいりゃ少しはマシかもしれないが。妹夕? あんな奴がここに追加発注されたらそれこそ世界最後の日が来る。ラストオーダーは慎重に。

「一体何がどうしたってんだ?」

 最早、事態の収拾も容易に片付かないと思った俺はこの際だから聞いてみた。色々とツッコミどころが満載だったのは言うまでもないが。

「――ま…まさかお主、あの伝説の血族『ライトノベリスタ』の1人!?」

 ピカッ! バリバリ! ドドーン! ゴロゴロ――なぜか知らんが瞬間、雷鳴が(とどろ)く。こんな早朝だってのに。因みに今朝の天気は快晴。奇妙奇天烈な演出してんじゃねーよ。

 『ライトノベリスタ』? 新たな単語の登場。何だそれ? 初耳だ。

 この世にサイヤ人はいない。それと同じ様にいるのはing形でボケて破砕されたスカウタ―を装備したバーさんとダメンズの俺。それだけだ。後、犬一匹でもいりゃ少しはマシかもしれないが。妹夕? あんな奴がここに追加発注されたらそれこそ人類に明日はない。ラストオーダーは慎重に。

これまた厄介事が増殖した。やたら疲労がたまる。お願いだから徒労に終わるなよ。人生の無駄遣いはしたくない。俺が望んでいるのはドーハの悲劇ではなくジョホールバルの歓喜だ。あの感動をもう1度。

「――フ。フフフ。まさかわしの(まなこ)が黒いうちに伝説の『ライトノベリスタ』を拝む事が出来ようとは…まだまだ長生きはしてみるもんだのう」

 独りごちるオババ。喜びを噛みしめてるところ恐縮だが俺はそろそろ詰問(きつもん)を開始する。

「『ライトノベリスタ』? ――それって何かすごいのか?」

「言うまでもない。『ライトノベリスタ』はあらゆる言語を瞬間的な閃きに任せてイマジネーションブレイクさせる。いわばライトノベル作家、その神の申し子。貴様、確か世界最強の戦士になる為にここに武者修行しにやって来たんだったな。打倒! 森のくまさん」

 んな事一言も言っていない。俺はグラップラー刃牙か。範馬勇次郎でもクマと戦うのはそんなに容易な話ではない。世界は広いがここは日本だ。まず国内最強を目指さなければ世界への扉は開かれない。それこそ永遠に。

「そうだ。俺は世界最強の戦士になる為にここまでやって来た。さすがは血の繋がった老婆。(ごう)とは正に摩訶不思議也。人の(えにし)の実に深き事よ。いざ解き放たれん。打倒! 森のくまさん」

 だからこそ俺は話を合わせる。多少脱線しても特に問題はない――はずだ。たぶん。いや、てゆーかそうであってくれ。お願いだから。

「ではこの先にある山道を2里程歩いて奥まで進んで行くが良い。そこに答えが待っている。自らの眼力で確かめるんじゃ。伝説の『ライトノベリスタ』よ。世界最強の戦士への道はそんな容易ではないぞ」

 んなこた夜空の彼方に薄ら光る月の欠片を見つけるくらい容易に分かる。何だこれ。このまま帰って良いか? 3割ほどマジなんだが。『本気』と書いてマジなんだが。

 兎にも角にもそこへ向かうしか選択肢はないみたいだ。まあ、適当にご持参したアイポッドでも聞きながら軽く散歩でもするか。

 あくまでも俺は楽観的だった。だからこれから起こる恐るべき出来事を予想する事等完全にパーフェクトに皆無だった。


 山道を歩いていく事、約2時間が経過した。もう2里なんて軽くシーンスキップして跳ね飛ばせるくらい歩いたってーのにしかし何も起こらなかった。

「チッ! クソ! 俺は伝説の血族『ライトノベリスタ』の1人じゃなかったってか!? このままじゃ一生を費やしてもあの最凶最悪の雷徒乃辺流(らいとのべりゅう)槍術(そうじゅつ)の使い手――ライトノベルマスター。正真正銘俺の実の妹。――その名は高畑夕(たかはたゆう)に勝てないってか!? 俺は奴を追い越せないってか!?」

