第41話 起源
寸刻――閃光は止んだ。
――生きている。
伊吹は瞼を開けた。
――ヤツはそこにいた。
艦船を押しのけ、水面の上に浮くように立っている。月光に照らされ、優美に佇むさまは神々しさすら感じる。しかし、その姿は…………
――理解を拒む。
――言及を拒む。
――表現を拒む。
脳を撫でられる感覚。体が凍える感覚。肌が粟立つ感覚。
――攻撃が始まった。
自衛隊の艦船からの艦砲射撃。その音を凌駕するほどの叫び声を上げながら、攻撃を行う、自衛官たち。明らかに正気ではない者たちから放たれる攻撃の数々は至近距離であるというのに、標的に当たらず、空を切る。そして、遂には…………
――攻撃が終わった。
乗組員は突如として、仲間割れを始める。狂ったように、叫びながら、自分の装備で他者を傷つけている。
「ハ…………ハハ…………」
伊吹は声を漏らす。周囲の雑音は今の伊吹の耳には一切、入らない。
「ハハハハ…………ハハハハハ…………」
伊吹は乾いた笑い声が響く。しかし、それはすぐに周囲の争音でかき消された。
「ハハハハハハハハハハハハ…………」
笑うしかない状況というのは往々にしてあるものだ。それがどうしようもないのならなおのこと。伊吹は顔を引きつらせながら、笑う。
――目が離せない。
顔を背けることができない。目を閉じることができない。見ないという選択肢を剝奪されている。
――奇妙な感覚。
肉体が強張る。心臓が力強く脈動し、全身に勢いよく、血液を流す。だというのに、体は依然として、冷たさを感じている。夜の冷気ではない。どこか澱んだ、あまり気分のいいものではない寒さ。
――ヤツは動いた。
伊吹は目を見開く。今まで、危害を加えられようとも、微動だにしていなかった対象が突如として、動きを見せた。伊吹は片時も目を離さない。明確に自分の意思で警戒という形でヤツを見据える。
伊吹は、注意深く、観察していた。彼女の視界には、何が映ったのだろうか。しかし、遂に彼女の瞼が閉じられようとしている。それと同時に意識も段々と薄れていく。視界、意識ともに、まるで、虫食い穴のように、黒く染まっていく彼女が最後に認識したもの。
――天頂に輝く、青く巨大な月。
伊吹は瞼を開ける。そして、すぐさま、起き上がった。
(ここは、どこだ……?)
自分が寝ていたベッドから立ち上がり、部屋を出た。
――病院ではない。
伊吹が廊下を歩きながら、思った感想だった。自分の着ている服装から病院と推測していたが、内装の作りから見て、何らかの研究施設に見える。そんなふうに歩いていると、前方から人がやってくる。この建物内での初めての遭遇だった。
「起きたのか」
(英語……?)
奇妙なサングラスをつけた、白髪の男。白衣を着た研究者のような風貌。
「ついてきたまえ」
そう言うと、研究者は伊吹に背を向ける。伊吹は正体不明の輩に警戒をしながらも、黙って、その後に続いた。
研究者は地下へと降りていく。幾重にも張り巡らされた厳重なセキュリティを越え、地下を進む。そして、遂に最後の関門を越え、たどり着いた場所は――
「広いな」
伊吹はポツリと声を漏らす。まるでシェルターのような大空間。地下を進んだ先にこれほどのものがあるとは予想だにしていなかった。そして、その中央に鎮座していたのは――
「こいつを知っているか?」
「ああ」
あの夜、遭遇し、自らが意識を失った元凶。あれほど、生物として別格の存在感を放っていたにもかかわらず、今では見る影もない。まるで、干からびたミイラのように横たわっている。
(死んでしまったのか…………)
諸行無常。伊吹は不思議と一抹の寂しさを感じていた。そして、片腕を掴まれた。
「それは許可できない」
研究者の言葉に伊吹は自分の状況を認識する。いつの間にか、入口から少し進んでおり、ミイラへと近づいている。そして、掴まれていない方の腕をアレへと伸ばしていた。
「あ、ああ」
研究者の警告に、伊吹は困惑を露にしながら、従う。
「あれは何だ?」
「知らん」
「本当に?」
「逆に知りたいぐらいだな」
伊吹の堂々とした態度に、研究者はため息をついた。
「知らないのなら、不用意に近づくべきではない」
「確かに……、そうだな……」
研究者はシェルターを去ろうとする。伊吹も少しだけ、バツの悪そうな顔をしながら、その後に続く。そして、二人がシェルターの外に出たと同時に、巨大な扉が閉められていく。
伊吹は扉が閉まる傍ら、遠くからミイラを見つめる。目の錯覚だろうか。扉が完全に閉まる直前に、ミイラに黒い靄のようなものが集っているように見えた気がした。
伊吹は自分の部屋へと戻ってきていた。そして、ベッドに座る伊吹の対面に、研究者――ゼノ・N・ローズウェルが立ち、講釈を垂れていた。
突然、語り出した研究の概要から伊吹は、自分の知りたい情報を抽出していく。
ミイラは物理法則を歪めている。それに伴い、正確な分析が困難。しかし、一種の境界があるらしく、ミイラの周囲のみに留まっている。このことから、物理法則を正常に保たせる何らかの力場があると、ゼノは考えている。そして、その力場を“ゼノ場”と名付けた。
次に、ミイラに集まっている新種の微生物。既存のものと同様に、死骸を分解しているようだが、メカニズムや何に分解しているのか、諸々の詳細は不明。ゼノはこの微生物を“混沌微生物”と名付けた。
「私は研究者だ。眉唾物の予言など信じる質ではないのだが…………」
「はぁ……?」
ゼノの一人語りが終わり、満足したのかと思ったのも束の間、自分語りを始め、伊吹は困惑の声を漏らす。
「恐怖は伝播し、世界を巡る。それは生き物に一種の進化を齎した」
伊吹は目を細める。
「アメリカ各地で異常な生物が確認されている。私はそいつらを“Creature of Disorderly Evolution”と名付けた。きっかけはおそらく、あのミイラだろう」
研究者は一呼吸置いた。そして――
「奴は全ての始まりだ。奴が全てを変えた。故に我々はこう呼称する」
[No.1 CoDE Name: The Origin]




