第52話 盛土
紫苑は遊歩道を歩きながら、思ったことがあった。
(目立つな…………)
公園内は混んでいるほどではないが、まばらに人がいる。そのほとんどの視線が三人に向けられている。
(ナギだな……これは)
紫苑と恵の今日の服装は、一般的な誰しもが着るものだ。だが、ナギだけは違った。あの時の服装――食堂での会合の際に着ていた、所謂、着物。外国人と言うだけで否応なく、目立つというのに加え、和服を着用しているナギは注目の的だろう。
(多分、それだけじゃない)
ナギと言う女性は控えめに言っても美しい。来訪者の向ける視線は奇異の目ではなく、見惚れているのだろう。
そんな視線に晒されながらも、ナギは堂々と歩いている。相当、肝が据わっているのか、あるいは興味が無いのか。
そんな中、突如として、恵が両手を振りほどき、走り出した。ナギは、急いで、その後を追う。紫苑もそれに続くが――
(なんだ…………?)
紫苑の視線の先、恵の前方から、人が歩いてきている。それは目を見張るような美しい…………
――少女だった。
身長は恵よりも少し高いぐらいだろうか。銀色の髪を短く、切り揃えている。顔のパーツの配置、大きさ、神がかり的バランスだ。黄金比とでも言うのだろうか、あまりの美しさに彼女の周囲が輝いてさえ見える。
しかし、だからこそ、彼女の着ている服装がより際立つ。彼女の纏う服装――おそらくは、大陸の伝統的な服。濃い赤色の上着に、黒いズボン。その様はまるで――
(拳法家……?)
コスプレだろうか。しかし、彼女の足取り――瞼を閉じて、悠然と歩く、その様から、紫苑は武道に精通しているのではないかと感じた。彼女の纏う空気から、空間が歪んだ――陽炎のような錯覚さえ覚える。
紫苑は無意識に、歩道の端による。触らぬ神に祟りなし――関わらない方がいいかもしれない。
しかし、前を走る、恵はそうはいかない。紫苑は戦々恐々としながら見守るが、特に何事も無く、すれ違った。紫苑はホッと息を吐く。端に寄らなくとも、ぶつかることはない。彼の気にし過ぎではあるのだが…………。
――次はナギだ。
何事も無く、過ぎ去ればいいという紫苑の期待を裏切るかのように、ナギは突如、立ち止まり、少女へと勢いよく、手を伸ばした。
「ナギ!!」
突然、ナギがよろける。咄嗟に紫苑はナギの背を支えるが――
「――ぃ……っつ…………!!」
突然、彼の腕全体に突き刺すような痛みが走る。その拍子に尻もちをついてしまった。そんな彼をナギは見下ろしている。どうやら、彼女は転ばなかったようだ。
「一体、急にどうしたんだ!?」
「なんで、触った?」
紫苑の問いかけに答えず、逆に問いかけるナギ。腕を擦りながら、とりあえず、紫苑は質問に答える。
「転びそうだったろ!? それよりも――」
「そう」
紫苑の出鼻をくじきながら、ナギは紫苑へと手を伸ばす。
「じゃあ、ありがとう」
「あ、ああ」
紫苑は困惑しながら、ナギの手を取り、立ち上がった。突然の礼に、彼の胸中に色々な感情が渦巻き、思考が停止する。
「今、何か、いた……?」
ナギのその独り言ともとれる呟きは、混乱状態の紫苑の耳には入らなかった。
ナギとのやり取りに気を取られているうちに、あの少女は姿を消していた。しかし、ナギと共に走る紫苑はそのことを全く、気にかけてはいなかった。急務なのは、恵のこと。幸いにもすぐに追いつくことができたが――
(ここは…………)
恵の向かった場所。歩道を外れ、森と言うほどではない、雑木林の中。そして、その先、本来、立ち入るべきではない場所――柵に囲まれた湖の畔。その際を恵は歩いていた。
紫苑は怪訝な表情を浮かべる。水辺と言うのは危険だ。好奇心で軽々近づいて、いい場所ではない。
しかし、恵はすぐに、方向転換をし、湖から離れていった。
紫苑は不思議がりながらも、追いかける。どうやら、恵の目的は湖ではないようだ。湖を迂回して進んだ先、木が植えられておらず、一種の広場のような空間。だが、実際に人が訪れることはまず、ないだろう。
立ち入り禁止の場所を通る以外にここへの道はない。明確にここに来る以外の目的では誰も訪れない。故に、三人を除いて、人の気配など皆無だ。
(不穏だ…………)
どうして、恵はこんな場所に訪れたのだろうか。その答えは彼女の視線の先にあった。
(盛土……?)
広場の中央付近に積み上げられた土。丁度、子供が砂場で遊んだときに作るような、山が出来ている。
紫苑は嫌な予感がし、顔が強張る。しかし、ナギはズカズカとその小山に近づいていく。そして、傍まで、辿り着いたナギが小山の一部を蹴り飛ばした。
土片が宙を舞う。そして、ナギは自らが蹴り飛ばした部分をじっと見つめている。紫苑は恵をかばいながら、その場所へと近づき、ナギの視線の先を見た。
(やっぱり……か……)
紫苑は眉を顰めた。恵を自分の体の後ろにやり、見えないようにする。
――彼の予感は的中した。