等と半ば強引にそれこそ真剣に勝手気儘にほとんど悪足掻(わるあが)きに近いやけくそ気味に独白の台詞を声にして吐き出すもうすぐ三十路(みそじ)の俺。どんだけ暇人? しかし自暴自棄に(おちい)ってるのも束の間、アイポッドのイヤホンで耳を(ふさ)いでいた鼓膜(こまく)(かす)かに何かの振動を感知した。ガサゴソと、それは20メートルくらい先にあった森の茂み、草木の生い茂ってるところから確かに聞こえた。実際、その辺りの草木が風になぶられる事もなく不自然に揺れている。

「何だ? トトロでも現れたってか? ハハ。冗談キツイー。出来れば猫バスに乗ってこのまま実家に帰省したい―」

等と、さらなる独白に挑戦する俺。俺は何を目指しているのか? しかしこれはある意味、冗談なんかではなかった。本気と書いてマジで。てゆーかトトロと出逢った方が絶対にマシだった。それこそ本気と書いてマジで。猫バスを呼んで今すぐ帰省した方が絶対にマシだった。しつこい様だが本気と書いてマジで。

 目の前に出現したのは――体長2メートルを超えた全知全能の神が何かの拍子で創り間違えたんじゃねーか的勢いのグリズリーが一体。グルルル――と、喉を鳴らしている。それこそ全知全能の神が逃げ出すほどの大きさだ。

 今さら神に祈祷など出来ない。神は逃亡した。アイポッドのイヤホンから聞こえてくるお気に入りのプレイリストからはSomething elseの『ラストチャンス』が流れている。ウォウォウォウ♪

「イェイェ――♪ って、オイ! マジやべーじゃん! 何だあれ! 明らかに人外の生物出現! UMA(未確認生物)か!? ビッグフットか!?」

 知らない間に電車は動き出してた何て夢オチが待っていれば良いものを、その目の前にいるUMA(未確認生物)、もうこの際だからビッグフットと言う事にしておこう――は明らかに仲間になりたそうにこちらを見ている訳じゃなかった。敵意むき出しで、見てんじゃねーよ的勢いでこちらをガン見していた。身体中から殺意がみなぎっている。

 人生プラス思考が大事。だが、これはプラス思考云々じゃない。理屈では理解出来ない極限バトルだ。生きるか死ぬかの弱肉強食の世界だ。この九死に一生の出来事(もう知っての通りここに来てから2度目の体験)を乗り切るには一体全体どうしたら…いや、もうここまきたらカミングアウト。ぶっちゃけよう。必要なのは――そう。『ラノべフォース』だ!

 ――シン。その刹那、真空管が破裂する直前の静寂が辺りを満たす。ゴメン。やっぱ勝てそうにないわ。だって相手は森のくまさんだもん。都会育ちの俺とは違って過酷な大自然の食物連鎖の中で生きてきたそれこそ百戦錬磨の屈強の森のくまさんだもん。

 でも何だってーの。このタイミングで森のくまさんとエンカウントするなんて。白い貝殻の小さなイヤリングなんて落としてねーぞ。運が悪い。

 ――そうなると、あのババア。ハメやがったな。これで死後の世界の旅路が整ったら、黄泉の国へと道連れにしてやる。そんなこの世の何もかもを自らの沸騰した邪念で満たしていくと俺は自ら目を閉じ、精神を集中する。(わら)にもすがる気持ちで。今こそ解き放たれん。我が『ラノベフォース』――!

 するとやはり奇怪な現象が起きた。目はつぶっているはずなのに明らかに文字が浮かび上がってきた。いくつもの意味不明瞭な単語だったが。しかしこれからどうすれば森のくまさんに太刀打ち出来るのか? 皆目見当がつかない。歌って踊ればなんとかなるものなのか? 皆目見当がつかない。果たして目の前にいる森のくまさんを撃退したとして、あの憧れのライトノベルマスター、ライトノベル作家になれるのか? 皆目見当がつかない。

 そんな折、俺はある事に思い至った。さっきから腰の辺りがやけに重いと思ったら例の薪割りに使っていたトマホークを持参していたではないか。すっかり忘れていた。薬草やポーションの様に1度ダメージを受けたら回復すると言う2度目のマイライフをエンジョイするチャンスはないが、致命傷を受ける前にこの心強い武器(ウェポン)で今、目の前で明らかに俺に敵愾心(てきがいしん)剥き出しなオーラを放っている森のくまさんを牽制する事が出来るかもしれない。

