密室を解け
神田が教室の後方のドアに近寄ると、二人の生徒が困惑した表情でカバンを眺めていた。二人共、神田と同じクラスの連中で、男子生徒が長谷部、女子生徒が深山さんである。
「どうかしたの?」
無理矢理落ち着かせたような声音で、神田は二人の元へ行った。
「神田か。まぁ、ちょっとあってな」
深山さんとはあまり縁がないが、長谷部とは部活の仲間である。そのためか、先に声を出したのも長谷部であった。
長谷部は深山さんにアイコンタクトを送り、了承したのか、深山さんは首肯した。
「実はな、深山の財布が盗まれたんだ」
長谷部ば深山さんに気遣いながら言った。ここぞとばかりに驚いた神田は、「大丈夫なのかい」と心配して見せた。些か悲しげな顔をした深山さんは、右手を隠すように後ろへやった。その右手は強く握ってあった。
神田は深山さんに笑みを送り、前方のドアに向う。ノブに手をやり引いた。
「あれ? 閉まってる」
そう呟いた神田は、ドアについた鍵のつまみを持った。
なにやら、長谷部と深山さんがコソコソと話している。それを察知した神田は、「どうかしたの」と声をかけた。すると、二人は共に大きく目を見開いて、神田に視線をやっていた。長谷部が猜疑的に、神田に尋ねた。
「それは本当か?」
「本当って、鍵のこと?」
長谷部は頷く。
「あー、鍵は閉まってたよ。それがどうかしたの
「それはだな」長谷部は言い難そうに、視線を迷子にさせている。「えっと、俺達はこの教室に、自分達で鍵を開けて入ったんだ、忘れ物を取りにきに。まー、その忘れ物が財布なんだけどさ。で、教室を出たてから入るまで、二分くらいしかないんだよね。当然、鍵は俺達が持ってるから、そもそも閉められないし。例えもう一つあったとしても、俺達に気づかれずに盗み出すことは不可能なんだ」
いわゆる密室というやつである。現実で体験するなんて初めてであるからか、神田の心臓はバクバクと跳ね上っていた、
「そうか」返答した神田は、「取り敢えず、先生に伝えに行こう」と言って教室を出た。
さて皆様。犯人が誰かは、もうおわかりかな。では、トリックはいかがかな。
「なんで呼ばれたか、もうわかってんだろ。どうしてこんなことしたんだ。全て白状してもうぞ」
校舎の屋上にて、俺は盗んだ犯人と対面していた。
「さすが長谷部」
「やっぱりか。あの時、お前は少し不自然過ぎた。そうだな、探偵らしく謎解きでもしようか。
あんたはまず、教室に潜んでいた。そして、無人になった教室で深山の財布を盗んだ。深山は忘れたと思っていたようだが、お前は一時的に隠していただろ。さすがにクラスメイトがまだいる中では盗まなかったようだが。
それからお前は教室を出た。本来ならこれでおさらばって寸法なんだろうが、思ったより早く戻ってきた俺らに驚いたお前は、密室を作り出すことを思いついた。
まず、ゆっくりドアを開く。俺達が解錠しドアを開き入室すると同時に、お前は退室しドアを閉めた。そうすれば音はカモフラージュできるからな。そして、何食わぬ顔で合流する。そう考えれば、その後の不自然な行動も頷ける。深山と仲良くもねーお前が、率先して先生に報告しに行ったのは、鍵が閉まっているとアピールするため。俺はその時から変だと感じてた。本来なら、入室した後方のドアから出た方が、職員室に近いのによ」
俺はゆっくりと息を吐いた。
「正解、よくわかったね長谷部。でも、どうしてこんなまどろっこしいこと。直接深山さんに言えばよかったじゃないか」
「お前、いや神田、気づかなかったのか? 深山はずっとなにかを握っていた。俺はちょっと見えたんだ。いつもお前が使っていたヘアピンを、深山は握ってたんだ。あいつは最初から知ってたんだよ」
神田は悲しげな表情をした。
「そう、私はそんなミスをしたのね」