秋の夕暮れ白蛇
「おっ!精が出るね~」
畑仕事の手を止めて、声のした方を振り向けば、品田のオヤッサンが顔をニンマリして立っていた。
「どうしたんです?良いことでもあったんですか?」
「わかる?これからアッツ~い酒をさ、飲みに行くところよ」
ニンマリした顔を更に歪ませて、嬉しさの境地へと、品田のオヤッサンの顔はゆく。
「いいですね~寒くなって来ましたもんね」
「寒いね~ウチのボロ屋なんかよ。寒くて、寒くて、外の方があたっけーくれーよ」
「あははは」
「ところで親父さんの具合はどうだね?」
「お陰様で、食も喉を通りますし、だいぶ善くなりました」
「いや~親父さんとまた一杯やりたいね~」
「ええ。伝えておきますよ」
自分は、あの白蛇の事が妙に気に掛かり、聞いてみたくなった。
「俺、こないだ此の畑で白蛇を見たんです。それが凄く大きくて」
言い終わった瞬間、品田のオヤッサンの顔から笑顔は消え、訝しそうに自分を見る顔へと、豹変させた。
「白蛇……白蛇の眼は見るな…」
「え?」
「白蛇の眼は見てねーだろうな」
一瞬ドキッとしたが、すぐに理由を聞いてみたかった。
「何でですか?」
「オメーは親父さんから聞いてねぇか?」
「知らないです」
品田のオヤッサンは重い口調で話し始めた。
「この土地の昔からの言い伝えだ。白蛇の眼を見るな。見たら、おっちんぢまう。すぐさま逃げろってさ」
自分は唾を飲み込んでただ話に耳を傾けていた。
「昔な。この土地が日照り続きで、雨がいっこうに降らねー、日が何ヶ月も続いた事があったらしい。それでな、百姓共は困ったてんで、町から霊媒師を呼んだんだよ」
「霊媒師はな。この土地は呪われている。日照りが続くのは、そのせいだ。生け贄が必要だってんで、百姓共は驚いたよ。更に霊媒師は言ったんだよ。生け贄には、若い美しい女でなければいけないってさ」
俺は呟いた。
「生け贄…美しい女」
「そうだよ。そこで、この村で一番の美人だと噂だった女が選ばれた。可哀想になぁ、まだ十五、六だってんだからなぁ。しかも、縁談も決まっていて、町の名のある屋敷の息子だってんだから」
「で、女はどうなったんですか?」
「…殺されたよ。霊媒師の言う通りに山の中のお社でな」
自分は早く白蛇の事を聞きたいが為に聞いてみた。
「その女と白蛇。何の関係があるんですか?」
品田のオヤッサンは顎を擦りながら言う。
「まー待てって。順番に話してんだからよ。え~と、そう。それで、女が殺されてから数日たったら、本当に雨が降りだした。それも凄い豪雨で、村の百姓共は喜んでたが、女を可哀想に思う輩は、この豪雨は、あの子の怨みの雨だとも言ったらしい。雨が降って、霊媒師は百姓から神の様に崇められた。だが、その数日後、霊媒師は死んだ」
品田のオヤッサンは、こっちをジッと見ているので聞いてみる。
「何故、死んだんです?」
品田のオヤッサンは、待っていたかの様に切り出して言った。
「白蛇だよ。白蛇を見たんだよ」
「霊媒師は雨が降ってからも毎日、山の中のお社に出向いた。そんなある日、霊媒師が山から村へ戻ると、こう言った」
「白蛇…白蛇の眼を見た…綺麗な碧色の」
自分は、思わず口に出した。
「碧色…」
品田のオヤッサンは話を続けた。
「霊媒師は白蛇を見た日から体を病んで、とうとう死んじまった。遂に百姓共も怯え始めて、こんな歌を唄う者も出た」
雨降る里の~、白蛇の~、肌は白いよ。美人さん~。雨降る里の~、白蛇の~、碧の宝石~、渡さんて~。
品田のオヤッサンは、歌って見せた。
「碧の宝石渡さんて?」
自分は最後の一節が気になり聞いてみた。
「いやな。実は、その女、指輪をしてたらしくてな。けれど、死んだ女の指には指輪は無い。女の家にも無い。不思議な事さ。しかも、それが縁談の相手から貰ったもんじゃなくて、村に恋人がいて、そいつから貰ったもんだってんだから、おもしろい話さなぁ」
自分がぼんやり立ち尽くしてると、品田のオヤッサンは思い出した様に言った。
「いけね!酒飲み行くんじゃねーか。なっ、白蛇見たら、構わず逃げろ。メイシンも、おっかね~からよ」
品田のオヤッサンは、急ぎ足で酒屋のある方へ歩いて行く。
自分もだいぶ冷えてきたので、今日は早く家に帰ろうと思った。鍬などを荷車に乗せると、昨日、白蛇のいた場所が気になり眼をやった。
「白蛇……確かに眼は碧だったけど」
雪降る季節の前のこと。冷たい風が枯れ葉を揺らす。
秋の夕暮れ。
じきに雪で白くなる。