 そう――この世の中に不可能な事等何もないのだ。可能性は常に0ではない。なんかカッコいい事言った。なかなかデキる。まだまだ俺も捨てたもんじゃない。

 ――等と、愉悦(ゆえつ)に浸っているのも束の間。目の前にいる森のくまさんは白い貝殻の小さなイヤリングをその分厚くゴツすぎる手でこの俺に渡すべくはずもなくもんのすごいスピードでいきなり突進してきた。お礼に一緒に歌いましょう♪ ――なんて死んでも言えない。てゆーか、んな暇ない。その刹那――俺はある事を思い出していた。

 それはあの実の血の繋がったオババとの回想。それも『ライトノベリスタ』たる者の(おきて)


「――良いか? 我が一族の優秀な『ライトノベリスタ』よ。もし森のくまさんとエンカウントしたら迷わずそのトマホークにむかって目をつぶるのじゃ。さすれば必ず奇怪な文字がいくつか生まれるじゃろう。そしてその文字の解読に成功した時、道は開かれる」

 因みに俺はそれに頷きつつも今宵もあの例の漫喫での時間でどうくつろぐかについて思い悩んでいたのは言うまでもない。またマルゲリータピザを注文するのは言うまでもない。仕方のない事ではあったがあれは絶品だった。だからこそ俺はその話に何気なく耳を傾きつつも、7、8割方聞いていなかった。だが2、3割気になる点――と言うか聞かなければ納得のいかない箇所があった。

「文字の解読は――一体どうすれば解ける? ヒントはないのか? ヒントは」

「――フン。なかなか鋭いところを突くではないか。さすが我がオババの神聖なる孫よ。ヒントか――そうじゃのう。強いて挙げればお主がライトノベル作家を目指していると言う点にある。つまり、ストーリーテラーとしての本領を発揮するのじゃ。それくらいかの」


「ストーリーテラーとしての本領を発揮する?」

 最早、2メートルくらいの眼前には森のくまさんの何もかもを切り裂く(やいば)の様な爪が伸びているにもかかわらず、俺は独り言をまるで暗唱する様にブツブツと呟いていた。その刹那、約2秒半――そして思い立ったが吉日。ついに俺はその本当の意味をこのドサクサに紛れて解き明かした。

 このトマホークから連想されるモノ。連想ゲーム。そしてそれはどこか物語に似ている。

 ストーリーテラーとは本来、小説家や作家が巧みな話を創作して人々を魅了する点にある。つまりそれは物語を構築する事。

 俺がいや、俺の妹夕(ゆう)がこのハンパないド田舎にそれこそグリズリーが街中で人間を怖がりもせずにランダムでうろついているそんなド田舎に僕夏的夏合宿(※僕の夏休み的夏合宿の略)をしてライトノベル作家になったのは単なる偶然だけじゃない。

 偶然から生まれた必然。そしてこの謎の能力――『ラノベフォース』に俺の中に眠っている怪物(モンスター)『覇王アポリア』に伝説の英雄アポリア=マキシマムに血統書付きの『ライトノベリスタ』に、ああややこしい。とにかくそれら全部――の正体。それは――

 ――想像力&創造力――

 そしてそれを好きか嫌いかで決まる。あのアホバカドジ最終学歴中卒夕が意図も容易くライトノベル作家になれたのはそのイマジネーション能力もさることながら、純粋に物語にどこか憧れに似た憧憬(どうけい)を抱いていたから。つまり小説がライトノベルであれ古書であれ好きだったからに他ならない。

 あのある意味究極の天才――妹夕が1度興味を抱いたモノを手放さない途方もなく呆れた頑固者である事はこの実の兄である俺、高畑(たかはた)一太郎が百も承知だ。つまり俺と妹夕の共通してる点はたった1つ――

 人生を生きていると言う事。そしてそれは物語を生きている事に他ならない。

 ――事実は小説よりも奇なり。だけど、その現実を(かて)にしないとストーリーテラーとしての素質は育たない。0に等しい。

 『ラノベフォース』も。

 俺の中に眠っている怪物(モンスター)『覇王アポリア』。伝説の英雄アポリア=マキシマムも。

 血統書付きの『ライトノベリスタ』も。

 だとしたらもう答えは出ている。全てはここで(つちか)われた。ある意味この武者修行の旅は無意味じゃなかった。偶然にしろ、必然にしろ。

 全ての始まりは妹夕の一言で始まった。

 ――僕、ライトノベル作家になって帰ってきたよ――

 血が騒ぐとはこの事を言うのか? 俺と妹夕はある人物の掌の上で踊らされていた。いや、自ら踊りに来たと言う事になるのか?

