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同棲-3

 翌日。

「起きれー!」

「なんだよもう、休みの日くらい夕方まで眠らせろよ……」

「昌史はどういう不健康な生活してんの! 人間は朝起きる、夜寝る!」

 またしても木下にたたき起こされ、朝から買い物に付き合うことに相成った。

 最近の俺は忙しいというか、朝っぱらから目まぐるしい感じがする。

 こいつが家に来る前は、仕事の日は昼くらいまで寝ていて、休みの日は夕方にのそっと起きてレンタルビデオを見て飽きたら寝る、そんな怠惰な暮らしをしていたが――。

 今のこの生活は、朝になると木下が起こしてくれ、それから仕事までの時間を散歩したりダラダラしたり、仕事が終われば帰宅して飯を食ってセックスして寝る、そんな風なある意味とても人間らしい生活に変わっていく。

 まあ、どちらが建設的、健康的かと言えばそりゃあ後者だが。

 で、今日はこの女が家に来てから初めての休日だった。

 そうか、日用品と服を買いに行くとかの話があったっけか――。

 俺は思い出し、しぶしぶベッドから這い出る。寝続けるという選択肢は、バンバンと俺の体を勢いに任せ乱暴に叩く木下によって奪い取られていた。

「ほら、早くシャワー浴びる! えっ、私? もうとっくに浴びちゃったよ! 残念だね、お風呂場プレイできなくて!」

「誰も期待してないわ……」

「うわっひどっ、今きみ、ものっそい失礼なこと言ったよ! 誰に向かってそんなこと言ってんのさ、この才色兼備でナイスバディで品行方正で奇想天外で四捨五入で……」

 うだうだ言ってくる木下を放って、俺は下着と服をひっつかんで浴室へ。



 俺の男物の服を着ていても見栄えが映えるのは、やはりそれを着ている木下が、顔もよくてスタイルもいい美人だからだと思う。

 どうして美人というやつは何を着ても似合うんだろうな。

 サイズが自分より一回り大きくても、それをラフな感じで着こなす木下は、俺と並んで街を歩いていても、すれ違う男を三人に二人の割合で振り向かせていた。

 本人はそんなことまったく気にしていない様子で、いろいろ欲しいものランキングを勝手に作って俺にサブリミナルで語り続けてくる。ずうっと同じようなことを聞かされ、洗脳されて本当に何でも買ってしまいそうだ。

 まあ、こんな女を横に置いて街に繰り出すのはいいものだ。まるで俺が、こいつの彼氏になったような――。

 そこまで考えて、ふと思う。

(そう言えば、俺とこいつの関係って微妙だよな)

 恋人同士では、まずない。

 友人、これは木下がそう思っていても俺は素直にそうだとは思えない。まあ、ありだとは思うが。

 高校の時同じクラスだった、そして今は――。

(……セフレか?)

 まあ、事実ではそれが一番近いだろう。

 金もなくて仕事もない、そう言った木下が家賃代わりに俺に捧げているのは、快楽と享楽。

 お前も気持ち良くなってるじゃないか、と言った突っ込みは入れると話がこじれそうだから敢えて流すとしても、だ。

 あのワンルームマンションの一室で共に過ごす俺と木下は、セックスというかくも不安定な肉の結びつきのみで繋がっている。

 そこにカラダがなければ、二人の関係は途切れ、あいつはまたどこかへふらりと出て行くのだろうか。

 出て行って、また誰かに体と快楽を提供するのだろうか。

 止める権利など俺にはないし、木下の体も心も、木下の物だ。

 セックスしたからそいつを支配する、なんて概念は自分中心のもので、罷り通ることはない。

 そこまで考えを巡らせたところで、にゅっと木下の首が視界に入ってきた。

「なに、シリアスな顔でエロい事考えてんの?」

「ばっ、バカお前、エロい事なんて……」

「じゃあ、何考えてた?」

「……すんません、エロい事です」

「あーあ、カマかけただけで自滅しちゃったかー」

 けらけらと木下は笑い、頭の後ろで手を組んだ。

「私思うけどさ、エロい事考えるのは悪くないけど、エロい考えが全ての行動の原点になるのはナシだと思うんだよねー」

「……はあ?」

 言っている意味がよくわからない。そういうことを目的に行動するな、と言いたいのだろうか。

「分かんないなら、分かんないままでもいいけどねー」

「…………」



 服を買って、靴を買って、化粧品や日用品も少し買って、ついでに食材も買ってと大出費だ。

「とほほ、俺の給料が……」

「ごめんごめん、ほんとに!」

 両手を胸の前で合わせて、それで許してといわんばかりの木下。

 どうして俺はこんなに弱いんだろうか。

 木下の『目的』なんて、俺の知ったことではないはずだし、そもそも木下が何をしたいのかが見えてこない。

 こいつが以前言っていたことを思い出す。

 ――出世も、名誉も、お金も、未来も、全部捨ててでも――。

 ――やらなきゃいけないこと――。

 なんとなく引っかかっていた。

 もしかしたら木下は、その目的がために仕事を辞め、俺の住むこの町へやってきていたのかもしれない。

 そうだとするならば、この不況下で仕事を、特に正社員だったのにそれをも捨てて、やるべきことなんてよほど重大なことに違いないだろう。

(政府の密命? いやまさかそんな映画みたいな……)

