明くる日・神隠
ある夏の日、異常な熱波が襲い、過去に類を見ないほどの気温が記録された。余りの熱さに、風物詩ともいえる蝉が息絶え、そこら中に散らばっている。
動物は姿を見せず、まるで、蜃気楼のように、風景が歪んで見える。
――警報が鳴る。
外出を控える旨の警告がなされている。それほどまでの異常気象。どこもかしこも至る所で救急車のサイレンの音が聞こえる。おそらくは日射病の類だろう。それでもなお、人々は外出を選択している。
そんな人々は降り注ぐ、陽光――驚異的な暑さに空を見上げるだろう。手で、目元を覆いながら、天を見る。
――太陽が近い
空を見た人々は皆、そう思うだろう。それほどまでに、今日の太陽は大きい。
ある町の公園。この暑さをものともしない人間が二人。子供と言うものは存外、行動力があるものだ。しかし――
「う゛え゛え゛え゛ー゛ー゛ー゛ん゛」
一人の少女が泣いている。どうやら、膝を怪我しているようだ。人目も憚らず、大声を上げ、泣きじゃくる。そんな、彼女を心配半分、呆れ半分で眺める茶髪の少年――彼は少女に近づいていき、かがみこむ。
「擦り傷ぐらいでな…………」
「でも、痛い!! すごく、痛いよ……!!」
彼に話しかけられ、少女は泣き叫ぶのを止めたが、依然として目から涙は零れ落ちている。
彼女は転んで、怪我をした。しかし、転んだ原因というのは自ずと分かるものだ。少年は少女の服装を眺める。
「そんなもん着てるからだろ…………」
彼女の服装は、着物だった。少年の浅識故、何の花かはわからないが、本来であれば、大きな花弁の模様が描かれた大層、高級そうな服。
だが、今ではそれも見る影もない。土にまみれ、汚れている。しかし、彼の言葉が不服だったのか、少女は頬を膨らませる。
「いいじゃん!! お気に入りなんだから!!」
「じゃあ、泣くな」
「それとこれとは別じゃん! 何で、そんな冷たいの!?」
そう言うと、再び、彼女に泣く予兆のようなものが表れる。少年はため息をついた。
「とりあえず、洗うぞ…………」
二人は公園の水栓へと向かう。少女の着物の隙間から、伸びる足の肌は今しがたできた傷以外、目だったものはなく、まるで、赤子の肌のように美しい。
黙って佇んでいれば、どこぞのお嬢様のように見受けられるというのに、行動や言動、今、まさに少年に洗ってもらっている反応に高貴さが感じられない。
しみるなど、と言いながら、抵抗する少女に、少年は苦笑いを浮かべるのだった。
時刻は夕方。少年が少女をおんぶしながら、道を歩いている。遊びの名残が残っているのか、二人は互いに泥まみれだ。これは帰路ではない。二人の家の位置は公園を挟んで真反対だ。道が重なることはない。故にこれはただの散歩だった。
「お前、今日、どうしたんだ?」
「何が…………?」
「いや、あんなにはしゃいでよ…………」
どうやら、少女は普段は見た目通り、大人しい質のようだ。
「私もそういう時くらい…………あるよ」
「初めてだろ?」
図星でも突かれたのか、少年の首を絞める。彼はごめん、ごめんと言い、少女をなだめる。
「もしさ、私がいなくなったら、どう思う?」
「お前、引っ越すのか…………?」
「違う、違う。もしもの話」
少年は寸刻、沈黙する。そして――
「そりゃあ、悲しいよ」
心の底からそう思ってるのだろうということが分かる声色。それに満足したのか、少女は笑う。
「そっか」
二人は再び、公園にいた。どうやら、少年がどこかで家の鍵を落としたらしく、それを探すために、戻ってきた次第だった。
しかし、どこを探そうとも、鍵の影も形もない。次第に日も暮れていき、辺りは暗くなり始めていた。
「もう、帰んねえと…………」
少年は早々に鍵を諦めた。しかし、少女は頑なに探し続ける。そんな様子に――
「もう、いいよ…………」
「やだ。探すよ」
「なんで、だよ…………?」
草むらを探す少女は少年の言葉に顔を上げる。
「今、帰ってもどうせ、怒られるよ? なら、探した方が得じゃない?」
「得じゃねぇよ…………」
少年は既に怒られることが確定しているようで、肩を落とす。
「探さなきゃ後悔するんだから、まずは行動あるのみ! さぁ、探すよ!!」
少年への叱咤激励。それに突き動かされたのか、彼も捜索に参加する。
――結果
鍵は無事に見つかった。しかし、辺りは完全に暗くなっている。
「絶対、怒られるよ…………」
「でも、見つかって、良かったじゃん!」
少女は落ち込む、少年の背を叩く。
「行動しなきゃ、何も起こらない。その結果が良いものでも、悪いものでも、そんなことは関係ない。何かをするってことが、生きるってことだから」
「なんだよ、それ?」
「まあ、要するに、何もしないより、何かして、後悔した方がお得ってこと!!」
「いや、だから、得じゃねぇって…………。俺、これから説教だ…………」
どんどん意気消沈していく少年。しかし、ふと顔を上げ、少女に笑いかけた。
「でも、ありがとな! 鍵が見つかったのは、お前のおかげだ!!」
「感謝してるってこと?」
「おう!」
「じゃあ、お礼して」
「いや、今からは無理だろ……?」
少女は首を横に振る。
「一つだけ、約束してほしいの」
「約束?」
「私がどんなに遠くに行っても、探してくれるっていう約束」
「お前…………」
「もしかしたらの話。でも、探し物のお礼にはピッタリじゃない?」
少女は小指を立てる。少年も、倣うように小指を上げた。そして、互いに結ぶ。
「絶対に約束だよ」
「ああ、もしそうなったら地の果てまでも、見つけてやる」
「ふふっ、ありがとう」
二人は指を離した。
「じゃあ、またね」
少女は少年へと背を向け、歩き出す。その後ろ姿へと少年は手を伸ばした。そして――
「また……な」