 よく思い出してみよう。何、単純な事さ。あの時、ある人物はその証拠を裏付ける発言をしていたではないか。

 ――ま…まさかお主、あの伝説の血族『ライトノベリスタ』の1人!?

 そしてこうも言っていた。

 ――我が一族の優秀な『ライトノベリスタ』よ。

 真実はどこまでいっても1つきり。そう。犯人はたった1人だけ。答えは我が偉大なる家系の長老――オババ。だが、『ライトノベリスタ』は1人等とは誰も言っていない。

 あの伝説の血族とは――恥ずかしい事に俺の家系の事だ。恥ずかしい事にこれまでのあの武者修行の全ての演技が俺達一族の『ライトノベリスタ』としての素質を証明している。全て辻褄が合う。オババのあの胡散臭すぎる演技は素ではなくわざとやっていたのだ。俺もそして妹夕もオババは自分の家にいずれ来るだろう事を予知していた。全てを知っていた。我が家系。そのDNAが教えていた。血は争えなかった。オババも血が騒いだ。あの100年間は歴史があるかと思われた漫喫が異様なまでに居心地&造りが良かったのはかつて俺のご先祖様から代々伝わる『ライトノベリスタ』としての伝統が実際に受け継がれていたからに他ならない。伝説の血族――『ライトノベリスタ』は本当にあったのだ。

 たぶん――と、言うか絶対に妹夕も俺と同じ境遇に(おちい)ったはずだ。どうりでいきなりライトノベル作家に目覚めたはずだ。俺もそして妹夕もあの100年は歴史があるんじゃねーか的オンボロ『武蔵野健康ランド』で同じ時を過ごし、その漫喫の3時間パックで2回延長し、古書に読み(ふけ)りながらも絶品のマルゲリータピザをほおばっていたに違いない。

 しかし妹夕は果たしてその自分の素質に気付いているのか? 今の俺が気付いた様に。うちの家系が代々『ライトノベリスタ』として裏の黒魔術歴史で活躍していたと言う謎伝説に――。あのボケカス妹(中卒)(ゆう)のDNAがそこまで導いたのは言うまでもない事だ。全くありがた迷惑なDNAだ。純血の『ライトノベリスタ』? だから何だ?

 しかしそれにうちの両親が嫉妬しない訳がない。そう。何もあの妹夕に嫉妬していたのは俺だけじゃなかった。全く別の意味合いだがうちの両親は健全な中年夫婦だ。『ライトノベリスタ』としての血は受け継がれてもそのDNAはつまりは才能は開花しなかったのだ。

 我が偉大なる『ライトノベリスタ』としての素質が生まれなければ我等の家系に意味はない。クズに等しい――等とはそんな事は世間の世の中じゃ誰も思っていないが(てゆーか、んなマイナー伝説興味ないだろ。それ以前に知らないだろ。明らか知名度低いだろ。社会人は色々と忙しいのだ。んな暇ない)うちの家系図にその名前が載る以上――我が父母のプライドはズタボロに破砕された。だからこそ僕夏的生き方(※僕の夏休み的生き方)をする(ゆう)があの何もかもを知っているオババの古民家へ行くのに大反対したのだ。純粋にライトノベル作家を目指している俺とは少し違う理由で。しかし彼女のDNAはそれを許さなかった。俺も、そして両親のDNAもそんなめっちゃ狭い領域(テリトリー)でそれぞれが勝手な理由で争っていた。何か虚しくて切ない。初恋の味――カルピス。ゴメン。なんとなく言いたかっただけだ。それは今は置いといて。

 両親は――復讐を。

 俺は――単純なライバル意識を。もしくは嫉妬を。

 妹夕は――そう言えば、分からない。なぜ(ゆう)はいきなり武者修行などと言い出したのか? あーそうか。クマと格闘したかったんだっけ? ますます意味分かんねえ。てゆーか妹夕にケンカを売られるクマもクマだな。かわいそうに。てゆーかクマに失礼だ。

