5話『御厨』
少なくてすみませんー。キリよく切ったら1200文字程度になってしまいました。
「どうして、こんな……」
状況が分かったところで、未だ理解は追いついていない。
大理石に浮かんでいる女の子は、戸惑いから不安げに歪んだ表情をしていた。
この美少女が俺だって? なんの冗談かな。ハハッ。
ハハハハハハハハハハハ……ハハ? ハァ……。
アホか、空笑いも出ねえよ。
「例のアバターが、女性アバターだっただけの話だろ」
半ば強制的にネカマをやらされている。考えるまでもない話だ。
どんな意図があるか不明だが、おかげで体験入社に対するモチベーションが底をついた。
俺は『ネカマ』にトラウマがある。まさに黒歴史だ。
以前、優しいお姉さんが、トワイライト・ユニバースで俺に手を尽くしてくれたことがあった。
ちょうどその時期。現実のいざこざで心が荒れていた俺は、最初は邪険にしていたが、手を差し伸べてくれるその人に甘えてしまった。
一度甘えれば、ダムが決壊したように相談をするようになった。
俺はその人に夢中だった。時期に、一緒に行動することが多くなって――そして、無意識のうちに心を寄せるようになる。
悩みに悩んだ末、答えが出そうな……その時に、その人がネカマだったと知ったのだ。
以来、女性アバターを見たら相手は男性と思うようになった俺がいる。少なくても最初は警戒してかからなくては、何か大切なモノを失いそうだったから。
――そんな俺は、絶対にネカマをせんと誓っていたのだが。
まさか、運営から使わされることになろうとは、夢にも思っていなかった。
「もういい……帰る」
すっかり気が冷めた俺は、ログアウトしようとメニューウインドウを開いた。
「いらっしゃいませ。お待ちしていましたよ、神場涼さん」
「え!?」
突如、頭上から聞こえてきた声。
足音も気配もなく……大理石の階段の上には、一人の少女が佇んでいた。
声の主の姿を見た俺は――
――ドクン。心臓が大きく飛び跳ねる。
鈍器で頭を強打されたような衝撃に襲われて、視界が揺らいだ。
もしかして俺は錯覚を見ているのか?
「十分前行動、感心します。私が先にお待ちする予定でしたが、遅れてしまいましたね」
唇が乾いて。やがては……口の中までもが乾いてしまう。
ひたいに脂汗が滲み、全身から汗が噴き出すような錯覚を覚える。
動悸が激しい。
心臓が警鐘を鳴らすように脈打ち重い。
極度の緊張状態にあるようでとても不快な状況だった。
そんな中、俺の瞳は『彼女』を認識する。
やがて『彼女』以外の情報は――呼吸すら忘れてしまって。
「今そちらに向かいますので、少々お待ちくださいね」
かき上げた漆黒色の髪を腰の辺りで揺らしながら、階段を降りてくる『彼女』。
赤銅色を基調とした派手めの軍服ワンピースのコスプレをしている。
階段を降りるたびに、振動で白いラインが入ったベレー帽がズレるようだ。
彼女はそれを右手で押さえていた。
よく似合ってるが、正直なところ、それはどうでも良かった。
まぶたの裏で鮮明に再生される過去の後悔。
なあ、どうして、おまえが生きているんだ?
――御厨。