モテない勇者は今日も頑張る 〜良い人止まりの最強男〜
「ハァッ!!」裂帛の気合いと共に放たれた俺の聖剣が、一筋の閃光となって巨大な魔獣の巨体を真っ二つに叩き斬った。
地響きを立てて倒れ伏す魔物。
巻き上がる土煙。
俺はバキバキに鍛え上げた大胸筋を誇示するように、流れるような動作で剣を鞘に収めると、駆け寄ってくる街の住人たちへ向けて眩いばかりの笑顔を向けた。
「みんな、もう安心だよ。怪我はなかったかい?」完璧なセリフ。完璧な微笑み。
だが、俺――ユ・ウシャの脳内細胞は、今この瞬間も血を吐くような叫びをあげていた。
(違う!!! 俺が欲しかったのは野郎どもの野太い「うおおお!」って歓声じゃない! 可愛い女の子からの『キャー! 勇者様素敵、抱きしめて!』っていう黄色い悲鳴なんだよおおお───!)
俺が死ぬ気で筋トレに励み、地獄の修行を乗り越えて勇者にまで上り詰めた動機はただ一つ。
「死ぬほど可愛い女の子にモテたいから」
それだけだった。しかし、現実は非情である。
「さすがケン・シくん! さっきの身のこなし、とっても格好よかったわ!」
「いや、セイ・ジョの聖なる祈り(ヒール)が俺を守ってくれたからさ。……ありがとう、俺の女神様」「もう、ケン・シくんたら……っ」
戦場のすぐ後ろで、我がパーティーの最前線アタッカーであるケン・シと、回復役のセイ・ジョが二人だけの甘い世界を作っていた。怪我を治すフリをしてお互いの手を握りしめ合っている。神聖な回復魔法をイチャイチャのダシに使うのはやめていただきたい。
ふと横を見れば、今度は重戦士のセン・シと魔術師のマ・ホウツカイが並んで座り込んでいた。
「おいお前、さっきの大魔法、凄かったな」
「……べ、別に。あんたの大きな盾が、ちゃんとアタシを守ってくれたからよ」
「マ・ホウツカイ……!」
「セン・シ……!」
顔を赤らめる二人。こちらも完全に恋の火花が散っている。世界を救う旅の道中、勇者であるはずの俺のポジションは、いつの間にか「ただのお一人様」へと成り下がっていた。
(おかしい。おかしいだろ! 一番強くて、一番優しくて、一番紳士的に振る舞っている俺が、なぜ一人だけあぶれているんだ!?)
孤独感に耐えかねた俺は、ふと故郷の村に残してきた初恋の少女、オサ・ナジミのことを思い出した。そうだ、俺には彼女がいる。世界を救う俺の勇姿を伝えたら、きっと「ウシャくん、カッコいい!」と惚れ直してくれるに違いない。俺は溢れる期待を胸に、さっそくオサ・ナジミへ向けた手紙を書き、伝書鳩を飛ばした。
数日後、戦いの合間に届いた返信を、俺は震える手で広げた。そこには、見慣れた丸っこい文字でこう書き記されていた。
『ウシャくんへ。魔王退治がんばってね。ウシャくんは本当に、誰よりも“良い人”だから、絶対に世界を救えるって信じてるよ! あ、報告なんだけど、私、先月となりの村の木こりの人と結婚しました! 落ち着いたらお祝いに来てね!』
「ぐはぁっ!!」
俺は血の涙を流しながら手紙を握りつぶした。世界を救う前に、俺のピュアなハートが完全に大破した瞬間だった。
悲劇の手紙から数ヶ月後。俺たちは数々の激闘をくぐり抜け、ついに魔王軍の幹部を撃破するという大金星を挙げた。意気揚々と王都へ凱旋した俺たちを、街の人々は紙吹雪と大歓声で迎えてくれた。
(今度こそ! 今度こそ俺のモテ期がビッグウェーブとなって押し寄せてくるはずだ!)
