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8話『チームメンバー』

 ――二〇二五年五月二〇日/仮想世界@株式会社如月ゲームス本社/第一デバッグルーム・昼――



 最初に目に入ったのは、純白のウエディングドレスを着た花嫁さんだった。



「は?」

「はえ?」

 俺と花嫁さんは視線が合って……二人で固まる。

 空気もまた、パキッと音を立てて固まったような気がした。

 花嫁さんは身長が約一五〇センチほどだろうか。小柄な体躯で、意志の強そうな緑色の瞳に俺のアバターを映す。

 どこか小さな女の子が、憧れから背伸びをしてウエディングドレスを着ているように見える。

 そう思うと、とても愛らしくて似合ってはいるのだ。


 だがしかし――中央に高級そうなテーブルと対になる椅子が置かれて、ホワイトボードがあるだけの無機質なミーティングルームのような場所では不釣り合いではないか。

 言い方を変えればミスマッチ。異彩を放っていると言うのか?

 たとえるなら、鉄板ハンバーグの下にレタスが敷かれていたような感覚だ。

 ……まったくもってわけが分からなかった。

 そもそも、たとえの方向性を間違えている。口に出していたら穴を掘って埋まっていただだろう。

 他に案を出すなら『歴史書が並ぶ中ラノベがまぎれ込んでいる』――これだ! これならとても分かりやすい。

 そんな感じなのだ、この愛らしい花嫁さんは。

 うん。我ながら冷静な考察だ。

 そんな(アホな)思考を巡らせていると、花嫁さんが手に持っていたブーケを落とした。


「サイキョーさん? どうかなさいまし――あら、かわいらしい花嫁さんですね♪」


 扉の前で硬直している俺を不思議に思ったのか、御厨さんが室内を覗き込んだ。

 御厨さんの言葉が時を動かしたようで。


「こ、こ、ここ、こここ、こっ、これは違うの~~~~~~~~~~~~~~~~!! ――へぶうっ」


 硬直が解けたらしい。顔を真っ赤に染めた小柄な花嫁さんは、叫びながらぶんぶん手を振る。

 それだけではなく、地団駄を踏んでいたようで。ドレスの裾に引っかかって思いっきり転んだ挙句に顔面を強打した。

 うっわ……これ絶対に痛いよ。ビタンッ、ていい音したぜ。


「落ち着いてコスチュームを変更してくださいね。個人的には、かわいいのでこのままでもいいのですが」

「あううう……って、そ、そうなのっ」


 御厨さんの言葉を受けた花嫁さんは痛みを忘れたようだ。

 ハッと意識を正して、高速でメニューウインドウを開いて操作する。

 俺がまばたきをしている間にコスチューム変更を完了させたらしく、花嫁さんはとんがり帽がチャーミングな魔女っ子のコスプレに変わっていた。


「うううう。もうお嫁に行けないの…………」


 花嫁改めて魔女っ子は、涙を流しながら既視感のあるorzをする。

 これは相当ショックを受けているようだ。哀愁が漂うとは、こういう状況を言うのだろうな。


「それにしても、何があったのでしょう?」

「あー、わりィ。それはたぶんオレのせいだわ」


 扉の外から男性の低い声が聞こえてくる。

 声につられて顔を向けると、長身のカジュアルな格好をした男性がいた。鋭い三白眼が特徴的で、顔の作りから強面なので失礼ながら不良を思い浮かべてしまう。

 不良風の男性はバツが悪そうに御厨さんから視線を外すと、短めの黒髪をガシガシ掻きむしる。


「ユウジくんのせいって、どういうことですか?」

「あのな『ウエディングドレス・白』が次のアップデートで実装予定なのは、如月も知ってンだろ?」

「ええ、妖精セットと並んで目玉商品ですね」

「で、だ。このチビ……何を思ったか、背伸びして着ようとしてやがったンだ。ンで、まぁなんだ……その、流石に無理あるっちまってな」

「ユウジくんは女の敵ですね」

「ぐっ……やっぱそーなるのか」

「女の子は誰しもウエディングドレスに憧れます。ささやかな夢を『無理がある』なんて……そんなのあんまりです。ですよね?」


 どうして俺に聞くんだよ。


「うっ……ま、まあ。悪かったと思ってンよ」

「いいのいいの……どうせどうせみんな、似合わないと思ってるの。そこの不良ノッポが言うことは、すっごく悔しいけど事実なの……」


 地面にの字を書いていじけてる。

 格好が格好だけに、魔法陣を生成しているように見えるな。

 これはとりあえず……慰めたほうがいいよな? 『女の子には優しく』は御厨の教えだ。


「あの、さっきのウエディングドレス似合っていたと思う……わ。とっても綺麗でかわいい憧れの花嫁さんだった、わよ」


 慣れない口調をつないで上手く言えた気がする。

 恥ずかしくて、普段は絶対に口にしないような言葉だ。

 本当にそう思った(憧れ、のくだり以外は)から、口にできたことかも知れないな。

 もしこれで、ネカマなら男にかわいい花嫁さんと言ったことになるが。

 ――いやいや、仕事仲間を信じないなんてダメだろ。……な?