 これも運命か。等と愉悦に浸っているだけの俺じゃない。俺は『ライトノベリスタ』だ。

 実際、妹夕はライトノベル作家になった。彼女は正真正銘の『ライトノベリスタ』だ。

 だとしたら俺が、全てを知ってしまった今の俺がすべき事は何だ? もうすぐ三十路(みそじ)なのにこんな事やってていいのか? は、これまたとりあえず置いといて。いや、良くねーだろ。と言うもう1人のドッペルゲンガ―の俺は封印して。さて、何から始めようか? 俺の命のタイムリミットもそろそろヤバイ。眼前には森のくまさんの軽い右フックが炸裂してくる。

「バーさん。やってくれるぜ」

 俺は右手にトマホークを構え、相変わらず目を閉じたまま。しかし、その真っ暗な視界には鮮明に黄河文明も呆れるほどの難解な奇怪な文字群がただひたすら浮かび上がっていた。しかし今の俺に不可能はない。

 俺は一触即発でその真っ暗闇の中に精神を集中するとストーリーテラーとしての本領を発揮した。本来ならばレッドカードで一発退場もんの禁断の手。しかし、今は躊躇(ちゅうちょ)しない。躊躇(ためら)ってる場合じゃない。何せ相手は山を師と仰ぐモノホンの怪物(フェノメノ)。生か死か。カッコいい言い方で言うと、DEAD OR ALIVE.

 インダス文明にでも開発されたんじゃねーか的、そのある種の暗号を羅列した文字群は相変わらず意味不明なままだったが俺は俺なりのやりかたでそれを解読してみせる。なんか最近調子良いな俺。カッコいい事言った。しかし何も起こらなかった。だとしたらこれから奇跡を起こしてみせよう。希望を失ってはいけない。

「俺は『ライトノベリスタ』だ! かかってきやがれ! 森のくまさん!」

 その声が森のくまさんに届いたかどうかは別として、俺は自分の眼前に広がっている光景をイマジネーション能力をフルで活かし、解読する。目は言うまでもなく閉じたまま。

 奇怪な文字群の正体――。それは、俺の想像力が生み出した魂の幻。言ってみりゃ『ラノべフォース』。そう。初めからこの謎めいた文字群に意味なんてなかった。宇宙人がUFOに乗って2秒でミステリーサークルを創作するみたいに。あるいは人間が。しかしそこに何らかのメッセージを残す。これから俺が今この瞬間に。それは閃きと言う悪魔の(トラップ)。人は何もないところから必ずそこに意味を見い出そうとする。そういう生き物だ。ストーリーテラーはそこから生まれた。

 『ライトノベリスタ』はその究極の形。生きている限り、なおさら物語を欲する。要求する。食っていく。フィクションとノンフィクション。その両方を(かて)にして。それが俺が目指しているもの。ライトノベルマスター。ライトノベル作家だ。もちろん印税も欲しい。

 そしてここから俺は物語を創作する。意味なんてない。感情や理屈をこねくり回して自ら手にしているトマホークにあらゆる紋章を刻み込む。意味のない紋章に俺が生きている証を刻み込む。人生経験はまだまだ浅いが大丈夫。『ライトノベリスタ』の家系――俺のDNAならいけるはず。自信過剰なくらいがちょうど良い。もうすぐ三十路(みそじ)だしな。

 エジプト文明も泣いて逃げ出すほどの例の奇怪な文字群――紋章の解読。そして想像力&創造力をフルカスタムチューンナップしてトマホークに極限の精神状態で注ぐと、そのトマホークはこれまでにないやたら輝かしい眩しい光を放ち、その瞬間俺の目の前に凶器とも狂気とも取れる山を師と仰ぐモノホンの怪物(フェノメノ)。森のくまさんの動きがピタッと止まった。俺の眼前に迫っていたその強烈な右腕もわずか爪の先が前髪をかすめる程度で終わった。危なかった。心臓は脈打ち、血管の中で滝の様に流れる血も思わず逆流するかと思った。九死に一生を得た。ここに来て3度目。そろそろこの過疎化したド田舎のジーさんバーさん達の命の大切さを本気で心配になってきた。そんな気持ちが理解出来なくもない俺がここにいた。憧れの理想郷に余生を過ごすのも悪くないが、モンスターと同居するこの地でランダムエンカウントする可能性が高いなら、粋な江戸っ子。都会で生まれ都会で育ち、都会で大往生を遂げるのも1つの手だ。だが、俺はまだ三十路(みそじ)にすらなっていない。まだそれを考えるのは早い。俺はまだ若い。そして俺は東京都民。現在武者修行中。