期待に胸を膨らませる俺に、パーティーメンバーたちが声をかけてきた。
「ユ・ウシャ、俺たちちょっと街に出てくるよ。セイ・ジョにお礼の指輪を買いたくてさ」
「アタシたちも……その、セン・シが美味しいパフェの店があるって言うから、行ってくるわ」
爽やかな笑顔で「楽しんでおいで!」と送り出したものの、振り返れば俺は完全なるおひとり様だった。なぜ幹部を倒した命懸けの日の夜に、俺は一人で王都の路地裏を歩いているのだろうか。
いや、まだだ。
俺にはこの国の象徴である美しき王女、オウ・ジョ様への謁見という大仕事が残っている。高貴な身分の女性なら、俺のこの紳士的な振る舞いと、魔王軍幹部を倒した強さに惹かれる可能性は大いにある。重厚な扉を開け、玉座の間へと足を踏み入れる。
そこには、相変わらず目を見張るほど美しいオウ・ジョ様が座っていた。
「よくぞ戻ってまいりました、ユ・ウシャ! あなたの活躍は我が国、いえ、世界中の誉れです!」
「もったいないお言葉です、オウ・ジョ様。私はただ、あなたのような美しい方が安心して暮らせる世界を守りたいだけですから」
我ながら完璧な騎士ムーブ。決まった。
すると、オウ・ジョ様は頬をぽっと赤らめて、胸の前で両手を合わせた。
「まあ、ユ・ウシャは本当に“良い人”ですこと! そのお言葉、私の婚約者である隣国の王子にも聞かせてあげたいわ。彼、とっても心配性で……『ウシャはカッコいいから、君を取られてしまわないか心配だ』なんて、毎日愛の熱烈な手紙をくれるのですよ? 困っちゃうわ、ウフフ」
「……」
一ミリの隙もなかった。鉄壁の防衛ラインである。割り込むどころか、ただのノロケ話のサンドバッグにされただけで、俺の謁見は終了した。
またしても「良い人」という呪いの言葉だけを胸に突き刺されて、俺はトボトボと城を後にした。
♢♢♢
「……人間がダメなら、もう種族の壁を越えるしかないんじゃないか?」
王都を出て次の旅路。俺の脳細胞は、絶望の果てに新たなフロンティアへと到達していた。
世の中には「魔物娘」というジャンルが存在する。
人型で、ちょっと怪獣の尻尾や羽が生えているような、そんな可愛い魔物なら、俺の紳士力でイチコロにできるのではないか。そんな歪んだ期待を抱いていた矢先、タイミングよく?前方に一体の魔物娘が現れた。露出度の高い革鎧をまとい、頭部に小さなツノを生やした、絶世の美少女タイプの魔物だ。
ケン・シが剣を抜き、マ・ホウツカイが杖を構える中、俺はそれを手で制した。
「待ってくれみんな。ここは俺に任せてほしい。話し合えば、きっと分かり合える」
俺は聖剣をあえて地面に突き刺し、武器を持っていないことをアピールした。そして、バキバキに鍛え上げた腹筋に力を入れつつ、最高に優しく、爽やかな笑顔を浮かべて一歩を踏み出す。
「やあ、そこの可愛いお嬢さん。こんな危険な戦場に一人でいるなんて、怪我はないかい? よければ俺が――ガアアアアアッ!!!
容赦ない爆炎ブレスがユ・ウシャを襲う
「ぶふぉあああっ!?」
話の途中で、魔物娘の口から超高温の火炎放射が放たれた。直撃である。勇者としての防御力がなければ灰になっていたところだ。顔面を真っ黒に焦がし、アフロヘアになった俺がよろめいた瞬間、背後から仲間たちが一斉に飛び出した。
「ユ・ウシャーーーッ!大丈夫か」セン・シの盾が魔物を弾き、マ・ホウツカイの氷魔法が魔物娘を凍らせる。ケン・シとセイ・ジョのコンビネーションであっという間に敵は退散していった。煤まみれでへたり込む俺の元に、仲間たちが深刻な顔で駆け寄ってくる。その目は、なぜか熱い感動の涙で潤んでいた。
「ユ・ウシャ……お前って奴は、どこまでいい奴なんだなんだ!」
ケン・シが俺の肩を強く掴む。
「お前がどうしようもなく優しくて、紳士な男だってことは、俺たちが一番よく知っている! だがな、敵にまでその情をかけるのは甘すぎるぞ!」
「そうだわ勇者様!」
セイ・ジョも涙ぐみながら強く頷く。
「誰にでも平等に優しいその心根は素敵だけど、自分を大切にしてください! あなたは、人類の希望である勇者なんですから!」
(違う、違うんだみんな。俺はただ下心を出してナンパに失敗しただけなんだ……そんな崇高な目で俺を見るな! 心が痛い!!!)
