夜の帳が降りる頃
皆が寝静まってから、誰にも気づかれないように私はこっそりと起きあがる。
今日は久しぶりに野宿じゃないから、きっと誰もがぐっすり眠っているはずだ。
しかし、メンバーの中で唯一魔族である私は眠らなくても生きていける。だから、見張り番のいない時、私は気配を消してバカな勇者の寝顔を盗み見に行く。
静かに部屋に入り込む。使われているベッドは二台。そのうちの窓に近い方が勇者の使っているベッドだ。近付いて、覗き込むと、綺麗な青空色の瞳は瞼に隠され、穏やかに眠っていた。気付かれない程度に、これまた綺麗な金髪を撫でる。黒い髪に赤い瞳の私とは、まるで正反対。
「本当に、バカな勇者……どうして私の話を信じてくれたの?」
人間になりたい……いや、正しくは人間に戻りたいという、普通は信じられないような話をあっさりと信じて、この勇者だけは一緒に旅をして、人間に戻る方法を探そうと言ってくれた。
私は、誰からも忌み嫌われる魔王だというのに。勇者だって、魔王を倒すために私の住んでいた城に乗り込んできたと言うのに。バカで、変で、愛おしい勇者だ。
でも、だからこそ、好きになってしまったんだろう。なんの根拠もなしに、信じてくれることの喜び。安心感。何年ぶりに味わっただろう。
だけど、私は魔王。これは絶対に許されない恋。勇者と魔王の恋だなんて、叶うわけもない。ましてや私の完璧な片想い。誰にでも優しい勇者にとって魔王である私にでさえ慈悲を与えてくれる勝算など、ゼロ以下だ。マイナスである。
私が人間のままであったら、叶っていたのかな。だが、私が魔王であったからこそ勇者と出会えたというのだから、皮肉なものだ。
嗚呼、早く人間に戻って誰にも厭われない存在になって、この気持ちを伝えられるようになりたい。
「……好きだよ、勇者が好きだ」
今はまだ、面と向かって言えない。言えば、君は困るでしょう。君はバカなくらい優しいから。
今はただ、眠る優しいあなたに伝えるだけでいいから、これからも一緒に過ごせますように。