第1話「概ね、平和」
ビールを片手に、宇宙は思った。
今日も平和だ。
平和は、そこまでだった――
保志宇宙は「のみのいち」の入口付近で、共催のドリンク会社ブースから試飲のビールを受け取った。
特に当てはないが、ここでの冷やかしは時間潰しにはちょうどいいだろう。
向こうから、ちょこちょこと歩いてくる小型戦闘機。
何やら、こっちを見つめてきた。
戦闘機「よお、久しぶり」
知り合いだったか?
記憶の箱を引っ繰り返してみたが、やはり知らない戦闘機だ。
宇宙「誰だ、お前」
戦闘機「…乗ってくれよ」
宇宙「戦闘機に? ふざけんな・・・だから、誰だ」
戦闘機「持ち主とはぐれちゃってさ。会場内に反応もないんだ」
宇宙「…じゃあな」
障らぬ神に祟りなし。
もっとも世界に神様はいらっしゃいませんが。
別の次元で、忙しくしておられます、きっと。
迷子の戦闘機はしつこく宇宙についてくる。
戦闘機「自律稼働のAIは持ち主から2時間離れたら逮捕なんだってば、どうか助けると思って仮の持ち主になりなよ」
宇宙「威張っているのか、へりくだっているのか、どっちなんだ。あっち行け」
戦闘機「名前を付けなよ」
その戦闘機はどこかへ行く気配もないので、宇宙は戦闘機の胴体部の機体番号を読み上げた。
F47P改-JF01223「番号なんてやだよ」
面倒くさい戦闘機だった。
宇宙「…何て名前がいいんだ?」
呼ばれたい候補があるなら――
F47P改-JF01223「商品番号は嫌だ。かっこいいのをつけて」
宇宙「…ねえのかよ」
宇宙が何かしら名付けてやらないと、戦闘機は立ち去らないのだろうか。
小さな紙コップに入った試飲のビールをじっと見つめた。
特に、何も思いつかなかった。
宇宙「お前は…紙コップ」
F47P改-JF01223「やだ、使い捨ての道具じゃん」
戦闘機のくせに大事にしてほしいのかよ、宇宙は顔をしかめた。
宇宙「じゃあ…ビール。試飲ビール」
宇宙は残り少ないビールを指した。
試飲ビール「シ…インビー…ル? 何か格好いい」
紙コップ「…僕にも名前欲しいな」
唐突に手元から声が聞こえた。
宇宙「…紙コップ?」
名付けたわけじゃない、宇宙はビックリしただけなのだ。
紙コップ「それも悪くない。でも、本当にそれでいいの?」
喋る消耗品。
何にでもAIつければいいってもんじゃないだろう、宇宙は紙コップを床に叩きつけたい衝動を何とか堪えた。
物に当たるな。
父親からのゲンコツとともに刻まれた教え。
俺を殴るのはいいのかよ、と返すとゲンコツが増える不思議な倍々ゲーム。
宇宙「…お前もめんどくさいな。…未来茶碗でどうだ?」
未来茶碗「いいところをつくじゃないか。ほかにないかな」
宇宙「うるさい、お前は未来茶碗。いい子だから、もう、黙ってろ」
せめて残りのビールを静かに飲ませろ、宇宙は未来茶碗を傾けた。
未来茶碗「僕の得意はね、『僕でご飯を食べると、幸せだったころの記憶が再生される』」
望みというものは大抵叶わない。
うまくいったときは、神様に感謝だ。
神様はいないんですけど。
宇宙「…紙コップが何を寝言、言ってやがる」
会話に混ざりたいのか、戦闘機が間に割り込んできた。
シインビール「僕は、二連装ライフルを秒間300発撃てるよ。見て見て」
さっきまでいた入口の試飲ブースのビールが跡形もなく吹っ飛んだ。
宇宙「ここで撃つんじゃない。もうビール貰えなくなったじゃないか」
誰だ、実弾入りでこんな危険物を放置した莫迦は。
自律稼働AIだし、命令してねえし、宇宙は無関係を決め込んだ。
シインビール「ちぇ」
戦闘機は拗ねて地面を蹴った。
宇宙は深い深いため息をついた。
未来茶碗「早く、ご飯をよそってよ」
宇宙はすっかりぬるくなったビールを諦め、紙コップを逆さにした。
宇宙は紙コップを持ったまま、天を仰いだ。
間違いなく、ここに神様はいらっしゃらない。
だが、祟りはここに、間違いなくある。
――計算が合わねえだろ。
宇宙「…タワシで洗うぞ、この野郎」
ようやく紙コップは静かになった。
シインビール「カタカナのシとツって似てるよね。ツイ…」
戦闘機はいつだって、唐突だ。
こいつをタワシで洗うと言っても、耳を貸しはしないだろう。
宇宙は手にした紙コップで戦闘機の頭をはたいた。
宇宙「削除するぞ、この莫迦」
どこかに怒られるような発言をするんじゃない、宇宙は不用意な戦闘機を叱りつけた。
宇宙「1、2、3、4、5…」
未来茶碗「ヒィィィ…」
シインビール「アワワワワ…」
AIを静かにさせるには、数字を数えるに限る。
血を見せつけているに等しい――
これが、普通の人間だった宇宙と戦闘機と紙コップの出会いであった――
宇宙の日常は、もう戻らない。