仲間たちの熱い信頼と、あまりにも純粋な誤解に包まれながら、俺はただ天を仰いで声を殺して泣いた。
魔物娘に顔面を焼かれ、仲間からはズレた大絶賛を受け、俺の精神は完全にすり減っていた。魔物はやっぱりだめだあきらめよう。そう、こころに誓った。
♢♢♢
その日の夜、たどり着いた街のギルド酒場で、俺は一人寂しく度数の強い酒を煽っていた。
「はぁ……。モテたい。死ぬほどモテたい……」愚痴をこぼした、その時だった。
「――ねえ、ちょっとそこのお兄さん」
背後から、鈴の鳴るような可愛い声が響いた。振り返ると、そこには猫のようなしなやかな体つきに、露出度の高い軽装をまとった美少女が立っていた。少し息を切らし、大きな瞳でこちらを潤ませている。
「あたし、トウ・ゾクっていうの。よかったら一緒に飲んでそのあと宿屋に行かない?」
(……キ、キタアアアアアアアアアアアッ!!!)
俺の脳内ギルドで、全細胞がスタンディングオベーションを始めた。
これだ。これだよ!
旅の酒場で出会う、ワケありの美女との秘密の一夜! これぞ勇者の特権、完全なるモテ期のビッグウェーブである。
「もちろんだよ、トウ・ゾクさん。」
俺は前髪をかき上げ、最高にイケメンな声を絞り出した。店で売っている素晴らしいカクテルを彼女に奢ったあと、心臓の鼓動がうるさいのを必死に隠しながら、俺は彼女を連れて宿屋の一室へと滑り込んだ。
♢♢♢
部屋には、当然のようにベッドが一つしかなかった。トウ・ゾクは小さく身を縮め、ベッドの端に腰掛けている。
ついに、ついに………いや、待て。ここで「じゃあ一緒に寝ようか」なんて言ったら、ただの下心丸出し、紳士ではなくなってしまう。
そんな事を考えているとトウ・ゾクが水を差し出してきた。
「ウシャさん、酔がひどそうですよよかったらお飲みくださいな」
「ああ、ありがとうゾクさん」
その言い水を飲んだ瞬間俺の意識は落ちていった───。
♢♢♢
ピチチチ……と鳥のさえずりが聞こえ目をさました。
起き上がり、ベッドを見る。……そこには、誰もいなかった。
シーツは綺麗に整えられており、トウ・ゾクの姿は影も形もない。
ふと枕元に目をやると、一枚の小さな紙切れが置いてあった。
『お兄さんへ。本当に、本当に“良い人”ね。お酒おいしかったわ。あとこれも貰ったわ。ありがとう、じゃあね!』
「……これ?」
嫌な予感がして、腰に下げていたはずの革袋に手を伸ばす。――ない。魔王軍の幹部を倒して得た、ウン百万ゴールドの報奨金が入った、あのズッシリと重い財布が、跡形もなく消え去っていた。
「全財産、盗まれてるううううううううううっ!!!???」
朝の宿屋に、勇者の悲痛な絶叫が木霊した。
トウ・ゾク。その名の通り、彼女は泥棒だったようだ。
俺はガックリと床に膝をついた。手も握れず、お金だけを綺麗に持っていかれる男。いい人どころかただのカモ。
しかし、数分間、燃え尽きた灰のようになっていた俺は、ゆっくりと顔を上げた。そして、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「……待てよ? 全財産を持って行かれたということはだ。裏を返せば、あれは実質『高級なデート代』だったんじゃないか……?」
ポジティブの神が、俺の脳内に降臨した。「お酒も楽しく飲んだし、お金もきっと困っていたんだろうこれは実質、両想いと言っても過言ではないはずだ!…………そう思うことにしよう」
そうだ、下を向いている暇はない。財布は空っぽになったが、俺の筋肉と、まだ見ぬ未来の彼女への情熱は一ミリも減っていないのだ。
「よし! 失った軍資金を稼ぐために、今日も魔物を狩りに行くか!」
俺は宿を飛び出すと、すれ違う街の女の子たちに「おはよう、今日も可愛いね」と爽やかな笑顔を振りまきながら、全力でギルドへと走り出した。モテない勇者ユ・ウシャの明日は、きっと明るい。
(完)
好評なら続く………かも
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