 俺の言葉を聞いた魔女っ子コスプレの女の子は、ほんの少し顔を上げて、上目遣いに見つめてくる。

 どこか線引きをしているように見るので、窺う、と言ったほうが正しいかも知れない。

 たとえるなら、警戒心バリバリの借りてきた猫である。


「ふふ、良かったですね。私もとっても似合っていたと思いますよ♪」

「あ、ああ。そうだな……似合っていたと思うぞ」


 俺に御厨さんが続き、不良風の男性もぎこちないながらも賞賛した。

 全員から賞賛された魔女っ子コスプレの女の子は、頬をほんのり赤く染めて立ち上がる。


「ま、まあ……お世辞として受け取っておくの」


 赤く染まった頬を隠すように、ぷいっと顔を逸らした。

 どうやら機嫌を直してくれたようだ。

 それでもってウエディングドレスの一件が完結すると、場の興味は当然俺に移るようで。不良風の男性は、女性アバターの俺を見下ろす。身長差は二〇センチほどあるように感じる。

 ガンをつけられているようで威圧感が強いな。


「で……ナチュラルに混ざってっけど、コイツ誰だよ?」

「以前、言っていたかたです。私はサイキョーさんと愛称で呼んでいますが、本名は神場『涼子』さんです。今日から正式にチームに加わります。アバターどおり女性ですので、特にユウジくんはお気をつけてくださいね」


 その名前考えていたのかよ。

 安直ながら無難なネーミングなので慣れてしまいそうで怖い。

 とにかく合わせなきゃダメだよな。


「え、えーと……その、名前は……か、神場涼子よ。今日からここに配属になったからよろしくね。えーと……あとは、デバッグ自体が初めてだから、助けてもらえると嬉しいかな」


 紹介を終えたあと御厨さんを真似て、お辞儀をしてみる。


「あー、如月が入れ込んでるっつってた、トワユニのトッププレイヤーか?」

「ええそうですよ」

「ンだよ、男だと思ってたンだけどな。……じゃあなんだ、今日は、コイツの体験入社っつーことか」

「本当はそのつもりだったのですが、チームの加入を希望されたので了承しました」

 御厨さんが事情を説明すると、なんとも言えない微妙そうな顔になる不良風の男性。

「……ふぅん、あとで後悔しても知らねェぞ」

「後悔!?」

 え、何。後悔するような内容なの、デバッグって!

 もしかして俺、早とちりした!?

「ユウジくん、新人の女の子をいじめてはいけませんよ」

「わりぃわりぃ、悪気はねェんだ。許してくれや」


 ……本当に大丈夫なんだよな。


「ンで、自己紹介だったな。まぁ、その……なんだ、オレの名前は破風ユウジだ。一応、お飾りでチームのサブリーダーと男どものリーダーをしている。あんま頼りになんねェし、されても困るがよろしく頼む」