「バーさん。やってくれるぜ」

 2度も同じ台詞を吐いたのに意味はない。この際、ドロップアウトして聞かなかった事にしてくれ。お願いだから。知らぬが仏。しかし眼前には森のくまさんの右腕が残り0コンマ2秒で止まっていた。最早、余裕とか武者修行とかもうすぐ三十路(みそじ)の俺とかダーウィンの進化論とか中国4000年の歴史とか1歩前進2歩後退とかもうすぐ三十路(みそじ)の俺とか言っている場合ではなくタイムリミットは残り0コンマ2秒。森のくまさんの右腕は勝手気儘にはぐれメタルの俺をやってらんねーほど強烈に会心&痛恨の一撃で襲撃していた。まるで容赦がなかった。もうここまできたらとにかくまたもや知らぬが仏。蛇に睨まれた蛙。よし。分かった。ここからが俺の物語。俺は『ライトノベリスタ』。何だか勇気がわいてきた。我が家系の伝統。(いにしえ)から代々伝わってきたDNAが(うず)く。悪足掻(わるあが)き? 窮鼠猫(きゅうそねこ)を噛む? 縁の下の力持ち? 何とでも言え。答えはその全てだ。今俺の右手には神のトマホークが光り、輝きを解き放った。

 ――森のくまさん VS 『ライトノベリスタ』=俺――

 所詮この世は弱肉強食か、それともペンは剣よりも強しか。今こそ、その真価が問われる時!

「ガオオオ!」容赦なく雄叫びを上げる森のくまさん。

「うおわああああ!」容赦なく雄叫びを上げる俺。

 先程の光り輝くトマホークに目が慣れたのか、今の俺にも森のくまさんにも全くもって遠慮と言うものを知らなかった。やたらアグレッシブだった。世の中にはこんな事もあるのか。てゆーかホントにくまと戦ってるよ。俺。妹夕よ。うらやましいか?

 しかし先制攻撃を遂行したのはなんとまあ俺だった。目が慣れたとは言えさすがに森のくまさんも一瞬の隙が出来た。そして俺には金色(こんじき)に輝くトマホークがある。勝負は一回きり。次はない。リハーサルもそれをスタンばってる暇もない。ぶっつけ本番一発勝負。勝つか負けるか。生きるか死ぬか。これぞ死闘。

 果たして――その結末は?

 そして――このガチンコファイトの行方は――?

 世界は――人類に明日はあるのか?

 これは――ただの物語ではない。人と人との繋がり。そして愛と友情の物語。僕達が歩んできた確かな軌跡。――それは絆だ。

 ――ハハ。気になる気になるー。まあ兎にも角にも自分を信じてこれからも生きていこう。ここからが俺のスタートライン。これから三十路(みそじ)? 上等だ。人生の区切りをつけるのにいい節目だ。大器晩成と言う言葉もある。まあ、生きていればの話だが。

 さすがの世界四大文明も驚嘆したこの俺様の『ラノベフォース』は目をつぶっている間に十分に注がれた。それは例のハングル文字みたいなあの解読不能な記号の羅列をお見事俺流で俺のやり方で解決した事に他ならない。そうだ。これに時効はない。事件は迷宮入りしない。これから起こる全ての出来事にも何ら不思議はない。余裕もへったくれもない。

あるのは俺の右手にかざした金ピカトマホークのみ。大切な命綱。故に一撃必殺。

「喰らいやがれ! 森のくまさん!」

 怪物(フェノメノ)相手に最後までさん付けで敬意を表した俺の精神に異常はないが、何だか心配になってくるこの気持ちに嘘はない。だからここは軽く流した。時には自然に身を任せる事も大切だ。

 グサ! バリバリ! グシャーン!