 こんな平和を絵に描いたような住宅街に、とんでもない何かが潜んでいたりとかするのだろうか。

 が、それよりなにより気になることは――。

「どうしたの、昌史? またエロい事?」

「いや、そうじゃなくて」

 木下に問われ、俺は言った。

「お前、やりたいことあるって言ったよな。それが終わったらどうすんだ?」

「あー、あっ……」

 思い出したように、手をぽんと打つ木下。

 俺から見て左上方向に、彼女の視線が移動する。

「そうだねえ……上手くいったら、そのときは昌史ともお別れだねえ」

「……ふうん」

 意外とあっさりしている。まあ、それが上手くいくよう、俺も応援してやるとするか。

 何するのかは全然分からないけどな。

「なになに? エロい事できなくなって残念?」

「お前、エロエロうっさいな……」

 俺は呆れてそれ以上言う気になれなかったが、最後に一言だけ。

「一連のそれで、俺が手伝えること、ないか」

「おお?」

 木下は大きな目を丸くしてきょとんとした。そして少し考えてから言う。

「ないよ、ぜんぜん」

 それから、先を歩きだす。

 歩きながら彼女は言った。

「昌……まで……みに……ってもら……くない」

「え、なんだって?」

 よく聞き取れなかったが、木下は二度と繰り返さなかった。



 外食してから帰宅して、時間は午後三時。

「暇だねえ……」

「俺、寝ていいか?」

「うーん、じゃあ私もゴロゴロしてようかな……あーでも、なんかそんな爛れた午後は嫌だなあ……あ、なんか映画とかない? DVDとかで!」

「あー、あるぞ」

 そう言えば木下を拾ったあの日、俺は仕事が終わってからレンタルビデオ屋に行っていくつか借りてきていた。その後のインパクトが強すぎてすっかり忘れていた。

 あぶなかった、まったくの金の浪費になるところだ。

「お前の近く、それそれ、レンタルビデオ屋の青い袋あるだろ?」

「おー! 何あるかなー、洋画がいいなー」

 既に床に寝そべっていた木下は這いずるように移動して、テレビの近くのそれに手を伸ばす。

(そういや何借りてきたっけか……映画と、あと……あっ、やばっ!)

「ま、待て、きのし……」

 制止しようとしたときにはすでに遅かった。木下は箱を床にたたきつけて憤慨する。

「AVしかないじゃんよー!」

(しまった――――!)

「いや、ちがっ、これはその、誤解なんだ」

 この状況で誤解も何もないが。

 そんな俺の心を踏みつぶすがごとく、木下は次々と袋から俺の恥をさらしていく。

「なになにー? 人妻に女子高生にナースに女王様に巨乳に水着ー? うわー、昌史って多趣味だねえー」

「やーめーろー!」

 床に並べるな。この感じはまるで自分が裁判にかけられ、俺の目の前で証言や証拠品が次々と挙げられていくあれだ。未体験だがこんな感じだろう。

「はー、男ってみんなそうだよねえ、もう」

「言葉もございません……」

(映画一個くらい借りてなかったっけか……よりによってあの日は全部あっちかよ……)

 後悔は先に立たない。

「次こそ映画借りてきてよねー!」

「はい……」



 ダラダラ過ごして三時間、午後六時。

「じゃあ今日は、私がご飯作っちゃうよ!」

「お前、料理できんのか?」

「バカにしちゃいけないよ、買ってきた食材で度肝抜いちゃうからね! あ、ミキサーある?」

 木下は、俺が入居してからほとんど未使用の台所に向かい、手を洗ってから野菜を切りだす。

 とんとんとんと、手慣れている感じの包丁の音が心地いい。

「俺はなんかしなくていいのか?」

「AVでも見てればいいよー!」

 こちらも向かず木下はそう答えるが、それはちょっと申し訳なさすぎる。普通にテレビを見て待つことにした。

 やがて一時間半ほど経過した頃、木下は高らかに完成を告げた。

「へーいお待たせ! オーブンなくて焦ったけど何とかできたよん!」

「うおっ、すげえな、なんだこりゃ」

 彼女はテーブルに料理を次々と並べていく。イタリア料理に見えた。小皿にちょっとずつ料理が乗っていて、それがいくつもあるというのが、それだけで豪勢に見えるのは俺が貧乏だからだろうか。

「鶏のこんがり焼きバジルソース和えと和風カルパッチョ、そんでシーフードパエリアでございまーす!」

 よくもまあ、俺の台所でこんな立派な料理ができたもんだ。バジルソースのいい匂いが食欲をそそる。

「いただきます」

「いっただっきまーす!」

 二人揃って食べ始める。

「あ、美味い。マジ美味いわこれ」

 全部が美味かったが、とりわけ鶏が絶品だった。というかバジルソースが美味い。すいすい食べられる。

「でしょー! 私ほら、なんでもできる天才学級委員だから! 元だけど! でも、なんでもできるのは変わってないでしょ?」

「まあ、な」

 そう、こいつは自分で豪語するように今も昔も万能なのだ。そして天才なのだ。定期試験でも100点満点で105点取っていたような奴だからな。

「うーん美味しい! 久々のイタリアンだけどやっぱ完璧、私完璧! パーフェクト木下、もとい、パーフェク智子!」

 嬉々として自分も料理にぱくつく木下。

 しかし、ずいぶん長いこと出来合いの物しか食べていなかった俺にとって、この料理は本当に美味い。

(こりゃもしかしたら、相当なぼた餅が転がってきたのかもしれないな)

 木下をそばに置いておけば、美味しい料理が出て、夜にはセックスもできるわけだ。俺の生活はバラ色なのかもしれない。いつまで続くか分からないこの生活だけども、大切にするべき価値は十二分にある、俺はそう思った。

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