 ぶっきらぼうに、明後日の方向を見ながら自己紹介をされる。

 確かリーダーは御厨さんと言っていたな。

 つまりは、チーム全体・女性陣のリーダーは御厨さんで、チーム全体のサブリーダー・男性陣のリーダーはユウジさんということか。

 それにしても、ユウジさん。そわそわ落ち着きがなく居心地が悪そうだ。

 歯切れも悪いし……どうしたんだろうか。


「気を悪くしないでくださいね。ユウジくんは、かわいい女の子が苦手なんです。本当はとっても頼りになるかたですよ」

「ちーっと、野郎どもばっかが集まる場所に長くいただけだ。すぐに慣れンよ」

「ふふ。そういうことにしておきましょう」


 男子校出身の人が、女性に免疫がないのと同じようなものか。

 今後、このアバターの時は、ユウジさんとの接触は注意を払ったほうが良さそうだ。

 ユウジさんの自己紹介を終えて今度は、魔女っ子コスプレの女の子と向き合う。


「わたしは、姫宮あやめなの。よろしくお願いするの。……ちなみに、男はだいっっっ嫌いなのっ」

「あ、男性が苦手なのね?」

「……いろいろあったの。二m以内に近づいたら、絶対に許さないの」


 あやめさんは、居心地が悪そうに視線を逸らす。

 どうやらあまり触れてほしくない話題らしい。気にはなるが、余計な詮索をして嫌な思いをさせるつもりはないので、おとなしくしていよう。


「わ、私は……どうなのかな?」

「女の子だから問題ないの」


 なるほど。この会話の中で、一つ分かったことがあった。

 御厨さんが言っていた『女性アバターである理由と演じる理由』はこのことだろう。

 確認を取ろうとも、御厨さんは変わらない笑みを浮かべるだけだ。

 ユウジさんは女性が『苦手』で、あやめさんは男性が『嫌い』。なんとも、御厨さんが苦労しそうな構図である。

 ともあれ、まぁ……ユウジさんには悪いが、嫌われるよりは、苦手に思われるほうがマシだよな。

 よく見たら、ユウジさんはあやめさんと二m以上離れている。

 一度気づくと異様な距離に感じるな。

 まあ、この二人お互いに異性が苦手・嫌いだから、これくらいの距離感がちょうどいいのかも知れないけど。


「じー……」

「ど、どうしたのかな?」


 気づくとあやめさんが、俺に顔を近づけて注意深く見つめていた。

 その目には、疑念が込められているような気がするのだが。


「あなた……本当に女の子、なの?」

「も、もちろんですよ?」

「むぅ。それならいいけど、分からないの。……あなたに近づくと、ちょっとムズムズするの」


 おそるべしアレルギー(?)。

 返す言葉を失って、思わずたじろいでしまう。


「さて、全員自己紹介が終わったので、さっそく業務に移りましょうか。今テスト環境のゲートを開きますね」


 軽く手を合わせて業務開始を告げる御厨さん。


「うい。りょーかい」「……分かったの」「あっ、了解!」


 御厨さんナイス! 上手く話を断ち切ってくれた。

 あやめさんはまだ疑念を込めた視線を送ってくるが、対応をするとボロが出そうなので、失礼ながら無視を決め込むことにした。

 ともあれ……自己紹介も終わり、いよいよデバッグが開始となる。

 はたして、どのような作業が待っているのだろうか。昨日までニートをしていた俺が、無事に仕事を遂行することができるのだろうか?

 不安は尽きないが、あとは進むだけなのだ。そう決めたのだから。


「『デバッグ/テスト環境01/ホームタウン・中央広場/アクセスゲート・オープン!』」


 御厨さんは、部屋の正面の壁(学校の教室で言えば黒板がある位置)の端に取り付けてあった電子端末を操作。

 入力が終わったあと鋭い声で告げた。

 ――すると端末のすぐ横に、どこからともなく大人の男性が二人入れる規模の円形の黒い穴が生成された。


「うわっ、なんだこれ!?」


 俺は驚きで目を見開いて声を漏らす。

 それは小型のブラックホールと表現してもいいかも知れない。壁の材質が白を基調としているので、より異質感を際立たせているように思えた。

 つまるところ、とても目立っていた。


「ふふ、驚きましたか? ワープホールですよ。電子端末にワープ先の情報を打ち込んで開きます。そこを通れば、なんと目的の場所に一瞬で移動できてしまいます♪」


 まさに、どこ○もドアじゃないか!


「ま……つっても、ゲーム内だけだけどな」

「それでもすごいわ!」


 瞬時に行きたい場所に移動、なんて男ならば一度は憧れるものじゃないか!


「これではしゃぐなんて、まるで男の子みたいなの」

「あ……い、いやぁ。あはは」


 なんとか愛想笑いで誤魔化す。――って、女性だって憧れるはずだ!

 少なくても御厨は憧れてた。

 こんな小さなことでも疑念を向けられるなんてな。うーん……こりゃあ、バレるのは時間の問題じゃないか?


「雑談はこれくらいにして、行きましょうか」


 そう言うと、最初に御厨さんがワープホールに吸い込まれていく。


「だな」「さっさと行くの」


 続けてユウジさん、あやめさんが吸い込まれる。

 そして、気づいたら一人になっていた。


「こ、この中に入ればいいんだよな?」


 初体験の身には少々勇気がいるが、みんなを待たせるわけにはいかない。

 できれば誰か一緒に入ってほしかったが、もう手遅れ。呼び戻すこともできまい。


「ごくっ――う……うおおおおおおおっ!!」


 とりあえず気合いを入れる!

 意を決して、大声を上げながらワープホールの中に飛び込むのだった――。


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