「グオオオオオ!」

 少しだけ良い子も真似出来ないチョッとグロテスクなSEは俺が目の前にいた森のくまさんに金ピカトマホークをぶっ刺した証拠。いや、斬り付けたと言った方が正しい。グリズリーの苦痛の雄叫びが木霊(こだま)する。俺の鼓膜は大きく揺さぶられてなんだか腰が引けてくる。実際に俺はその場にへたり込んだ。そしてやがて静寂が訪れた矢先――俺は1人で叫んだ。自分に拍手喝采するみたいに。

「フフ。ハーハッハッハ! やったぜ! 俺はやってやったぜ! 見たか! (ゆう)よ! これが『ライトノベリスタ』の力だ!」

 なんかとんでもなく悪いそれこそ悪党のボスみたいな台詞を吐いて俺は『ライトノベリスタ』の真の力を発揮した。ここまでくると逆にいろんな意味で応援したくなる。俺もまだまだ捨てたもんじゃない。自分にエールを送ろう。フレー♪ フレー♪ 一太郎♪

 てゆーか俺はここに何しに来たんだっけ? 武者修行? ホントにライトノベル作家になれるの? いいや、クマを一撃で倒した今の俺に不可能はない――はずだ。うん。そうさ。たぶんきっと。そうに違いない。俺は自分に言い聞かせる。

 フレー♪ フレー♪ 一太郎♪ 俺の自己満足――応援合戦はいつまでも続いていた。


 いつの間にか俺の流浪の旅路は終わり――実家に帰省した。またもやニートフロンティア。ヒキコモリーノ生活の始まり。再スタート。この運命に終わりはない。意味なんてない。哲学的に言えば、ただそこに存在するのは人生と言う限りある時と誰しもに与えられた生とやがて誰しもに訪れる死である。ニートフロンティアも楽じゃない。

 まあ、そんな仲間になりたそうにこちらを見ているはぐれメタルを仲間にしないでさっさと本題に移ろう。

 『ライトノベリスタ』の力――ストーリーテラーとしての本領を発揮する。そのキーポイントはあの奇怪な文字の解読にある。ではどうやってそんな事で森のくまさんをいてこませたのであろうか? 答えは単純かつ明快。あの文字群の正体。あれは俺の記憶が映した経験の(かて)。つまり妄想の一種だ。

 想像&創造――事実は小説よりも奇なり。時に人はあらゆる物事を実現する為に様々なイマジネーション能力を発揮する。世に言う天才とは一瞬の閃きで歴史に名を残す。あるいは人類社会の文化や文明に貢献する。そこまでいくと少し大袈裟な言い方だが『ライトノベリスタ』の力――ストーリーテラーとしての本領を発揮する事もそれに近い。

 千里の道も一歩から。具体的に言えばあの意味が分からない文字群は俺の想像の産物。つまり初めから意味等なかったのだ。しかしそこに創造と言うもう1つの形をはめ込む事により、初めてそこに生命(いのち)が吹き込まれる。

 物語には必ず始まりがあり、必ず終わりがある。人生も必ず始まりがあり、必ず終わりがある。しかし今、今日このなんてことない日常に1分1秒後、何が起こるかは誰にも分からない。

 生命の神秘――そこには数え切れないほどの多くの人生が物語が生まれては消え、そして(つむ)がれていく。『ライトノベリスタ』の力――いわゆるストーリーテラーはその本質を見つめる事からスタートする。

 意味のないものから意味のあるものへ――。魂を削って出来たその力は時に人々を感動させ、時に人々を驚愕に(おとしい)れる。世界中のあらゆる言語も最初はただの図画。落書きの様なものだったのだ。そこに人々は意味を見い出し古代から現代までに発展し、進化を遂げやがて文化や文明が発達した。

では俺があの物騒なトマホークに注いだ想いとやらは何だったのか? ――簡単な事さ。それは殺意。他の誰でも無い妹夕(ゆう)へのささやかなプレゼント。少し過激だが、良い意味で言えば闘争本能。ライバル意識むき出し。そんなところか。

 何せ俺の劣等感は妹夕の存在そのものだったから。それに森のくまさんを一撃で倒すには生半可な覚悟じゃ到底無理だったから。それほど俺の劣等感はいつの間にやら妹夕に注がれていたのだ。そしてその想像&創造が俺の殺意という『ラノベフォース』に注がれた時、まるであの闇の中に浮かんでいた奇怪な文字達は生命(いのち)が吹き込まれ、生き返ったみたいに踊り狂い、魔物――それこそモンスターの様に声なき声で(たけ)ったのだ。

 あの金ピカトマホークは封印されていた俺の殺意を『ラノベフォース』により解き放ち、それに呼応する様にして金色(こんじき)の龍の刺繍の(ごと)くそれこそ黄金に輝いたのでした。ただしその本来の姿は白衣の天使ではなく、大殺界にでもいそうな地獄の閻魔大王様々だったのだが…この際、俺の3度も消費した九死に一生は続いているので正義の金色夜叉(こんじきやしゃ)だった――と言う事にしておこう。人生プラス思考が一番だ。それに命の恩人だしな。

 まーとにかく。色々とあったけれども終わりよければなんとやら。また実家にひきこもるか。いつの日か来たるべきライトノベル作家を夢見て。もうすぐ三十路(みそじ)の俺。ニートの俺。そして『ライトノベリスタ』の俺。

 身体にピース♪ カルピス。いや、これはその…だから言いたかっただけだ。


 ――んでもって実家に帰省したその後。俺は打倒妹夕の為、最後の決戦の時を迎えていた。なんかもうここまでくると『ライトノベリスタ』と言うよりもデュエリストだ。ご立派ご立派。そして命を()して最後まで戦え。

 ヒュオオオオオ――。場所はなぜだか知らんが寒風吹きすさぶ荒野――だったら良いのに、俺ん家の裏手にある誰もかもが見向きもしないただの空き地。近くの路地では犬の散歩をしている中年のおばさんやら、ジョギングしている中年のオッサン。コンクリートに落書きをしてキャッキャッと、はしゃいでる子供達の姿が――当然と言えば当然だが、色んな意味で痛い。皆が皆。見て見ぬふりを決め込んでいる。そこをうろついていた1匹の野良猫だけがこちらをジッと凝視している。

「――フ。この僕を倒す? たかだか田舎のバーちゃんちに行ったくらいで調子に乗るなよ」と、こちらは妹夕。なかなか威勢が良い。と、言うかノリが良い。と、言うかノリノリじゃねーか。

「――フン。俺は以前の俺とは違う。貴様はあのド田舎のバーちゃんちで読書に励んだだけ。俺はお前が望んでいた森のくまさんをそれこそ一撃で『ラノベフォース』なる金のトマホークを駆使して倒した。真の『ライトノベリスタ』は――俺だ!」

 と、こちらはなんか俺。俺っぽい。てゆーか俺じゃねーか。それにしてもノリノリじゃねーか!

「僕は負けない! ジッちゃんの名に懸けて!」

「それを言うなら、バーちゃんだ!」

 もうこの際だから言う。ぶっちゃける。『ライトノベリスタ』の家系? DNA? んなもんクソ喰らえ! 普通に生まれた方がよっぽど幸せじゃねーか。こんなしょっぱい実家近くの空き地で1人は中卒。1人はニート。こんなんで良いのか? ホントに? 誰か答えてくれ。

しかしそんな裏手の空き地でじゃれ合ってる兄妹を見て、静かに父母は微笑む。

「あの子達も遂に『ライトノベリスタ』としての道に目覚めたんだね。時が経つのは早いもんだね。ここまで育てた甲斐があったってもんだ」

「やはり血は争えんな。我々の家系の立派な『ライトノベリスタ』として後世に名を残す為にこれからも静かに見守っていこう。母さん」

 そしてあのド田舎の『武蔵野健康ランド』に住んでいるバーちゃんはと言うと。

「はて? あの2人は一体全体何しにここへやって来たんだか? 全くもってこの世はミステリーじゃ。謎に満ちておる。くわばらくわばら。」

 ついに覚醒して完全にボケていた。こうして結局、事件は迷宮入りへ。しかし伝説は終わらない。この物語はシッカリと現代社会に蔓延(はびこ)る若者。優秀な『ライトノベリスタ』のバカ2人に受け継がれた。それこそ永遠に。果たしてこれで良かったのか? 誰にも分からない。誰も知らない。現代の社会人は忙しいのだ。そんなマイナー伝説に興味はない。

 ――ところで俺は何を目指していたんだっけ? 誰か答えてくれ。  (了)


 少しでも楽しんでくれたのならこれ以上なくハッピーです。

 最後まで読んでくれた方。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  よくぞここまでハイテンションを維持したまま、怒濤の如くネタを詰め込んだ作品を仕上げきったモノだと驚いております。  もうすぐ三十路という切羽詰まった感、年若く侮っていた妹が先にデビューし…
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